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シェフィールド家の兄弟
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シェフィールド家の次男、シオン・シェフィールドは、問答無用に転移してくる兄弟たちを無言で迎えた。
いや、迎えてすらいない。勝手にしろと言いたげに、執務机に向かったまま、淡々と仕事を続けている。
最初、リースがアレンディオを連れて現れた時だけだ。シオンが動いたのは。
眠り続けていた末の弟が目を覚まして動いていることすら、放置して。
触れられることすら苦痛となるアレンディオを魔力で浮遊させ、執務室の奥の小さな休憩室に入れた。
「アレン」
静かな声にアレンディオは充血した目をあげる。既に魔法爵の爵位を得ているシオンは昔からあまり接する機会はないが、変わり者、という印象が強かった。興味を惹かれることにしか、動こうとしない人。
「よく、耐えた」
その男が、そう言うのだ。アレンディオは思わず目を見開いた。
「あの妹が迷惑をかけた。あれの言うまま、好きにしてよかったんだぞ?」
「何を…っ」
驚くアレンディオに、シオンは美しい顔に人の悪い笑みを浮かべる。黒い。この人は確実に腹黒いとアレンディオは察して薬のせいとは違う震えに襲われる。
「そうしたところで、お前を八つ裂きまでにするのは兄弟の中ではリースだけだ」
けろりと言われれば、アレンディオも否定はしない。しかも、八つ裂きまでと言った。つまりは、何かしらはされると言うこと。
既に、それだけのことをしていると、先ほど知ってしまった。
「お前にくれてやることは、覚悟した選択肢の一つだったからな」
では他は、とは聞かない。
既に過去形。
歩み寄ってきたシオンが、不意に顔を近づけ、アレンディオに目を細めた。
「この部屋に、当分遮音と遮蔽をかけておく。自分で熱をちらせ。せっかくの申し出をもったいなかったな」
その言葉のどこまでが本気なのか。
問いかける視線は、悪戯げなシオンの顔に目を奪われ、不意打ちで、さわり、と、痛いほどに主張する自身の中心を指先で触れられることで自然と外されてしまい。
上がる息を宥める間に、その部屋にアレンディオは1人取り残された。
クエルチア、リンデン、コルヌイエ、エリカが揃えば、リラ以外のシェフィールド兄弟が揃う。
そこに同席したがった第3王子のエリアスを容赦なくエリカが追い払い、そして兄弟揃ってその目をリースに向けた。
「リース」
王太子の側妃となり、その美しい笑顔にさらに磨きのかかったエリカが、エリアスを追い払ったその笑顔のまま、末の弟を見つめた。
手を伸ばし、背の高い弟の頬を一撫でする。
「…つまらない子。まあ、昔からよね、あなたがリラにしか反応しないのなんて」
「姉上、わたしで遊ぶのは、いい加減やめてください」
「あら?」
笑顔が怖い。
リースでもそう思うような姉の笑顔。
「わたしの可愛いリラを何年も独り占めした挙句、それを続けたいばかりに目が覚めたことを知らせもしない弟に、発言権も自己主張の権利も、ないわよ?」
「わたしのには言いたいことはあるが、まあ、あとはその通りだね」
冷めた目でコルヌイエにも言われれば、リースは沈黙を落とすだけだ。
別に反省しているわけでもなんでもない。
リラが怒っているのでなければ、泣いているのでなければ、どうでもいいだけ。姉たちを怒らせたと知れば困惑顔をするくらいだとわかっているから。気にも留めない。
「兄さん、リラのいない状態で、どう進める気?この子、相変わらずよ」
「進めるというか。シオン、リースの体の様子を見てくれ」
コルヌイエの言葉に、アレンディオの対応を終えたシオンが今度はリースに向かい、みるまでもなく、これ以上ないほどに顔を顰めた。
「リラが、魔法を使えなくて良かった」
結果こぼした言葉に、兄弟は不思議そうな顔になる。
宝の持ち腐れだの、散々な言われ方をしてきた現実。けれど、使えなくてよかった、という結論は、とうの昔に出ているのだ。あれだけの魔力を持っているリラが、それを行使できたとしたら。本人がどれほど嫌がろうと、自由な生活を得ることは許されなかっただろうから。
「リースの体も魔力も、ほぼリラの魔力で維持している。起きたばかりだから当たり前だが。だが、普通は、魔力は補充できても、体の衰弱は止められない」
何より、リラが狙われ、結果、リースが浴びたあの毒は、健康な心身での生を望むことはできない、緩慢な死を与える悪質な毒だったのに、呆れるほどに、眠り続けていたとは思えないほどに、リースは健康体なのだ。
「自ら食事をして休息をとって体を動かせば、自身で維持する体に戻るだろう。…嫌な顔をするな。当たり前のことだ」
