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しおりを挟む「トワは本当にここを出て働きたがるのね」
打ち解けてきて、気やすい言葉で話してくれるようになったアメリアがふふ、と含んだ笑い声で言う。先ほどまでマナーを教えてくれていたけれど、休憩のお茶の時間だ。
アメリアが教えてくれるマナーは明らかに貴族のもので、わたしには必要ないと思うのだけどと申し出たが、知っていて困るものではないでしょう、とにこやかに退けられた。
美人に笑顔でやんわりと言われると、なにも言い返せない。
「アメリア様、本当にお城に行かなくてよろしいのですか?あちらでのご予定もあるのでは」
「大丈夫よ」
肩をすくめる様子が愛らしい。
「わたくしが登城できないとお伝えしたことで、聖女様の教育係がいないからとわたしの王太子妃教育についていた方々がついたようですから。ただ、あまり熱心な生徒さんではないようですが」
そうだろうな、とぼんやりと思う。
聖女としてやるべきこと、求められることを主に教えられるのだというが、思うように進まないようだと教えてくれたアメリアに、不思議に思って首を傾げる。
お城に行っている様子もないし、どうやって知っているのだろう、と。どなたかが、手紙とかで教えてくれるのかもしれないが、立場を思えば一歩間違えれば嫌味にも大きなお世話にもなる。
本来アメリアがいるはずの場所に居座っている人の話なのだから。
「そうね、手紙ではないわよ?」
顔に出たか、と思うと、くすくすアメリアが笑っている。
王太子の婚約者として、常に微笑んではいるけれどまるで仮面のようだと言われるそれは、必要に迫られて身につけたものだと、エリンが話してくれたことがあった。エリンはアメリア付きの侍女で時折一緒におしゃべりをすることもある。本人を前にしてそう言えるのだから、羨ましい信頼関係だ。
足元を掬われないように、本心を読まれないように、何事にも公正に対処するように。
本来は、明るく無邪気な方なんです、と、力説していた。
「手紙は、形に残るでしょう。聖女様については、良いことしか書かないでしょうね」
なるほど、と思いながら、首を傾げる。
「トワは、わかりやすいわね。確かにわたしは表情から相手の意図を汲むように訓練されてきたけれど、それにしたってわかりやすすぎだわ。もう少し、言葉で伝えてほしいくらい」
「あ、は、それは…すみません」
確かに、察してくれると楽だし、さらにそれが的外れじゃないから訂正する必要すらない。
もともと言葉でうまく伝えることは苦手だった。言い方が悪くて相手を嫌な気持ちにしてしまうこともあったし、伝えたいことをきちんと伝えられないことなんて日常茶飯事だった。伝わらないことを諦めていた。
「まあいいわ。お兄様と意思疎通できていれば十分よ」
「え?」
「誤解されやすい方なの。さっきのトワの疑問はね、トワにはまだ見えていないもののおかげ」
「まだ?」
「セージの話では、近い将来見えるはずと言っていたけれど。わたくしたちは魔法を使うけれど、得意分野というか、加護を受けている魔法が使えるの。わたしはこの髪色のとおり、火。そして、この眼の色は風や植物の加護を受けていることが多いの。大体、色に出ている。お兄様のような黒髪や金眼はまた別よ?」
「加護?」
「トワに見えないもの。でも、好かれてはいるのよね」
「あの、気になって仕方ないんですが」
「精霊よ」
竜にエルフに、次は精霊か、ときょろきょろと見回す。
「姿を見ることができる人は本当に少ないわ。何より加護の力が強い、つまりある程度魔力が強くないといけない。魔力は強いけれど、今の王家の方々はどなたも見ることができないの。お一人、いたけれど」
「いたけれど?」
は、としたように言葉を飲み込んでしまって、思わず聞き返す。何か、話してはいけない話題に触れたように。
ごめんなさい、と雄弁に、アメリアの目が伝えてきた。
