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Side another 4
しおりを挟む「ヴィクターは?」
帰還する遠征隊の上空をふと見上げると、ずっとそこにいたはずの竜騎士隊の飛影がない。
離れて編隊を組んでいるという様子でもない。
王太子は、見上げる様子もなくその目を穏やかにこちらに向け、当然のことのように答える。
「竜を休ませるために遠征後は竜騎士隊は辺境伯領に立ち寄るのが慣わしだ」
「え」
だって。
まだ、帰還をしていないではないか。護衛、ではないのか。
残った近衛騎士隊がおそらくは実戦に向いていないことはわかる。貴族子弟の人脈づくりのような機能の隊ではないのか。
瘴気だ、魔物だと。
そんな話をしているのに、なぜ実戦に耐えられる部隊を帰してしまうのか。
「それは、帰還報告の後のお話ではないの?」
気安く話すことを許されている。その優越感はあるが、今はそれよりも心細さが勝る。
剣など装飾品で、まともに振るったことがないのではないかと思うような美しい顔で王太子は微笑みを向けてくる。
「今回は陛下の許可がある。わたしと竜騎士隊長の妹、アメリアの婚約が解消されたこともあって、配慮されたんだろう」
「婚約解消?」
聞いていない。
確かにそれは望んだ筋書きだけれど。
王太子の寵愛を得ることで立場と富と名声。竜騎士隊長からは身の安全と、誰にも冷徹な美しい人を従える満足感……。
攻略対象それぞれを身の回りに置くつもりでいた。それが全く、知っている筋書き通りに話が進まない。
あんな、イレギュラーが混ざり込んだせいだ。
「辺境伯家から申し入れがあったそうだ。竜の力を傘下に収めている辺境伯家との結びつきは本来王家には絶対に必要なもの。陛下もそれを受け入れて今後どうされるおつもりなのか」
「…その口ぶりでは、殿下はアメリア様と婚約したままでいたかったように聞こえます」
甘えた口調で言えば困った顔をすると予想したけれど、違った。
その意味を読み取れない微笑みで、言葉は返ってこない。
「聖女がいる際は、聖女も王家の方と婚姻関係になると教わりましたが」
「そういうことも、ある」
なんだろう。
本当に、思う通りに進まない。全く知らない世界のようだ。イベントもきちんと発生しないし、結果、話も進められない。
「殿下、遠征隊の戦力がこれほど減って、大丈夫なのですか?王太子殿下がここにいらっしゃるのに」
「近衛もいる。問題はない。それに、途中立ち寄る街にかける負担も減らせる」
人数が多ければその分、宿泊する街への負担は大きくなる。
そこまで説明されれば言いたいことはわかったが、王族が、聖女が立ち寄っているのだ。名誉なことと受け入れているのではないのか。
「魔素溜まりの発生が増え、瘴気の影響もある。作物の生育にも影響が出るからどこも豊かな訳ではない」
不意に、殿下の背後から側近が言葉を付け足す。
この人も攻略対象だった。けれど、早々に対象から外した。何せ、口うるさい。
それに、この距離でいる2人に同時に、は印象が悪くなることが分かった。そこも、違う。うまく立ち回れるように、話ができていたのに。双方が必要なのだと納得するように。
まるで現実のように人が感情を動かす。
途中、立ち寄った町で魔素溜まりが近くに発生していると報告を受けた。
そんな危険な場所、と次の町まで行ってしまいたかった。そう伝える前に、その場にいる人たちの期待の目が向けられる。
聖女ならば、と。
そんなこと、できるわけがない。だって、実際に目にする予定なんてなかったから、訓練の時間は全部、あの毛玉にやらせていた。理屈だってわからない。そんな恐ろしい場所、近づきたくもない。
毛玉がいないのだから、できることなんてない。
聖女が使うという光の精霊の力を借りた魔法も、聖魔法も、覚えてない。
言えないけど。
率先して、王太子が付き添ってくれる。
ありがたくなんてない。王太子だって、危ないだろうに。
ただふと、あのお披露目会の日、国王が魔素溜まりの対処に出ていたことを思い出す。
そういえば、王族もまた、光魔法を使うのではなかったか。
「殿下…」
「どうした?」
こちらの緊張をほぐすように、優しい声で応じる。この人は本当に、良い方なんだろう。あの、地下室の異常な状況は二面性なのか。
「慣れない遠征のためか、魔力があまり残っていません」
魔力、というものを感じ取ることはできた。人として多いのか少ないのかはよく分からない。ただ、それを使ってさまざまな魔道具を駆使し生活するこの世界は、よくできていると思う。
「わたしも手伝おう。まだ陛下ほど使いこなせてはいないが、わたしも魔素溜まりや瘴気に対処する術は学んでいる」
やっぱりだ。
そんな設定はなかったけれど、思った通りだ。だから、王族という立場も守られているのかもしれない。そういった特別な魔法を扱う一族を中心に。
案内された場所は、気分の悪くなる場所だった。
どんどん空気が澱んでいく。
瘴気が濃いから、と、途中で同行する人が減らされた。耐性がないと危険なのだ、と。
そんなもの、あるというのか。誰がそれを確認してくれたのか。聖女ならばと、確認もせずに連れてきていないか。
魔素溜まり、は、汚い水たまりのように見えた。
黒い煙のようなものが立ち上っている。
タールや原油でもそこに溜まっているみたいだ。
「これが魔素溜まり?」
「まだ小さい。早いうちに見つけて対処できるのは不幸中の幸いだな」
王太子は、守ってはくれるけれど逃げさせては、くれない。
そして、逃げることはできない。そうした瞬間、居場所を失い路頭に迷うことは目に見えている。
「神龍は出会えなくても、一つ魔素溜まりを浄化できれば、遠征の意味もあったというものだ」
暗い気持ちで、耳に入ってくるその前向きな言葉を聞いた。
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