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不埒な指先
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いつも通り足早に歩くリラを送っていけば、やはりと言おうか。途中でリラの家の執事が姿を見せる。
まるで、ローランドが家までたどり着かないようにしているかのように。
さすがにもう、ローランドはリラの家の位置を正確に把握していたけれど。姿を見せた執事にほっとした顔になるリラを見下ろして、今更エスコートするように、その手を取る。
「ロー様?」
不思議そうに見上げる顔を、ローランドは無表情に見下ろした。いや、リラの目には不機嫌に、ちゃんとうつった。
不機嫌さを察してさらに訝しげになるのをみれば、ローランドはため息をつく。かなり分かりやすく、好意を伝えているはずなのだが。その相手が自分の迎えに現れた執事を見て喜べば、いい気はしない。早々に離れたいのだということを言外に伝えられているのだから。
その間にも2人に近づいたレイが手を差し出す。
「本日もありがとうございます。あとはこちらで」
「いや」
今日は、ローランドも引かない。ありがたいことに、王子に助けられた形だ。
「エリアス殿下から、家の中まで、確実に送り届けるようにと命じられている」
「え」
家の中まで、だったっけ?とリラは首を傾げそうになる。
本当に、余計なことをしてくれた。レイの問いかける視線に、リラも諦めて頷くしかない。普段身内だけであれば、聞く耳など持たない命令なのだけれど、第三者が関わればそうもいかない。
そしてリラの家につく。
どちらかといえば簡素なアパルトメントの一室。無用心なことこの上ない。そう思えば、執事の同居は避けられないことだとローランドも理解するが、同時に早い段階で、広いばかりの自分しか住まないあの家に来ればいいものをという思いが不意に湧く。それは想像以上に甘美な誘惑で。
家まで送り届けてくれた人を、それではと返すわけにはいかず、リラは自分の手を取る人を見上げるが、何を考えているのか今度は楽しげで。だが、嫌な予感に襲われて、そこには触れない。
「お茶でもいかがですか?」
「ええ、ではいただきます」
ここは、遠慮するところじゃないのね、と利用できるものは全て便乗するローランドを見上げ、リラはレイに視線だけで指示を出す。
心得たレイはローランドを客間に案内した。
その間にリラは少し外すと伝え、リースの部屋に足早に駆け込んだ。
家の中に異質な、むしろ邪魔な人間の魔力を感じたリースが、不機嫌になっていることも知らずに。
何に魔力を持っていかれているのか。
それが回復であればと願いながらリラがリースの手に触れれば、ここ最近の状況にも増してひんやりとしている。
慌てて身を乗り出して頬に触れれば、さらに冷たくて。
慌ててリラは、そのまま弟の唇に口づけ魔力を流し込む。魔力を行使できないリラに、その感覚は今もよくわからない。多分、受け取る側が、その助けをしてくれているのだろうと思っている。先日、レイの魔力を拒絶したというリースなら、欲しいものは自ら受け取りに来るくらいのことはしていたのだろうな、と。
「リース」
わずかに唇を離し、触れる距離で名を呼べば、不意に、何かの力がリラに加わった。
「え」
驚き声を漏らしたリラの、開いた唇の間にねじ込まれる、ぬるり、とした感触。
驚いて起き上がろうとするリラは、自分を引き寄せる手に気づく。
(え…動いて…??)
驚きに、頭が回らない。
何の反応もなかったリースが。その手が、リラの首の後ろにある。
ただ、苦しさの中で目をなんとか開いてその顔を見ても、目を瞑ったまま、意識なく眠っているようにしか見えなくて。
じゃあこれは。魔力枯渇から逃れるための本能なのか、と思えば、それは納得のできる理由ではあった。
でも。
これは、キスと、何が違うんだろう。
なんて思い浮かべてしまったから、かえって混乱する。
今日、顔を合わせた優しい顔の人を思い出してしまった瞬間、体が震えた。そして、同時にリースの気配が不穏になるのを感じる。
「リー…っん…ス」
あなた、何かを感じ取っているの?と聞きたいのに、口の中を蹂躙する舌に翻弄され、触れる粘膜の面積が広くなれば効率よく魔力を持っていってくれて、リラの体からは二重の意味で力が奪われていく。
その腰に触れるものに気づき、リラはそれがリースの手だと、わかる。
動いている。驚きよりも、さらにその喜びがまさった。
こんな状況なのに、嬉しくて引き寄せる眠った顔のままの弟の首に抱きついてしまう。
不穏になっていた気配が去り、代わりに、リラに触れる手が、不埒な動きをし始めた。
耳をくすぐり、腰を撫でていた手は腰のあたりや太腿をやわやわと撫でる。
さすがに戸惑い始めたところで、客人がいるのに遅いと様子を見にきたレイがそれを見つけた。
応急的に補充して降りてくるはずのリラが戻らないことを不思議に思い部屋に入ったレイは、大事なお嬢様が、眠ったままの弟君に襲われているのを見てしまい。
「お嬢っ?」
どう反応すれば良いのか、彼にしては珍しく逡巡してしまった。
意識のないはずの弟の手からとりあえずリラを救い出すのが先決と、すぐに動こうとしたけれど。
ただ、驚きのあまり、そして、巧みに気配を消してついてきていたローランドの気配に気づくのが遅れた。むしろローランドにしてみれば、気づかれたことが驚きだったけれど。
「何をしているっ」
目にしたのは、大事な人が自由を奪われるように背の高い青年に押さえ込まれて、襲われているようにしか見えなくて。
反射的に剣を抜き、威嚇するようにリースにそれをむけた瞬間。
庇おうと動いたレイまでもが動きを止めることが目の前で起きた。
反射的に、リラを庇うように胸に抱え込んだ青年は、それまで自分が横たわっていた寝台にリラと体を入れ替え、寸止めされた刃をまっすぐに睨んで座っていた。
「何者だ、お前」
低い、その声は、自分が庇ったばかりの姉に目を向け、さらに続ける。
「お前も、誰だ」
まるで、ローランドが家までたどり着かないようにしているかのように。
さすがにもう、ローランドはリラの家の位置を正確に把握していたけれど。姿を見せた執事にほっとした顔になるリラを見下ろして、今更エスコートするように、その手を取る。
「ロー様?」
不思議そうに見上げる顔を、ローランドは無表情に見下ろした。いや、リラの目には不機嫌に、ちゃんとうつった。
不機嫌さを察してさらに訝しげになるのをみれば、ローランドはため息をつく。かなり分かりやすく、好意を伝えているはずなのだが。その相手が自分の迎えに現れた執事を見て喜べば、いい気はしない。早々に離れたいのだということを言外に伝えられているのだから。
その間にも2人に近づいたレイが手を差し出す。
「本日もありがとうございます。あとはこちらで」
「いや」
今日は、ローランドも引かない。ありがたいことに、王子に助けられた形だ。
「エリアス殿下から、家の中まで、確実に送り届けるようにと命じられている」
「え」
家の中まで、だったっけ?とリラは首を傾げそうになる。
本当に、余計なことをしてくれた。レイの問いかける視線に、リラも諦めて頷くしかない。普段身内だけであれば、聞く耳など持たない命令なのだけれど、第三者が関わればそうもいかない。
そしてリラの家につく。
どちらかといえば簡素なアパルトメントの一室。無用心なことこの上ない。そう思えば、執事の同居は避けられないことだとローランドも理解するが、同時に早い段階で、広いばかりの自分しか住まないあの家に来ればいいものをという思いが不意に湧く。それは想像以上に甘美な誘惑で。
家まで送り届けてくれた人を、それではと返すわけにはいかず、リラは自分の手を取る人を見上げるが、何を考えているのか今度は楽しげで。だが、嫌な予感に襲われて、そこには触れない。
「お茶でもいかがですか?」
「ええ、ではいただきます」
ここは、遠慮するところじゃないのね、と利用できるものは全て便乗するローランドを見上げ、リラはレイに視線だけで指示を出す。
心得たレイはローランドを客間に案内した。
その間にリラは少し外すと伝え、リースの部屋に足早に駆け込んだ。
家の中に異質な、むしろ邪魔な人間の魔力を感じたリースが、不機嫌になっていることも知らずに。
何に魔力を持っていかれているのか。
それが回復であればと願いながらリラがリースの手に触れれば、ここ最近の状況にも増してひんやりとしている。
慌てて身を乗り出して頬に触れれば、さらに冷たくて。
慌ててリラは、そのまま弟の唇に口づけ魔力を流し込む。魔力を行使できないリラに、その感覚は今もよくわからない。多分、受け取る側が、その助けをしてくれているのだろうと思っている。先日、レイの魔力を拒絶したというリースなら、欲しいものは自ら受け取りに来るくらいのことはしていたのだろうな、と。
「リース」
わずかに唇を離し、触れる距離で名を呼べば、不意に、何かの力がリラに加わった。
「え」
驚き声を漏らしたリラの、開いた唇の間にねじ込まれる、ぬるり、とした感触。
驚いて起き上がろうとするリラは、自分を引き寄せる手に気づく。
(え…動いて…??)
驚きに、頭が回らない。
何の反応もなかったリースが。その手が、リラの首の後ろにある。
ただ、苦しさの中で目をなんとか開いてその顔を見ても、目を瞑ったまま、意識なく眠っているようにしか見えなくて。
じゃあこれは。魔力枯渇から逃れるための本能なのか、と思えば、それは納得のできる理由ではあった。
でも。
これは、キスと、何が違うんだろう。
なんて思い浮かべてしまったから、かえって混乱する。
今日、顔を合わせた優しい顔の人を思い出してしまった瞬間、体が震えた。そして、同時にリースの気配が不穏になるのを感じる。
「リー…っん…ス」
あなた、何かを感じ取っているの?と聞きたいのに、口の中を蹂躙する舌に翻弄され、触れる粘膜の面積が広くなれば効率よく魔力を持っていってくれて、リラの体からは二重の意味で力が奪われていく。
その腰に触れるものに気づき、リラはそれがリースの手だと、わかる。
動いている。驚きよりも、さらにその喜びがまさった。
こんな状況なのに、嬉しくて引き寄せる眠った顔のままの弟の首に抱きついてしまう。
不穏になっていた気配が去り、代わりに、リラに触れる手が、不埒な動きをし始めた。
耳をくすぐり、腰を撫でていた手は腰のあたりや太腿をやわやわと撫でる。
さすがに戸惑い始めたところで、客人がいるのに遅いと様子を見にきたレイがそれを見つけた。
応急的に補充して降りてくるはずのリラが戻らないことを不思議に思い部屋に入ったレイは、大事なお嬢様が、眠ったままの弟君に襲われているのを見てしまい。
「お嬢っ?」
どう反応すれば良いのか、彼にしては珍しく逡巡してしまった。
意識のないはずの弟の手からとりあえずリラを救い出すのが先決と、すぐに動こうとしたけれど。
ただ、驚きのあまり、そして、巧みに気配を消してついてきていたローランドの気配に気づくのが遅れた。むしろローランドにしてみれば、気づかれたことが驚きだったけれど。
「何をしているっ」
目にしたのは、大事な人が自由を奪われるように背の高い青年に押さえ込まれて、襲われているようにしか見えなくて。
反射的に剣を抜き、威嚇するようにリースにそれをむけた瞬間。
庇おうと動いたレイまでもが動きを止めることが目の前で起きた。
反射的に、リラを庇うように胸に抱え込んだ青年は、それまで自分が横たわっていた寝台にリラと体を入れ替え、寸止めされた刃をまっすぐに睨んで座っていた。
「何者だ、お前」
低い、その声は、自分が庇ったばかりの姉に目を向け、さらに続ける。
「お前も、誰だ」
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