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お互い、邪魔だな
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長椅子に休めるように落ち着かされ、リラは困惑顔でローランドとレイを見上げる。
「あの、うちでよかったんじゃ?」
だが、全て言う前にそれは、息もぴったりに2人に首を横に振られる。あのアパルトメントではどうにも動きが取れなくなる。
とにかく、と、レイはリラの前に膝をつき、顔を覗き込んだ。それでなくてもリースに食事代わりに魔力を取られているところに、あそこまで衰弱したアレンディオに魔力を分けている。顔色が悪いのも当たり前だ。
頬に手を伸ばせば、体温もだいぶ下がっていた。
「お嬢、無茶をするなら」
「ごめんなさい」
最後まで言わせずに、リラは謝る。真っ直ぐに目を見つめられ、懇願するような顔をされてしまえば、レイは叶うわけがないのだけれど。それが計算ならば、まだ相手のしようもあるのに。
そんな、主従、と一言で片付けるには近い距離に見える2人を見下ろしながら、ローランドは一旦そこを離れる。客人にお茶を、と。
その気配にリラが目を向けた。
「ロー様?」
「お茶を入れてこよう」
その言葉に、レイが問いかける目をすれば、リラが記憶を辿る。
「この家には、ロー様お1人で住んでいらっしゃるって」
「…差し支えなければ、わたしがやりましょう」
まさか、と思うが確かに、この家には他の人間の気配はない。レイの申し出に、ローランドは返答に迷う。他家の人間にやらせるという気にはならないが、確かに執事である彼の立場でローランドにやらせるというのが選択肢としてないことも分かる。
結局、大柄な男が2人でお茶を入れることになる。互いに手際はよく、それもまた、気に食わない。
「よろしかったのですか。騎士団の方々は城に戻られたようですが」
「リラ嬢を我が家へ連れて行けという命令だったから問題ない」
承知の上で聞かれていることはわかっていたが、他に言いようもない。個人的には、今回拘束したあの女たちの処遇に関わることができないのは、非常にやりきれないのだが、おそらく部下と戻っていたとしても、騎士団長であるディランがローランドを関わらせないだろう。私情を挟むことはしない。しないが、それでも、その可能性を外野から指摘される余地すらなくすために。
「彼女にチョコレートを食べさせ始めたのは」
「クエルチア様です。今では条件反射ですね。口元にあれば食べますし、それを与えながら何かを言われれば、よほどでない限り、従います」
「……大丈夫なのか、それは」
「誰からでも、食べるわけではありませんから。禁じております」
そういえば、エリスに叱られていたな、と思い出しながらローランドは横目に整った容姿の執事を観察した。隙のない所作。この距離でもしローランドが何かしようとしたなら、確実に防ぐほどに鍛えられている。
「お前は、本当にただの執事なのか?」
「まあ、シオン様の乳兄弟ではありますが。ただの執事ですよ。少々、うちのお嬢様が無茶のすぎる方で、そのくせそのせいで周囲に何かあると周囲を遠ざけようとする方なので、色々と対策はしておりますが」
なるほど、と納得しながら、ため息をつく。
「使用人であり続ける必要はなかっただろうに。俺みたいなものが現れないとでも思っていたのか?」
「まさか」
レイは、感情の読めない笑みを浮かべ、真っ直ぐにローランドを見据えた。
「使用人であれば、どこまででも従って行けますから。その先で、あってはならないことですが万が一にも、不幸だと感じられるようなことがあれば、その時にも、すぐに動けますので」
「…ご覧の通り、我が家に使用人は必要ない」
「まだ、あなたに差し上げるとは誰も申し上げていませんよ?本人が承諾をしておりますか?」
お互い、邪魔だな、と思っているのは察する。それでも同時に、離れてくれることは考えられないとわかれば、これほどに心強く安心できる相手もいないのが、さらに癪なのだ。
ようやく、お茶を入れて揃って戻ってきた2人を見上げ、そのお茶に手を伸ばす前に、リラはローランドを見上げる。
