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覚えていなくても、姉なんで
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飯、と言葉少なに言われて、リラはすっと、そのほっそりとした手を差し伸べてリースの大きな手を握った。長い指、とぼんやり思っていれば、不機嫌な声が降ってくる。
「おい?」
「え?」
手から魔力を流し込もうとしていたのに、と見上げると、苛立ったような目が見下ろしていた。魔力が欲しくなると、飯、と言われるのもいかがかなものかと思うのだけれど。
節のある男の大きな手が、逆にぐいとリラの手を握って引き寄せた。
「まさか、手からちまちまやる気か?」
「別に時間がないわけじゃなし」
なぜそんなに密着する、と不思議そうな顔で答えながら、そうだ、とリラは頭ひとつ高いところにある弟を見上げた。起きた時の症状だけではなく、未だに彼は自分を姉とは認識しないけれど、覚えていなくても姉であることに変わりはない。以前はとても優しかった弟は随分と横暴な面を見せるけれど、まあ多分、根本は変わっていない。姉だと思えない相手を放り出しはしないし。リラからの魔力でしか体を維持できない状況では仕方ないのかもしれないけれど。
「わたし、明日から仕事行くから」
「何?」
「いつまでも放っておけないし。稼がないと生活困るし」
「生活は困らんだろう」
「困るわよ?うち今、本来であれば爵位をお返しして領地も返すべき立場なのを、願い出ているのになぜか放置されたままで。でもそれを受けてもらえたら、働いてくれている人たちにきちんと補償をしてその上でその後の生活も考えないといけないし。それがなくても、あなたが目を覚ましたのなら、遠くない先にわたしは家を出ていないともう、いけないでしょう?」
話せば話すほど不機嫌になる弟に、リラは気にする様子もなく言い切る。言い終える頃には、他のものであれば腰が抜けるほどの冷たい目を向けられていたが、リラはただ、それを首を傾げて見上げるだけだ。
自分のせいで彼が倒れたときから、目を開けた彼にどんな目で見られても何と罵られても当然と覚悟し続けてきたリラにとって、それは想定内の視線でしかないのだ。
「…っ。許さん」
「?」
苦しげに吐き出された言葉をリラは困惑で見上げる。どれに対する拒絶なのかがわからない。
リースは、これほどに威圧しても受け流してしまう女を見下ろしながら、胸を鷲掴みにされるような苦しさが去らず、それを押さえ込もうとするようにリラの頭を自身の胸に押し付けた。
急逝した先代。リラの父であるシェフィールド卿は、その代で起きた面倒ごとに嫌気が差したことと、上の子供たちが末の2人が先に困ることのないようにとさっさと家を出てしまったこと。けれど、それによって継ぐ可能性がリラとリースのどちらかに残されたことで、リラの負担を減らそうと、リースをこの家から解放しようと、自分の代で爵位と領地の返還を進めていた。その矢先の急逝で宙に浮いた話となったことをリースは承知している。
領民から思いとどまるように請われてリースはそれを知った。
それでも現在爵位はないからと律儀に返還しようとする子供たちを、王家は待たせた。密かにリースに打診のあった爵位は決して受け入れられるものではなく拒絶を続け、何もかも宙に浮いたまま、あの日がきた。
苛立ちのまま、リースは胸に押し付けたリラの顔を上向かせ、驚くリラに唇を重ねる。強引に口内に分け入り、乱暴なほどに、魔力を吸い取った。
魔力量が多いとはいえ、使うことを知らないリラは急激な減少に体が慣れていない。そんなことをすればリラが力が入らなくなり目眩などを起こすことは当たり前で。
その体を力強く支えてしっかりと抱き抱えながら、低い声をその耳に流し込む。
「シェフィールド家の当主として、この家から、わたしから離れることは、許さん」
不機嫌の原因はそこか、と察しながらも、それにしたって限度がある、とリラは力の入らない手を作りものめいて整った弟の顔に伸ばす。怒りからか苛立ちからか、無表情なその顔はなおさら近寄りがたいのだけれど、リラには気にもならない。
力が入れば耳を引っ張ってやりたかったのだけれど、力が入らず結果的に、耳や頬、髪を撫でるようになってしまう。
ぴくり、と肩が揺れるのを、不快だったか、と流石にそれは寂しく思いながら、リラはため息をついた。
支えていてもらわないと立っていられないほどに情けない姉だけれど、まあこれも、慣れれば動けるようにもなるのだろう。心配だから、と、レイに言われてずっと、就寝前にしかリースに魔力譲渡をしなかった、その理由はこれかと分かる思いだった。
「あなたが望むときまで、命じるときまで、それなら側に居させてもらうわ。でも、仕事は、行く。そうしないと、わたしは家を出たときに生きていく術をなくしてしまうから。そうなったときに、この家に迷惑をかけ続けたくないの。こうやって、魔力をまとめて渡しておけば、昼が抜けても大丈夫でしょう?おいしくないけど、食事も作っていけば、そこから少しは、得られるのでしょう?」
立っていられないから、リースに寄りかかるように、リラは話す。
姉ではない、とこれほど言っているのに、姉として話し続けるのが憎たらしくて仕方ない。
「いつまでも、わたしの魔力で生きているわけにはいかないのよ?あなたも、いずれ誰かを迎えるのでしょうから。昼に食事からあなたの体を維持できるように慣らしていくのも、ちょうどいい」
「そんな心配は、必要ない」
もう力が入らないリラに身をかがめ、これ以上苛立つことを言わせないとでもいうように、リースはその口を塞ぎ、さらに魔力を取り上げる。
ちょうどそこに、客人の訪いをレイが告げにやってきた。
様子を見た瞬間に、顔をしかめてリースを睨む。
相変わらずこのお目付役は、とリースは不敵に笑う。それでもレイは有能な執事で護衛であり、間違いなく、リラを最優先する男ではあるから。
「お嬢を訪ねてエリス様と騎士団副団長様がお見えですが。おかえりいただきますか?」
「いや。ちょうどいいだろう」
ちょうどいい、の意味をレイは正確に読み取り、意味をとりかねているリラを気の毒に見つめた。
本当に、この当主から大事なお嬢様を取り上げたいところなのだが。
いつも通り、夜にリラの髪を乾かしながらリースに少し言おうかと尋ねれば、大丈夫、と言われてしまった以上それもできない。向こうが覚えてなくても姉なのだから、自分でなんとかすると、笑顔を向けられれば、黙るしかなかった。
それでも、これはやりすぎだ。
「リース様、お嬢が倒れたら、相手があなたでもお嬢から引き離します」
「させないよ」
そうして、リースはぼんやりと力の入らないリラを大事に抱き上げ、レイが客人を待たせる部屋にゆったりと、連れていくのだ。
「おい?」
「え?」
手から魔力を流し込もうとしていたのに、と見上げると、苛立ったような目が見下ろしていた。魔力が欲しくなると、飯、と言われるのもいかがかなものかと思うのだけれど。
節のある男の大きな手が、逆にぐいとリラの手を握って引き寄せた。
「まさか、手からちまちまやる気か?」
「別に時間がないわけじゃなし」
なぜそんなに密着する、と不思議そうな顔で答えながら、そうだ、とリラは頭ひとつ高いところにある弟を見上げた。起きた時の症状だけではなく、未だに彼は自分を姉とは認識しないけれど、覚えていなくても姉であることに変わりはない。以前はとても優しかった弟は随分と横暴な面を見せるけれど、まあ多分、根本は変わっていない。姉だと思えない相手を放り出しはしないし。リラからの魔力でしか体を維持できない状況では仕方ないのかもしれないけれど。
「わたし、明日から仕事行くから」
「何?」
「いつまでも放っておけないし。稼がないと生活困るし」
「生活は困らんだろう」
「困るわよ?うち今、本来であれば爵位をお返しして領地も返すべき立場なのを、願い出ているのになぜか放置されたままで。でもそれを受けてもらえたら、働いてくれている人たちにきちんと補償をしてその上でその後の生活も考えないといけないし。それがなくても、あなたが目を覚ましたのなら、遠くない先にわたしは家を出ていないともう、いけないでしょう?」
話せば話すほど不機嫌になる弟に、リラは気にする様子もなく言い切る。言い終える頃には、他のものであれば腰が抜けるほどの冷たい目を向けられていたが、リラはただ、それを首を傾げて見上げるだけだ。
自分のせいで彼が倒れたときから、目を開けた彼にどんな目で見られても何と罵られても当然と覚悟し続けてきたリラにとって、それは想定内の視線でしかないのだ。
「…っ。許さん」
「?」
苦しげに吐き出された言葉をリラは困惑で見上げる。どれに対する拒絶なのかがわからない。
