Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

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微睡む

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 ローランドは、呆れた思いでシェフィールド家の面々を眺めた。
 一応、ローランド自身も非常識な存在であるという自覚はある。騎士としての腕は並ぶものはなく、智略にも長けているという評価は、自分でも然もあらんと受け止めている。必要とあらば、上官であろうと上位貴族であろうと王家であろうと、掌の上で動かす情報量とそれを活用する術を常に維持している。


 ただ。
 シェフィールド家というのは、そもそも存在が非常識なのではないかとローランドをして感じさせた。この家がそれほど人の口に上ることなく埋もれているのは、彼ら自身が目立つことを望まないから。人より秀でていることを知られることなく、好きに生きられる範囲で能力を使っているからと、そう見て取れた。
 ローランドをして、その全貌が見えないほどには、非常識なほどに優秀な一族だ。だからこそ、代々連綿と、一代限りの爵位を叙爵し続けてきているのだろう。実力が伴っているだけに世襲貴族で漫然と代を重ねてきた家よりよほど実力は備えていると考えて良い。



 そんな思いに至ったのは、食事の支度をあらかた終えたところで不意に家の中に転移してくる気配があったから。
 この家を知られていることに驚けば、気配を探ればすぐに特定できるとあっさり言ったのは、顔だけは知っている、シェフィールド家の次男、シオンで。家の中の気配を探るような様子を見せて、眉根を寄せる。
「リラは寝ているのか…まあいい」
 呟いて、家主であるローランドに断りも入れずに迷いなくリラが眠っている客間に足を向ける。
 そこでリラについているはずのリースとレイを有無を言わせぬ調子で招いている。

「今度はどこへ」
 憮然と問いかけるリースにシオンは、戻るだけだ、と簡単に応じた。今度はレイもと言われ、2人の顔にあからさまに拒否が浮かぶ。ローランドの家にリラを1人置いていくことへの抵抗が半端ではない。それを受け流してシオンはローランドを一瞥した。
「騎士団の副団長殿が、騎士道に反する行いをするはずもないだろう。本当はリラも連れて行きたかったが、まあとりあえずお前たちだけ来い」
「リラも?」
「リラの言うの最たるものが、また碌でもないことを言い始めた。エリカと兄上に一蹴されて青褪めていたが、まあ、思い直したのかは甚だ不明だ」


 事故物件。


 その言葉に、心底悪態をつきたい思いで、リースとレイは顔を歪める。王家が今度は何を言い出したのか、と。







「カナーンシアは一夫一婦制ではない。ただ、あまり一般的ではないが。だから、王命で、全てをまとめて仕舞えば丸く収まるだろうと、言い出した」


「そんなことを、リラに言うのか」


 転移した先。シオン自身の執務室に姿を現しながら告げられた言葉にリースが反発すれば、その隣で静かに怒りを蓄積しながら、レイが首を振る。
 言ったのが王であるなら、リラはそれほど傷つきも怒りもしないだろう。幻滅を、深めるだけ。


















 あっさりと転移して消えた慌ただしい兄弟を見送り、ローランドは思いがけずリラと2人きりになった僥倖につい、周囲を確認してしまう。
 自分の家であるはずなのにやけに簡単に出入りをされている。本来であれば結界でも張って出入りをきちんと制限したいところだが、リラがここにいる状況でそれをやれば、本格的なシェフィールド家からの反対に遭いかねない。全てが落ち着いたら、念入りな結界を組もうと心に決める。魔術に長けたシオンなどには簡単に解除されてしまう可能性もあるが、ローランドも騎士を選択しているものの魔術師としても大成できるだけの力を持っている。

 つい周囲を確認した自分の動きに苦笑いを浮かべながら、リラが眠る寝台を覗いた。全く動く気配なく眠る様子に心配になるが、その心配を察したかのように身動ぎをする。目覚めそうな気配を察し、寝台の傍に置かれた椅子に腰掛ける。先ほどまでこの部屋にいたリースかレイが座っていたのだろう。
 睫毛が震え、薄っすらと開いた瞼の間から周囲を探ろうとする目の動きを察して、ローランドは穏やかに声をかける。
「目が覚めたか?少しは体は楽になったか?」
「っロー様!?」
 呼び方がまた、愛称に戻っていることに喜びを感じながら、ローランドはその顔を覗き込む。寝ぼけているのだとしたら尚更、その状態で思わず出てくる呼称が愛称であるということがむず痒いほどに幸せな気分にさせてくれる。
 まだ少し、微睡んでいるようなぼんやりした顔ではあるけれど、意識が浮上してきている様子のリラの前髪を、さらりと撫でた。
「ちょっと待っていろ」





