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遅れてきた人
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足音高く、騒ぎを起こした人が出て行った。
と思っていたら、騒がしい足音が近づいてくる気配がする。
スィミリアが散らかして、というよりもぶちまけて行ったお茶の片付けを始めていたリラたちは足音に注意を向け、飛び込んできた煌々しい人に、誠に不敬ながら顔を顰めて礼をとった。
「…あれ?」
こちらは、つけるべき供も連れずに飛び込んできた、この国の第四王子で。
焦った様子で中を覗いたと思えば肩で息をして首を傾げる。さすがに驚いてローランドがその背後を見やるが、護衛がついてきている気配はない。
「遅かった?」
何が、とは、もはや聞かない。
むしろ、これ以上余計なことは言うな、何もするな、とリラは願う。
「シグルド夫人がこちらにと聞いたんだが?」
本人の訳のわからぬ希望など聞き届ける必要のない立場の人は、当たり前にスィミリアの婚家の名を出し、夫人と呼ぶ。
事情を知らないローランドなどは、まさかこの王子、あんなのに会いたくて走ってきたのか、と心底引く思いなのだが、そうではない。
彼は正しく、リラを心配したのだ。ただ、その話が耳に入り、いかなくて良いという声を振り切るのに、時間がかかっただけのこと。彼がリラを心配する理由は、王家とシェフィールド家の秘密につながるためあえて触れられることはない、わけで。
ようやく、第四王子、エリアスはリラの表情に気づいて眉を下げた。
そんな、迷惑そうな顔をしなくても、と。
だが、彼の行動全てが、リラにとっては迷惑で。心配してくれたのだとしても、間に合っていたら間に合っていたで、面倒だから迷惑だし。間に合わなかった時点でさらに意味がないから迷惑だし。と言うか、顔を出すなと言っているのになぜ来るんだと。
無言なのに雄弁な程に伝わるその気持ちに、目に見えてしゅん、となった王子を呆れた目で眺めるのはライアスで。他のものは、事情を知らない。ライアスも、全てを知るわけではないけれど。
ただ、この部署の者は、時々これまでもこのようなことがあったので、またか、とは思うわけで。まあ、リラの兄が王太子の側近として抱え込まれているための行動だろう、程度の理解に留めている。それ以上の好奇心も追及も、身を滅ぼすと判断して。
「あの、リラ」
「はい、なんでしょうか。殿下」
空々しいほどの他人行儀に(いや、他人なのだが)、あからさまに傷つくエリアスをリラは残念なものを見る目で眺める。
王家なんて、面倒ごとばかりで。本当になんで、優良物件、とか。事故物件でしょ、と笑い飛ばしたい。しないけど。
エリアスはそこでリラの周囲を見廻し、眉を顰める。
「お茶、かけられたのか?」
その声が怒りを孕んで低くなったのを聞き逃さない一同の中、リラはいいえ、と簡単に首を横に振るだけでそれ以上は言わない。
そこに、ひょいと総務の責任者であるファーレイ公爵が顔を覗かせ、とても正確にそこの空気を読み取って、難しい顔でエリアスの前に立った。
「殿下、ここで何を?」
「あ、いや」
「お一人で、ここへ?」
「ああ」
「…今後、何かあれば、私に申し付けくださるよう、以前もお伝えしましたね?」
「…そうだな」
目を逸らすエリアスに、気の毒だとは思うが公爵は追及の手を止めない。
「ここに、非常識な客人が押し掛けてきていると報告を受けて来たのですが、まさか殿下がいらっしゃるとは」
それは、エリアスではないのだけれど。
でも結果、今エリアスも迷惑をかけていることに変わりはない。
「ウェルム副団長」
呼ばれてローランドは公爵に向き直る。
当然のように、護衛をしてきたはずの人物の帰りは付き添わなかった。むしろ、あれから周囲を守るべきだろうと思わせるような、周囲に害を振りまく人ではあったから、そう言う意味での護衛は必要なのかもしれないけれど。
「殿下を執務室まで護衛してもらえるか」
「…承知いたしました」
本当は、リラに声をかけたかったのだけれど。聞きたいことが多すぎて。
先ほど、同僚の女性が口にした、余計な物、という言葉の意味。毒を仕込まれたことがある、と話したリラの言葉と考え合せ、問い詰めたいのだが。
そして、なぜここに、殿下が現れるのか。
あの非常識な女性がなんなのかは、もうどうでも良い。本当は、これまでも夜会や茶会など、断りきれなかった社交の場でローランドは顔を合わせたことがある。絡まれたことも。興味もないため意識に残りもしなかっただけ。ただ、今回は記憶に残った。リラに悪意を向ける、危険な相手として。
いろんなことを飲み込んで護衛に立たれれば、エリアスもそれ以上ここに居続けることもできず、それでも諦めきれずに情けない顔をリラに向けた。
その意図を、しっかりと察しながら、リラはあえてにっこりと微笑む。
「殿下、王宮内の騒ぎにお気遣いいただき、ありがとうございました。ですが、自ら足を運ばれるようなことでもありませんので今後は自重されてくださいまし」
「ぐっ」
にこにこしているだけに、胸に刺さる。
ただ、諦めの悪い王子は、連行されるように体格のよい副団長に促されながら、美しい顔に憂いを乗せ、リラを流し見る。
「リラ。終業後にわたしの執務室に来なさい」
