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怒るに怒りきれない
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言われたとおり、ローランドの着替えの手伝いをしようと手を伸ばせば、驚いた顔で見下ろされ、やんわりと断られる。その顔には苦笑いが浮かんでいた。
「もともと1人で生活しているし、騎士は身の回りのことは自分でできるから手伝いは必要ない」
ではなぜ、連れてきたのだろう、と小首を傾げている間に、確かに手際良く着替え始めて、目のやり場に困って体ごと逸らす。
手伝ってもらうよりよほど効率よく身支度をしている。
その様子に苦笑いを深め、身支度を終えればローランドは背を向けるリラに歩み寄り、そっと背中に触れて終わったことを伝える。
振り返った手を引いて、部屋のソファに導くと、一旦そこに座らせてから待つように言って部屋を出た。
置いていかれた方のリラは落ち着かない。
人の部屋、他人の家の、家主の部屋に1人で置いていかれて落ち着けるわけがない。そわそわとしながら見回せば、物が少なく、綺麗に片付いた、色合いも落ち着いた部屋で、こんな状況でなければ、きっと落ち着ける場所なのだろうな、と思う。
すぐに戻ってきたローランドの手にはティーセットがあり、慣れた手つきで紅茶を注いでいく。
一緒に運んできたお菓子に目を向ければ、一口サイズのチョコレートがいくつか。それにリラが目を向けていることに気付いたローランドは、そのうちの一つを手に取って、リラの口元に運んだ。
「食べさせようと思って、昨日の夜作った。口に合うかな?」
そんな風に言われて、口を開けないわけにはいかない。
というのは言い訳で、反射的に口を開けてしまっていた。この家で片付くまで過ごせ、と言われているのだ。今更この人の手から何かを食べたところで誰も何も言わないはず、と。
感想を聞くまでもなく、口元が緩んで口角が上がり、目を細めて幸せそうな顔になるのを眺め、ローランドはほっとしたような、幸せな気持ちになる。
爵位があるとは言っても、領地はなく。代々の武辺の家であまり金銭的なやりくりや場合によっては人間関係が得意な家系ではなかったようで、あまり余裕のある家ではなかった。それでも祖父の代までは使用人を最低限置いていたのだが、人の良い父親が亡くなる前に人に騙され借財を作った。ローランドの稼ぎでそれはすぐに返済をしたが余裕のない家で使用人を置き続ける必要を感じず、どうせ身の回りのことは自分でできるからと始めた生活だった。
料理なども必要があって覚えたことだが、やってみれば性に合っていたようで。ただ、騎士であり貴族である自分が料理をすると聞いて人の反応は思わしくないことはわかっていた。だから、驚きこそすれ、素直に美味しいと食べてくれるリラはローランドにとっては嬉しい存在で。
そして菓子作りも、食べてくれる人がいれば楽しいわけで。
騎士であるローランドの凛々しく厳しい姿しか知らない人間が見れば驚き、なぜか落胆すら見せる特技を、案外すんなりと受け入れているリラの側にいれば、不要な力が体から抜けてひどく居心地が良いのだ。
気に入ったようで良かった。
と、そう呟きながらローランドはリラを座らせたソファの隣に腰掛ける。
「でも、わざわざここで…」
「とりあえずリラを遠ざけたかったようだからな。俺の部屋に行かせてまで。ありがたく、便乗させてもらうよ」
にやりと笑って言ったローランドの真意を測ることなく、リラは眉を下げる。
「人の家で…すみません」
「謝って欲しいわけじゃないし、こちらとしては渡りに船だ」
そうは言ってみたものの、あの2人がこの状況を良し、とする何をしたのかは気になる。聞かずにおけるわけもない。
「だが何をしたんだ?今日も見舞いに行ったんだろう?」
それで何をする余裕があったんだと思いながら問いかければ、あっさりと答えられた内容に流石にローランドも頭を抱えた。
その様子に、だって、とリラは何も言われていないのに抗弁をする。
「イルク様は、アレンを助けてくれたんです。多分、わたしのことも」
「だとしても、それを知っていたとしたら仲間だ、ということになる。少なくとも、そのような計画を聞かされるような関係だったということだ。それに…あの男には近づいてほしくない」
その言い回しに、流石のリラも含みを感じて難しい顔になる。ほとんど知られていないはずの、一時期の親しい関係。
知っているのか、と探ろうか迷うような顔を見て、ローランドはその頬を撫でた。
「情報は武器になる。あの男のよくない噂は多い。…まあ、あの女と関わってから減ったようだが」
それだけ、彼女には魅力があったということ、と感じるリラの様子を眺め、それをあえて訂正してやろうとは思わない。そうではなく、逆らえない状況を作り出すことをあの女が、呼吸をするようにたやすくやるだけの話なのだけれど。
リラがそのような行動に出た理由を思えば、頭ごなしに怒るに怒れない。
と、リースもレイも感じたのだろうし、結果、ついていたレイを咎めるような状況になっていたのだなと察すれば、察することができなければこの苛立ちも表に出せるのに、と、体の中に渦巻く感情を吐き出すように、深い深いため息が出る。
そんなため息をつく人を、疲れているのかと心配げにリラが覗き込めば、呆れた顔をする男の力強い腕が伸びてきて、少し苦しいくらいに胸に押しつけられた。
「ロー様!?」
驚いて声を上げるけれど、ローランドはリラの頭に顎を乗せて黙ってろと言うから。声がそのまま体に響いて居心地悪く、やり場のない感情を持て余して、リラは押しつけられた分厚い胸板に、不貞腐れた顔で額を当て、諦めたような深呼吸をして体から力をぬいた。
「もともと1人で生活しているし、騎士は身の回りのことは自分でできるから手伝いは必要ない」
ではなぜ、連れてきたのだろう、と小首を傾げている間に、確かに手際良く着替え始めて、目のやり場に困って体ごと逸らす。
手伝ってもらうよりよほど効率よく身支度をしている。
その様子に苦笑いを深め、身支度を終えればローランドは背を向けるリラに歩み寄り、そっと背中に触れて終わったことを伝える。
振り返った手を引いて、部屋のソファに導くと、一旦そこに座らせてから待つように言って部屋を出た。
置いていかれた方のリラは落ち着かない。
人の部屋、他人の家の、家主の部屋に1人で置いていかれて落ち着けるわけがない。そわそわとしながら見回せば、物が少なく、綺麗に片付いた、色合いも落ち着いた部屋で、こんな状況でなければ、きっと落ち着ける場所なのだろうな、と思う。
すぐに戻ってきたローランドの手にはティーセットがあり、慣れた手つきで紅茶を注いでいく。
一緒に運んできたお菓子に目を向ければ、一口サイズのチョコレートがいくつか。それにリラが目を向けていることに気付いたローランドは、そのうちの一つを手に取って、リラの口元に運んだ。
「食べさせようと思って、昨日の夜作った。口に合うかな?」
そんな風に言われて、口を開けないわけにはいかない。
というのは言い訳で、反射的に口を開けてしまっていた。この家で片付くまで過ごせ、と言われているのだ。今更この人の手から何かを食べたところで誰も何も言わないはず、と。
感想を聞くまでもなく、口元が緩んで口角が上がり、目を細めて幸せそうな顔になるのを眺め、ローランドはほっとしたような、幸せな気持ちになる。
爵位があるとは言っても、領地はなく。代々の武辺の家であまり金銭的なやりくりや場合によっては人間関係が得意な家系ではなかったようで、あまり余裕のある家ではなかった。それでも祖父の代までは使用人を最低限置いていたのだが、人の良い父親が亡くなる前に人に騙され借財を作った。ローランドの稼ぎでそれはすぐに返済をしたが余裕のない家で使用人を置き続ける必要を感じず、どうせ身の回りのことは自分でできるからと始めた生活だった。
料理なども必要があって覚えたことだが、やってみれば性に合っていたようで。ただ、騎士であり貴族である自分が料理をすると聞いて人の反応は思わしくないことはわかっていた。だから、驚きこそすれ、素直に美味しいと食べてくれるリラはローランドにとっては嬉しい存在で。
そして菓子作りも、食べてくれる人がいれば楽しいわけで。
騎士であるローランドの凛々しく厳しい姿しか知らない人間が見れば驚き、なぜか落胆すら見せる特技を、案外すんなりと受け入れているリラの側にいれば、不要な力が体から抜けてひどく居心地が良いのだ。
気に入ったようで良かった。
と、そう呟きながらローランドはリラを座らせたソファの隣に腰掛ける。
「でも、わざわざここで…」
「とりあえずリラを遠ざけたかったようだからな。俺の部屋に行かせてまで。ありがたく、便乗させてもらうよ」
にやりと笑って言ったローランドの真意を測ることなく、リラは眉を下げる。
「人の家で…すみません」
「謝って欲しいわけじゃないし、こちらとしては渡りに船だ」
そうは言ってみたものの、あの2人がこの状況を良し、とする何をしたのかは気になる。聞かずにおけるわけもない。
「だが何をしたんだ?今日も見舞いに行ったんだろう?」
それで何をする余裕があったんだと思いながら問いかければ、あっさりと答えられた内容に流石にローランドも頭を抱えた。
その様子に、だって、とリラは何も言われていないのに抗弁をする。
「イルク様は、アレンを助けてくれたんです。多分、わたしのことも」
「だとしても、それを知っていたとしたら仲間だ、ということになる。少なくとも、そのような計画を聞かされるような関係だったということだ。それに…あの男には近づいてほしくない」
その言い回しに、流石のリラも含みを感じて難しい顔になる。ほとんど知られていないはずの、一時期の親しい関係。
知っているのか、と探ろうか迷うような顔を見て、ローランドはその頬を撫でた。
「情報は武器になる。あの男のよくない噂は多い。…まあ、あの女と関わってから減ったようだが」
それだけ、彼女には魅力があったということ、と感じるリラの様子を眺め、それをあえて訂正してやろうとは思わない。そうではなく、逆らえない状況を作り出すことをあの女が、呼吸をするようにたやすくやるだけの話なのだけれど。
リラがそのような行動に出た理由を思えば、頭ごなしに怒るに怒れない。
と、リースもレイも感じたのだろうし、結果、ついていたレイを咎めるような状況になっていたのだなと察すれば、察することができなければこの苛立ちも表に出せるのに、と、体の中に渦巻く感情を吐き出すように、深い深いため息が出る。
そんなため息をつく人を、疲れているのかと心配げにリラが覗き込めば、呆れた顔をする男の力強い腕が伸びてきて、少し苦しいくらいに胸に押しつけられた。
「ロー様!?」
驚いて声を上げるけれど、ローランドはリラの頭に顎を乗せて黙ってろと言うから。声がそのまま体に響いて居心地悪く、やり場のない感情を持て余して、リラは押しつけられた分厚い胸板に、不貞腐れた顔で額を当て、諦めたような深呼吸をして体から力をぬいた。
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