Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

文字の大きさ
上 下
37 / 49

お見舞い

しおりを挟む
 リラが、アレンの見舞いを許されたのは、あの日から3日後のこと。そして、あの日からリラはずっと、ローランドの家に滞在を続けている。
 当然のように、リースとレイも一緒に。エルムは、リラたちの家を保つために残されていた。
 一緒にいればリースがリラの魔力を「食事」にしていることも知るところとなるわけで、ローランドは不快感を顕にしたが、その結果、逆にリラの方からそんな反応に対して不興を被ることになる。
 その点に関しては同感だったレイにしてみれば第三者の視点からもっと言って欲しいくらいだったが、リラの反応を見ればそれも諦めた。


 このような形でしか維持できなくしたのは自分なのだと。次第に慣らしていくしかないのに、むしろこんな状況が不便で不快なのはリース自身なのに、無神経だと本気で腹を立てられれば。



 返す言葉など、あるはずもない。
 リースが迷惑にも不快にも思うはずがなく、むしろ歓迎している状況なのは、この際本人に知らせる必要はない。

「アレンに?」

 夕食時にその話をリラが持ち出せば、男たちの眉間に皺が寄る。難しい顔をする男たちの反応は気にする様子もなく、安堵した様子でリラの顔には微笑みすら浮かんでいる。


「やっと、会いに行っていいって許可が出たの。明日から昼休みと仕事帰りにシオン兄さんの部屋に寄って会って来るわ。全部落ち着いてから自宅に帰ると言っていたから、まだ片付いていないのね」


 そう簡単に片付くわけがないだろう、とは言わず、ローランドはため息をついた。
「ならば、俺も一緒に行こう」
 当たり前のように言う男を、リラは不振げに見上げる。
「なぜです?見舞いに行くのに、アレンに気を使わせたくありません。ロー様は、アレンと面識がありませんよね?」
「むしろ、なぜ君1人で行かせると思えるんだ?他の男のところに、1人でなんて行かせるわけがないだろう」
 しかも、相手はアレンディオなのだ。心中穏やかであるはずがない。
「兄もいます」


 この言い合いは放っておいても妥協点はないと見てとり、リースはため息をつく。どちらの言うことももっともなのだ。
 そして兄は、おそらく勝手に入れとリラとアレンを2人にするだろう。それは正直、リースにとっても避けたいことで。
 ただ、先日は止むに止まれずそこに立ち入ったが、王宮になど近づきたくもない。だからこそ、出仕していないのだから。
「レイ、お前が一緒に行け。リラの言うことも副団長殿の言うことももっともだ。昼は、ライアスを誘っていけ。いいな、リラ」



 有無を言わせぬ弟の家長としての言葉に、リラが不満げに頬をわずかに膨らませるが、そんなものが通用するはずもなく、無言でリースが片眉を上げて見せれば、リラは不承不承頷くしかない。
 自分が同席できないことにローランドは顔をしかめながらも、自分が同行するとは言い出さなかったリースを不思議に思う。顔に出たわけではないだろうが、リースは皮肉な笑みを口元に浮かべた。
「あんな場所、近づきたくもない。あそこに毎日出仕するリラの人の好さに呆れるよ」

 言い終える前に、腰を浮かしたリラが手を伸ばし、そっとリースの頬に触れる。
 心地よさげに一瞬目を細め、それからそれを隠すような眼差しをリラに向ける。この家に滞在し始めてから、リラからの魔力譲渡は繋いだ手からになっている。その方法で可能であるということにローランドなどは驚いていたが、リラにしてみればずっと毎日繰り返してきた時間だ。
 頬に触れた手が条件反射のように魔力を帯びるのを感じ、リースはその細い手首を掴んで離す。
「今はいらない。後にしてくれ」
「あ…ごめんなさい」
 魔法を使うことも魔力を外に出すこともできないくせに、リースに対しての魔力譲渡だけは無意識にしてしまう。意識しているわけではないから所構わず。







 そんなやりとりの翌日。
 結局その日の昼休みは、リースに言われたことをライアスに伝えに行くことに終始してしまい。何せ、事情をある程度伝えなければいけない。しかも、途中でローランドが当たり前のようにやって来て同席するからリラの眉は情けなさそうに下がってしまう。
 ライアスは、ずっと気にかけていた幼馴染みがようやく解放されたと喜んだけれど。ただ、言葉を濁して伝えられた内容には顔をしかめた。夕方、レイと行った時に、ライアスが来ても良いか本人に聞いてくれ、とリラに頼む。その状況では、まだ人と会うことを喜ばない可能性が高いから、と。
 無骨な外見のライアスの、いつもと変わらない暖かさにリラが微笑めば、不機嫌な視線が向けられ、ライアスは背筋に嫌な汗が伝い。勘弁してくれ、と、リラの後ろで仁王立ちしている男を眺めるのだった。









 そしてようやくアレンに会えたリラは。
 レイが首根っこを捕まえ損ねるほどの勢いでアレンに駆け寄り。

 まさか抱きつく!?

