69 / 87
60
しおりを挟む辺境伯の言葉を聞いて、僅かな間、何かを考えるような表情を見せた神官長の表情が厳しくなる。
その顔にぎくり、と緊張した様子を見せた聖女は、しかし気づかない顔に戻ってその目をこちらに向ける。
招かれざる客、は彼女自身なのだけれど、そんなことはきっと思い浮かべもしない彼女にとっての招かれざる客は、わたしだ。
けれど、彼女は立ち回りを心得ている。
外見に似つかわしく、可愛らしく小首を傾げてこちらを見る。その愛らしい表情は、ヴィクターのために作られたものだろう。
「あの日は自立する、と断られましたが、竜騎士隊長様を訪ねてきたこの席に同席されているのは、やはり王都の城で生活をしたいというお話でしょうか?」
なるほど。
そうとれるのか。
先ほどの厳しい表情をしまいこみ、神官長の呆れた目がこちらに向けられる。図々しい、と思っているのだろう。
「それにしてもこのような席で、異性と密着していらっしゃるのは…」
言葉を濁しはしたけれど、まあ、はしたないとか、なんとか。そういう言葉を続けたいのだろう。
そしてそれは神官長も同感のようだ。
ただ、残念ながら離れるに離れられない。この状況は居心地が悪く、そっと体を離そうとしたものの、呆れた様子のヴィクターが一瞬だけ離れた途端、ひどい不調に襲われたのだ。
先日、王家の屋敷で顔を合わせた時のあの不調がさらに輪をかけてひどくなっている感覚だ。
この屋敷の中はタイちゃんのおかげでかなり過ごしやすくなっているはずなのに。竜が頻繁に出入りするこの領地では、簡単に魔力酔を起こしてしまう。そうならないようにタイちゃんが保護をかけてくれているのだ。
ヴィクターが客人の前でも腰に回した腕を緩める気配もなかったのは、わたしには感じ取れない魔素や魔力を感じ取っていたからなのだろう。
ただ、それに違和感を覚えているのはおそらく、辺境伯家の方たちだけで、神官長は気にしてもいない。彼には影響を与えないのか、聖職者はタイちゃんがくれているような加護を常に纏っているのか。
「あいにく」
ヴィクターが代わりに口を開く。何を言うつもりか、と思ったけれど、核心には触れずにおくようだ。
王弟殿下が慎重に進めていることをこんな場所で暴露もしないだろう。
「彼女はつい先日まで体調が悪く動けなかったので。慣れないお二人の魔力が、彼女の体には合わないのでこうして中和しているわけです」
途端、何かを閃いたような顔を聖女がする。
気遣う声色で、こちらを覗き込んだ。その目にぞっとする。
「そんな。わざわざ同席されなくても言伝いただければ一緒に城にお連れしたわ。わたしの治癒を受けるためもあったのね」
言いながら伸びてきた手から逃げようと身を引く前に、神官長が止める。
「聖女様、いけません。今の竜騎士隊長殿の言葉をお聞きでしょう。彼女は合わない魔力を受け付けないのです。聖女様の魔力を流せば命に関わることもあります」
余計なことを。
嬉しそうな色が一瞬浮かんだ。ただ、こちらの顔を覗き込んでいるから、他の人にはきっと、見えていない。
「あら、治癒の力ですもの。そんなことがあるんですか?」
無邪気を装って。
聖なる治癒の魔力を流して不調を来たせば、最初に害のある存在を疑われたとおりの魔族の類だと言うつもりか。そんなことをせずとも、魔力を流すだけで排除できると思っているのか。
「必要以上に近づかないでください。そうすればこうして魔力を流していれば問題ない」
ぴしゃり、とヴィクターが退け、一連のやり取りを見守った辺境伯がため息をつく。
「しかし、周囲に影響が出るほど魔力が漏れるようでは。魔力変換が定着しない幼い子供に聖女様が近づけないではないですか」
その程度の訓練もできていないのか、と聞こえる言葉に、流石に今度は目の前の2人が揃ってむっとする。
気にする様子もなく、追い打ちをかけたのはイルクだ。
「この家は常に竜がいる。トワが困らないように余計な魔力は中和されるようにしてあるんだが。聖女様の魔力は随分と強いようですね」
選択的に遮断されているとは言わない。
そして、この屋敷の中では聖女の魅了の魔力は打ち消されているようだ。時折見せる神官長の様子からふと思う。その魔力のそもそもの持ち主が近くにいるのだ。そして、2体の精霊が一緒になったタイちゃんの力の方が遥かに上。
けれど、長い時間、深くかかった魅了を解除することは危険を伴うとも聞いた。精神に影響する魔法が禁じられてるのもそのためだと。
気を逸らすために聖女が話を逸らしたが、軌道修正をしないと埒が開かない。
「聖女様、ここに同席させていただいたのは先日のお話の際にこちらの国の作法を聖女様のようには学んでいないわたしに何か無作法があり、辺境伯家にご迷惑をかけるかと心配をしたためです。ご厚意はありがたいですが、城に住むということは、国民の方々の納めたもので生活をさせていただくということです。わたしはそれをさせてもらう立場にありません。もちろん、領地を持つ辺境伯家のお世話になることも同じことですが…ようやくここではできることも見つけ、お邸を出て生活できるようにもなりました。住む場所のお世話は結局していただいていますが」
その申し出を受けることは、絶対にないと伝え、話を戻す。
驚いた顔で神官長がこちらを見ているのは、きっと、思っていたのと違う答えを言ったからだろう。聖女のようにできる役割があるわけでもなく、貴族の庇護をたまたま受けて贅沢に暮らしている、と。そのとおりなのだけれど。
「竜騎士隊の任務についてヴィクター様に…というより、アメリア様に何かを言うのは、筋違いです。竜騎士隊に任務を命ずるのは国王陛下です。竜騎士隊という強力な部隊をそのような私情を挟んだ指揮系統におくことはないはずです」
ああ、怒ってるな、と思いながら、言いたいことは言ってやったと口をつぐむ。
ただ、怒っているな、と感じ始めたあたりから、ヴィクターに支えてもらっていても気分が悪い。聖女の体に靄がかかったように見える。
険しい顔をした神官長が周囲を見回した。
「瘴気の気配…??」
聖女様、浄化はできそうですか。
そう声を向けられた聖女は、慌てて険しい表情を引っ込める。それでも、まだ靄は完全には消えない。
気配は感じられても、場所の特定はできない様子の神官長の緊張した面持ちを、妙に白けた思いで見上げた。
31
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説