リースは、これほどに威圧しても受け流してしまう女を見下ろしながら、胸を鷲掴みにされるような苦しさが去らず、それを押さえ込もうとするようにリラの頭を自身の胸に押し付けた。
急逝した先代。リラの父であるシェフィールド卿は、その代で起きた面倒ごとに嫌気が差したことと、上の子供たちが末の2人が先に困ることのないようにとさっさと家を出てしまったこと。けれど、それによって継ぐ可能性がリラとリースのどちらかに残されたことで、リラの負担を減らそうと、リースをこの家から解放しようと、自分の代で爵位と領地の返還を進めていた。その矢先の急逝で宙に浮いた話となったことをリースは承知している。
領民から思いとどまるように請われてリースはそれを知った。
それでも現在爵位はないからと律儀に返還しようとする子供たちを、王家は待たせた。密かにリースに打診のあった爵位は決して受け入れられるものではなく拒絶を続け、何もかも宙に浮いたまま、あの日がきた。
苛立ちのまま、リースは胸に押し付けたリラの顔を上向かせ、驚くリラに唇を重ねる。強引に口内に分け入り、乱暴なほどに、魔力を吸い取った。
魔力量が多いとはいえ、使うことを知らないリラは急激な減少に体が慣れていない。そんなことをすればリラが力が入らなくなり目眩などを起こすことは当たり前で。
その体を力強く支えてしっかりと抱き抱えながら、低い声をその耳に流し込む。
「シェフィールド家の当主として、この家から、わたしから離れることは、許さん」
不機嫌の原因はそこか、と察しながらも、それにしたって限度がある、とリラは力の入らない手を作りものめいて整った弟の顔に伸ばす。怒りからか苛立ちからか、無表情なその顔はなおさら近寄りがたいのだけれど、リラには気にもならない。
力が入れば耳を引っ張ってやりたかったのだけれど、力が入らず結果的に、耳や頬、髪を撫でるようになってしまう。
ぴくり、と肩が揺れるのを、不快だったか、と流石にそれは寂しく思いながら、リラはため息をついた。
支えていてもらわないと立っていられないほどに情けない姉だけれど、まあこれも、慣れれば動けるようにもなるのだろう。心配だから、と、レイに言われてずっと、就寝前にしかリースに魔力譲渡をしなかった、その理由はこれかと分かる思いだった。
「あなたが望むときまで、命じるときまで、それなら側に居させてもらうわ。でも、仕事は、行く。そうしないと、わたしは家を出たときに生きていく術をなくしてしまうから。そうなったときに、この家に迷惑をかけ続けたくないの。こうやって、魔力をまとめて渡しておけば、昼が抜けても大丈夫でしょう?おいしくないけど、食事も作っていけば、そこから少しは、得られるのでしょう?」
立っていられないから、リースに寄りかかるように、リラは話す。
姉ではない、とこれほど言っているのに、姉として話し続けるのが憎たらしくて仕方ない。
「いつまでも、わたしの魔力で生きているわけにはいかないのよ?あなたも、いずれ誰かを迎えるのでしょうから。昼に食事からあなたの体を維持できるように慣らしていくのも、ちょうどいい」
「そんな心配は、必要ない」
もう力が入らないリラに身をかがめ、これ以上苛立つことを言わせないとでもいうように、リースはその口を塞ぎ、さらに魔力を取り上げる。
ちょうどそこに、客人の訪いをレイが告げにやってきた。
様子を見た瞬間に、顔をしかめてリースを睨む。
相変わらずこのお目付役は、とリースは不敵に笑う。それでもレイは有能な執事で護衛であり、間違いなく、リラを最優先する男ではあるから。
「お嬢を訪ねてエリス様と騎士団副団長様がお見えですが。おかえりいただきますか?」
「いや。ちょうどいいだろう」
ちょうどいい、の意味をレイは正確に読み取り、意味をとりかねているリラを気の毒に見つめた。
本当に、この当主から大事なお嬢様を取り上げたいところなのだが。
いつも通り、夜にリラの髪を乾かしながらリースに少し言おうかと尋ねれば、大丈夫、と言われてしまった以上それもできない。向こうが覚えてなくても姉なのだから、自分でなんとかすると、笑顔を向けられれば、黙るしかなかった。
それでも、これはやりすぎだ。
「リース様、お嬢が倒れたら、相手があなたでもお嬢から引き離します」
「させないよ」
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