 と、アレン本人も、レイも、そしてとりあえずその部屋に通したシオンも固まる目の前で、アレンが休んでいる寝台に両手をつき、その勢いのまま寝台脇に両膝をついてアレンの顔を下から覗き込んだ。

「アレン、ごはん、食べてる?まだ痩せたままだし…あ、でも、顔色は随分良くなったし、肌の様子も良くなったし…。でもやっぱりまだ」
「お嬢」
 そのままの勢いでどんどんアレンとの距離を詰め、至近距離でアレンの様子を観察するリラに、地を這うような執事の声が背後からかかる。
「マナーがなっておりませんね」
 その声には、リラと一緒に、リラの勢いにどんどん赤面を酷くしていたアレンまで背筋を伸ばして固まる。
 ちら、と、恐る恐る視線だけ振り返るリラに、レイは婉然と笑って見せるが。
 それが怖いのよ!と、リラは目をアレンに戻す。ただ、確かに、顔を見ることができた安心感で勢いに任せてしまった自覚はある。

 ようやく一息ついたところで、レイが寝台脇に椅子を置き、そこにリラが腰を落ち着けて話し始める。
 ライアスのことを聞けば、もう少し待ってほしいと言われ。せめて、もう少し元気に見える姿になってから、と。
 そんなことを言うならとリラはアレンに甲斐甲斐しく食事の世話をするのだから、アレンは素直に喜べずに困惑をリラの背後の執事に向けるのだが、そちらはそちらで番犬モード。かえって緊張を深めてしまうことになり。

 そして、一息ついたところで、リラは穏やかにアレンを見つめる。
「アレンに、1人で10年も、いろんなことを抱え込ませてしまった。前のように行き来をして、様子を見ていればこんなことになる前に気づけたのに。あなたへの罪悪感で、わたしの我が身かわいさで、避けてしまって」



 ごめんなさい



 泣きそうな声で、それでも小さく言葉にしながら、リラは痩せたアレンの手を両手で包み込み、その手に額を当てて伝える。
 違う。

 違う違う。と。

 アレンはその手を引くけれど、リラは首を横に振るばかり。
 リラは今回のことでもう1人、きちんと会って礼を言わなければいけない人がいる。兄たちを呼んでくれた、楽士の君。でもまずは、アレンに昔のように笑顔でいてほしい。


「アレン。ライに会うのが元気になってからなら、リースともその時に、会ってね?やっぱり王宮は、嫌いなんですって。あなたがいても」


 アレンは、その言葉にそうだろうな、と思う。ここにリラが幽閉でもされない限り、あの男は足を踏み入れたがらないだろう。先日のあれは、兄弟が揃ったからこその強行手段。
 アレンの手を握ったまま、リラは寂しそうに笑った。


「レイ」

 背後にいる執事に声をかける。


 昨日、リースは言ったのだ。あそこに毎日出仕するリラの人の好さには呆れる、と。


 リースもリラも、王宮を避けたい理由があることを、承知しているからこその言葉。


「リースが、わたしを忘れているなんて、嘘ね。嘘をついてまで拒絶したいほど、リースに嫌われちゃった…」





 思い巡らし、レイも同じ言葉に思い至る。
 そして、リースへの仕置きが足りないと爪が食い込むほどに拳を握り、リラの背中に声をかけようとしたところで、先手を打つようにリラが立ち上がった。


「アレン。シオン兄さんに、あなたに帰りがけに少し魔力を補給してやるように言われているの。いい?」


 え、と、絶句しながらも、アレンは反射で茫然と頷く。


 自分でできないから、アレンが持っていってね?と笑って言われ、触れるだけの、魔力譲渡のための口づけをされる。寝台に座ったまま、アレンはその心地よい魔力が体の中の毒を凌駕していくのを暖かく感じていた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

処理中です...