「あなたが知るとしたら、それはわたくしの口からではないわ。とにかく、精霊は見える人、聞こえる人にとってはとてもいい話し相手になるの。トワには見えていないけれど、あなたの周りにはいつもいるわね。精霊は魔素に通じるから、あなたが魔力を使いこなせるようになれば自然と見えるのではないかしら。それに、自ら姿を現せるような精霊も、そのうちあなたになら会いにきそうね」
「……」
なんとなく、今までに読んだ本とか漫画とか思い出して、きっとなんとも言えない顔をしていたんだろう。その顔は、読みにくいわね、と言われてしまった。
「ちょっと、遠慮したいです」
「あら、光栄なことよ?」
「竜に助けられて、精霊に好かれているとしたら、ちょっと怖いので」
「怖い?」
聖女様が、とも言えない。
精霊情報によると、決まった教師のところには用がなくても姿を見せるらしい。他にも、何人か。そして、ヴィクターのところには再三、登城して警護に当たってほしいと手紙が届いているとか。
「わたしの感覚としては、異世界に来てしまったわけなんですけど、ここで今後生きていくしかない以上、ここがこれからのわたしの世界です。穏やかに過ごしたいので。まあ…この髪色では目立って仕方ないらしいですし、魔法が使えないことにはなかなか独り立ちも難しいようですが、不可能ではないと思うので」
不可能ではないだろうけれど、と顎に手を当ててアメリアが複雑な顔をしている。
続く言葉を待っていたけれど、その前に足音が近づいてきて、扉がたたかれ、アメリアが応じるとヴィクターが入ってきた。
「トワ、行くぞ」
ヴィクターの時間が空くとやってくる、魔法の練習の時間だ。
ただ、今日はその目が苛立った様子でアメリアに向けられた。
「アメリア、城から迎えの馬車が来ている。聖女と茶会だそうだ。これ以上断れば痛くない腹を探ると匂わせてきた」
「かまいませんわ。お茶会を催す許可がおりるほど、もう教育がすすんでいらっしゃるのね」
「それならば、先触れも事前の招待もなく馬車を寄越す不作法はないだろう。よこした馬車も、聖女が王太子の婚約者に寄越すものじゃない」
「あら、殿下の馬車でも寄越しました?それとも、質素な馬車で目立たないようにして下さったかしら」
頭のいい人たちだな、と思いながら、いつの間にかヴィクターの腕が腰に回されて部屋からわたしは連れ出されている。歩きながらの会話だ。
「ヴィクター様、アメリア様を1人で行かせるのですか?」
様、はいらないと2人共から言われているが、聞き入れるわけにはいかない。外に出た時にボロが出そうで。アメリアは諦めてくれたけれど、ヴィクターは不機嫌な眼差しを向けてくる。そもそも機嫌が悪いところだからつい体が緊張する。
この、流れるようなエスコートぶりには、慣れない。慣れないが抵抗もできない。この状況に体が緊張しているところにさらにで、手から伝わったのだろう。宥めるように手のひらが少しだけ、小さく動く。
嫌な予感を具体的に説明もできないでいたが、ヴィクターの勘の方が上手だった。
「王弟殿下に同席を頼んだ。王弟殿下のところにもよく顔を見せるらしいから喜んで応じるだろう」
王弟殿下、というのは、この兄妹が頼って良いと思えるような人柄の方らしい。そして、聖女の「攻略対象」的な存在なんだろうか。
知らない世界だけれど、知っているらしき人の動きから推測はできる。なにも予防も対策も練ることはできないけれど。無事に生きるには目立たず穏やかにひっそり過ごすのが一番。
どうやって、連絡を取ったんだろうとかは、もう聞かない。
真っ白で、そして、金で装飾された馬車が門前にあった。殿下の馬車、なのだろう。
急いで身支度を整えたアメリアが出かけるのを見送った。見えなくなる前に、ヴィクターに促されて、屋敷の中に戻ったけれど。あまり、外に出していたくないのだそうだ。
召喚の際に放逐した存在を、まだ認めていない人たちが、当然いるのだろう。
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