 用意し終えていた食事をリラの休む部屋に運んだ。
 そのままで良いからと寝台の上に起き上がらせ、枕をいくつも重ねて楽な姿勢で寄り掛からせた。
 寝台の端に腰掛け、リラの口に食事を運ぶ。目覚めてはいるけれど、少しくったりと気怠げなリラは、1人でできると最初こそ抵抗したものの、自分で食べることも許してもらえず、それでは食事自体を断ることもさせてもらえず、ぼんやりとした顔に困惑を浮かべる。ただ、目覚めたら回復できるように消化に良さそうなものを用意したと言われ、見える料理に気配りが感じられ、そして美味しそうな香りが鼻をつけば、抵抗するのを諦めた。
 口元まで運ばれ、悪戯げに匙で唇を何度かノックされれば、照れくさげに小さく口を開ける。
 そこから流し込まれたスープは優しい味で、滋味深く、全身に沁み渡るようで。柔らかく煮込まれた穀類も食べ進めたくなる味付けをされていて。つくづく腹が立つほどに、そして立場がないと感じるほどに料理上手な人だなと思えば視線に恨めしさが無意識に籠る。
「どうした。口に合わないものがあったか」
「…いえ」
 味わうようにゆっくりと食べるリラは飲み込んでから不承不承否定を口にし、ずっと心配げに覗く目から顔を逸らす。心配そうなのに、口を開ければその顔が嬉しそうに緩むのだから居心地が悪くて仕方ない。
「悔しいくらい、美味しいです」
「悔しがることはないだろう」
 ほっとしたように、嬉しそうに言いながらローランドは匙を持たない手を伸ばし、指先で耳をくすぐってそっぽを向いた顔をこちらに向かせる。驚いた顔が赤くなっているのを見れば、愉快な気持ちになった。
「俺といれば、いつも食えるぞ」
 蜂蜜みたいな目をして言われれば、思わずリラは赤面する。そうしながら、思い出した。確かに、この人にきっぱりと断りを入れたはずなのに。そのすぐ後で、それは聞けないと拒否に拒否を重ねられたけれど。
 でも、リースは言った。今のお前からはいらない、と。触れるのも嫌だと思うようなことをしたのだと、思う。かつてのことを知られたのだと思う。そう思えば、この人もはっきりと聞けば、こんなことを言わなくなるだろう。
 あの時、アレンといるときにこの人の手をとることができないと胸が痛んだことを思い出し、目を逸らし俯いてしまう。勝手な話。受け入れようとしていなかったくせに、得られないとなると欲しがる。そしてまた、一度覚悟したはずなのに、貪欲にもまだ欲しがって。

「リラ?何を考えている?」


 敬称を取り払って呼ばれ、リラはハッとして顔を上げる。先ほどまで蜂蜜のようだった目が、怖いほどにぎらぎらと光って自分を見据えていた
「そのように、言っていただけるような人間ではありません」
「…それについては君が休む前に話はついたものと思っていたが」
 苛立たしげに言われ、思わず肩が揺れる。低い声は今までローランドがリラに向けられたことがないような種類の声で、分からず屋に言い聞かせるのも煩わしくなってきたような、そんな響きに感じられて。
「胃袋でも掴めば早いかと思ったが、まだ抵抗するんだな」
 強めに顎を掴まれ、目を強引に合わされる。大きな体が視界いっぱいに広がり、目の前に金色の目が光っている。
「体に教え込もうか?君はもう、俺から逃げられはしない」
 低く告げるとローランドは顎を掴んで小さく開いた唇を食べてしまいそうなほどにくらいつき、そのまま舌をねじ込んで搦めとる。
 強引に唇を奪い堪能していれば、最初緊張で身を固くしたリラの体から力が抜けるのはすぐで。
 ほっそりとした柔らかい体を支えながら、ローランドはリラに魔力を流し込む。





 流れ込んでくる魔力は、チョコレートよりも甘くて。
 その甘さに酔うように、リラは再び微睡の中に落ちて行き、体を完全にローランドに預けることになる。


 ただ。
 そこでまさか眠るという結果につながるとは予想外すぎて。
 ローランドはぽかんと腕の中のリラをしばらく眺め、どうしようもなく、抱きしめてしまった。
 まだ微睡の中のリラは身動ぎをするけれど、拒絶は感じられず。
 顔が緩むのを感じながら、もう一度、リラを横たえてみれば、口づけから何かに縋りたかったのか、リラの手がしっかりとローランドの服の裾を皺になるほどに握りしめていて。
 ローランドは目を蕩けさせながら、大きな固い手で眠りに落ちていくリラの頬に触れた。



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