71 / 87
62
しおりを挟む部屋を出て、すぐに家に戻るのかと思ったけれど、ヴィクターはそのまま邸の奥に進んでいく。
辺境伯たちと話があるのかと顔を見上げたけれど、厳しい顔をして金色の目はこちらを見ない。いつも自分に向けられるその目が穏やかなのだと、こうやって他に向いている様子を見て改めて思う。
「部屋には誰も近づけるな」
たまたますれ違った侍女に言葉少なに言いつけたヴィクターの足がどこに向かっているのか、その時にはもう分かった。随分長く離れに滞在させてもらった邸だ。本邸の中も広いとはいえだいぶ覚えている。
「ヴィクター様の部屋に行くのですか?」
なぜ、と思いながら言葉にすると、ようやくヴィクターの目がこちらに向けられた。ただ、足は緩められることなくどんどん進んでいる。
「ああ、すぐには帰れない」
そう答えてくれた時にはもう大きな扉に手をかけていて、辺境伯邸のヴィクターの部屋の中に一緒に入ることになる。ほとんど離れで過ごしたけれど、それでも何度か通された部屋は几帳面に整えられていて、落ち着いた色調の家具で揃えられている。
滑り込むように部屋に入ると、そのままヴィクターに抱え上げられた。驚いて思わず小さく声をあげたけれど、構う様子もなくそのまま大股で向かっている先には寝台がある。
「え、あの、ヴィクター様??」
反射的に体が緊張する。
ここに来る前の番、という話もあるし、辺境伯たちへの突然の報告も思い出してしまう。
けれど、いきなりそんなことをするような人ではないのだ。
説明を聞いて、かえって自分が想像したことを反芻して恥ずかしくなる。
「瘴気にあてられすぎた。このままフォスに会うわけにはいかない」
「あ…」
「父上たちも聖女を送り出したらそれぞれに対応するはずだ」
「でも」
思わず口をついて出る。
自分でなんとかできるなら聖女なんていらない。聖女でなければ浄化できないのではないのか。
うまく疑問を言葉に変換する前に、ヴィクターがわたしを抱えたまま寝台に腰を下ろす。抱え直され、膝の上にしっかりと乗せられた上で分厚い胸板に閉じ込めるように抱きしめられた。
「あてられただけで吸収したわけではない。しばらく魔力を循環させれば瘴気も追い出せる。聖女が必要になるのは、体内の魔力と瘴気の割合の問題だ。魔力循環でどうにもならない量を体内に取り込めば、浄化が必要になる。悪いものを食べれば、腹を下すだろう?」
わかりやすい。
わかりやすい例えだけど…。理解するために想像して、なんだか力が抜けてしまった。とりあえずは、お腹を壊すだけで病院にかかる必要もない程度で済んだ、と理解すればいいということなのは分かったけど。
「ということは、この状況はわたしが分かっていないだけで、わたしも瘴気にあてられているからヴィクター様に魔力を強制的に循環させてもらわないといけないという」
「それもある」
ん?
それもある、とは?
他に何が?
身動きできないほどにがっちりと抱え込まれていて実際はできないけれど内心で首を傾げる。
不意に体が浮いたと思うと、寝台の上に転がされた。
「あのっ。ヴィクター様の力があるのは分かるのですが、そう有無を言わせず持ち上げたり転がしたり…んむっ」
思わず抗議すると途中で文字通り、口を塞がれた。
大きな手が背中を撫で、もう一方は逃げ道を塞ぐように頭に添えられる。
食べられてしまいそうだ。
心地よい感覚が全身を流れて、ヴィクターの魔力が流されているのを感じる。すっかり慣らされた体は、ヴィクターの魔力の心地よさで力が抜けてしまう。
「このまま、トワ、お前を番にする」
「!?」
「お前の同意を待っていたら、お前はいつまでも俺に申し訳ないだの、身分がだの、どうでも良いことばかり言って答えを出さないだろう」
それはそれで、断る、という答えを出しているのでは。
と一瞬頭をよぎる。そして、その通りだろうとも。それは、本心では嬉しい申し出だけれど受けられないという断りの文句。その本心を読み取っているかのように、その断りは受け入れないらしい。
どれだけの時間、神龍の器として過ごすことになるか分からない。寿命の長いエルフ族や獣人族とも知り合えており、精霊の加護もある。1人になるわけではない。
それでも、ヴィクターやアメリアをはじめとしたヒトとはいずれ別れなければならないのだろうと、決めきれない覚悟をいずれ嫌でもしなければならないのだろうと思っていた。
それまでに、自分だけでままならないこの体質とも付き合えるようになっているのだろうか。
そんなことを考えながら、それをなんとかしようよりも、寂しさや心細さが先に立つ。
「トワ、受け入れろ。方法は、ノルから聞き出してきた」
「いつの間に…」
「お前が俺を拒絶したとしても、俺はずっとそばにいる。どちらにせよ、他の伴侶はいない」
「いないって」
まだ分からないと言おうとして、続けられない。再度唇が重なり、離れると金色の目が細められてこちらを見下ろしている。
「フォスが認めたものしか俺には近づけない。お前が現れた以上、あいつは他を認めない」
「……」
「と、責任を感じさせる言い方をしたが、俺も、他はいらない。絆を結んでいる竜と人は似たもの同士なんだ」
妙に、納得した。
それでもまだ、自分で答えることを躊躇って、答え自体も迷っていると、ヴィクターがにやり、と笑った。初めて見るような、楽しそうな顔で。
「どうせお前は決められない。進めるぞ。お前が本心から拒めば、番関係を結べずに終わるから分かる」
そんな、という抗議の声はまたも、ヴィクターの口の中に飲み込まれた。
何をどうするのかも、どこで判断するかも分からない。抵抗のしようもないじゃないと思って。
思ってみて、情けなくて力が緩んだ。強引にされて、ほっとしている。決められない自分に愛想を尽かして、諦めて、呆れていなくならずに、強気で押して本心を見ようとしてくれる人に。
31
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説