先ほど、確信を持ったこと。そして、この人が何度か伝えてくれたように、本心で自分を望んでくれているのだとすれば、なおさらきちんと伝えて離れなければいけない。この人が貴族であるからこそ、なおさら。
「ローランド様」
ようやく、親しく呼んでくれるようになり、さま、もとってもらおうとしていたところで呼び方が逆行していることにローランドは顔をしかめる。
だが、目にしたリラの硬い表情に、嫌な予感がした。
「わたしは、ローランド様のご希望に添えません。相応しく、ありません」
「何をっ」
声を上げる横で、レイも驚いてリラを見下ろす。それは願ってもない結論だけど、それに至った経緯を考えれば、レイもまた、否定の言葉を重ねたくなる。
「先ほどのことか?だが、何もなかった。それに君は、彼を助けようとしただけだろう」
できれば、行くときに一言声をかけて欲しかったけれど。スィミリアが住む屋敷に、なぜ無防備に1人で飛び込んでしまったのか。
けれど、リラは首を振る。
「今のことではありません。それに、わたしは先ほども、そのつもりでいました。あなたに気持ちを与えていただいていたのに、きちんとお応えもしないまま、他の、しかも奥様のいる方と、関係を持とうとしていました」
そうだろうとは、思っていた。
ただそれを、はっきりとリラの言葉で伝えられれば、ローランドの胸が軋み、美しい顔が歪む。
その顔を見て、リラは、ああ、やはり、と申し訳なく、そして我ながら身勝手にも、悲しくなる。
けれど、それ以上何かを言う前に、ローランドはリラの前に跪き、力加減も忘れてその細い体を抱き寄せた。
「君は、わかっていない」
食いしばる歯の隙間から、苦しげに声が漏れる。
「君はまだ、俺のものではない。だが、彼のものにも、ならなかった。そして俺は、誰にも君を譲る気はないし、逃す気もない」
驚き、我に返って胸を押し返そうとするけれど、厚い胸板に押し付けられ、ぎゅうぎゅうと抱きしめるたくましい腕は緩む気配もなく。
容赦なく、リラの耳に低くよく響く声が流し込まれ、リラは体を震わせた。
「君を手に入れるには、随分とライバルが多いようだ。しかも、一度その口で拒否をはっきりと俺に聞かせた。覚悟しなさい。容赦なく、この手の中に落とす」
「あの、うちでよかったんじゃ?」
だが、全て言う前にそれは、息もぴったりに2人に首を横に振られる。あのアパルトメントではどうにも動きが取れなくなる。
とにかく、と、レイはリラの前に膝をつき、顔を覗き込んだ。それでなくてもリースに食事代わりに魔力を取られているところに、あそこまで衰弱したアレンディオに魔力を分けている。顔色が悪いのも当たり前だ。
頬に手を伸ばせば、体温もだいぶ下がっていた。
「お嬢、無茶をするなら」
「ごめんなさい」
最後まで言わせずに、リラは謝る。真っ直ぐに目を見つめられ、懇願するような顔をされてしまえば、レイは叶うわけがないのだけれど。それが計算ならば、まだ相手のしようもあるのに。
そんな、主従、と一言で片付けるには近い距離に見える2人を見下ろしながら、ローランドは一旦そこを離れる。客人にお茶を、と。
その気配にリラが目を向けた。
「ロー様?」
「お茶を入れてこよう」
その言葉に、レイが問いかける目をすれば、リラが記憶を辿る。
「この家には、ロー様お1人で住んでいらっしゃるって」
「…差し支えなければ、わたしがやりましょう」
まさか、と思うが確かに、この家には他の人間の気配はない。レイの申し出に、ローランドは返答に迷う。他家の人間にやらせるという気にはならないが、確かに執事である彼の立場でローランドにやらせるというのが選択肢としてないことも分かる。
結局、大柄な男が2人でお茶を入れることになる。互いに手際はよく、それもまた、気に食わない。
「よろしかったのですか。騎士団の方々は城に戻られたようですが」
「リラ嬢を我が家へ連れて行けという命令だったから問題ない」
承知の上で聞かれていることはわかっていたが、他に言いようもない。個人的には、今回拘束したあの女たちの処遇に関わることができないのは、非常にやりきれないのだが、おそらく部下と戻っていたとしても、騎士団長であるディランがローランドを関わらせないだろう。私情を挟むことはしない。しないが、それでも、その可能性を外野から指摘される余地すらなくすために。
「彼女にチョコレートを食べさせ始めたのは」
「クエルチア様です。今では条件反射ですね。口元にあれば食べますし、それを与えながら何かを言われれば、よほどでない限り、従います」
「……大丈夫なのか、それは」
「誰からでも、食べるわけではありませんから。禁じております」
そういえば、エリスに叱られていたな、と思い出しながらローランドは横目に整った容姿の執事を観察した。隙のない所作。この距離でもしローランドが何かしようとしたなら、確実に防ぐほどに鍛えられている。
「お前は、本当にただの執事なのか?」
「まあ、シオン様の乳兄弟ではありますが。ただの執事ですよ。少々、うちのお嬢様が無茶のすぎる方で、そのくせそのせいで周囲に何かあると周囲を遠ざけようとする方なので、色々と対策はしておりますが」
なるほど、と納得しながら、ため息をつく。
「使用人であり続ける必要はなかっただろうに。俺みたいなものが現れないとでも思っていたのか?」
「まさか」
レイは、感情の読めない笑みを浮かべ、真っ直ぐにローランドを見据えた。
「使用人であれば、どこまででも従って行けますから。その先で、あってはならないことですが万が一にも、不幸だと感じられるようなことがあれば、その時にも、すぐに動けますので」
「…ご覧の通り、我が家に使用人は必要ない」
「まだ、あなたに差し上げるとは誰も申し上げていませんよ?本人が承諾をしておりますか?」
お互い、邪魔だな、と思っているのは察する。それでも同時に、離れてくれることは考えられないとわかれば、これほどに心強く安心できる相手もいないのが、さらに癪なのだ。
ようやく、お茶を入れて揃って戻ってきた2人を見上げ、そのお茶に手を伸ばす前に、リラはローランドを見上げる。
先ほど、確信を持ったこと。そして、この人が何度か伝えてくれたように、本心で自分を望んでくれているのだとすれば、なおさらきちんと伝えて離れなければいけない。この人が貴族であるからこそ、なおさら。
「ローランド様」
ようやく、親しく呼んでくれるようになり、さま、もとってもらおうとしていたところで呼び方が逆行していることにローランドは顔をしかめる。
だが、目にしたリラの硬い表情に、嫌な予感がした。
「わたしは、ローランド様のご希望に添えません。相応しく、ありません」
「何をっ」
声を上げる横で、レイも驚いてリラを見下ろす。それは願ってもない結論だけど、それに至った経緯を考えれば、レイもまた、否定の言葉を重ねたくなる。
「先ほどのことか?だが、何もなかった。それに君は、彼を助けようとしただけだろう」
できれば、行くときに一言声をかけて欲しかったけれど。スィミリアが住む屋敷に、なぜ無防備に1人で飛び込んでしまったのか。
けれど、リラは首を振る。
「今のことではありません。それに、わたしは先ほども、そのつもりでいました。あなたに気持ちを与えていただいていたのに、きちんとお応えもしないまま、他の、しかも奥様のいる方と、関係を持とうとしていました」
そうだろうとは、思っていた。
ただそれを、はっきりとリラの言葉で伝えられれば、ローランドの胸が軋み、美しい顔が歪む。
その顔を見て、リラは、ああ、やはり、と申し訳なく、そして我ながら身勝手にも、悲しくなる。
けれど、それ以上何かを言う前に、ローランドはリラの前に跪き、力加減も忘れてその細い体を抱き寄せた。
「君は、わかっていない」
食いしばる歯の隙間から、苦しげに声が漏れる。
「君はまだ、俺のものではない。だが、彼のものにも、ならなかった。そして俺は、誰にも君を譲る気はないし、逃す気もない」
驚き、我に返って胸を押し返そうとするけれど、厚い胸板に押し付けられ、ぎゅうぎゅうと抱きしめるたくましい腕は緩む気配もなく。
容赦なく、リラの耳に低くよく響く声が流し込まれ、リラは体を震わせた。
「君を手に入れるには、随分とライバルが多いようだ。しかも、一度その口で拒否をはっきりと俺に聞かせた。覚悟しなさい。容赦なく、この手の中に落とす」
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