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このチョコを口に入れるのは、躊躇います

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 1人で生活をしていたにも関わらずローランドの家は広い。
 いや、それで十分だからと言って、集合住宅のアパルトメントで生活をするリラの方が珍しいのだ。リラに言わせれば、そもそも自分は貴族ではないとまで言い出すから、あまりもう誰も追求はしなかったが。親が一代限りの爵位をもらった家の娘に生まれただけで、それはつまり、自分は貴族ではない、と。
 そこまで貴族という立場を厭わなくてもと、王家が聞けば嘆きそうな話だ。



 とにかく、ローランドの家は広い。
 リラ1人きても問題ない、と言っていたが、それどころかこうして、次々に同居人が増えても部屋に困らない程度には広い。
 使用人がいないことを不便に思うのであれば都合は悪いだろうが、そもそもローランドは自分で家のことをやっていたし、リラとリースの姉弟は執事のレイと侍女のエルムしかいない家で生活していたのだから、それほど不便にも思わない。リラの場合は、人が誰かいてくれないと不便を感じる事情はあるが、それは別に、いなければ時間をかけてなんとかすれば良いのだ。いや、風呂を沸かしたり火をつけたり水を出したり…うん、無理だな、と大体頓挫する原因はそこでもある。
 アレンディオは不便を感じそうなものだったが、長年にわたりじわじわと信頼できる使用人を遠ざけられ、使用人ですら何をするかわからないという警戒の対象になっていたアレンディオにとってはむしろ気楽な状況。




 起き上がれなくなってからの期間がそれほど長かったわけではないことも手伝って、アレンディオはゆっくりであれば自分で動けるようにはなっている。蓄積された様々なものの後遺症をゆっくりと抜いていくことが先決で。起き上がれなくなってからの期間は長くはなかったけれど、先も長くはなかった。あのまま行けば、今頃はもう、この世にいなかっただろうと、アレンディオは思っている。


 毒を盛られ、意識もないまま眠り続けている、と聞かされていたリースが、驚くほどにたくましい姿で出迎えた時には、アレンディオもライアスも言葉を失った。目を覚ましたとしても、長い眠った期間の結果、体の筋肉は落ちてしまい起き上がれないだろうと常識的には思われたから。

「…昏睡していても非常識な男だな、お前は」


 呆れたようなライアスの言葉に含まれる意味をしっかりと聞き取って、リースは不敵に笑う。


「目が覚めたのに体が動かせず、歯痒い思いをするのもままならないのも、ごめん被るからな」



 そんなの、誰だって一緒だ。そう思っているからと言って、その通りにできるような非常識な人間がいるとは思わなかった。
 実際、リースほどに寝込んでいたわけでもないアレンディオでこの状態なのに。

「お嬢、忘れ物はしていませんか?」
 その声に、ライアスはびくりと背を震わせるが、リラは気にするそぶりもない。
「わたしがアレンの衣装棚を探るわけにもいかないから、ライにやってもらったけど。だから大丈夫だと思うわよ」
「…そうですね、お嬢がやったなら怪しいですが」
「レイ、いい笑顔だね」
「そうですか?」



 頼むから、矛先をこっちに向けるなよと祈りながら、ライアスはまとめてきたアレンディオの荷物を持ち上げて見せる。
「どの部屋に運べばいい?」
「えっと。ロー様は?」
 ここにいる、と奥から出てきたローランドが、先に立ってアレンディオがこれからしばらく使う部屋に案内する。
 足腰の弱っているアレンディオが危なくないように。それでも自分で動けるように、一階の部屋を用意していた。
 そういう配慮はさすがだなぁ、とそれを見てとって感心していたリラは、ふと振り返ったローランドと目があって思わず微笑む。ローランドの方は、不意に向けられたあまりに自然な微笑みに、口元を手で覆った。こんなに一眼があるところで顔が緩みそうになる。いや、緩んで問題はないのだが。反則が過ぎる、と苦情を口にしたい。普段、なかなかそんな笑顔、見せないくせに、と。






「そうだ、リラ」
 アレンディオを部屋に通し、荷物の整理をするように促して、片付いたらゆっくりリビングに来るといいと言い残してきたローランドは、並んで戻るリラを呼んだ。1人ではまだ大変だろうと、ライアスは残って男2人、久々にゆっくり話せると喜んでいる様子だった。
 無防備に見上げるリラを見下ろせば、我慢が効かなくなるような気がして、見下ろしはしない。監視の目が、多過ぎる。
「お前宛に荷物がきたと、留守の間にエルムが持ってきたぞ」
「荷物?」
 そっちで待っていろ、と大股にどこかへ行ったローランドは、小さな箱を持ってすぐに戻ってくる。
 差出人を探して、リラは首を傾げた。
 その様子に、すぐ近くにいたレイが覗き込む。
「…知り合いか?」
「知り合いというか。まあ、先日仕事でこの方の領地の復旧工事と関わったくらいよ」
 本当にそれだけの、名前を文字で見たことがあるとか、そんな程度の知っている人。いや、本当は社交の場で見かけたことはあるのかもしれないが、その記憶をリラに期待するだけ無駄なのだ。



「貸してください」


 有無を言わせず、レイはリラの手からそれを受け取る。


 あえて距離を置き、さらには何かあっても自分が盾になるように、荷物とリラの間に体を置いて箱を開ける。






「…チョコだな」




 宝石のようなチョコが詰め込まれた箱。包装を解いたときに出てきたメッセージカードを、開けますよ、と一声かけてからレイは開ける。


 甘ったるい匂いがして。
 メッセージには一言。リラの先日の仕事への感謝。


「仕事への感謝なら、職場に送るものじゃないの?」




 目がないはずのチョコレートを前にして、リラが良くないものを見るように、美しく並んだチョコを見つめている。

「食べてみてもいいけど…ちょっとこれ、口に入れるのは躊躇うなぁ」
「自分の体で実験するんじゃない」
 すかさずローランドに叱られ、ローランドはそのチョコレートを渡すようにレイに手を伸ばす。手渡されたそれを、ローランドは抱えて玄関に足を向けた。

「先にこれを、騎士団に一度届けてくる。すぐに戻るから、寛いでいてくれ」


 その言葉は、リラに向けられたものだけれど。
 結果、リラはそわそわと家主のいない家にいることが落ち着かなくてうろうろと待つことのになり。そんなリラを悠然と寛ぐリースは迷惑そうにみているという構図が出来上がった。
 別に、リラが落ち着かないことが迷惑なのではなく。ローランドを気にして落ち着かないという状況が気に食わないだけ、なのだけれど。


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