6 / 87
5
しおりを挟む「トワは本当にここを出て働きたがるのね」
打ち解けてきて、気やすい言葉で話してくれるようになったアメリアがふふ、と含んだ笑い声で言う。先ほどまでマナーを教えてくれていたけれど、休憩のお茶の時間だ。
アメリアが教えてくれるマナーは明らかに貴族のもので、わたしには必要ないと思うのだけどと申し出たが、知っていて困るものではないでしょう、とにこやかに退けられた。
美人に笑顔でやんわりと言われると、なにも言い返せない。
「アメリア様、本当にお城に行かなくてよろしいのですか?あちらでのご予定もあるのでは」
「大丈夫よ」
肩をすくめる様子が愛らしい。
「わたくしが登城できないとお伝えしたことで、聖女様の教育係がいないからとわたしの王太子妃教育についていた方々がついたようですから。ただ、あまり熱心な生徒さんではないようですが」
そうだろうな、とぼんやりと思う。
聖女としてやるべきこと、求められることを主に教えられるのだというが、思うように進まないようだと教えてくれたアメリアに、不思議に思って首を傾げる。
お城に行っている様子もないし、どうやって知っているのだろう、と。どなたかが、手紙とかで教えてくれるのかもしれないが、立場を思えば一歩間違えれば嫌味にも大きなお世話にもなる。
本来アメリアがいるはずの場所に居座っている人の話なのだから。
「そうね、手紙ではないわよ?」
顔に出たか、と思うと、くすくすアメリアが笑っている。
王太子の婚約者として、常に微笑んではいるけれどまるで仮面のようだと言われるそれは、必要に迫られて身につけたものだと、エリンが話してくれたことがあった。エリンはアメリア付きの侍女で時折一緒におしゃべりをすることもある。本人を前にしてそう言えるのだから、羨ましい信頼関係だ。
足元を掬われないように、本心を読まれないように、何事にも公正に対処するように。
本来は、明るく無邪気な方なんです、と、力説していた。
「手紙は、形に残るでしょう。聖女様については、良いことしか書かないでしょうね」
なるほど、と思いながら、首を傾げる。
「トワは、わかりやすいわね。確かにわたしは表情から相手の意図を汲むように訓練されてきたけれど、それにしたってわかりやすすぎだわ。もう少し、言葉で伝えてほしいくらい」
「あ、は、それは…すみません」
確かに、察してくれると楽だし、さらにそれが的外れじゃないから訂正する必要すらない。
もともと言葉でうまく伝えることは苦手だった。言い方が悪くて相手を嫌な気持ちにしてしまうこともあったし、伝えたいことをきちんと伝えられないことなんて日常茶飯事だった。伝わらないことを諦めていた。
「まあいいわ。お兄様と意思疎通できていれば十分よ」
「え?」
「誤解されやすい方なの。さっきのトワの疑問はね、トワにはまだ見えていないもののおかげ」
「まだ?」
「セージの話では、近い将来見えるはずと言っていたけれど。わたくしたちは魔法を使うけれど、得意分野というか、加護を受けている魔法が使えるの。わたしはこの髪色のとおり、火。そして、この眼の色は風や植物の加護を受けていることが多いの。大体、色に出ている。お兄様のような黒髪や金眼はまた別よ?」
「加護?」
「トワに見えないもの。でも、好かれてはいるのよね」
「あの、気になって仕方ないんですが」
「精霊よ」
竜にエルフに、次は精霊か、ときょろきょろと見回す。
「姿を見ることができる人は本当に少ないわ。何より加護の力が強い、つまりある程度魔力が強くないといけない。魔力は強いけれど、今の王家の方々はどなたも見ることができないの。お一人、いたけれど」
「いたけれど?」
は、としたように言葉を飲み込んでしまって、思わず聞き返す。何か、話してはいけない話題に触れたように。
ごめんなさい、と雄弁に、アメリアの目が伝えてきた。
「あなたが知るとしたら、それはわたくしの口からではないわ。とにかく、精霊は見える人、聞こえる人にとってはとてもいい話し相手になるの。トワには見えていないけれど、あなたの周りにはいつもいるわね。精霊は魔素に通じるから、あなたが魔力を使いこなせるようになれば自然と見えるのではないかしら。それに、自ら姿を現せるような精霊も、そのうちあなたになら会いにきそうね」
「……」
なんとなく、今までに読んだ本とか漫画とか思い出して、きっとなんとも言えない顔をしていたんだろう。その顔は、読みにくいわね、と言われてしまった。
「ちょっと、遠慮したいです」
「あら、光栄なことよ?」
「竜に助けられて、精霊に好かれているとしたら、ちょっと怖いので」
「怖い?」
聖女様が、とも言えない。
精霊情報によると、決まった教師のところには用がなくても姿を見せるらしい。他にも、何人か。そして、ヴィクターのところには再三、登城して警護に当たってほしいと手紙が届いているとか。
「わたしの感覚としては、異世界に来てしまったわけなんですけど、ここで今後生きていくしかない以上、ここがこれからのわたしの世界です。穏やかに過ごしたいので。まあ…この髪色では目立って仕方ないらしいですし、魔法が使えないことにはなかなか独り立ちも難しいようですが、不可能ではないと思うので」
不可能ではないだろうけれど、と顎に手を当ててアメリアが複雑な顔をしている。
続く言葉を待っていたけれど、その前に足音が近づいてきて、扉がたたかれ、アメリアが応じるとヴィクターが入ってきた。
「トワ、行くぞ」
ヴィクターの時間が空くとやってくる、魔法の練習の時間だ。
ただ、今日はその目が苛立った様子でアメリアに向けられた。
「アメリア、城から迎えの馬車が来ている。聖女と茶会だそうだ。これ以上断れば痛くない腹を探ると匂わせてきた」
「かまいませんわ。お茶会を催す許可がおりるほど、もう教育がすすんでいらっしゃるのね」
「それならば、先触れも事前の招待もなく馬車を寄越す不作法はないだろう。よこした馬車も、聖女が王太子の婚約者に寄越すものじゃない」
「あら、殿下の馬車でも寄越しました?それとも、質素な馬車で目立たないようにして下さったかしら」
頭のいい人たちだな、と思いながら、いつの間にかヴィクターの腕が腰に回されて部屋からわたしは連れ出されている。歩きながらの会話だ。
