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しおりを挟む「それじゃあ、赤ん坊より手がかかるってことですか……」
さらり、とセージ先生がしてくれた状況説明への反応は、それに尽きた。
そもそも、魔法が使えないことでこの世界の色々な道具を使うことができない時点で子供より手がかかるようになっていると考え方としては理解していた。元の世界でも道具を使う生活に馴染んでいたわたしにとっては、どれだけ便利な生活をしていたのかを身に沁みて実感しながら、助けてもらえる時は助けてもらって、それがだめなら原始的な方法で解決するしかない。
けれど、それ以前の問題だった。
この世界の人たちは、呼吸や食事、生きている上での生命活動の中で魔素を取り込んで自分の魔力に変換する。血液を流す血管と同じように体の中に魔力を巡らせる器官が備わっていると考えれば良い、と言われた。
赤ん坊などはその器官が未発達で、母乳に含まれる自分に近しい濃い魔力を取り込んだり、身体接触でヴィクターにやってもらっているように馴染ませてもらったりしているらしい。
それが未発達、もしくはそもそも魔素のない世界にいたわたしには備わることのない器官かもしれない、という話だったのだ。
器として魔力の受け皿は幸いにも持ち合わせている。
この世界で空気からも魔素が取り込めて魔力変換できる、ということは空気と同じように魔力も体内にその量の差こそあれ必要なものだということなのだろう。
「少なくとも、トワは魔素耐性は弱いですね。慣れて馴染めば変わるかもしれませんが、確かに今まで存在しなかったものであれば体にとっては異物でしかありません」
「でも魔力枯渇も、危険なんですよね?」
「そう。なかなか、おもしろ…いや、手のかかる体質というのはそういうことです」
今、面白い、と言いかけましたね。先生。
しっかり聞いたぞ、と思いながらそこは諦めて続きを聞く。いちいち言葉尻を捉えていると話が進まない。
「まあ、通常の状態の空気であれば問題ないのは今までの様子からわかります。瘴気が発生するような魔素だまりの近くは危険でしょう。魔素を自分の体に必要な魔力に変換することができないまま異物として体内に取り込んでいるのなら、それは毒素のようなものです」
駆けつけてくれたその足で、そのまま魔力を与えてくれていたらしいヴィクターも初めて聞く話のようで、表情が固い。このまま話が続くと、どこかで遠征を切り上げて帰還すると言い出しそうな顔をしている。
「同じように、魔素の多く含まれた食材や、調理や加工の過程で誰かの魔力を多く取り込んでいるものを口にするのも、危険です。理由は同じですね。今まで王都ではヴィクターが魔力循環の練習ということでトワの体内に魔素のまま蓄積されたものも無意識に魔力に変換して流していたと思われます」
なるほど、と妙に納得する。
それなら常に解毒してもらっていたということだ。王都は都と言うだけあって、魔素だまりが近くに発生することも滅多にない。発生すればすぐに対処される。そして、味や調理に馴染めずに食が細くなっていたのも良かったんだろう。
「トワの食が細かったのは、体の防衛本能か」
「まあ、その可能性もありますが、そこは違うでしょうね」
遠回しに、そこまで自己管理できているほどしっかりしていないと言われた気になるが、その通りだ。ヴィクターの推測が合っていればちょっとは胸を張れたのだけど。
先ほどの話から行くと、こちらにきて自分で調理をするようになった。調理の過程で、道具は自分で使えないから誰かに魔力を流してもらっている。「誰かの魔力」を多かれ少なかれ取り込んでいる。そして、何より調味料づくりにはまっていて、そちらは多くの魔力を、しっかりと含んでいる可能性が高い。その上、調味料の研究が進んだら味付けに幅が出て食事量は、増えた。
「魔素を溜め込んでいた上に、魔力枯渇も起こした、ということですか」
まあ、そういうことですね、とセージ先生は美しい顔で穏やかに笑う。それでも倒れた時は慌てて原因を探ってくれたというのは聞いているから、怒ることもできない。
セージ先生がちらりと向けた視線の先にはタイちゃんがいる。
「タイが近くにいたおかげで、その程度で済んだのだと思います。精霊は魔素を変換することなく使えますから、トワの中に蓄積される魔素が悪いものという判断に行きつかなかったんでしょう。それでも魔力枯渇にならないように加護を与えていたようですが。それ以上に動き回っていましたからね」
だから動きすぎってあれほど、というアメリアのお小言が、勝手に聞こえてくる気がする。
追い打ちをかけることを言うような人ではないから、むしろ心配をかけたと申し訳ない。だから言ったでしょ、とこちらを責めるより、気になっていたのにもっとしっかり止めなかったから、と我が身を振り返るような人だ。
「その魔素を変換する器官は発達する可能性はありますか?」
「定期的にみていきましょう。何せトワは異世界からのお客人なので、確定的なことは言えないんですよ」
探究心の強いエルフらしく、ちょっと楽しそうだ。
セージ先生に見てもらうことは負担にはならないとあからさまに伝わってきて、それは気が楽なのだけれど。
すぐそばにいるヴィクターの固い表情が動かない。過保護のスイッチが入らないことをひたすら願う。確かに、倒れるまでやってしまってはヴィクターに迷惑をかけるだけだ。
「タイちゃんがいてくれるようになって、本当に良かったってことですね」
「それは、同感です。精霊の加護があることで魔素耐性は上がっているはずなんです。それでこれでは、いなかった場合はもうとっくに中毒症状を起こしていたでしょう」
不意に、ヴィクターの大きな手に肩を引き寄せられた。力が強くて、少し痛みを感じたくらいだ。
驚いて見上げると、金色の目がタイちゃんにまっすぐ向けられている。
「タイ、不在の間任せる。今日はここに泊まって、明日遠征隊に戻る。あんな茶番、さっさと終わらせる」
陛下の勅命だったはずだけれど。
茶番、と言い切ったな、と思わずぽかんとしてしまった。
ただ、周囲にそれを咎める人はいない。きっと実際、そうなんだろう。
そしてきっと、陛下という方はこの物言いを咎めるようなつまらない方ではないのだろう。
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