66 / 87
58
しおりを挟むノルが先を続けようとした時、控え目に扉がノックされた。部屋にみんないると思っていたけれど、いつの間に外に出ていたのか扉を開けて入ってきたのはラウルで、ヴィクターが頷くのを見て近づいてきて耳打ちをする。
近くにいる分、その声が漏れ聞こえた。聖女、という言葉を拾い、ヴィクターを見上げる。
視線に気づいたヴィクターが眼差しをこちらに向け、ため息をついた。
「聖女が辺境伯邸に来ているらしい」
え、と思わず声が出る。辺境伯領に入ることもできず、場所を変えてアメリアと共に話をしてまだ日が経っていない。王都からとんぼ返りして来たのではないかと思うような。
「領内に入れたのですね」
思いの外冷静にアメリアが返す。話の腰を折られた格好になっているが、みんな気にする様子もない。
「今回は教会が同行しているそうです」
ラウルが少し呆れたような声色で答える。教会、とは聖女に瘴気を浄化する訓練を施していると聞く。王家の馬車を使い、王家の護衛では領内に入ることもできないと、今度は教会を頼ったということか。
それにしても、話は終わっているはずなのだ。少し時間をおくと、また自身の理屈に舞い戻ってしまうのだろうか。それともまた別の話をしに来たのか。
王都に呼びつけるのではないのがまだ良しとすべきなのかとふと思ったが、そうではないとふと頭の片隅で思う。この間もそうだった。執拗に辺境伯の領内に入りたがっていた。
彼女のいう「イベント」があるのかもしれない。
「王都の神官長が同行しており、ヴィクター様との面会を求めているそうです」
神官長、という響きに目をあげる。
この世界のことはわからない。教会の立ち位置もわからない。ただ、聖女に訓練を施すということは、不在の場合に教会が瘴気の浄化にあたるということなのだろうか。
わたしの疑問に気づいたかのように、ヴィクターがどうした、と促してくれる。
「教会も、瘴気の浄化ができるのですか?また、ヴィクター様たちが護衛で動かなければならないようなお話でしょうか」
いくら遠征後の休暇といってもヴィクターはずいぶん長く領地に留まっている。いつ呼び戻されてもおかしくないとは思っていても、不安はある。前回の遠征の際には王都から辺境伯領に移動して守ってもらった。今となってはその辺境伯領に家を構えている。不安はないはずなのに。赤ん坊の分離不安のようだ。
「瘴気の浄化は聖女にしかできない。方法は伝えられているが、そのための魔法を使う素地がないんだ」
それだけ特化した魔法ということなのだろう。浄化ができないということは、瘴気に侵された人を治癒することもできないということだ。
僅かなりと聖女は浄化ができていると聞く。となればやはり、間違いなく、聖女、なのだろう。
「用件は聞いているか?」
「王城の竜舎に聖女が近づいた際、先日辺境伯領に近づいた際と同じような騒ぎになったそうです。竜騎士隊長の長期間の不在と今回のことを繋げ、疑念を抱かれたようです」
「陛下がか?」
「教会が、です」
少し間をおいて、今の言葉の意味が飲み込めた。ヴィクターが竜たちに聖女を拒絶させていると言い出したということか。
「そんなことをっ」
ヴィクターがするはずがない。そもそも、関わる気がないのだ。わざわざそんな労力を払うとも思えない。
どういうことか、ヒソクに問いかけようとすると、その前にそれまで黙っていたノルが口を開いた。
「もともと、竜たちは白竜が拾ってきた娘を害した聖女をよく思ってはいなかった。ただ、竜騎士と絆を結び訓練を受けた竜たちは、理性でそれを飲み込んだ。だが、その娘は神龍の器となった。それに加え、その聖女、竜舎で害をなしたようだ」
「がい?」
そこだけを拾ってしまった。
フォスのおかげで、竜たちに好意的に迎えられているのはありがたい限りだ。竜の中にも序列があり、フォスがかなり上位なのだというのはわかる。
けれど、それよりも。
そんなことをする意味がわからない。しかも、そんなことをして、よく領地に入れたものだと思う。
「竜舎に瘴気を持ち込んだ」
持ち込む?
