Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

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あなたを救えるのなら

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 スィミリアは顔を歪め、狂気に近い光を目に宿していた。けれど彼女の怖さは、狂気の中にいるわけではないということ。至って、正気なのだ。
 始まりはなんだったのだろう。
 伯爵家に生まれて、仲が良いわけではないが両親がいて、兄がいて。いつも、褒められていた。褒められるのに、最後に落とされる。でもね、少し、足りないのだ、と。
 完全に、何もかも認められたくて、誰よりも愛されたくて。
 愛されていると、誰かが自分の味方であると感じるためには、誰かが仲間から外れているのが一番、わかりやすかった。誰かを否定することが分かりやすかった。
 一代限りの爵位もち。そんな家柄は、貴族の中でも下位に思えて、それに、ぼんやりと数ばかり多い兄弟や先に知り合っただけの貴族の幼なじみに助けられて何でもどうにかしてもらっているようなのが、許せなかった。
 それなのに、堪える風もなく。苛立ちはどんどん増して。








 呼びに行かせたリラはその日、仕事に出ていなかった。
 翌日も、行かせた。一日経った分、扉の向こうはひどいことになっているだろう。生きているだろうかと思うが、音がするのだから、生きている。
 大きな屋敷の遠く、人の動く気配と、無駄に大きな声が、その時がきたと、スィミリアに伝える。



 外から鍵を開け、スィミリアが扉を開ければ、悶え、苦しみ回った結果だろう。部屋の中は惨憺たる有様で、大きな寝台からもがき苦しんで床に転げた、見目麗しい男。
 痩せ細ってもその美しさが衰えないことに苛立ちを覚える。

「旦那様、強情をはらずに。早くその熱をおさめなければ、精神が壊れ、体ももちません」

 もはや、声も出ない様子で、拒絶の意思を瞳に込めて睨まれる。
 それでも、抵抗すらできない男に、スィミリアは捕食者の笑みを慈悲深く浮かべ、手を伸ばす。
 そっと触れれば、反射で身を震わせる。ぞくぞくとするその色気のある男の表情に、スィミリアの方が、興奮を覚えた。この部屋に残る香りのせいもあるのかもしれないが、そもそもスィミリアには耐性がついている。


 少量ずつ、飲ませ続け、嗅がせ続けた媚薬。
 少量でも影響はあるはずなのに、この男は全くその素振りを見せなかった。身に蓄積されていったそれは、どれほどにこの男を蝕んでいるのか。
 触れたいと、衝動は強くなるばかりであるはずなのに、冷え切った男の眼差しに、スィミリアはこのくだらない日々に愉快な終止符を打つことを決め、薬の量を一気に増やした。

 明らかに熱はこもり、危険なほどであるのに、男の体は何の反応も見せない。
 あの女に、見せつけてやろうかとも思ったけれど、と、それがどれほど残酷な仕打ちかを心得ながら、そこに、爪を立て力任せに握りつけた。
「信じられない男。この状況でもどうにもならないほどの不能とは。あんなことに傷つくなんて、どれだけ脆いの」
 罵る言葉に、苦痛と羞恥で歪む美しい顔を見下ろせば、溜飲は下がる。
 確かな気配を背後に感じながら、スィミリアは告げる。
「安心しなさいな。あんたになんて、わたしは触れられてもいないわ。あんたがリラの名を呼びながらわたしを犯したといえば、責任を取ってわたしを妻にすると踏んだだけ。あの日あんたが散らしたのは、あんたが名を呼んだ、リラよ」
「な、んだと??」
 まだ、会話ができるほどに頭が動いているのかと思えば、告げている内容を思いスィミリアは微笑む。
「だって、わたしじゃ破瓜の証がないもの。だからそこは、あんたの願いを叶えてあげたの。薬で眠って意識のないリラを相手に、ね」



 それまで光をなくしていたアレンディオの目は、残忍に微笑む妻の背後に、懐かしい顔を見つける。
 驚きに目を見開いたその顔に、絶望した。


「リラ…!!」




















 仕事場に駆け込んできた見知らぬ侍女の話を聞けばリラは一も二もなく、飛び出した。久しぶりの出勤なのに早退だけれど。
 そして、耳にした話。

 わたしが、アレンディオの人生をめちゃくちゃにしてしまった。





 そう思えば、血の気がひいた。
 ひどい状況の部屋の中。身動きもままならないアレンディオは、心身ともに、スィミリアに辱められ、痛めつけられている。
 名を叫び、意識が遠のいた様子のアレンに、リラは慌てて駆け寄った。


 部屋を出て、中からは開けられない部屋の鍵を、しっかりとスィミリアが外から閉めたのを、リラは気づかなかったけれど、気付いたとしてもそんなことはどうでもよかった。


 毒をもられたあの時から、いや、その前から少しずつ、薬や毒の知識は得るようにしていた。周囲に迷惑をかけないように。
 アレンの状況は、すぐに分かったし、それが精神的にも身体的にも危険な状態であることも、分かった。
 痩せ衰えていてもリラには床に伏すアレンを抱えて寝台にあげることはできなくて。その頭を抱え、懐かしい柔らかい髪を撫でながら、この大事な大事な年下の幼なじみを助ける方法を考える。
 彼はきっと、そのまま言ったって受け入れない。死を、選択しかねない。
 スィミリアの話は、リラにとってもショックなことではあったけれど、そんな気は、していたから。自分の体だから。
 ただ、ローランドの手を取る未来がなくなったな、と思えば哀しい、という気持ちが湧いて、自嘲気味に笑みが浮かんだ。勝手な話だ。この期に及んで、あの方のそばにいるのを楽しく思っていたと気づいて惜しむなんて。
 確かな関係にさっさと進まなかったからこそできる選択。そうしていたとしても、きっと選んだけれど。




 すでに手遅れである恐怖に震えそうになるのを抑えながらリラは久しぶりの、その名前を呼ぶ。


「アレン…アレン?」




 長い睫毛が震え、美しい青い目が向けられる。肌の張りが失われ、顔色が悪くとも、痩せ衰えていようとも、その目の美しさが変わらないことが、彼が昔と変わらない心を持っていることを示しているようで。
 リラは、微笑んで、演じる。
「旦那様?こんなところで横になって、どうしました?」





 アレンは驚きに目を見開いた。
 いつも見る。違う。みたいと願う夢か、と。せめて夢だけでも幸せであればと願い、そんなことを願う己を厭うた。
 幼い頃から憧れた、手をこれから伸ばそうとしていた人が、旦那様と呼び、微笑みかけている。
 優しい手の感触に、思わず頬をすり寄せ、その瞬間、体を恐ろしいほどの苦痛が襲う。抑えきれない衝動はもはや、苦痛にしかなっていなかった。
 夢だと思ったことが箍を外したのか。その痩せた腕にこれほどの力がと思うほどに強く、身をかがめて自分を覗き込む幼なじみの細い体を抱き寄せた。

 自然に胸に体を預ける柔らかい体に、アレンの頭は沸騰した。
「アレン?もし動けたら、せめて寝台に上がりましょう?あなたの体が痛そう」
 気遣わしげに見上げる眼差しに、アレンは夢中で口付けた。
 あれほどに、何の反応も示さず、そのために自身で熱を発散することもできずに心身の危険に追いやられたアレンの体は、呆れるほど単純に、反応を示していた。











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