…命令、か。
と、こちらは諦めて礼を取る。
「承知いたしました。殿下」
と思っていたら、騒がしい足音が近づいてくる気配がする。
スィミリアが散らかして、というよりもぶちまけて行ったお茶の片付けを始めていたリラたちは足音に注意を向け、飛び込んできた煌々しい人に、誠に不敬ながら顔を顰めて礼をとった。
「…あれ?」
こちらは、つけるべき供も連れずに飛び込んできた、この国の第四王子で。
焦った様子で中を覗いたと思えば肩で息をして首を傾げる。さすがに驚いてローランドがその背後を見やるが、護衛がついてきている気配はない。
「遅かった?」
何が、とは、もはや聞かない。
むしろ、これ以上余計なことは言うな、何もするな、とリラは願う。
「シグルド夫人がこちらにと聞いたんだが?」
本人の訳のわからぬ希望など聞き届ける必要のない立場の人は、当たり前にスィミリアの婚家の名を出し、夫人と呼ぶ。
事情を知らないローランドなどは、まさかこの王子、あんなのに会いたくて走ってきたのか、と心底引く思いなのだが、そうではない。
彼は正しく、リラを心配したのだ。ただ、その話が耳に入り、いかなくて良いという声を振り切るのに、時間がかかっただけのこと。彼がリラを心配する理由は、王家とシェフィールド家の秘密につながるためあえて触れられることはない、わけで。
ようやく、第四王子、エリアスはリラの表情に気づいて眉を下げた。
そんな、迷惑そうな顔をしなくても、と。
だが、彼の行動全てが、リラにとっては迷惑で。心配してくれたのだとしても、間に合っていたら間に合っていたで、面倒だから迷惑だし。間に合わなかった時点でさらに意味がないから迷惑だし。と言うか、顔を出すなと言っているのになぜ来るんだと。
無言なのに雄弁な程に伝わるその気持ちに、目に見えてしゅん、となった王子を呆れた目で眺めるのはライアスで。他のものは、事情を知らない。ライアスも、全てを知るわけではないけれど。
ただ、この部署の者は、時々これまでもこのようなことがあったので、またか、とは思うわけで。まあ、リラの兄が王太子の側近として抱え込まれているための行動だろう、程度の理解に留めている。それ以上の好奇心も追及も、身を滅ぼすと判断して。
「あの、リラ」
「はい、なんでしょうか。殿下」
空々しいほどの他人行儀に(いや、他人なのだが)、あからさまに傷つくエリアスをリラは残念なものを見る目で眺める。
王家なんて、面倒ごとばかりで。本当になんで、優良物件、とか。事故物件でしょ、と笑い飛ばしたい。しないけど。
エリアスはそこでリラの周囲を見廻し、眉を顰める。
「お茶、かけられたのか?」
その声が怒りを孕んで低くなったのを聞き逃さない一同の中、リラはいいえ、と簡単に首を横に振るだけでそれ以上は言わない。
そこに、ひょいと総務の責任者であるファーレイ公爵が顔を覗かせ、とても正確にそこの空気を読み取って、難しい顔でエリアスの前に立った。
「殿下、ここで何を?」
「あ、いや」
「お一人で、ここへ?」
「ああ」
「…今後、何かあれば、私に申し付けくださるよう、以前もお伝えしましたね?」
「…そうだな」
目を逸らすエリアスに、気の毒だとは思うが公爵は追及の手を止めない。
「ここに、非常識な客人が押し掛けてきていると報告を受けて来たのですが、まさか殿下がいらっしゃるとは」
それは、エリアスではないのだけれど。
でも結果、今エリアスも迷惑をかけていることに変わりはない。
「ウェルム副団長」
呼ばれてローランドは公爵に向き直る。
当然のように、護衛をしてきたはずの人物の帰りは付き添わなかった。むしろ、あれから周囲を守るべきだろうと思わせるような、周囲に害を振りまく人ではあったから、そう言う意味での護衛は必要なのかもしれないけれど。
「殿下を執務室まで護衛してもらえるか」
「…承知いたしました」
本当は、リラに声をかけたかったのだけれど。聞きたいことが多すぎて。
先ほど、同僚の女性が口にした、余計な物、という言葉の意味。毒を仕込まれたことがある、と話したリラの言葉と考え合せ、問い詰めたいのだが。
そして、なぜここに、殿下が現れるのか。
あの非常識な女性がなんなのかは、もうどうでも良い。本当は、これまでも夜会や茶会など、断りきれなかった社交の場でローランドは顔を合わせたことがある。絡まれたことも。興味もないため意識に残りもしなかっただけ。ただ、今回は記憶に残った。リラに悪意を向ける、危険な相手として。
いろんなことを飲み込んで護衛に立たれれば、エリアスもそれ以上ここに居続けることもできず、それでも諦めきれずに情けない顔をリラに向けた。
その意図を、しっかりと察しながら、リラはあえてにっこりと微笑む。
「殿下、王宮内の騒ぎにお気遣いいただき、ありがとうございました。ですが、自ら足を運ばれるようなことでもありませんので今後は自重されてくださいまし」
「ぐっ」
にこにこしているだけに、胸に刺さる。
ただ、諦めの悪い王子は、連行されるように体格のよい副団長に促されながら、美しい顔に憂いを乗せ、リラを流し見る。
「リラ。終業後にわたしの執務室に来なさい」
…命令、か。
と、こちらは諦めて礼を取る。
「承知いたしました。殿下」
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