33 / 87
29
しおりを挟む「それじゃあ、赤ん坊より手がかかるってことですか……」
さらり、とセージ先生がしてくれた状況説明への反応は、それに尽きた。
そもそも、魔法が使えないことでこの世界の色々な道具を使うことができない時点で子供より手がかかるようになっていると考え方としては理解していた。元の世界でも道具を使う生活に馴染んでいたわたしにとっては、どれだけ便利な生活をしていたのかを身に沁みて実感しながら、助けてもらえる時は助けてもらって、それがだめなら原始的な方法で解決するしかない。
けれど、それ以前の問題だった。
この世界の人たちは、呼吸や食事、生きている上での生命活動の中で魔素を取り込んで自分の魔力に変換する。血液を流す血管と同じように体の中に魔力を巡らせる器官が備わっていると考えれば良い、と言われた。
赤ん坊などはその器官が未発達で、母乳に含まれる自分に近しい濃い魔力を取り込んだり、身体接触でヴィクターにやってもらっているように馴染ませてもらったりしているらしい。
それが未発達、もしくはそもそも魔素のない世界にいたわたしには備わることのない器官かもしれない、という話だったのだ。
器として魔力の受け皿は幸いにも持ち合わせている。
この世界で空気からも魔素が取り込めて魔力変換できる、ということは空気と同じように魔力も体内にその量の差こそあれ必要なものだということなのだろう。
「少なくとも、トワは魔素耐性は弱いですね。慣れて馴染めば変わるかもしれませんが、確かに今まで存在しなかったものであれば体にとっては異物でしかありません」
「でも魔力枯渇も、危険なんですよね?」
「そう。なかなか、おもしろ…いや、手のかかる体質というのはそういうことです」
今、面白い、と言いかけましたね。先生。
しっかり聞いたぞ、と思いながらそこは諦めて続きを聞く。いちいち言葉尻を捉えていると話が進まない。
「まあ、通常の状態の空気であれば問題ないのは今までの様子からわかります。瘴気が発生するような魔素だまりの近くは危険でしょう。魔素を自分の体に必要な魔力に変換することができないまま異物として体内に取り込んでいるのなら、それは毒素のようなものです」
駆けつけてくれたその足で、そのまま魔力を与えてくれていたらしいヴィクターも初めて聞く話のようで、表情が固い。このまま話が続くと、どこかで遠征を切り上げて帰還すると言い出しそうな顔をしている。
「同じように、魔素の多く含まれた食材や、調理や加工の過程で誰かの魔力を多く取り込んでいるものを口にするのも、危険です。理由は同じですね。今まで王都ではヴィクターが魔力循環の練習ということでトワの体内に魔素のまま蓄積されたものも無意識に魔力に変換して流していたと思われます」
なるほど、と妙に納得する。
それなら常に解毒してもらっていたということだ。王都は都と言うだけあって、魔素だまりが近くに発生することも滅多にない。発生すればすぐに対処される。そして、味や調理に馴染めずに食が細くなっていたのも良かったんだろう。
「トワの食が細かったのは、体の防衛本能か」
「まあ、その可能性もありますが、そこは違うでしょうね」
遠回しに、そこまで自己管理できているほどしっかりしていないと言われた気になるが、その通りだ。ヴィクターの推測が合っていればちょっとは胸を張れたのだけど。
先ほどの話から行くと、こちらにきて自分で調理をするようになった。調理の過程で、道具は自分で使えないから誰かに魔力を流してもらっている。「誰かの魔力」を多かれ少なかれ取り込んでいる。そして、何より調味料づくりにはまっていて、そちらは多くの魔力を、しっかりと含んでいる可能性が高い。その上、調味料の研究が進んだら味付けに幅が出て食事量は、増えた。
「魔素を溜め込んでいた上に、魔力枯渇も起こした、ということですか」
まあ、そういうことですね、とセージ先生は美しい顔で穏やかに笑う。それでも倒れた時は慌てて原因を探ってくれたというのは聞いているから、怒ることもできない。
セージ先生がちらりと向けた視線の先にはタイちゃんがいる。
「タイが近くにいたおかげで、その程度で済んだのだと思います。精霊は魔素を変換することなく使えますから、トワの中に蓄積される魔素が悪いものという判断に行きつかなかったんでしょう。それでも魔力枯渇にならないように加護を与えていたようですが。それ以上に動き回っていましたからね」
だから動きすぎってあれほど、というアメリアのお小言が、勝手に聞こえてくる気がする。
追い打ちをかけることを言うような人ではないから、むしろ心配をかけたと申し訳ない。だから言ったでしょ、とこちらを責めるより、気になっていたのにもっとしっかり止めなかったから、と我が身を振り返るような人だ。
「その魔素を変換する器官は発達する可能性はありますか?」
「定期的にみていきましょう。何せトワは異世界からのお客人なので、確定的なことは言えないんですよ」
探究心の強いエルフらしく、ちょっと楽しそうだ。
セージ先生に見てもらうことは負担にはならないとあからさまに伝わってきて、それは気が楽なのだけれど。
すぐそばにいるヴィクターの固い表情が動かない。過保護のスイッチが入らないことをひたすら願う。確かに、倒れるまでやってしまってはヴィクターに迷惑をかけるだけだ。
「タイちゃんがいてくれるようになって、本当に良かったってことですね」
「それは、同感です。精霊の加護があることで魔素耐性は上がっているはずなんです。それでこれでは、いなかった場合はもうとっくに中毒症状を起こしていたでしょう」
不意に、ヴィクターの大きな手に肩を引き寄せられた。力が強くて、少し痛みを感じたくらいだ。
驚いて見上げると、金色の目がタイちゃんにまっすぐ向けられている。
「タイ、不在の間任せる。今日はここに泊まって、明日遠征隊に戻る。あんな茶番、さっさと終わらせる」
陛下の勅命だったはずだけれど。
茶番、と言い切ったな、と思わずぽかんとしてしまった。
ただ、周囲にそれを咎める人はいない。きっと実際、そうなんだろう。
そしてきっと、陛下という方はこの物言いを咎めるようなつまらない方ではないのだろう。
23
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説

異世界転移~治癒師の日常
コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が…
こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします
なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18)
すいません少し並びを変えております。(2017/12/25)
カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15)
エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

形成級メイクで異世界転生してしまった〜まじか最高!〜
ななこ
ファンタジー
ぱっちり二重、艶やかな唇、薄く色付いた頬、乳白色の肌、細身すぎないプロポーション。
全部努力の賜物だけどほんとの姿じゃない。
神様は勘違いしていたらしい。
形成級ナチュラルメイクのこの顔面が、素の顔だと!!
……ラッキーサイコー!!!
すっぴんが地味系女子だった主人公OL(二十代後半)が、全身形成級の姿が素の姿となった美少女冒険者(16歳)になり異世界を謳歌する話。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

異世界に召喚されたけど無理、普通に。
谷本 督太
ファンタジー
順風満帆な高校生活を送る少年、卓斗。友達にも恵まれ、何不自由なく幸せに毎日を暮らしていた。
いい会社に就職し、成績を上げて収入を増やし、やがて結婚をして子供を授かり、ただただ幸せな人生を思い描いていた。――ある事件が起こるまで。
予想だにもしない、というより予想とは程遠く本来ならばあり得ないことが起こった。それは、――異世界召喚である。
思い描いていた人生の未来設計図は粉々に砕け散って、非現実的な、夢であって欲しいような、あり得ない世界という名の人生が待ち受けていた。
そして、こんな出鱈目な世界へと召喚したであろう人物を前に、卓斗は言った。――無理!?普通に!!

転生令嬢シルクの奮闘記〜ローゼ・ルディ学園の非日常〜
桜ゆらぎ
ファンタジー
西の大国アルヴァティアの子爵令嬢、シルク・スノウパール。
彼女は十六歳になる年の春、熱で倒れ三日間寝込んだ末に、全てを思い出した。
前世の自分は、日本生まれ日本育ちの女子高生である。そして今世の自分は、前世で遊び倒していた乙女ゲームの序盤に登場したきり出てこない脇役キャラクターである。
そんなバカな話があるかと頬をつねるも、痛みで夢ではないことを突きつけられるだけ。大人しく現実を受け入れて、ひとまず脇役としての役目を果たそうと、シルクは原作通りに動き出す。
しかし、ヒロインが自分と同じく転生者であるというまさかの事態が判明。
“王太子と幼なじみを同時に攻略する”という野望を持つヒロインの立ち回りによって、この世界は何もかも原作から外れていく。
平和な学園生活を送るというシルクの望みは、入学初日にしてあえなく打ち砕かれることとなった…

Retry 異世界生活記
ダース
ファンタジー
突然異世界に転生してしまった男の物語。
とある鉄工所で働いていた佐藤宗則。
しかし、弱小企業であった会社は年々業績が悪化。
ある日宗則が出社したら、会社をたたむと社長が宣言。
途方に暮れた宗則は手持ちのお金でビールと少しのつまみを買い家に帰るが、何者かに殺されてしまう。
・・・その後目覚めるとなんと異世界!?
新たな生を受けたその先にはどんなことが!?
ほのぼの異世界ファンタジーを目指します。
ぬるぬる進めます。
だんだんと成長するような感じです。
モフモフお付き合いおねがいします。
主人公は普通からスタートするのでゆっくり進行です。
大きな内容修正や投稿ペースの変動などがある場合は近況ボードに投稿しています。
よろしくお願いします。

転生しても山あり谷あり!
tukisirokou
ファンタジー
「転生前も山あり谷ありの人生だったのに転生しても山あり谷ありの人生なんて!!」
兎にも角にも今世は
“おばあちゃんになったら縁側で日向ぼっこしながら猫とたわむる!”
を最終目標に主人公が行く先々の困難を負けずに頑張る物語・・・?
女神様の使い、5歳からやってます
めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。
「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」
女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに?
優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕!
基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。
戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる