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幼なじみ
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アレンディオがローランドの家に移る日。手伝いだと称してライアスが顔を出した。というか、リラに連れ出された。
「ラーイ!」
邸の庭で鍛錬をしていたライアスは、不意打ちのような明るい声に顔を上げる。騎士にはならなかったが鍛錬を怠ることはない。平和な国だが、何かあれば従軍する覚悟はずっとしている。それが貴族子息の務めだと思うし、嫡男に行かせるわけにはいかない。
上半身裸なんだよなぁ、と思うが、勝手知ったるで入ってきた幼なじみを振り返る。どうやら邸の人間にこっちだと言われて通されたようで。歳を考えてやれと後で使用人に注意しなければ、と。気安く幼い頃のように可愛がっているけれど、妙齢の貴族令嬢に対する応対ではない。
「…ごめん」
顔を覗かせた瞬間、足を止めてくるりと背中を向けるのをみれば笑いが溢れる。昔は、この状況でも遠慮しなかったよなぁ、と。一応、性差があるという認識はしてもらえたらしい、と。
「もういいぞ。どうした?」
シャツを羽織って声をかけると、ちらりと確認するように小さく振り返ってから、ほっと息を吐き出したのが後ろ姿でもわかる。
「ライ、暇?」
「ご覧のとおり」
「うん、暇ね?じゃあ、一緒に来て」
説明、って知ってるか?と思いながら、とりあえず支度を始める自分も大概だ、とは思う。何もなく誘うことも連れ出そうとすることもないことを知ってるから、だが。
支度をしながら聞けば、アレンディオの邸に荷物を取りに行くという。
「荷物?」
「しばらく、邸を改装する間、ウェルム邸に滞在することになったの」
「副団長の家?」
さらに怪訝な顔になりながら、リラの周囲を見回す。
「執事は?」
「レイ?レイがいると、アレンの家の人たちが緊張するから」
「ああ…」
昔の様子を思い出してライアスも遠い目になる。完璧すぎる執事を前に、自分たちの失敗が主人の評価を下げるのではないかと使用人なりに萎縮するらしい。
置いてきた、とこともなげにリラは言うけれど。それは、表情一つ変えずに、機嫌が最低だろうな、と想像してはたと気づく。手伝う、と言うことは、後でその最悪な機嫌のあいつに会わなければならないということ。しかも、自分がついていけなかった場所に一緒に行った上で。
いやそうな顔になったのを見上げて、リラは口を尖らせる。
「レイは優しいのに。みんな誤解してるのよね」
少し憤慨してさえいるが。それ、いまだに言うか、と。優しいのは、お前にだけだと。まあ、言う気はない。言ったら最後、本当に命が脅かされる気がするから。
「それで、なんで副団長の家?」
「アレン、あの家にいい思い出が最近はないでしょ?」
だろうな、とライアスは頷く。聞いたわけではなくても。あの女と結婚した時点でおかしいと思ったが、その後から交流を持てなくなった弟分のような幼なじみ。全てを聞いたわけではないが、極秘裏にあの女が手配されてアレンディオがリラの兄のもとに保護されていたことを考え合わせれば、まあ、ろくな結婚生活ではなかったのだなと結論づけるには十分だ。
「兄さんの部屋から出してもらえることにはなったんだけど、邸にこのまま帰るのは辛そうで。だから、まだ体調も万全なわけじゃないし、落ち着くまでわたしが居ようかって言ったら、こうなった」
「…その場に副団長もいたのか?」
「?うん。兄さんが呼んでたみたい」
ライアスは口元を手で覆い、空を仰いでひっそりとため息をつく。全て、リラの兄の手の内だ。リラが言い出すことも、それを聞いた副団長がどんな反応するかも全て。アレンディオからまだ目を離すつもりはないと言うことと、彼らにとっても幼い弟のようなアレンディオを確実に保護したい気持ちもあったのだろうな、とは思おう。思いたい。
「アレンが、もうライにも会うって言うから、手伝ったついでに会えばいいかなって」
「わかったよ」
ぽん、と頭に手を置けば、子供の頃と変わらないその行動に怒るでもなくリラは嬉しそうに笑う。一時期、何があったのか話さないが、ライアスですら触れると体を強張らせる時期があったのをふと思い出して、ほっとする。気づかぬふりでいたが、あの時に何があったのか。楽士の君が、絡んでいるということまではわかっていると言うのにそこから先が分からない。
ローランドが用意したウェルム家の馬車に乗り込み、アレンディオの邸に向かう。
既に知らせはいっていて、2人が到着すると見覚えのある使用人が数人出てきて、中に通される。すっかり老け込んだ顔の執事の目には涙すら浮かんでいて、さすがにリラとライアスは苦笑いを向けるしかない。
「申し訳ありません。この邸に戻ってくることができた上に、お二人の姿を見たら…」
「あー。しんみりしている暇はないと思うのよ?改装が入るし、その間アレンは来ないから取り仕切ってもらうことになるだろうし」
「お任せください。このような悪趣味な邸になってしまって…坊ちゃん…いえ、旦那様に安心してお住まいいただけるよう、心を砕かせていただきます」
「うん、無理しないでくださいね?それで倒れられたら、アレンが落ち込むから」
もちろんです、と力強く微笑まれれば、安心してリラとライアスは顔を見合わせる。
ライアスを連れてきたのは、リラでは荷造りをできないからで。
着替え一式、全てを整えたのはもちろんライアスだ。使用人がやると言ってくれたが、忙しのだから自分の仕事をやれとライアスに追い返されていた。
その間にリラは調理場に足を向け、中をのぞいて料理長の姿を見つけ、目を和ませる。
「お嬢さん」
気づいて声をかけられ、もう、お嬢さん、て歳じゃないんだけどと困惑すれば、自分たちから見たらいつまで経ったってお嬢さんですよとからりと笑われた。まあ、年が近づくわけじゃないしねぇ、と無理に納得しながら問う。
「アレンのお気に入りの茶葉とか、何かそう言うの、ある?」
「まあ、自分の知っている昔と好みが変わっていなければなのでお嬢さんと同じようなことしか知らないですが。でもこれがあったので、変わってないのだと思いますよ」
と、茶葉の缶を示して渡される。
不安げに中を覗き込むのを見て、リラが何を心配しているのか察した料理長は大丈夫、と請け合った。
「我々が邸に入る前に騎士団でこの邸の中の洗浄を一通りしてくれてありました。そうでなければ人が入れる状況ではなかったとのことで。ついでに、目につく場所にある口にしたりかいだりしてはいけないものは押収されています。念のため、その茶葉にはシオン様が浄化魔法もかけてくださっています」
「兄さんが?」
それなら兄さんが渡してくれればよかったのにと言えば、そのくらい気をつけてあるから安心して邸にいて良いと自分たちに示すためだろうと料理長は好意的に言う。なんか、そうでもない気がすると複雑な笑顔で頷きながら、リラは茶葉を受け取ってライアスのところに戻った。
荷物を持ち、ローランドの家に到着すると、ちょうど少し前に、アレンディオもレイが連れてきた、と、ローランドに出迎えられた。
「ラーイ!」
邸の庭で鍛錬をしていたライアスは、不意打ちのような明るい声に顔を上げる。騎士にはならなかったが鍛錬を怠ることはない。平和な国だが、何かあれば従軍する覚悟はずっとしている。それが貴族子息の務めだと思うし、嫡男に行かせるわけにはいかない。
上半身裸なんだよなぁ、と思うが、勝手知ったるで入ってきた幼なじみを振り返る。どうやら邸の人間にこっちだと言われて通されたようで。歳を考えてやれと後で使用人に注意しなければ、と。気安く幼い頃のように可愛がっているけれど、妙齢の貴族令嬢に対する応対ではない。
「…ごめん」
顔を覗かせた瞬間、足を止めてくるりと背中を向けるのをみれば笑いが溢れる。昔は、この状況でも遠慮しなかったよなぁ、と。一応、性差があるという認識はしてもらえたらしい、と。
「もういいぞ。どうした?」
シャツを羽織って声をかけると、ちらりと確認するように小さく振り返ってから、ほっと息を吐き出したのが後ろ姿でもわかる。
「ライ、暇?」
「ご覧のとおり」
「うん、暇ね?じゃあ、一緒に来て」
説明、って知ってるか?と思いながら、とりあえず支度を始める自分も大概だ、とは思う。何もなく誘うことも連れ出そうとすることもないことを知ってるから、だが。
支度をしながら聞けば、アレンディオの邸に荷物を取りに行くという。
「荷物?」
「しばらく、邸を改装する間、ウェルム邸に滞在することになったの」
「副団長の家?」
さらに怪訝な顔になりながら、リラの周囲を見回す。
「執事は?」
「レイ?レイがいると、アレンの家の人たちが緊張するから」
「ああ…」
昔の様子を思い出してライアスも遠い目になる。完璧すぎる執事を前に、自分たちの失敗が主人の評価を下げるのではないかと使用人なりに萎縮するらしい。
置いてきた、とこともなげにリラは言うけれど。それは、表情一つ変えずに、機嫌が最低だろうな、と想像してはたと気づく。手伝う、と言うことは、後でその最悪な機嫌のあいつに会わなければならないということ。しかも、自分がついていけなかった場所に一緒に行った上で。
いやそうな顔になったのを見上げて、リラは口を尖らせる。
「レイは優しいのに。みんな誤解してるのよね」
少し憤慨してさえいるが。それ、いまだに言うか、と。優しいのは、お前にだけだと。まあ、言う気はない。言ったら最後、本当に命が脅かされる気がするから。
「それで、なんで副団長の家?」
「アレン、あの家にいい思い出が最近はないでしょ?」
だろうな、とライアスは頷く。聞いたわけではなくても。あの女と結婚した時点でおかしいと思ったが、その後から交流を持てなくなった弟分のような幼なじみ。全てを聞いたわけではないが、極秘裏にあの女が手配されてアレンディオがリラの兄のもとに保護されていたことを考え合わせれば、まあ、ろくな結婚生活ではなかったのだなと結論づけるには十分だ。
「兄さんの部屋から出してもらえることにはなったんだけど、邸にこのまま帰るのは辛そうで。だから、まだ体調も万全なわけじゃないし、落ち着くまでわたしが居ようかって言ったら、こうなった」
「…その場に副団長もいたのか?」
「?うん。兄さんが呼んでたみたい」
ライアスは口元を手で覆い、空を仰いでひっそりとため息をつく。全て、リラの兄の手の内だ。リラが言い出すことも、それを聞いた副団長がどんな反応するかも全て。アレンディオからまだ目を離すつもりはないと言うことと、彼らにとっても幼い弟のようなアレンディオを確実に保護したい気持ちもあったのだろうな、とは思おう。思いたい。
「アレンが、もうライにも会うって言うから、手伝ったついでに会えばいいかなって」
「わかったよ」
ぽん、と頭に手を置けば、子供の頃と変わらないその行動に怒るでもなくリラは嬉しそうに笑う。一時期、何があったのか話さないが、ライアスですら触れると体を強張らせる時期があったのをふと思い出して、ほっとする。気づかぬふりでいたが、あの時に何があったのか。楽士の君が、絡んでいるということまではわかっていると言うのにそこから先が分からない。
ローランドが用意したウェルム家の馬車に乗り込み、アレンディオの邸に向かう。
既に知らせはいっていて、2人が到着すると見覚えのある使用人が数人出てきて、中に通される。すっかり老け込んだ顔の執事の目には涙すら浮かんでいて、さすがにリラとライアスは苦笑いを向けるしかない。
「申し訳ありません。この邸に戻ってくることができた上に、お二人の姿を見たら…」
「あー。しんみりしている暇はないと思うのよ?改装が入るし、その間アレンは来ないから取り仕切ってもらうことになるだろうし」
「お任せください。このような悪趣味な邸になってしまって…坊ちゃん…いえ、旦那様に安心してお住まいいただけるよう、心を砕かせていただきます」
「うん、無理しないでくださいね?それで倒れられたら、アレンが落ち込むから」
もちろんです、と力強く微笑まれれば、安心してリラとライアスは顔を見合わせる。
ライアスを連れてきたのは、リラでは荷造りをできないからで。
着替え一式、全てを整えたのはもちろんライアスだ。使用人がやると言ってくれたが、忙しのだから自分の仕事をやれとライアスに追い返されていた。
その間にリラは調理場に足を向け、中をのぞいて料理長の姿を見つけ、目を和ませる。
「お嬢さん」
気づいて声をかけられ、もう、お嬢さん、て歳じゃないんだけどと困惑すれば、自分たちから見たらいつまで経ったってお嬢さんですよとからりと笑われた。まあ、年が近づくわけじゃないしねぇ、と無理に納得しながら問う。
「アレンのお気に入りの茶葉とか、何かそう言うの、ある?」
「まあ、自分の知っている昔と好みが変わっていなければなのでお嬢さんと同じようなことしか知らないですが。でもこれがあったので、変わってないのだと思いますよ」
と、茶葉の缶を示して渡される。
不安げに中を覗き込むのを見て、リラが何を心配しているのか察した料理長は大丈夫、と請け合った。
「我々が邸に入る前に騎士団でこの邸の中の洗浄を一通りしてくれてありました。そうでなければ人が入れる状況ではなかったとのことで。ついでに、目につく場所にある口にしたりかいだりしてはいけないものは押収されています。念のため、その茶葉にはシオン様が浄化魔法もかけてくださっています」
「兄さんが?」
それなら兄さんが渡してくれればよかったのにと言えば、そのくらい気をつけてあるから安心して邸にいて良いと自分たちに示すためだろうと料理長は好意的に言う。なんか、そうでもない気がすると複雑な笑顔で頷きながら、リラは茶葉を受け取ってライアスのところに戻った。
荷物を持ち、ローランドの家に到着すると、ちょうど少し前に、アレンディオもレイが連れてきた、と、ローランドに出迎えられた。
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