異世界転移~治癒師の日常
コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が…
こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします
なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18)
すいません少し並びを変えております。(2017/12/25)
カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15)
エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと
Debby
ファンタジー
【完結まで投稿済みです】
山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。
好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリスト。
やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。
転移先の条件としては『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。
そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。
更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。
これにはちゃんとした理由がある。必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ない。
もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。
──そして本当に転移してしまった星良は、頼もしい仲間(レアアイテムとモフモフと細マッチョ?)と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。
いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。
理想通りだったり思っていたのとちょっと違ったりするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。
あなたが異世界転移するなら、リストに何を書きますか?
----------
覗いて下さり、ありがとうございます!
10時19時投稿、全話予約投稿済みです。
5話くらいから話が動き出します。
✳(お読み下されば何のマークかはすぐに分かると思いますが)5話から出てくる話のタイトルの★は気にしないでください

記憶喪失の異世界転生者を拾いました
町島航太
ファンタジー
深淵から漏れる生物にとって猛毒である瘴気によって草木は枯れ果て、生物は病に侵され、魔物が這い出る災厄の時代。
浄化の神の神殿に仕える瘴気の影響を受けない浄化の騎士のガルは女神に誘われて瘴気を止める旅へと出る。
近くにあるエルフの里を目指して森を歩いていると、土に埋もれた記憶喪失の転生者トキと出会う。
彼女は瘴気を吸収する特異体質の持ち主だった。

形成級メイクで異世界転生してしまった〜まじか最高!〜
ななこ
ファンタジー
ぱっちり二重、艶やかな唇、薄く色付いた頬、乳白色の肌、細身すぎないプロポーション。
全部努力の賜物だけどほんとの姿じゃない。
神様は勘違いしていたらしい。
形成級ナチュラルメイクのこの顔面が、素の顔だと!!
……ラッキーサイコー!!!
すっぴんが地味系女子だった主人公OL(二十代後半)が、全身形成級の姿が素の姿となった美少女冒険者(16歳)になり異世界を謳歌する話。

私はモブのはず
シュミー
恋愛
私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。
けど
モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。
モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。
私はモブじゃなかったっけ?
R-15は保険です。
ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。
注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる