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しおりを挟むまずいわ。
その言葉ばかりが頭の中をぐるぐると巡る。
毛玉が消えた。
精霊の存在を感知できるだけで特別な存在と言われる中、可視化し交信もできたことは、それが光の精霊であったことも重なって聖女であるという裏付けになっていた。
それは、設定どおりだ。
ただ、あんなことで、消えてしまうなんて。そんな話は聞いていない。
精霊は契約した相手を守るために攻撃魔法だって使うはずだ。それなのに…。
毛玉に頼んで自分で扱えるようになっていた魅了の魔法は便利に使えている。だが、あれに任せていた浄化の訓練は当然のように何も進まない。
遠征の帰路に王太子と処理した魔素溜まり…いや。正確には、王太子が対処した、だが。魔力切れを起こしていると伝えたが、王太子は本当に気づいていないのだろうか。
本当に、あんなものに向き合うことになるなんて、思わなかった。そして、浄化、というものの感覚は全く掴めない。意識せずとも、魔道具を使うような魔力の使い方はできているのだ。そうなると、そもそも浄化の力がないと疑われる日も近い。そう感じる。浄化できなければそれは、聖女ではない。
あの気味の悪い魔素の凝った場所で、黒い霧のようなものを吸い込んだ。
あまりにも濃い瘴気がそのように見える者もいるのだと、王太子から説明を受けていた。視覚的に捉えることができない場合は、ただ、体調の不調を覚えるのだという。
吸い込んだ瞬間、ぐらり、と頭が揺れるほどに全身で拒否を示した。
が。
じわじわと、何かが体の中に吸収されていく感覚がある。
魔力を流す訓練をしていた時にわずかに感じた魔力の流れが、増幅したように思えた。
浄化はできないかもしれない。いや。できない。
でも、吸収はできるのではないか。
瘴気を吸えば、死に至るか魔物に転じると聞いていた。その恐怖はある。
でも、異世界から来たのだ。作りが違うのだ。聖女であれば、別の設定があるのではないか。
王太子が浄化して、自分では吸収して、その場を収めた。
魅了の魔法で近い人たちは、籠絡している。好感度を苦労してあげる手間はいらない。魅了を使って仕舞えば、何をしたって許されるのだから。
国王には、効き目はなかったけれど。
あの時にはもう、毛玉が近くにいなかったから弱まっていたのかもしれない。抵抗がある人には、効き目が弱いのかもしれない。
そして、小さくとも魔素溜まりに対処したことで、王宮に戻ってからはしばらくゆっくりして良いとも言われている。
あの時体内に入った魔素が、魔力を使う時に瘴気のような黒い靄になって体表から出てきそうになることがある。
それは、まずいと思う。
その制御は、自力でなんとかしていくしかない。
それでも、まずい理由。
あの女。
一番最初に除外して、ゲームオーバーになったはずのあいつのところに、攻略対象者が複数いる。
シナリオとしておかしいではないか。どこで、ひっくり返されるか分からない。
王都を離れ、安心だと思った。
だが、遠い分今度は、目が行き届かない。何もわかっていない相手は、近くにいて決してうまく立ち回れないようにしておいた方が良かったのかもしれない。
「殿下、わたしと同じ時にこの世界に現れた人の庇護を、辺境伯様にばかりお任せするのは心苦しいです」
「どうした、急に」
美しい顔を少し驚いたように表情を変え、お茶のテーブルに一緒についていた殿下がこちらの想定通りに聞き返してくれる。
「王家の方々のご威光から遠い地ほど、魔素溜まりが湧きやすいと聞いています。聞けば魔力もないとか。王宮で保護することはできないのでしょうか?そうすれば、竜騎士隊長も安心して任務に就けるのではないですか?」
「ああ…」
何も生み出さないものを1人、王家の客として置くことの経済的な問題もあるのは承知している。だが、別に聖女を2人置くわけではないのだ。同じ水準である必要もないだろう。
「聖女様は、そのようなことにまで心を痛めていたのか。だが、辺境伯領は王都から遠いが竜の棲家を背負っている分、安全でもあるのだ」
「しかし、先日の夜会での騒ぎもあって、わたしとあの方が別々の家にいることは、外聞もよろしくないのでは」
その後もやりとりを続けたが、何よりも、辺境伯の領地、辺境伯家に王家の人間は近づくことができないのだと言うことが王太子が渋っている一番の原因だった。付き添うことができないから、と。
そんな設定は聞いたこともなかったが、そもそも辺境伯領に足を運ぶようなシーンもなかったことを考えると、裏設定としてあったのかもしれない。
「かまいません」
「なっ」
魔物も出る。遠征のあれだけの規模の護衛がいて怖いと渋ったのだ。驚くのも無理はない。
「殿下が仰ったではありませんか。辺境伯領は安全だと。それに、王家の守りである辺境伯家の方々が害をなすはずもありません」
あの女のせいで、敵に回すわけにはいかない。竜騎士隊長には、魅了をかけることができるほど近づくことすらできなかった。
それでも、周囲から固めれば。
間をおかず、話が伝わった国王からも制止が入った。目通りがかなうわけでもなく、ただ、伝令が伝えてきただけだ。
その国王の、言外に「誰のために王家と辺境伯家の婚姻が白紙になったと思っている」と言う言葉が聞こえてきそうだ。
国王を味方にできていないのが、予定外なのだ。
この世界の人間ではない、ここの決まりをまだ覚えきれていない。
それがどこまで通用するのかは知らないが、無邪気な顔で、にっこりと王太子に笑顔を向けた。
「殿下も、陛下も、そんなに心配してくださってありがとうございます。でもとにかく、一度お会いしてきます」
殿下の馬車と御者、そして、近衛を連れて行っても良いかと、話を進めていく。
目を離しちゃいけなかった。
だってあいつは、いつだって自分に都合よくことを動かすんだから。
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