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しおりを挟む聖女の遠征を「茶番」と言ってのけたヴィクターの最初の行動は意外にもアメリアと王太子の婚約解消だった。
一度辺境伯領に帰ってきた際に辺境伯とは話し合いをしていたらしい。今後、何かにつけて婚約者であることを理由にアメリアが呼び付けられたり行動を制限されることがないように、ということなのだろうとはわたしでもわかった。
ただ、国王陛下も辺境伯家との結びつきは維持したいのか、内々で次を打診してきたらしい。
元々はアメリアはレイ殿下の婚約者?婚約者候補?だったとか、そんな話はしていたと思い返せば、アメリアへの評価の高さの表れとも言えるんだろう。
この国は、この世界は女性が少ないとも話していたけれど、王家の婚約者になる年代は貴族には女性が増えるような話もしていた。とすれば、他に王家に相応しい家柄に年頃の令嬢がいない、という話ではないはずだ。
実際、一度行った王家主催のパーティでは着飾った女性の姿は当たり前に見かけた。あの光景を見ただけで聞かされていなければ、種としての存続が危ぶまれるほどに女性が少ないなどとは考えもしなかっただろう。
結果、この世代の男性は女性と家庭を気付き後継を得ることを望むことができる。ただしそれも、将来の安定性や身分など、好条件の方からなのはどこの世界も変わらない。
そのパーティもアメリアが登城を控えていると聞いてあわよくば、と着飾った女性も多かったのだそうだ。
これは、アメリアが面白がりながら教えてくれた。基本的には王太子は見た目も美しく、聡明で陛下の跡を継ぐのに申し分ない、と言われているのだという。二面性なのか、強烈な方を目の当たりにしてしまうと俄かには信じ難いけれど。ただ、ここまでアメリアが婚約者としての関係を維持していたことを考えれば確かにそうなんだろう。
王太子の母君は、急激に力を増した隣国から嫁いできたが、当時まだ健在だったレイ殿下の母君を王妃としてたて、側妃に甘んじることを納得した様子はなかったという。隣国は竜騎士を持たず、黒持ちへの差別感情の強い国だったこともあって、レイ殿下への当たりも強かった。そこから、王家が竜に拒絶をされるという事態につながっていったというのだから、国を傾けるために嫁いだと、裏があったと取られても仕方のない状況ではある。
とにかく。
そのパーティで王太子が婚約者であるアメリアをエスコートすることなく放置し、エスコートしていた聖女に好き勝手をさせ、アメリアに暴言を吐き、攻撃的になり、さらには婚約者を庇ったトワを囚え、騒ぎを起こした聖女は咎めることなく庇護し続けた。
国の大事な聖女だから、王太子自らエスコートしたと。
そこまでならぎりぎり言い訳も通用したのだろうがそこから先は、弁解の余地はない。手元においたのであれば、身につけるべき知識を備えることができるよう導くのも王太子の役目だった。けれどそれどころか暴挙を黙認し、後押ししたと取られても仕方ない。
王家として、アメリアを害すことを容認するのであれば、そもそも婚約関係の維持はできない。
辺境伯家からそう申し入れがあれば、国王陛下も婚約解消については認めるしかなかったのだろう。
楽しそうにその話をする辺境伯を見ると、あの王太子は竜に認められないのと同様に、この家にも認められていなかったのだなと、聞かなくても伝わってくる。
竜騎士隊を擁する国で、竜を理解できないのでは確かに、この辺境伯家の立場としてはあまり歓迎できるものでもない。
すぐにとは言わないが、折を見て弟を相手として考えてはもらえないだろうか。
一国の主人としては、とても控えめな打診に、辺境伯も折れた。
ヴィクターは納得しないだろうが、と前置いて、端然と座る娘に苦笑いを向けた。
「それは、王弟殿下が望まれて、娘も望めば考えましょうとお答えした」
「もう答えたのですね、お父様」
さらり、と応じてアメリアはため息をつく。そんな姿も凛として美しいなんて、さすが淑女として教育を受けてきた人は違う。
そんな感心をしていると、急にそのアメリアの目がこちらに向けられた。
「トワ、倒れたというのに、相変わらずよく働いているようね?」
「セージ先生がおっしゃってましたから。人の魔力を加えられて育ったものや作られた料理は体に合わない可能性が高い、と。であれば自分でやるのが一番体に良いということです」
「揚げ足をとって…。でもそのための道具をトワは使えないでしょう?」
「魔道具ではない道具を、ブレイクに教えてもらいながら少しずつ作っているんです。それに、わたしが使えなくても、わたしの体内の魔力に反応するような魔道具が作れないかも試してくれているみたいです」
うきうきと答えると、アメリアと辺境伯が顔を見合わせた。
獣人は力も強いし武技に長けているけれど、手先も器用で魔力も高い。限られた魔力を増強したり効率的に使う魔道具も獣人の間にはあるようで、その応用だとかなんとか言って試してくれている。人間の社会には出回ることはないらしい。道を分かった種族の間で、その技術を渡すことは自分たちの身に危険を引き寄せるようなものだからと笑っていた。
「お父様」
「分かっている。…ヴィクターめ、そういうつもりもあったのか」
不意に交わされる親子のやり取りに目を上げた。
今は味噌作りは大体完成に近づいている。祖母が作ってくれていた手作り味噌のような出来に仕上がってきていた。ここから応用して醤油も作れるとだいぶこちらでの食事にも幅が広がりそうだ。
発酵食品、ということで抵抗があるかと思ったが、味噌の試作品は離れではかなり好評だった。それもあってセージ先生は完成に向けた協力と、次の試作に積極的だ。
「アメリア様?」
「そろそろ、お灸も据えられたでしょうから、帰還命令を出していただかないと、お兄様が荒れますわよ」
「陛下に進言しておこう」
アメリアを王家に繋ぐ交渉を許す交換条件にすると立ち上がる辺境伯の背中をぽかんとして見上げた。
ここまで見越していたとしたら、ヴィクターは策士だ。
ただこれは、どうやらまた、わたしが無茶をしていると言いたいらしい結果となれば、多分違う。
違うと思いたい。
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