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兄の采配
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無造作に、倒れるアレンディオとリラをまとめて受け止めたクエルチアはその目をローランドに向ける。
「ローランド・ウェルム、か」
「は」
反射的に応じるローランドを無言で呼び寄せ、2人の体を預ける。自分で立てる、と逃げようとするリラをクエルチアは一瞥でおとなしくさせ、くしゃり、と子供のようにその頭を撫でた。
「無茶をするな。と、いつまで言わせる気だ」
言いながら口元に差し出された感触に、リラはきょとんとした。ん、と促されておずおずと口を開けば、気軽な調子でチョコレートを放り込まれる。
「まあ、あの状況でお前に拒否できるはずはなかったな。よく、アレンを信じてやった」
「…アレンを信じたんじゃないわ。アレンがわたしのいうことを、聞いてくれなかったのよ」
目を見開いたクエルチアから目を逸らすその様子に、思わずクエルチアは天を仰ぐ。会えないまま時を経たせいか、崇拝のようなものに昇華してしまっているとしか思えないアレンディオの想いを気の毒に思いつつも感謝するしかない。
「兄さんたちは、まだやることがある」
口の中でチョコを転がしたまま、リラは頷く。それを確認して妹を支えるローランドに目を戻した。
「彼の家に行っていなさい」
「え」
「クエルチア!」
「兄上!?」
咎めるようなエリアスとリースの声が重なるが、クエルチアは取り合う様子もなく飄々と一同を睥睨する。
「殿下。あなたはわたしのところにイルク殿が見えたときに、たまたま同席していて、邪魔をしないという条件で同行されましたが。何か?」
「ぐっ」
「リラが、王宮に行きたいわけがないでしょう?」
「お前、少しは言葉を選んでくれ」
ざっくざっくと言葉に抉られながらエリアスはなんとか言葉を返す。情けない目がリラを見つめるが、リラはふい、とその目を逸らした。それは、兄の言葉を肯定する意味で、情けないほどに肩を落とすエリアスを見れば、もうここが危険が去った場所なのだと安心するのだからリラは申し訳なくなる。ただ、イルクの名前に表に出さないまでも問いかけたい思いは湧くが、とりあえず、今はだめなのだな、ということは、わかる。
「アレンは、おそらくしばらくは体に蓄積された薬の作用と闘う必要がある。リースはアレンを連れて魔術師棟のシオンのところに行け。アレンには部屋を与えて1人にしてやるように」
「え…」
物言いたげなリラに、クエルチアはため息混じりに目を向ける。
「そっとしておいてやれ。男であれば、望まぬのなら自分で片をつける方が精神的な後遺症も負担もない。体が心配だというのなら、お前が会える状態になったら、迎えをやるから」
「…仕切る気になった兄さんに、誰も敵わないのは承知しているわ」
不貞腐れた言葉に納得を読み取りながらも、諦め切れないのを聞き取れば、妹に甘い兄はその口にもう一つチョコを放り込んで懐柔しようとしてしまう。
それがわかるから、なおさらリラは拗ねた顔になるのだけれど。
「リース、お前がいつ目を覚ましたのかは知らんが、お前の体の状態も確認が必要だ。お前もそのままシオンのところにいるように。すぐにリンデンやエリカ、コルヌイエも行くようにする」
他の兄弟の名前も出てきたことで、リラが何か言おうとするが、口を開く前にリースに遮られた。
「姉上たちまで?」
エリカは王太子妃ですぐそこにいるからまだわかるが。長姉のコルヌイエは王立図書館の住み込み司書として同業の夫と少し離れた場所にいる。同じ王都の中だが、貴重なものが同時に失われる危険を減らすため、王宮と王立図書館は離れた場所に建設されていた。
「心配していたのは、全員同じだ。それなのに連絡を寄越さなかった弟に、発言権はない」
「あの」