異世界転移~治癒師の日常
コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が…
こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします
なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18)
すいません少し並びを変えております。(2017/12/25)
カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15)
エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

私はモブのはず
シュミー
恋愛
私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。
けど
モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。
モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。
私はモブじゃなかったっけ?
R-15は保険です。
ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。
注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

形成級メイクで異世界転生してしまった〜まじか最高!〜
ななこ
ファンタジー
ぱっちり二重、艶やかな唇、薄く色付いた頬、乳白色の肌、細身すぎないプロポーション。
全部努力の賜物だけどほんとの姿じゃない。
神様は勘違いしていたらしい。
形成級ナチュラルメイクのこの顔面が、素の顔だと!!
……ラッキーサイコー!!!
すっぴんが地味系女子だった主人公OL(二十代後半)が、全身形成級の姿が素の姿となった美少女冒険者(16歳)になり異世界を謳歌する話。

モブっと異世界転生
月夜の庭
ファンタジー
会社の経理課に所属する地味系OL鳳来寺 桜姫(ほうらいじ さくらこ)は、ゲーム片手に宅飲みしながら、家猫のカメリア(黒猫)と戯れることが生き甲斐だった。
ところが台風の夜に強風に飛ばされたプレハブが窓に直撃してカメリアを庇いながら息を引き取った………筈だった。
目が覚めると小さな籠の中で、おそらく兄弟らしき子猫達と一緒に丸くなって寝ていました。
サクラと名付けられた私は、黒猫の獣人だと知って驚愕する。
死ぬ寸前に遊んでた乙女ゲームじゃね?!
しかもヒロイン(茶虎猫)の義理の妹…………ってモブかよ!
*誤字脱字は発見次第、修正しますので長い目でお願い致します。
異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました
ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】
ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です
※自筆挿絵要注意⭐
表紙はhake様に頂いたファンアートです
(Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco
異世界召喚などというファンタジーな経験しました。
でも、間違いだったようです。
それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。
誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!?
あまりのひどい仕打ち!
私はどうしたらいいの……!?

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します
mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。
中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。
私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。
そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。
自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。
目の前に女神が現れて言う。
「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」
そう言われて私は首を傾げる。
「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」
そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。
神は書類を提示させてきて言う。
「これに書いてくれ」と言われて私は書く。
「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。
「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」
私は頷くと神は笑顔で言う。
「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。
ーーーーーーーーー
毎話1500文字程度目安に書きます。
たまに2000文字が出るかもです。
みんなで転生〜チートな従魔と普通の私でほのぼの異世界生活〜
ノデミチ
ファンタジー
西門 愛衣楽、19歳。花の短大生。
年明けの誕生日も近いのに、未だ就活中。
そんな彼女の癒しは3匹のペット達。
シベリアンハスキーのコロ。
カナリアのカナ。
キバラガメのキィ。
犬と小鳥は、元は父のペットだったけど、母が出て行ってから父は変わってしまった…。
ペットの世話もせず、それどころか働く意欲も失い酒に溺れて…。
挙句に無理心中しようとして家に火を付けて焼け死んで。
アイラもペット達も焼け死んでしまう。
それを不憫に思った異世界の神が、自らの世界へ招き入れる。せっかくだからとペット達も一緒に。
何故かペット達がチートな力を持って…。
アイラは只の幼女になって…。
そんな彼女達のほのぼの異世界生活。
テイマー物 第3弾。
カクヨムでも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる