Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

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かわいそうに

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 二階から降りてくる足音に顔を上げ、ローランドの体が強張るのを、エリスですら感じ取った。

 大事そうに、我が物顔でリラを抱き上げて全くぶれることなく降りてくるリースを見上げ、エリスも思わずうっとりとため息を漏らしてしまった。何年も見ていなかったけれど、ずっと伏せっていたことが嘘のような逞しさと美しさ。

 それにしても。
 そのリースの腕の中でぼんやりと力ない様子のリラを見れば眉根を寄せるしかない。仕事に来ていない、とローランドは言っていたけど、まさか本当に具合が悪くていけなかっただけなのにこの人、早とちりでもしたものかと疑いたくなる。


「エリス嬢、お久しぶりです」

 昔と変わらぬ穏やかな優しげな笑顔で言われれば、エリスの疑いはさらにローランドに向くわけで。

 ただ、リラは違和感を覚えたようにリースをまじまじと見つめた。
 それはそうだろう。自分を知らないと言っているのに、自分の親友を当たり前に親しげに接するのだから。ただまあ、家族ぐるみの付き合いであることを思えば、己の幼馴染みと認識したままでも、不思議はないのだなと察して落胆する。
 一応、堪えてはいるのだ。


「急に来るから驚いた。だったのですぐに出てこられず申し訳ない」

 リースが言った途端、リラが咎める視線を向け、レイが主人に向かって殺気を飛ばす。
 その殺気を感じ取りながらローランドはなんとか自分を落ち着けながら口を開いた。


「彼女にはお願いをして連れてきてもらった。なかなか、リラ嬢に会えなかったので。仕事にもきていないようなので心配をしていた」
「ああ」

 リースの腕の中から、リラは申し訳なさそうな顔をする。
 エリスにしてみれば、とりあえず一旦、そこから降りなさいと言いたいところだ。自分に向けられていなくても、隣の男が恐ろしい。

「少々家の用事で。明日からは出ますので」
「おい」
 気難しい顔になったリースの低い声を無視して、リラはやんわりと弟の胸を押す。
 下せ、という合図を無視するが、咎める目を向けられた。
「このままでは、お客様に失礼です」
「今のお前の答えで、用件は済んだだろう」
 平然と言ってのけるのを呆れた目で見つめ、リラはきっぱりと、エリスとローランドに視線を合わせた。
 ようやく、頭がはっきりしてきた。
「2人とも、ごめんなさい。レイ、奥にお通しして」
「…はい」
「リース、あなた、まさか同席するつもり?」
「エリス嬢がリラと話している間、副団長どののお相手をしておこう」







 レイに奥に通され、ローランドは接客セットの椅子を勧められ、エリスはそこから離れたくつろいだ場所を勧められる。
 エリスの方にはゆったりと落ち着けるカウチソファがあり、リースはそこでようやく、そっとリラをそこにおろした。
 その、大事そうな一つ一つの動作を見守り、ローランドの胸騒ぎは確信を深める。リラがリースを見ているときには冷淡な視線を向けているくせに、目を向けられていない時のその眼差しは蕩けるほどに甘い。
「エリスがうちに来るなんて、久しぶりね」
「だってあなた、家に日中ほとんどいないじゃない」
 確かにそうだわ、と笑うリラの顔がいつものように戻っているのを確認して、エリスはそっとローランドとリースの方を伺った。


 かわいそうに、とは思う。

 彼にしてみれば、自分を頼るだけでも思い切っただろうに。やっと顔が見れたと思ったら、しっかりと牽制されてしまって。
「リラ、あの人、わたしのところに頼ってくるくらい、八方塞がりだったみたいよ?」
「そうなの?もう家は知っていたのだから、普通にくればいいのに。何かそんな新しいマナーあったかなぁ」
 貴族の、あるいは騎士のマナーとして1人で女性のところを訪ねるのをよしとしないものがあったかと考えるが思い当たらない。むしろ、人妻であるエリスを連れ出して供に外を歩いてくる方が、問題は多そうだ。
 と、そんな間違った方向に理解するリラを見れば、エリスは揃いも揃って、周りが空回りしていることは分かって。
 それよりも、気になること。


「ねえ、スィミリアに会ったの?」



 遠回しに聞いても、直截的に聞いても、結果は同じこと。
 こちらは過たず、セレスの表情から心配と苛立ちを読み取ったリラは、ため息をつきながらうなずいた。
「職場に来たの。最初は逃してもらっていたんだけど。待ちくたびれてまだいるところに戻っちゃった」
「…ばかね」
 セレスは、スィミリアから悪意を向けられたことは一度もない。味方を作りたいスィミリアにとって、セレスはずっと自分の味方のはずの人間だと思っているから。けれど、セレスはリラが傷つけられた時から、スィミリアを許したことは一瞬たりともない。全く、伝わらないけれど。
 続けようとしたセレスの言葉を、鋭いリースの声が遮った。

「その名をこの家で出すな」



 ぴりぴりとした空気。



 そうだった、とリラは思う。あの日、リースが目覚めたことでうやむやになって、この家の人は誰も、自分があの日スィミリアやイルクに会ったことを知らない。まあ、聞かれてもいないのに話すつもりもないけれど。






 そういえば、と、レイはふと思い出す。
 シグルド卿がここしばらく伏せっていると情報が入っていた。あまり表には出していないようだけれど。
 それを伝えるかどうか、後でリースに確認をしようと思っているところで、ようやくローランドが口を開いた。



「シェフィールド殿、リラ嬢との婚約を認めていただきたい」

「…随分と話を飛ばされたようだ。この間の様子では、本人の理解が追いついていないようだが?」

「そのために話をしたくともなかなか会えず、こうしてお邪魔させていただいている。が、どうやら本人とは話ができないようなので外堀を埋めさせていただこうかと」



 食えない男だな。と、リースは目を細める。まあ、リースが眠り続ける前から、有能であることでその名を知られていたような男だ。




「本人の心が定まってから、その話はさせてもらおう」


 まるで、本人を尊重するように、ゆったりとリースは笑みを浮かべる。














 そしてその頃。
 アレンディオ・シグルドは、心身の苦痛に苛まれていた。なんとかそれを逃そうと苦悶し悶えながら、触れようとする気持ち悪い手を振り払う。
 罪の意識から、遠慮し続けてきたが、この苦痛に、その気遣いが追いつかない。
 振り払われたスィミリアは、仄暗い怒りを目に宿し、口を歪める。



 何も知らない、入ったばかりの使用人に命じる。
 主人が病に伏して呼んでいると、伝えてきて、と、妻でありながら蔑ろにされ、それでも健気に振る舞う様子を演じながら。
 あの女。リラ・シェフィールドを呼べ、と。
 あの日のことを知ったとき、2人とも、どんな反応をするのかしら、と。




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