「リラは、一旦おとなしくしなさい」
横暴だ、と言いたいのを堪えながら、次第にリラの表情が心細げになるのに流石に一同も気付く。
根本、人見知りなのだ。この流れだと兄弟は自分以外は一か所に集まり、自分は知っている人の家ではあるけれど、一度も足を踏み入れたことのない場所に1人で行くことになる。
それでも、他の場所は選択肢としてなかった。自宅にエルムはいるが、こんなことの後で万が一、まだ何かあの女が仕込んでいた場合の対処がエルム1人では難しい。が、そこにローランドを入れる気にならないのは、個人的感情だ。
問いかける目がレイに向けられるのを確認し、クエルチアは深く、深くため息をついた。この執事はきっと、本人が決意した通り、この妹に生涯従い続けることになるのではないだろうか。
「レイ、一緒に行ってやってくれ。まったく、いくつになっても最後は」
甘えたで、その甘えたはレイに向かいやすいのだ。あまりにも悔しいから、口にはしないけれど。
騎士団は、エリアスの指示で拘束した者たちを騎士棟に連行していく。強い魅了をかけられている者がいるようにも思われた。
古くからこの家に仕え、アレンディオを心配する使用人は、1人もいなかった。皆、とっくにスィミリアに解雇され身ひとつで放り出されていた。領地の運営などで得る収入などはスィミリアが好きに使っており、アレンディオはわずかな、本人の意思で自由にできる金銭の全てを、解雇された使用人たちを探し出しその後の仕事の斡旋や生活を支えるために使い果たしていた。
そこまで、従弟であるユランは承知しており、というよりも、訴えてきたかつての使用人たちによって情報をもたらされており、踏み込む時を待ちかねていたわけで。この時を同じく待ち望んでいたかつての使用人たちを邸に戻す手配をしてしまう。
そして、リラを除いたシェフィールド家の兄弟は魔術師棟のシオンの部屋に集まり。
レイの転移魔法でローランドの屋敷に着いたリラたちは、牽制し合うように無言の男2人の共通の心配の種を、ひとまず居間のゆったりとしたソファに休ませた。
「ローランド・ウェルム、か」
「は」
反射的に応じるローランドを無言で呼び寄せ、2人の体を預ける。自分で立てる、と逃げようとするリラをクエルチアは一瞥でおとなしくさせ、くしゃり、と子供のようにその頭を撫でた。
「無茶をするな。と、いつまで言わせる気だ」
言いながら口元に差し出された感触に、リラはきょとんとした。ん、と促されておずおずと口を開けば、気軽な調子でチョコレートを放り込まれる。
「まあ、あの状況でお前に拒否できるはずはなかったな。よく、アレンを信じてやった」
「…アレンを信じたんじゃないわ。アレンがわたしのいうことを、聞いてくれなかったのよ」
目を見開いたクエルチアから目を逸らすその様子に、思わずクエルチアは天を仰ぐ。会えないまま時を経たせいか、崇拝のようなものに昇華してしまっているとしか思えないアレンディオの想いを気の毒に思いつつも感謝するしかない。
「兄さんたちは、まだやることがある」
口の中でチョコを転がしたまま、リラは頷く。それを確認して妹を支えるローランドに目を戻した。
「彼の家に行っていなさい」
「え」
「クエルチア!」
「兄上!?」
咎めるようなエリアスとリースの声が重なるが、クエルチアは取り合う様子もなく飄々と一同を睥睨する。
「殿下。あなたはわたしのところにイルク殿が見えたときに、たまたま同席していて、邪魔をしないという条件で同行されましたが。何か?」
「ぐっ」
「リラが、王宮に行きたいわけがないでしょう?」
「お前、少しは言葉を選んでくれ」
ざっくざっくと言葉に抉られながらエリアスはなんとか言葉を返す。情けない目がリラを見つめるが、リラはふい、とその目を逸らした。それは、兄の言葉を肯定する意味で、情けないほどに肩を落とすエリアスを見れば、もうここが危険が去った場所なのだと安心するのだからリラは申し訳なくなる。ただ、イルクの名前に表に出さないまでも問いかけたい思いは湧くが、とりあえず、今はだめなのだな、ということは、わかる。