「ヴィクター様、アメリア様を1人で行かせるのですか?」
様、はいらないと2人共から言われているが、聞き入れるわけにはいかない。外に出た時にボロが出そうで。アメリアは諦めてくれたけれど、ヴィクターは不機嫌な眼差しを向けてくる。そもそも機嫌が悪いところだからつい体が緊張する。
この、流れるようなエスコートぶりには、慣れない。慣れないが抵抗もできない。この状況に体が緊張しているところにさらにで、手から伝わったのだろう。宥めるように手のひらが少しだけ、小さく動く。
嫌な予感を具体的に説明もできないでいたが、ヴィクターの勘の方が上手だった。
「王弟殿下に同席を頼んだ。王弟殿下のところにもよく顔を見せるらしいから喜んで応じるだろう」
王弟殿下、というのは、この兄妹が頼って良いと思えるような人柄の方らしい。そして、聖女の「攻略対象」的な存在なんだろうか。
知らない世界だけれど、知っているらしき人の動きから推測はできる。なにも予防も対策も練ることはできないけれど。無事に生きるには目立たず穏やかにひっそり過ごすのが一番。
どうやって、連絡を取ったんだろうとかは、もう聞かない。
真っ白で、そして、金で装飾された馬車が門前にあった。殿下の馬車、なのだろう。
急いで身支度を整えたアメリアが出かけるのを見送った。見えなくなる前に、ヴィクターに促されて、屋敷の中に戻ったけれど。あまり、外に出していたくないのだそうだ。
召喚の際に放逐した存在を、まだ認めていない人たちが、当然いるのだろう。
54
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転移~治癒師の日常
コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が…
こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします
なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18)
すいません少し並びを変えております。(2017/12/25)
カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15)
エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私はモブのはず
シュミー
恋愛
私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。
けど
モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。
モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。
私はモブじゃなかったっけ?
R-15は保険です。
ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。
注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最弱引き出しの逆襲 ― クラス転移したのはいいけど裏切られたけど実は最強だった件
ワールド
ファンタジー
俺、晴人は普通の高校生。だけど、ある日突然、クラス全員と一緒に異世界に飛ばされた。
そこで、みんなは凄い能力を手に入れた。炎を操ったり、風を呼んだり。でも、俺だけが"引き出し"なんていう、見た目にも無様な能力を授かった。戦いになんの役にも立たない。当然、俺はクラスの笑い者になった。
だけど、この"引き出し"、実はただの引き出しではなかった。この中に物を入れると、時間が経つにつれて、その物が成長する。最初は、その可能性に気づかなかった。
でも、いつしか、この能力がどれほどの力を秘めているのかを知ることになる。
クラスメイトたちからは裏切られ、孤立無援。でも、俺の"引き出し"が、みんなが見落としていた大きな脅威に立ち向かう唯一の鍵だったんだ。知恵と工夫で困難を乗り越えて、俺は最弱から最強へと変貌する。
工夫次第で幾らでも強くなれる引き出し能力で俺は成りあがっていこう。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
転生したらチートでした
ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!
異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました
ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】
ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です
※自筆挿絵要注意⭐
表紙はhake様に頂いたファンアートです
(Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco
異世界召喚などというファンタジーな経験しました。
でも、間違いだったようです。
それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。
誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!?
あまりのひどい仕打ち!
私はどうしたらいいの……!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜
トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦
ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが
突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして
子供の身代わりに車にはねられてしまう
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる