40 / 87
35
しおりを挟む辺境伯領は竜の棲家の入り口にある。
とはいえ、その竜の棲家の深部は人の立ち入ることのできない領域だと聞かされた。竜騎士たちが騎竜としている竜たちは、広大なその棲家の、定められた谷に降りてきているのだという。そこまでも、人の足では7日間を要する。訓練された騎士の足で、だということを考えると、どれほどの道のりなのだろう。
当然、馬などは使えない。竜を恐れずに歩むことができる馬は訓練された限られた馬だけだ。それも、人里で訓練された竜のみを相手にすれば、のこと。
竜騎士になれば、竜の背に乗ってそこまで行くことはできるが、その奥に踏み込むことは禁忌とされている。らしい。
辺境伯領の竜が降り立つ囲いにもまだ騎士と絆を繋いでいない竜が降り立っており、運が良ければ、そこで出会うこともある、のだとか。
そんな話を、フォスの番竜のところに行くと決めた後で聞かされた。
自分の足では、何日かかるのだろう。その間の食料を運ぶことを考えると、荷物の重みでなおさら時間がかかりそうだ。途中に人が雨風を凌いだり食料を貯蔵しておくような小屋の設置も許されていない。本来、人の立ち入ることのできない領域ということだろう。
そんなことを考えていると、アメリアが不思議そうに首を傾げているのに気づく。
「?」
「トワ、何を考え込んでいるの?…お兄様、フォスと行くのでしょう?」
「当たり前だろう」
「あたりまえ…」
「第一、深部に行くことになる。竜が一緒でなければまず辿り着かないぞ」
「ヴィクター様、それ、今初めておっしゃいましたよ?」
「そうか」
…。なんか、言い返す気にもならない。
複雑な心境なのに、なぜかこちらを見ている、この見目麗しい兄妹は目を細めている。何がそんなに嬉しいのかと訝しんでいると、控えていたラウルが軽く咳払いをする。
このヴィクターの側近も竜騎士として遠征に付き従っていた。帰還した当初は他の隊員と同じように騎竜の世話や遠征の事後処理でヴィクターから離れていたが、まるで日本人のような勤勉さと彼が優秀であることの証左か、さほど経たずに見慣れた距離に戻ってきていた。
「お二人とも、心中はお察ししますが、トワ嬢には伝わりませんよ」
この人は、呼び捨てで良い、と言っても最初の不審者として警戒していた段階を過ぎると敬称をつけて呼ぶようになった。主人の客人だから、と。それに見た目と違って歳も上なのでしょうと言われてしまえば、そういった感覚はとても同調できるので強く言うこともできない。
「心中、ですか?」
「トワは、だいぶ表情が出るようになった」
「…最初から、顔に出やすいとおっしゃってませんでしたか?」
「考えていることが読み取りやすいのとは違う。感情が出るようになった。そういう、不服そうな顔は全く見せなかったぞ。ずっと、戸惑った、申し訳なさそうな顔をしていた」
言われてみれば、そうかもしれない。
どんな顔をしているかなんて分からないけれど、全く知らない世界で、戸惑いばかりだった。不安や恐怖が少なく、ほとんどなかったのはひとえにこの人たちのおかげだ。
最初に見知らぬ誰かたちに取り囲まれ、何の話かも分からないまま一瞬でその場から弾き出された。
それが転移魔法、というものだということは今はわかる。
あの時は訳も分からず、弾き飛ばされる感覚に、痛みに備えた。痛みを感じる前に意識を飛ばしてしまったけれど。
きっと、召喚術を使った王宮の誰かが、余計なものを呼び込んでしまった事実をなくすために即座に行ったことなのだろう。
そのおかげで、こうして今ここで不自由なく絶対的な安心感の中で過ごせていると思えば、何がどう転ぶか分からない。
「ヴィクター様やアメリア様、皆様のおかげで安心して過ごさせていただいていますから」
なぜここにいるのか、これからどんな話を聞いて、何を期待されているのか。それを聞くことに不安はある。けれど、そこに少し、楽天的な自分が顔を出しているのもわかる。
たった1人で、そこに放り出されないだろうという、妙な自信。
この人たちは見捨てないで、見放さないでいてくれるだろうという。そんな妙な自信。
だから、それがどんな話だったとしても、それがこの人たちのためになるのであれば、受け入れようと漠然と思っている。だからきっとこんな、そわそわして落ち着かないけれど、怖さはあまりないんだろう。
これはすごいことだ。と思う。
もともといた世界でだって、こんな風に誰かを信じて妙な自信は持てなかった。
ヴィクターやアメリアだけじゃない。
みんな、信じられるし頼れる。
前も、信じて頼っている友人は多かった。ただ、こんな無条件なものだったかと言われると分からない。
ここでは分からないことだらけで、変に取り繕う余裕もなかった。それがかえって良かったのかと思う。
「フォスの番竜のところには、皆さんで向かうのですか?」
「人が立ち入らない領域まで行くことになる。俺とお前だけだ。竜騎士隊は数日中に王都に帰還するように言ってある。レイ殿下はこれ以上竜の棲家に近づくわけにはいかない」
そういえば、そんな話もあった。
一体、竜族全てを相手どって王家はどなたが何をしてしまったのか。それでも竜騎士隊を傘下に置くことでかろうじてつながりを保っているというところか。
それも、辺境伯家の匙加減という印象もある。
「今日はゆっくり休め。明日出発する」
「それではヴィクター様、今日はわたしが夕食の準備をしてもよろしいですか?」
言った途端、顔を顰められる。
それで一度魔力枯渇を起こしたことで警戒されているのだ。
苦笑いをして、アメリアが助け舟を出してくれる。
「お兄さま、トワの料理はとても美味しいのですよ。お兄さまだけ味わっていないなんて……」
9
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説

異世界転移~治癒師の日常
コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が…
こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします
なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18)
すいません少し並びを変えております。(2017/12/25)
カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15)
エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

私はモブのはず
シュミー
恋愛
私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。
けど
モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。
モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。
私はモブじゃなかったっけ?
R-15は保険です。
ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。
注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

辺境伯令嬢に転生しました。
織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。
アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。
書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~
りーさん
ファンタジー
ある日、異世界に転生したルイ。
前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。
そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。
「家族といたいからほっといてよ!」
※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる