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しおりを挟む辺境伯の言葉を聞いて、僅かな間、何かを考えるような表情を見せた神官長の表情が厳しくなる。
その顔にぎくり、と緊張した様子を見せた聖女は、しかし気づかない顔に戻ってその目をこちらに向ける。
招かれざる客、は彼女自身なのだけれど、そんなことはきっと思い浮かべもしない彼女にとっての招かれざる客は、わたしだ。
けれど、彼女は立ち回りを心得ている。
外見に似つかわしく、可愛らしく小首を傾げてこちらを見る。その愛らしい表情は、ヴィクターのために作られたものだろう。
「あの日は自立する、と断られましたが、竜騎士隊長様を訪ねてきたこの席に同席されているのは、やはり王都の城で生活をしたいというお話でしょうか?」
なるほど。
そうとれるのか。
先ほどの厳しい表情をしまいこみ、神官長の呆れた目がこちらに向けられる。図々しい、と思っているのだろう。
「それにしてもこのような席で、異性と密着していらっしゃるのは…」
言葉を濁しはしたけれど、まあ、はしたないとか、なんとか。そういう言葉を続けたいのだろう。
そしてそれは神官長も同感のようだ。
ただ、残念ながら離れるに離れられない。この状況は居心地が悪く、そっと体を離そうとしたものの、呆れた様子のヴィクターが一瞬だけ離れた途端、ひどい不調に襲われたのだ。
先日、王家の屋敷で顔を合わせた時のあの不調がさらに輪をかけてひどくなっている感覚だ。
この屋敷の中はタイちゃんのおかげでかなり過ごしやすくなっているはずなのに。竜が頻繁に出入りするこの領地では、簡単に魔力酔を起こしてしまう。そうならないようにタイちゃんが保護をかけてくれているのだ。
ヴィクターが客人の前でも腰に回した腕を緩める気配もなかったのは、わたしには感じ取れない魔素や魔力を感じ取っていたからなのだろう。
ただ、それに違和感を覚えているのはおそらく、辺境伯家の方たちだけで、神官長は気にしてもいない。彼には影響を与えないのか、聖職者はタイちゃんがくれているような加護を常に纏っているのか。
「あいにく」
ヴィクターが代わりに口を開く。何を言うつもりか、と思ったけれど、核心には触れずにおくようだ。
王弟殿下が慎重に進めていることをこんな場所で暴露もしないだろう。
「彼女はつい先日まで体調が悪く動けなかったので。慣れないお二人の魔力が、彼女の体には合わないのでこうして中和しているわけです」
途端、何かを閃いたような顔を聖女がする。
気遣う声色で、こちらを覗き込んだ。その目にぞっとする。
「そんな。わざわざ同席されなくても言伝いただければ一緒に城にお連れしたわ。わたしの治癒を受けるためもあったのね」
言いながら伸びてきた手から逃げようと身を引く前に、神官長が止める。
「聖女様、いけません。今の竜騎士隊長殿の言葉をお聞きでしょう。彼女は合わない魔力を受け付けないのです。聖女様の魔力を流せば命に関わることもあります」
余計なことを。
嬉しそうな色が一瞬浮かんだ。ただ、こちらの顔を覗き込んでいるから、他の人にはきっと、見えていない。
「あら、治癒の力ですもの。そんなことがあるんですか?」
無邪気を装って。
聖なる治癒の魔力を流して不調を来たせば、最初に害のある存在を疑われたとおりの魔族の類だと言うつもりか。そんなことをせずとも、魔力を流すだけで排除できると思っているのか。
「必要以上に近づかないでください。そうすればこうして魔力を流していれば問題ない」
ぴしゃり、とヴィクターが退け、一連のやり取りを見守った辺境伯がため息をつく。
「しかし、周囲に影響が出るほど魔力が漏れるようでは。魔力変換が定着しない幼い子供に聖女様が近づけないではないですか」
その程度の訓練もできていないのか、と聞こえる言葉に、流石に今度は目の前の2人が揃ってむっとする。
気にする様子もなく、追い打ちをかけたのはイルクだ。
「この家は常に竜がいる。トワが困らないように余計な魔力は中和されるようにしてあるんだが。聖女様の魔力は随分と強いようですね」
選択的に遮断されているとは言わない。
そして、この屋敷の中では聖女の魅了の魔力は打ち消されているようだ。時折見せる神官長の様子からふと思う。その魔力のそもそもの持ち主が近くにいるのだ。そして、2体の精霊が一緒になったタイちゃんの力の方が遥かに上。
けれど、長い時間、深くかかった魅了を解除することは危険を伴うとも聞いた。精神に影響する魔法が禁じられてるのもそのためだと。
気を逸らすために聖女が話を逸らしたが、軌道修正をしないと埒が開かない。
「聖女様、ここに同席させていただいたのは先日のお話の際にこちらの国の作法を聖女様のようには学んでいないわたしに何か無作法があり、辺境伯家にご迷惑をかけるかと心配をしたためです。ご厚意はありがたいですが、城に住むということは、国民の方々の納めたもので生活をさせていただくということです。わたしはそれをさせてもらう立場にありません。もちろん、領地を持つ辺境伯家のお世話になることも同じことですが…ようやくここではできることも見つけ、お邸を出て生活できるようにもなりました。住む場所のお世話は結局していただいていますが」
その申し出を受けることは、絶対にないと伝え、話を戻す。
驚いた顔で神官長がこちらを見ているのは、きっと、思っていたのと違う答えを言ったからだろう。聖女のようにできる役割があるわけでもなく、貴族の庇護をたまたま受けて贅沢に暮らしている、と。そのとおりなのだけれど。
「竜騎士隊の任務についてヴィクター様に…というより、アメリア様に何かを言うのは、筋違いです。竜騎士隊に任務を命ずるのは国王陛下です。竜騎士隊という強力な部隊をそのような私情を挟んだ指揮系統におくことはないはずです」
ああ、怒ってるな、と思いながら、言いたいことは言ってやったと口をつぐむ。
ただ、怒っているな、と感じ始めたあたりから、ヴィクターに支えてもらっていても気分が悪い。聖女の体に靄がかかったように見える。
険しい顔をした神官長が周囲を見回した。
「瘴気の気配…??」
聖女様、浄化はできそうですか。
そう声を向けられた聖女は、慌てて険しい表情を引っ込める。それでも、まだ靄は完全には消えない。
気配は感じられても、場所の特定はできない様子の神官長の緊張した面持ちを、妙に白けた思いで見上げた。
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