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 竜は、竜騎士の技量に合わせて飛ぶのだと、フォスの背中で教えてもらった。
 高く飛翔した際の温度や呼吸するための空気の調整、速さで生じる風に耐える、または避ける術など、それらはすべて竜騎士が自分の魔力で行っている。らしい。
 力でも、おそらくは知識やさまざまな側面で劣る人族を、竜族が背中にのは、そう決め事が交わされたからなのだという。
 数で遥かに勝る人族が、強い竜族を脅威だと感じたら。また、倒した後のその体のすべてが余す所なく貴重な「素材」であるとなれば。
 力で優っても、残忍な迫害を受けた獣人族や、魔術の研究を重ね下等種のように扱われる種族が出てくるのを受けて、竜族がその長い生涯の一時、絆を交わした騎士を背に乗せることを受け入れた。ただしそれは隷属させるものでもなければ人族が上というわけでもない。
 魔素溜まりの影響を受けやすく、対応を取らざるを得ない人族と、魔素が流れる龍脈を守る神龍と一族を同じくする竜族の利害の一致の結果だ。

 が、そんな経緯は多く忘れ去られた。主に人族から。
 国同士のいざこざの道具にされ、竜騎士を抱える国が強者となり、また、何かを勘違いした人族から騎竜は家畜のように扱われもするようになった。
 それでもすべて正しく伝承されているとは言わないまでも竜の棲家を守る家が存在し、その立場を尊重する人々がいることで竜族は取り交わされた決め事を守り続けている。

「人は、寿命が短いから同じことを伝承していくのも大変なのですね」
「…好意的に受け取れば、な」

 弱体化し、国同士の争いに負け続けた疲弊した国では、意図的に、騎竜に害をなした記録もあるという。
 絆を交わしに竜の棲家に出向いた騎士は、純粋に竜騎士になることを望んでいた。竜騎士が少ないことで負けるのだと国で言われ、魔力が多く、竜騎士に必要とされる風の魔術に長けていたことから選ばれた彼は、それで国が守られると信じていた。
 だから、竜は信じ、絆を交わした。
 絆を交わした人が生きている限り、その絆は生き続け、竜を縛る。
 連れ帰った竜は劣悪な環境で酷使され、そして、最後は「素材」に分けられた。


 国は、滅んだ。



「この国がやっていることは、似たようなことだ。竜騎士をたて、騎竜を大事にしてはいる。大事な国力だからな。だが、聖女を召喚し、竜騎士と絆を結ぶより遥かに強大な神龍をとらえようとした。陛下がそのような企みに関わっていなかったことは救いだが、その膝下で起こったことを知らぬ存ぜぬで済む話ではない」

 だから、とヴィクターは真っ白なフォスの背中で片腕でしっかりとわたしを抱え込むように抑えながら手綱を取る。

「陛下からは、竜たちの希望に沿うように動けと許可をいただいている。ただし、トワに無理強いをすることはない。それは陛下も考えていない」


 なんで。
 なんでそれほどの方から、あの王太子が生まれたのだろう。
 その陛下を見ながら育って、なぜあのような考えになったのだろう。
 それほどに、王宮という場所はさまざまな思惑が入り混じっているということか。誰が教え、誰が影響を与えるかで大きく変わってしまう。






 つまりは、竜騎士隊長とは言ってもヴィクターが最も速く飛べるし高くまでいくことが出来る。
 結果、急ぎの場合などは自ら動くことも多くなるのだというようなことを話していたはずが、思いがけず難しい話になってしまった。
 背中にしっかりと密着しているヴィクターの厚い胸板が揺れて、笑っている気配が伝わってくる。

「セージが、良い生徒をあてがってくれたと喜んでいたが、なるほど。お前はここのことを知らないからこそ素直に疑問をぶつけてくる。こちらまで考えさせられる」


 高高度を飛ぶフォスの背中からは、どれほどの速さで移動しているのかは掴めない。
 昼時に一度、開けたところに降りて移動食…お弁当を食べた。

 深い森の中でぽっかりと開けたそこは不思議な空間で、まるで翼を休めるための休息場所のようだった。
 ここまでは人の足ではまず入ってくることはできないと、寛いだ様子でヴィクターが話す。人が入ってくる場所は危険が伴うような言い振りだが、きっと事実、そうなんだろう。人からすれば、危険で入れない場所、なのだろうなとも推測する。
 降り立ってみれば取り巻く樹々は巨大で、その太い枝は小型の竜であれば止まり木にもできそうだ。
 そんなことを思っていると、実際、そうなのだという。またこの森の樹々は守りや隠蔽がかかっているから、危険な時に幼い竜をここに隠すこともあるのだという。鬱蒼とした印象はなく、木々の隙間からの木漏れ日で明るい森になっている。光を通すから下生えも豊かな植生を見せている。
 そして、大きなフォスが降り立てるほどの空間には澄んだ湖があり、滝が落ちてきている。
 今更ながら、ファンタジーの世界にいるんだと妙な実感が湧いた。
 この湖は深く、表に出ていない地底でも地底湖として大きく広がっているとフォスが教えてくれた。
 水棲の竜族も住んでいるが、今日は姿を見せないだろうと笑っている。

「なんで?」
「姿を見せてお前を足止めしたら怒られるから、だそうだ」
「怒られるんだ…」
 と応じながら、今ピクニック気分で気持ちよく食べている手元のサンドイッチを眺める。
「ゆっくり食事、していますが…」

 少し、間をおいてヴィクターがくしゃっと笑った。
「食事もさせずに連れて行ったらフォスが怒られる。そんな無茶な急かし方をするのは人族くらいだ」


 でも、元いた世界でも、急いでいる時は食事を後回しにすることは当たり前に思っていた。
 というか、気になって食べる気にならないから時間に間に合わなさそうな時はとりあえず終わらせてから、というのはそれぞれの感覚でもあるのかもしれないけれど。
 「人」の感覚はこっちも向こうも、もしかしたらそんなに変わらないのかもしれない。
 ただ、指摘されて確かにおかしなことかもしれない、とは思える。

「食べたら少し休んでから向かおう。フォスなら日が暮れる前に到着する」

 ずっと、ヴィクターの魔力で上空で守ってもらっていた。その魔力で魔力酔を起こさないようにそちらのケアまでしっかりとしてくれている。
 つくづく、すごい人なのだ、と思う。自分でできないから、それがどれだけ大変なことなのかすら正しく理解することもできない。
 この休息も、ずっと魔力にさらされていた体を休ませるためだということは、さすがにもう察することができた。
 自分で作った料理の効果を実感でいてしまっていたから。体が軽くなって、深く息を吸い込んでみて、体に無理をさせているのだと実感させられる。竜の背中に乗るのも、支えてもらっているとはいえ普通に行けば、身体中筋肉痛になるだろう。
 守ってくれている魔力がヴィクターの魔力、体に馴染ませてある魔力だからこれで済んでいるのだというのも、これまでの経験からわかる。
 ありがとう、という言葉じゃ全く足りない。


 出来ることは。
 自分に望まれることに応えられることならば。



 応えることでこの人の役に立ちたい。



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