そんなことができるのかという疑問と一緒に何のために、と思う。
「魔素には影響を受けないが、瘴気は竜にとっても毒だ。ヒトほどではないが、量によっては魔物化してしまう」
ヴィクターが察して教えてくれるが、その声は怒りを孕んでいる。魔物化してしまえば、倒すしかなくなる。竜ほどの大きさが魔物化したとなれば浄化は困難だ。大きなもの、知能の高いものほど浄化は難しくなると。
「神官を同行させて竜舎を訪ね、竜を騒がせた。…婚約破棄を受け入れないアメリア様が兄君にお願いしたと、噂になっているようだ」
噂をそのまま口にした様子のノルの言葉に唖然とする。
受け入れないも何も、というのが第一だが、どこからどうしてそんな噂が今さら流れるのか。どこで流れているというのか。
「ヴィクター様、わたしも一緒に行きます」
思わず、口をついて出る言葉に自分でも驚いたが、取り消す気にはならない。
おかしな噂を、被害者のような顔で。悪役令嬢、と言った声を思い出す。
元いた世界で、そんな小説や漫画は目にした。けれど、それは物語の主役から見た「悪役」でしかない。実際は悪いことをしているように見えないこともある。実際に、傍若無人だったり、悪いところがあることもある。けれど、それは「悪役」を割り振られた「令嬢」でしかない。物語の主軸から見たらなだけだ。見方を変えれば、婚約者を奪う方が悪役ではないのか。
かつて、恋人の気持ちが離れたときに、恨み言は出てこなかった。気持ちを繋ぎ止められなかった自分も悪いと思った。心変わりは、仕方ない。そう言い聞かせるしかなかった。
でも。それでも。
納得なんて、訪れることはなかった。
「アメリア様を悪くいう必要が、どこにあるというんです。何をしにきたか知りませんが、一緒にいきます」
頭に血が上っている自覚はある。
諦めたようなヴィクターのため息の向こうで、ノルが少し、目を細めた。
初めて見る、穏やかな表情のような気がする。
「魔力を流したことでわかることだが。お前たちは番だ。面倒を片付けたら、続きを話そう」
32
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説
異世界転移~治癒師の日常
コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が…
こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします
なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18)
すいません少し並びを変えております。(2017/12/25)
カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15)
エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)
無能と蔑まれた七男、前世は史上最強の魔法使いだった!?
青空一夏
ファンタジー
ケアニー辺境伯爵家の七男カイルは、生まれつき魔法を使えず、家族から蔑まれて育った。しかし、ある日彼の前世の記憶が蘇る――その正体は、かつて世界を支配した史上最強の大魔法使いアーサー。戸惑いながらも、カイルはアーサーの知識と力を身につけていき、次第に自らの道を切り拓く。
魔法を操れぬはずの少年が最強の魔法を駆使し、自分を信じてくれる商店街の仲間のために立ち上げる。やがてそれは貴族社会すら揺るがす存在へと成長していくのだった。こちらは無自覚モテモテの最強青年になっていく、ケアニー辺境伯爵家の七男カイルの物語。
※こちらは「異世界ファンタジー × ラブコメ」要素を兼ね備えた作品です。メインは「異世界ファンタジー」ですが、恋愛要素やコメディ要素も兼ねた「ラブコメ寄りの異世界ファンタジー」になっています。カイルは複数の女性にもてますが、主人公が最終的には選ぶのは一人の女性です。一夫多妻のようなハーレム系の結末ではありませんので、女性の方にも共感できる内容になっています。異世界ファンタジーで男性主人公なので男性向けとしましたが、男女関係なく楽しめる内容を心がけて書いていきたいです。よろしくお願いします。
【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
隠密スキルでコレクター道まっしぐら
たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。
その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。
しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。
奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。
これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。
社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します
湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。
そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。
しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。
そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。
この死亡は神様の手違いによるものだった!?
神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。
せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!!
※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)
土岡太郎
ファンタジー
自分の先祖の立派な生き方に憧れていた高校生の少女が、ある日子供助けて死んでしまう。
死んだ先で出会った別の世界の女神はなぜか彼女を気に入っていて、自分の世界で立派な女性として活躍ができるようにしてくれるという。ただし、女神は努力してこそ認められるという考え方なので最初から無双できるほどの能力を与えてくれなかった。少女は憧れの先祖のような立派な人になれるように異世界で愉快で頼れる仲間達と頑張る物語。 でも女神のお気に入りなので無双します。
*10/17 第一話から修正と改訂を初めています。よければ、読み直してみてください。
*R-15としていますが、読む人によってはそう感じるかもしないと思いそうしています。
あと少しパロディもあります。
小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様でも投稿しています。
YouTubeで、ゆっくりを使った音読を始めました。
良ければ、視聴してみてください。
【ゆっくり音読自作小説】女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)
https://youtu.be/cWCv2HSzbgU
それに伴って、プロローグから修正をはじめました。
ツイッター始めました。 https://twitter.com/tero_oo
異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる