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お前にとって、俺はなんだ?
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その日の仕事を終え、ローランドはいそいそと家路につく。
本当なら、この家路も、一緒に歩けたのだが。
今日は。いや、あの調子だと今日からは、リラは魔術師棟へ寄ってから変えるため、一緒にはならない。時間を合わせれば良いのだが、そこにはあの執事が同行しているため、断る断らない以前に、心底不思議そうに首を傾げられた。そのことに、我ながら滑稽なほどに落ち込みもしたのだが。
それでも、帰る場所が同じだという状況に帰る足は急いてしまう。きっとまだ、帰っていないのに。
そう思ったのに、家に帰るとリラもレイもいた。
いや、いた、どころの状況ではなく。先日と比べ物にならない勢いでレイが主人であるはずのリースを殴り倒していた。
「おい?」
「ああ、おかえりなさいませ、副団長様。たびたびお見苦しいところをお見せしないようにご帰宅前に済ませるつもりでしたが」
そう言ってから、執事は端正な顔を綺麗な笑顔に変えて請け合う。
「ご安心ください。こちらのものを壊すことはないよう、結界を張っておりますから」
問題なのはそこじゃない、と言いたいが、ローランドはもう、それをあえて伝えることはやめた。顔色も悪くリースを助け起こしたいのに、しっかりと執事に抱え込まれて身動きもままならないリラを見る。
そちらには、純粋に苛立ったので、歩み寄り、手を延べる。自然とその手をとったリラを引き寄せ、関係性が謎の主従を一瞥した。
「彼女にわざわざ見せるものでもないだろう」
見せたわけではないだろう。隠せなかっただけなのは、この間のやりとりを見ていれば想像がつくが。それでも、苦々しく吐き出しながら一度着替えるために部屋に上がるのにそのままリラを伴う。
「リラ嬢」
部屋に連れ込まれ、気にするそぶりもなく目の前で着替えを始められ、リラは慌てて壁の方に回れ右をしていた。声をかけられ、振り返らないままに声だけで応じると、呼んだ割に言葉が続かない。
訝しく思う頃合いに、不意に背後に熱を感じ、そのまま引き寄せられた。
首と腰に剣を振るう逞しい腕が回され、押し付けられた胸板は硬い。鼻腔をくすぐる香りは、外の埃の匂いが混じって、それでも清潔感がありなぜか、心地よく安心感がある。
そのことに戸惑いながら、不意打ちの触れ合いにリラはうろたえて身動ぎをするけれど。
しっかりと回された腕が緩むことも、押し付けられた体が離れることもない。
「あの、ロー…様??」
戸惑いが前面に出る声になれば、そのことにリラの方がなぜか恥ずかしげに俯く。
俯いて目の前に露わになった首筋に、ローランドは鼻先を埋めた。ここ数日、兄の命によりこの家で過ごすリラからは、自分と同じ香りがする。同じ香りのはずなのに、違う。リラが纏うと、甘く心地よく感じる。それでいて、清涼感があり常にそばに置いておきたい香りで。
「お前にとって、俺はなんだ?」
え、と、小さな戸惑う声が腕の中からするのを、ローランドはたまらずに腕に力が篭る。
聞くまいと、急かすまいと、追い詰めてはいけないと言い聞かせてきたけれど。近い距離にいる分、思い知るのだ。
リラにとって、自分の立ち位置はどこなのだろう、と。
確かに思いは伝えた。伝わっていない、わけではないのだろ。あそこまでやって伝わらないとしたら、それは、あえて、としか思えない。それに、戸惑う顔や時折怯えも見せるから、それは切ないけれど伝わってはいるのだなと確認にはなって。
その上で、と。先日、リラの兄たちから伝えられた、王の言葉。周囲からの軽蔑に近い諫めのおかげか、それが実行に移されることはなかったけれど。リラに1人を選ばせることなく、複数婚をさせようとした。それはつまり、王の目から見ても、ローランドのようにリラ以外を決して欲することがないだろう男たちがいるということでもあって。
ふざけた王命だと身体中から嫌悪と怒りが湧き上がって頭が沸騰しそうになったが。思いがけないほどに冷静なリラは、冷え冷えと、一つため息をついただけで。その反応に、むしろ不安になる。焦りが湧く。
「お前が迷惑だと言ったところで引っ込めるつもりは毛頭ないが。それでも、現状を確認したい。お前にとって、俺の気持ちや存在は、迷惑か?」
顔を見られたくなくて、ローランドの腕に力が篭る。
背後から抱きしめる体は華奢で、これ以上力を入れれば折れてしまいそうで。
腕の中で、少し固まっていたリラがまた動こうとする。情けない顔をしているであろう自覚はあって、それを封じれば、自由になる腕が探るように伸ばされ、自分の首に顔を埋める男の髪をその指が探り当てて梳いた。
「ロー様、顔を見てお話をしたいのですが」
「だめだ」
「でも…顔を見なければどのような言葉も口だけだと言われそうで」
「言わないから。声を聞けばわかる。だから、だめだ」
なぜそんなに頑なな、とリラはため息をつく。
馴れるようなものでもないはずなのだが、この殺傷力の高い美貌の持ち主と知り合ってから距離感のおかしいこの人のおかげで、同じ状況に少し置かれ続ければなんとなく、麻痺するというか慣れるというか、とりあえず混乱は回避して対応できるようにはなってきた。ただし、人目がなければ、という条件はつくが。
だから、ようやくこの距離でも、心臓はいまだに早鐘のようだけれどなんとか声はきちんと出せるようになってきたので、お願いをしたのだけれど。却下か、と。
自分に巻きつく腕にそれぞれ手を添えて、なんとか首を回そうとするのだけれど、それもできない。しかも人の首筋に鼻先を埋めて時折額を擦り付けるから、くすぐったくてむずむずする。
「正直に、お伝えしても?」
あえてそう確認をされれば、嫌な予感しかしなくてローランドはぴしりと凍りつきそうになる。
覚悟を決めて頷けば、その気配を感じ取ったのか、困惑まじりの笑うような吐息が首に回した方のローランドの腕にかかり、ぞわり、と、こんな会話の途中なのに背筋を這い上るものがある。
「正直、迷惑とか、そういう判断をするようなお相手ではないと、思っていました。遠すぎて」
「ああ」
「でも、そんなのと関係なく感情は湧くので。迷惑とか、面倒とか、そういうのよりも、不思議すぎて」
面倒とか、そういうことは聞いていないのにあえて言われれば、思っていたんだな、とため息が漏れそうになるが。なんとなくそれがリラらしいと思ってしまえば、頷く代わりにリラの肩に額を押し当てて強めに擦り付けてしまう。やるせない何かを散らすように。鼻先にある背骨にどさくさ紛れに唇を押し当ててみたりもする。
「ロー様、あの、見えないところで何かされるの、怖いのですが」
「大丈夫だ」
「大丈夫の意味がわからないのと、ロー様、その辺、信用できません」
ふはっ、と、吹き出してしまい、それが至近距離で背中に当たってリラの体が震える。
違いない、と思いながらそう理解されているのならと少し、手の位置をずらしてみれば、リラの胸の膨らみに触れているような触れていないような、微妙な位置になる。
「…そういうところは、迷惑です。…迷惑?困る?対処法がわからないので。それに困っているわたしを見て楽しんでいる顔は、腹も立つし苛立ちもします」
ただ、と、リラは深くため息をついた。
「こんな風に、ちゃんとわたしの下手な話も聞いてくださって、話せるように待ってくださって。それで、わたしも話そうと思うのは、ロー様の近くが安心できる物になってしまっているからだと思います」
まだ、自分の中を探っているような。それでも。
ローランドは舞い上がりそうになる。
ただ、先ほどのため息の本当の意味。ローランドを憎からず思うようになってしまったことではなく、リラがため息をつきたくなる理由。
「陛下の思いつきは、巫山戯たことをと思いましたが。優柔不断で、対人関係について決断力がないのをご存知なのかもしれません。ロー様の手を取る決断も、取らない覚悟も、決められる未来が想像できません。例えば、その時に陛下がどなたかを思い浮かべていたのなら、複数婚の相手がどなたであったとしても。ああ…でも、断ることはできそうな方の方が多いので」
そう考えると、断ると決められない時点で。ああ、でも、断れない相手は他にもいるかもしれないけれど、そんな物好きそんなにいるもんか?
などとぶつぶつと腕の中で呟き始めたが、複数婚を言い出した国王を容認する理由を思い浮かべてしまっていることに衝撃を受けながらも、ほとんど、受け入れられているのと同じような答えを聞いて仕舞えばローランドが舞い上がるのは当然で。
無愛想な副団長は、嬉しさのあまり表情筋が動ききれず、かえって無表情になり。
くるりと向き直らされてその顔を見上げたリラは、ああ、やはり、幻滅するよね、などと反省していれば、ほとんど不意打ちのように、体を持ち上げられ、首の後ろと腰を固定され、奪うように口づけをされていた。
本当なら、この家路も、一緒に歩けたのだが。
今日は。いや、あの調子だと今日からは、リラは魔術師棟へ寄ってから変えるため、一緒にはならない。時間を合わせれば良いのだが、そこにはあの執事が同行しているため、断る断らない以前に、心底不思議そうに首を傾げられた。そのことに、我ながら滑稽なほどに落ち込みもしたのだが。
それでも、帰る場所が同じだという状況に帰る足は急いてしまう。きっとまだ、帰っていないのに。
そう思ったのに、家に帰るとリラもレイもいた。
いや、いた、どころの状況ではなく。先日と比べ物にならない勢いでレイが主人であるはずのリースを殴り倒していた。
「おい?」
「ああ、おかえりなさいませ、副団長様。たびたびお見苦しいところをお見せしないようにご帰宅前に済ませるつもりでしたが」
そう言ってから、執事は端正な顔を綺麗な笑顔に変えて請け合う。
「ご安心ください。こちらのものを壊すことはないよう、結界を張っておりますから」
問題なのはそこじゃない、と言いたいが、ローランドはもう、それをあえて伝えることはやめた。顔色も悪くリースを助け起こしたいのに、しっかりと執事に抱え込まれて身動きもままならないリラを見る。
そちらには、純粋に苛立ったので、歩み寄り、手を延べる。自然とその手をとったリラを引き寄せ、関係性が謎の主従を一瞥した。
「彼女にわざわざ見せるものでもないだろう」
見せたわけではないだろう。隠せなかっただけなのは、この間のやりとりを見ていれば想像がつくが。それでも、苦々しく吐き出しながら一度着替えるために部屋に上がるのにそのままリラを伴う。
「リラ嬢」
部屋に連れ込まれ、気にするそぶりもなく目の前で着替えを始められ、リラは慌てて壁の方に回れ右をしていた。声をかけられ、振り返らないままに声だけで応じると、呼んだ割に言葉が続かない。
訝しく思う頃合いに、不意に背後に熱を感じ、そのまま引き寄せられた。
首と腰に剣を振るう逞しい腕が回され、押し付けられた胸板は硬い。鼻腔をくすぐる香りは、外の埃の匂いが混じって、それでも清潔感がありなぜか、心地よく安心感がある。
そのことに戸惑いながら、不意打ちの触れ合いにリラはうろたえて身動ぎをするけれど。
しっかりと回された腕が緩むことも、押し付けられた体が離れることもない。
「あの、ロー…様??」
戸惑いが前面に出る声になれば、そのことにリラの方がなぜか恥ずかしげに俯く。
俯いて目の前に露わになった首筋に、ローランドは鼻先を埋めた。ここ数日、兄の命によりこの家で過ごすリラからは、自分と同じ香りがする。同じ香りのはずなのに、違う。リラが纏うと、甘く心地よく感じる。それでいて、清涼感があり常にそばに置いておきたい香りで。
「お前にとって、俺はなんだ?」
え、と、小さな戸惑う声が腕の中からするのを、ローランドはたまらずに腕に力が篭る。
聞くまいと、急かすまいと、追い詰めてはいけないと言い聞かせてきたけれど。近い距離にいる分、思い知るのだ。
リラにとって、自分の立ち位置はどこなのだろう、と。
確かに思いは伝えた。伝わっていない、わけではないのだろ。あそこまでやって伝わらないとしたら、それは、あえて、としか思えない。それに、戸惑う顔や時折怯えも見せるから、それは切ないけれど伝わってはいるのだなと確認にはなって。
その上で、と。先日、リラの兄たちから伝えられた、王の言葉。周囲からの軽蔑に近い諫めのおかげか、それが実行に移されることはなかったけれど。リラに1人を選ばせることなく、複数婚をさせようとした。それはつまり、王の目から見ても、ローランドのようにリラ以外を決して欲することがないだろう男たちがいるということでもあって。
ふざけた王命だと身体中から嫌悪と怒りが湧き上がって頭が沸騰しそうになったが。思いがけないほどに冷静なリラは、冷え冷えと、一つため息をついただけで。その反応に、むしろ不安になる。焦りが湧く。
「お前が迷惑だと言ったところで引っ込めるつもりは毛頭ないが。それでも、現状を確認したい。お前にとって、俺の気持ちや存在は、迷惑か?」
顔を見られたくなくて、ローランドの腕に力が篭る。
背後から抱きしめる体は華奢で、これ以上力を入れれば折れてしまいそうで。
腕の中で、少し固まっていたリラがまた動こうとする。情けない顔をしているであろう自覚はあって、それを封じれば、自由になる腕が探るように伸ばされ、自分の首に顔を埋める男の髪をその指が探り当てて梳いた。
「ロー様、顔を見てお話をしたいのですが」
「だめだ」
「でも…顔を見なければどのような言葉も口だけだと言われそうで」
「言わないから。声を聞けばわかる。だから、だめだ」
なぜそんなに頑なな、とリラはため息をつく。
馴れるようなものでもないはずなのだが、この殺傷力の高い美貌の持ち主と知り合ってから距離感のおかしいこの人のおかげで、同じ状況に少し置かれ続ければなんとなく、麻痺するというか慣れるというか、とりあえず混乱は回避して対応できるようにはなってきた。ただし、人目がなければ、という条件はつくが。
だから、ようやくこの距離でも、心臓はいまだに早鐘のようだけれどなんとか声はきちんと出せるようになってきたので、お願いをしたのだけれど。却下か、と。
自分に巻きつく腕にそれぞれ手を添えて、なんとか首を回そうとするのだけれど、それもできない。しかも人の首筋に鼻先を埋めて時折額を擦り付けるから、くすぐったくてむずむずする。
「正直に、お伝えしても?」
あえてそう確認をされれば、嫌な予感しかしなくてローランドはぴしりと凍りつきそうになる。
覚悟を決めて頷けば、その気配を感じ取ったのか、困惑まじりの笑うような吐息が首に回した方のローランドの腕にかかり、ぞわり、と、こんな会話の途中なのに背筋を這い上るものがある。
「正直、迷惑とか、そういう判断をするようなお相手ではないと、思っていました。遠すぎて」
「ああ」
「でも、そんなのと関係なく感情は湧くので。迷惑とか、面倒とか、そういうのよりも、不思議すぎて」
面倒とか、そういうことは聞いていないのにあえて言われれば、思っていたんだな、とため息が漏れそうになるが。なんとなくそれがリラらしいと思ってしまえば、頷く代わりにリラの肩に額を押し当てて強めに擦り付けてしまう。やるせない何かを散らすように。鼻先にある背骨にどさくさ紛れに唇を押し当ててみたりもする。
「ロー様、あの、見えないところで何かされるの、怖いのですが」
「大丈夫だ」
「大丈夫の意味がわからないのと、ロー様、その辺、信用できません」
ふはっ、と、吹き出してしまい、それが至近距離で背中に当たってリラの体が震える。
違いない、と思いながらそう理解されているのならと少し、手の位置をずらしてみれば、リラの胸の膨らみに触れているような触れていないような、微妙な位置になる。
「…そういうところは、迷惑です。…迷惑?困る?対処法がわからないので。それに困っているわたしを見て楽しんでいる顔は、腹も立つし苛立ちもします」
ただ、と、リラは深くため息をついた。
「こんな風に、ちゃんとわたしの下手な話も聞いてくださって、話せるように待ってくださって。それで、わたしも話そうと思うのは、ロー様の近くが安心できる物になってしまっているからだと思います」
まだ、自分の中を探っているような。それでも。
ローランドは舞い上がりそうになる。
ただ、先ほどのため息の本当の意味。ローランドを憎からず思うようになってしまったことではなく、リラがため息をつきたくなる理由。
「陛下の思いつきは、巫山戯たことをと思いましたが。優柔不断で、対人関係について決断力がないのをご存知なのかもしれません。ロー様の手を取る決断も、取らない覚悟も、決められる未来が想像できません。例えば、その時に陛下がどなたかを思い浮かべていたのなら、複数婚の相手がどなたであったとしても。ああ…でも、断ることはできそうな方の方が多いので」
そう考えると、断ると決められない時点で。ああ、でも、断れない相手は他にもいるかもしれないけれど、そんな物好きそんなにいるもんか?
などとぶつぶつと腕の中で呟き始めたが、複数婚を言い出した国王を容認する理由を思い浮かべてしまっていることに衝撃を受けながらも、ほとんど、受け入れられているのと同じような答えを聞いて仕舞えばローランドが舞い上がるのは当然で。
無愛想な副団長は、嬉しさのあまり表情筋が動ききれず、かえって無表情になり。
くるりと向き直らされてその顔を見上げたリラは、ああ、やはり、幻滅するよね、などと反省していれば、ほとんど不意打ちのように、体を持ち上げられ、首の後ろと腰を固定され、奪うように口づけをされていた。
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