シオンが叱りながら、言葉を続ける。
「リラの魔力に、いや、リースにリラが流し続けた魔力に籠められているのは、癒しの力だ」
失われたと言われる、癒しの魔力。
そんなものの存在が知られれば、魔力量に関わらず、自由を失いかねない。
そして、と、シオンは嫌悪感を隠さずに続ける。
事前に渡されていたアレンディオの血液。高濃度の媚薬。神経毒。幻覚を見させ、聞かせる麻薬。一つでも危険な強いものを、重ねてしかも、長期間にわたって与えられ続けた形跡。
しかし。
今のアレンディオは、先ほど採取したばかりの血液に含まれていたほどの危険な中毒症状はない。
長く苦しみ続ける結果も招いたのかも知れないが。それでも。
「アレンの精神力は、称賛に値する。リラのためだけにもっていたようなものだ。そして、アレンを生かしたのは、リラだ」
「……」
無言のクエルチアの眉がぴくりとあがる。明確に知っているのは、長兄のみ。
「アレンの中に、お守りのように、リラの魔力の気配があった」
「だめだ」
不意に、リースが口を開く。
アレンがリラを大事に思い続けてきたことを、リースは嫌というほどに知っている。それでも。
「リラはだめだ」
怒ったような声と裏腹の、泣き出しそうな顔に、リンデンはその目をクエルチアに向けた。
「副団長のところに、なぜ?」
「彼とレイなら、リラを女として、強引にでも向き合わせられる。兄弟では、無理だ」
女として、欠陥品だと意識に残らない記憶にスィミリアに植え付けられ、そしてさらに、イルクとのうまくいかなかった思い出で、思い込んでしまった、こと。
「リース」
この中で、副団長であるローランドを一番知るリンデンは、弟を見つめる。よくもこの状態で、リラをおぼえていないなどと演じられたものだ。
「自分を人質にするようなやり方で、リラを拘束しないと約束するなら、お前も行っていいぞ」
リースがここに大人しくいる理由。
それは、動けないから。兄たちが、姉たちが、揃ってリースをここに留めおくように魔力を行使しているから。
けれど、リンデンの言葉に誰も反論をせず、それを認めているのがリースにもわかる。彼らは本当に、リースの今の状態を心配し、顔を見たかっただけ。そして、妹と弟を思っているだけ。
「約束する」
口惜しげに、ようやくリースが言うと同時に、その場からリースが消える。
押さえつけるものがなくなればすぐに跳ぶほどに、ずっと隙を狙い続けていたのだから。
「誰かあいつに、アレンの我慢強さを分けてこい」
呆れたようなコルヌイエの呟きには、揃って目を逸らすだけだった。
いや、迎えてすらいない。勝手にしろと言いたげに、執務机に向かったまま、淡々と仕事を続けている。
最初、リースがアレンディオを連れて現れた時だけだ。シオンが動いたのは。
眠り続けていた末の弟が目を覚まして動いていることすら、放置して。
触れられることすら苦痛となるアレンディオを魔力で浮遊させ、執務室の奥の小さな休憩室に入れた。
「アレン」
静かな声にアレンディオは充血した目をあげる。既に魔法爵の爵位を得ているシオンは昔からあまり接する機会はないが、変わり者、という印象が強かった。興味を惹かれることにしか、動こうとしない人。
「よく、耐えた」
その男が、そう言うのだ。アレンディオは思わず目を見開いた。
「あの妹が迷惑をかけた。あれの言うまま、好きにしてよかったんだぞ?」
「何を…っ」
驚くアレンディオに、シオンは美しい顔に人の悪い笑みを浮かべる。黒い。この人は確実に腹黒いとアレンディオは察して薬のせいとは違う震えに襲われる。
「そうしたところで、お前を八つ裂きまでにするのは兄弟の中ではリースだけだ」
けろりと言われれば、アレンディオも否定はしない。しかも、八つ裂きまでと言った。つまりは、何かしらはされると言うこと。
既に、それだけのことをしていると、先ほど知ってしまった。
「お前にくれてやることは、覚悟した選択肢の一つだったからな」
では他は、とは聞かない。
既に過去形。
歩み寄ってきたシオンが、不意に顔を近づけ、アレンディオに目を細めた。
「この部屋に、当分遮音と遮蔽をかけておく。自分で熱をちらせ。せっかくの申し出をもったいなかったな」
その言葉のどこまでが本気なのか。
問いかける視線は、悪戯げなシオンの顔に目を奪われ、不意打ちで、さわり、と、痛いほどに主張する自身の中心を指先で触れられることで自然と外されてしまい。
上がる息を宥める間に、その部屋にアレンディオは1人取り残された。
クエルチア、リンデン、コルヌイエ、エリカが揃えば、リラ以外のシェフィールド兄弟が揃う。
そこに同席したがった第3王子のエリアスを容赦なくエリカが追い払い、そして兄弟揃ってその目をリースに向けた。
「リース」