「アレンは、おそらくしばらくは体に蓄積された薬の作用と闘う必要がある。リースはアレンを連れて魔術師棟のシオンのところに行け。アレンには部屋を与えて1人にしてやるように」
「え…」
物言いたげなリラに、クエルチアはため息混じりに目を向ける。
「そっとしておいてやれ。男であれば、望まぬのなら自分で片をつける方が精神的な後遺症も負担もない。体が心配だというのなら、お前が会える状態になったら、迎えをやるから」
「…仕切る気になった兄さんに、誰も敵わないのは承知しているわ」
不貞腐れた言葉に納得を読み取りながらも、諦め切れないのを聞き取れば、妹に甘い兄はその口にもう一つチョコを放り込んで懐柔しようとしてしまう。
それがわかるから、なおさらリラは拗ねた顔になるのだけれど。
「リース、お前がいつ目を覚ましたのかは知らんが、お前の体の状態も確認が必要だ。お前もそのままシオンのところにいるように。すぐにリンデンやエリカ、コルヌイエも行くようにする」
他の兄弟の名前も出てきたことで、リラが何か言おうとするが、口を開く前にリースに遮られた。
「姉上たちまで?」
エリカは王太子妃ですぐそこにいるからまだわかるが。長姉のコルヌイエは王立図書館の住み込み司書として同業の夫と少し離れた場所にいる。同じ王都の中だが、貴重なものが同時に失われる危険を減らすため、王宮と王立図書館は離れた場所に建設されていた。
「心配していたのは、全員同じだ。それなのに連絡を寄越さなかった弟に、発言権はない」
「あの」
「リラは、一旦おとなしくしなさい」
横暴だ、と言いたいのを堪えながら、次第にリラの表情が心細げになるのに流石に一同も気付く。
根本、人見知りなのだ。この流れだと兄弟は自分以外は一か所に集まり、自分は知っている人の家ではあるけれど、一度も足を踏み入れたことのない場所に1人で行くことになる。
それでも、他の場所は選択肢としてなかった。自宅にエルムはいるが、こんなことの後で万が一、まだ何かあの女が仕込んでいた場合の対処がエルム1人では難しい。が、そこにローランドを入れる気にならないのは、個人的感情だ。
問いかける目がレイに向けられるのを確認し、クエルチアは深く、深くため息をついた。この執事はきっと、本人が決意した通り、この妹に生涯従い続けることになるのではないだろうか。
「レイ、一緒に行ってやってくれ。まったく、いくつになっても最後は」
甘えたで、その甘えたはレイに向かいやすいのだ。あまりにも悔しいから、口にはしないけれど。
騎士団は、エリアスの指示で拘束した者たちを騎士棟に連行していく。強い魅了をかけられている者がいるようにも思われた。
古くからこの家に仕え、アレンディオを心配する使用人は、1人もいなかった。皆、とっくにスィミリアに解雇され身ひとつで放り出されていた。領地の運営などで得る収入などはスィミリアが好きに使っており、アレンディオはわずかな、本人の意思で自由にできる金銭の全てを、解雇された使用人たちを探し出しその後の仕事の斡旋や生活を支えるために使い果たしていた。
そこまで、従弟であるユランは承知しており、というよりも、訴えてきたかつての使用人たちによって情報をもたらされており、踏み込む時を待ちかねていたわけで。この時を同じく待ち望んでいたかつての使用人たちを邸に戻す手配をしてしまう。
そして、リラを除いたシェフィールド家の兄弟は魔術師棟のシオンの部屋に集まり。
レイの転移魔法でローランドの屋敷に着いたリラたちは、牽制し合うように無言の男2人の共通の心配の種を、ひとまず居間のゆったりとしたソファに休ませた。
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