Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

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ローランド・ウェルムの試練

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 騎士団長、ディランは扉を開けて入ってきた副団長の顔を見て内心で深くため息をついた。
 暗い顔が、日に日にひどくなっている。
 少し前までは、感情を表に出すことは全くと言って良いほどなく、上司であるディランはもちろん王家すらも尻込みするほどの怜悧な有能さを発揮していた副団長は、あからさまなほどに1人の女性に執着を見せていた。



 ただ何分。



 相手がなぁ、とディランはもう一度内心のため息を吐き出す。

 会ってみて、本人が色恋沙汰から遠ざかることを望んでいる。それだけであれば良かった。
 本人同士の問題だし、あの男前が本気で、しかも無意識に色気を傍迷惑なほどにまき散らして口説きにかかっているのだから、勝手にやっていれば良い。
 ただ本人同士、で済まない相手だった。何せ、周囲のガードが硬い。同僚や上司たちは、まだ可愛い方で。友人も大体は、それほど強硬ではない。
 ただ、兄弟と、家のガードは、並大抵ではない。



 そしてこの数日。

 副団長、ローランドは目に見えて不機嫌だった。


(迷惑だ)


 あの男がようやく自分から欲しがった女性がまさかそこまで厄介な相手とは。


「…ローランド、その目に見えて不機嫌なのはなんとかならないのか。部下が怯えて仕方ないんだが」
「不機嫌、ですか」
 無自覚か。
 と、その重傷ぶりにこめかみを抑えながら、ディランはこれまで黙っていたが諦めて爆弾を投下した。
 感情を表に出さない分、仕事も左右されなかったのだが。まあ、そこはやはり人間だったのだなと喜ばしいのだが、いかんせん、怖いのだ。八つ当たりをしたり不機嫌に振る舞ったり乱暴になったりと、実害はない。実害はないが怖いと言う、この状況が騎士団内の緊張感をおかしなほどに高くしている。
 あれが、爆発したらどうなるんだ?と。



「リラ嬢と、何かあったか」
 無遠慮に投げかけられた言葉に、ローランドの目が危ういほどに昏い光を孕む。金色の目は、獲物に飢えた獰猛な獣のようで、ディランでも背筋がヒヤリとした。
 だが、感情を押し殺すのが得意な部下は、覆い隠せない感情を目に宿したまま、振る舞いは騎士の模範たるもので。
「リラ嬢、ですか。先日から、仕事を休んでいるようです」
「…総務に行ったのか?」
「気配がありませんから、行っていません」
 気配、と、一瞬固まったが、ディランはそこは触れないことにした。ディランもリラに会っていたが、離れた場所から終えるほどの気配、つまり魔力は拾えなかったのだが。
 若干ではなく引くレベルの執着に、うっかりリラに同情してしまう。これは、この餌食になるのは、彼女1人だ。確かにそれは正当な獲物だろうし、こいつは他に何も欲していないが。気の毒すぎる。
「具合でも悪いのか」
 日々、帰りに送っていたのを知っているディランが問えば、ローランドはむっつりとして答えない。いない理由を質しに行かないと言うことは、知っているか察しているかなのだろうが。どうやら気分の良い理由ではないらしい。
「お前のことが家に知られて、出してもらえなくなったか」
「…あの家の何かご存知なのですか」


 おや、反応があったな、とディランは嬉しくない。つまりそれは図星なのだろうが、一番厄介な理由だった。


「一般的なことしか知らないぞ」
「社交界に出てこないあの家の事が、それほど一般的に知られていますか」
 こいつは基本的に仕事以外で他人に興味もなかったし、女性はむしろ迷惑だと嫌厭していたのだから耳にも入れていなかったのだろうな、と思う。
「不機嫌になったのは、お前がオレが止めるのも聞かずに、必要もない総務への護衛をした後だからな。原因はその時に何かあったか、その後何かあったか。その時に何かあったにしては長引いているから、まあ、その後となれば彼女の家族が原因だろう」
 ローランドの眉間にシワがよる。
「執事に、追い返されたくらいじゃそこまでいかないな。だが家を出たリンデンたち上の兄弟はそこまであからさまには囲い込んでいない。お前、誰を怒らせた?」




「当主を」









 怒らせた相手が当主だと聞いた瞬間の上司の盛大に苦虫を噛み潰した顔に、ローランドは奥歯に力を入れる。ともすれば、すべて放棄してあの家に乗り込んで彼女を連れ出したい。
 が、そもそも彼女がそれを望んでいないことは、あの日の様子でわかってしまっている。
 日々通っても、近づくことすらできない。歯痒さも限界まできていた。




 触れたい。指先に、手に、頬に、唇に。
 せめて、その姿を目にしたい。


 いや、あの目に。不機嫌にも楽しげにも怒ったようにも、表情を伴って向けられるあの瞳に、自身が映りたい。


 積み重なっていく願望に限度がないのか。
 鬱憤を晴らすように仕事に打ち込めば、非常に効率は良く。部下の動きも良いと思っていたが、どうやら不機嫌な自分に怯えていたようで。普段の厳しさが足りないのかと反省したが、それも何も、どうでも良かった。







 そして。
 不本意ながらローランドはエリスリトーリア・リステンを訪ねた。

 突然の来訪に面食らったエリスは、それでも応対をし、用向きを聞いて目を見開いた。

「リース様が目覚めた?」

 複雑な表情を見れば、ローランドは彼女もダメか、と思ってしまう。だが他に頼る相手はいないのだ。
「確かにライアスよりはリラを連れ出せるだろうけれど。それであなたのところに連れて行ったら、わたしまで今後彼女に会えなくなってしまうわ」
 肩を竦めてサラッと言われる。
 ローランドの確信が深まる。あの家の男たちのリラへの感情は、自分と同じ。そこに彼女を置いておくことが腹が煮え繰り返るほどに、耐え難い。
 自分には警戒心を向けるリラが、信頼しきって触れられても何をしても当たり前に受け入れているあのばしょから連れ出したくて仕方ない。
「普通にあそこで会うのはだめなのですか」
「近づくことさえできない」
 副団長の自分でさえ。あの執事は何者なのかという疑問が付き纏い続けるが。だが、それをエリスは当然のように受け止める。
「レイが近づけるはずがないわね。むしろよく、一度でも家まで入れたものだわ。ライアスだって、玄関先までがせいぜいなのに」


 言うと、エリスは玄関先から出てきて、ため息混じりにローランドを見上げた。


「連れ出して、あなたに会わせることはお断りします。彼らは彼らなりの理由があって、リラをあなたに近づけたくないと思っているし、わたしが想像する理由であれば、仕方ないと思います」
「…それは、シグルド夫人やイルク・リンドが原因か」
「っ」
 エリスが息を飲む。
「会ったのね?と言うことは、リラも…」


 小さく、エリスが首を振るのを、ローランドは胸を痛めながら、眺めた。
 どれだけの苦痛を、リラは味わってきたと言うのだろう。周囲の反応がそれを示しているようで、歯痒くなる。


「それにもし気づいたとしたら、リース様が目覚めるのもわかる気がするわ。ウェルム副団長様、お家まではご一緒します。連れ出しはしません。正面から入って、お話をなさってください」



「手間をかけて申し訳ない。それで十分だ」


「今回だけですよ」




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