王太子の側妃となり、その美しい笑顔にさらに磨きのかかったエリカが、エリアスを追い払ったその笑顔のまま、末の弟を見つめた。
手を伸ばし、背の高い弟の頬を一撫でする。
「…つまらない子。まあ、昔からよね、あなたがリラにしか反応しないのなんて」
「姉上、わたしで遊ぶのは、いい加減やめてください」
「あら?」
笑顔が怖い。
リースでもそう思うような姉の笑顔。
「わたしの可愛いリラを何年も独り占めした挙句、それを続けたいばかりに目が覚めたことを知らせもしない弟に、発言権も自己主張の権利も、ないわよ?」
「わたしのには言いたいことはあるが、まあ、あとはその通りだね」
冷めた目でコルヌイエにも言われれば、リースは沈黙を落とすだけだ。
別に反省しているわけでもなんでもない。
リラが怒っているのでなければ、泣いているのでなければ、どうでもいいだけ。姉たちを怒らせたと知れば困惑顔をするくらいだとわかっているから。気にも留めない。
「兄さん、リラのいない状態で、どう進める気?この子、相変わらずよ」
「進めるというか。シオン、リースの体の様子を見てくれ」
コルヌイエの言葉に、アレンディオの対応を終えたシオンが今度はリースに向かい、みるまでもなく、これ以上ないほどに顔を顰めた。
「リラが、魔法を使えなくて良かった」
結果こぼした言葉に、兄弟は不思議そうな顔になる。
宝の持ち腐れだの、散々な言われ方をしてきた現実。けれど、使えなくてよかった、という結論は、とうの昔に出ているのだ。あれだけの魔力を持っているリラが、それを行使できたとしたら。本人がどれほど嫌がろうと、自由な生活を得ることは許されなかっただろうから。
「リースの体も魔力も、ほぼリラの魔力で維持している。起きたばかりだから当たり前だが。だが、普通は、魔力は補充できても、体の衰弱は止められない」
何より、リラが狙われ、結果、リースが浴びたあの毒は、健康な心身での生を望むことはできない、緩慢な死を与える悪質な毒だったのに、呆れるほどに、眠り続けていたとは思えないほどに、リースは健康体なのだ。
「自ら食事をして休息をとって体を動かせば、自身で維持する体に戻るだろう。…嫌な顔をするな。当たり前のことだ」
シオンが叱りながら、言葉を続ける。
「リラの魔力に、いや、リースにリラが流し続けた魔力に籠められているのは、癒しの力だ」
失われたと言われる、癒しの魔力。
そんなものの存在が知られれば、魔力量に関わらず、自由を失いかねない。
そして、と、シオンは嫌悪感を隠さずに続ける。
事前に渡されていたアレンディオの血液。高濃度の媚薬。神経毒。幻覚を見させ、聞かせる麻薬。一つでも危険な強いものを、重ねてしかも、長期間にわたって与えられ続けた形跡。
しかし。
今のアレンディオは、先ほど採取したばかりの血液に含まれていたほどの危険な中毒症状はない。
長く苦しみ続ける結果も招いたのかも知れないが。それでも。
「アレンの精神力は、称賛に値する。リラのためだけにもっていたようなものだ。そして、アレンを生かしたのは、リラだ」
「……」
無言のクエルチアの眉がぴくりとあがる。明確に知っているのは、長兄のみ。
「アレンの中に、お守りのように、リラの魔力の気配があった」
「だめだ」
不意に、リースが口を開く。
アレンがリラを大事に思い続けてきたことを、リースは嫌というほどに知っている。それでも。
「リラはだめだ」
怒ったような声と裏腹の、泣き出しそうな顔に、リンデンはその目をクエルチアに向けた。
「副団長のところに、なぜ?」
「彼とレイなら、リラを女として、強引にでも向き合わせられる。兄弟では、無理だ」
女として、欠陥品だと意識に残らない記憶にスィミリアに植え付けられ、そしてさらに、イルクとのうまくいかなかった思い出で、思い込んでしまった、こと。
「リース」
この中で、副団長であるローランドを一番知るリンデンは、弟を見つめる。よくもこの状態で、リラをおぼえていないなどと演じられたものだ。
「自分を人質にするようなやり方で、リラを拘束しないと約束するなら、お前も行っていいぞ」
リースがここに大人しくいる理由。
それは、動けないから。兄たちが、姉たちが、揃ってリースをここに留めおくように魔力を行使しているから。
けれど、リンデンの言葉に誰も反論をせず、それを認めているのがリースにもわかる。彼らは本当に、リースの今の状態を心配し、顔を見たかっただけ。そして、妹と弟を思っているだけ。
「約束する」
口惜しげに、ようやくリースが言うと同時に、その場からリースが消える。
押さえつけるものがなくなればすぐに跳ぶほどに、ずっと隙を狙い続けていたのだから。
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