Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

文字の大きさ
上 下
15 / 49

寝た子を起こすな

しおりを挟む
 あの日。
 リラの言葉を借りるなら、燃費が悪くなった日から、リースの魔力の減りが目に見えて早くなっている。



 意識のないはずの整った顔を見下ろしながらレイはやれやれとため息をついた。
 意識がないと言うよりも、眠っているような状態だと言っていただろうか。


 何を、しているんだか


 と、思う。どうせろくなことにその魔力は向けていない気がするのだ。それはきっと…。


 想像は合っているだろうな、とレイは思う。残念ながら、この男は自分と同類だから。


 魔力の減りが速くなったのと同時に、リラ以外の魔力を受け入れなくなった。それがきっと、何よりもの答え。



 まあ、いい加減、その目を開けてくだされば、お嬢様が喜びますから。さっさと起きてください。




 歌人が聞けば嫌な顔をしそうな、丁寧な口調で胸の内で話しかける。
 リラの魔力に混じり気があるだけでも、入りが悪くなる。レイがリラに魔力補給をした後も、後で確認すれば、リンデンがリラに分け与えた後もそうだった。







 リラが帰宅して、真っ直ぐにリースの部屋に向かう。以前は先に食事ややることを済ませて、寝るだけにしてから、とレイとエルムで言っていたけれど。それはもうリラは聞き入れない。一度顔を見て少し補給して、それからでないと自分のことには手をつけようとしない。
 リースの部屋に入り、リラはそのまま枕元に近づくと、変わった様子がないかその顔を見つめ、静かに口づけをする。帰宅後の魔力譲渡はあの後は口移しになっていた。それはリラが不安に思っている証拠。そこまで込みで、確信犯なのではないかとレイやエルムは思ってしまうのだけれど。


「今日はあの副団長どのはご一緒ではなかったのですか?」
 食事をリラに出しながら聞けば、リラは小首を傾げる。食がまた、細くなっている。
「そんなに毎日顔を合わせるような方ではないし。物珍しくて時間に余裕があるときに見にきていただけじゃないの?」

 そんなはずがあるか、あれで、と思わず言い返しそうになるのを飲み込む。そう思っていてくれたほうが、良いのだから。


「ねえ、レイ」
「はい?」


 言葉を選ぶように、慎重に口を開くリラを、珍しいな、と思いながらレイは返事をする。


「リース、そろそろ起きるんじゃないかなあ?だってこんなこと、今までなかったもの」


 楽観的なのか。そう考えないといられないほどに不安なのか。


 ああ、後者だ、と見てとって、レイは胸が痛くなる。今までにないほどの消耗は、むしろ悪い方にとる方が自然だろう。もう、魔力譲渡だけでは体がもたないのだと。
 ただ、祈るように。言葉に力を乗せて、そちらを現実にしようとするように声に出したリラの言葉を、レイは肯定する。ライアスが、レイを忠犬だと言う理由。彼は、身内に見せる顔と、身内を守るために外に向ける顔がまったく異なる。
 ただ、外向きの顔を、身内はきちんと承知しているけれど。



「せっかく寝ている子を起こして。どうするつもりですか」
「兄さんたちもそれ、言うのよね。みんなひどいな。リースが起きてもいじめられるのは、わたしなんだから。…ただ、こんなことの後じゃ、いじめもしないで無視されちゃうかな」
「…リース様がそんな甘っちょろいこと、するはずないでしょう」
 呆れた声を作って言い捨てると、レイはもう食べる気はなさそうなリラを浴室に追い立てる。もう準備はできているはずだ。
 そう。そんなはずがない。あのとき、リラを守れなかったレイを、リースが遠ざけることはあるかもしれないけれど。



 寝た子を起こすのも、心配が増えるんだがなあと呟いたのは誰だったか。
 目を覚ますのを本心から皆、待っている。けれど、寝た子を起こすな、と思っている側面もあるのだろう。





 いつものようにレイに髪の毛を乾かしてもらい、寝支度を整えてからリラはもう一度、今度はじっくりと魔力譲渡を行うためにリースの部屋に向かう。
 減るのも速くなったが、そもそもの魔力が入る量が増えたような気がする。もう入らないと言うところまで入れると、リラの方の魔力がかなり減っているから。それでも余裕はあるけれど。
 ただ、時間的に遅いことや、1日の疲れもあり、連日どうやらリースに運ばれているようだ、と言うことはわかっていた。
 別にいいのに、と言えば、いくら姉と弟でも、ダメです、と。怖いから、二度は言わない。










 時間があることと、リースの体内魔力が枯渇しているわけではないから、この時間はいつものように手を繋いで魔力を送る。
 ただいまの挨拶のキスみたいですよねぇ、なんてエルムは笑いながら言っていたけれど。魔力譲渡のただいまって、色気も何もないなあと笑った。そもそも、兄弟なんだけれど。まあ、兄弟とは言っても…。


 手を繋いだまま、リラは深い眠りに落ちる。
 だから、その跡を知らない。
 目を開けない、眠ったままのリース。
 体を鍛えることができないのに衰えることのない均整のとれた肢体と、美しくついた筋肉。彼にとって、リラの体など軽いもので。
 眠った人間が、無意識に手を伸ばすように、リースは繋いだ手を引き揚げ、横たわる自らの胸の上に姉の体を乗せ、その全身から暖かく甘い魔力をもらう。魔力に誘われるように、もっと、とねだるように、リースは姉の咥内を貪った。
 見ているものがいれば、お前は、もう、起きているのではないのかと、殴りつけたかもしれない。
 あるいは、寝ている時だけは、素直なのかと呆れたかもしれない。





 迎えにきたレイは、リースの体の上で無防備に眠っているのを見つけ、一瞬目を見開き、奪い取るように抱き上げた。


「リース様、お嬢の魔力量が無尽蔵に近いからと言って、いくらなんでももらいすぎだ」


 元が多ければ、減った分の回復に時間を要すこともある。
 最近のこの、深い眠りは十分に魔力回復ができないまま与え続けているせいなのではないかとレイには思えてならない。






 こんな様子を見たら、あの副団長はどんな反応をするんだろうなと。
 ふとそんなことを思い浮かべて首を振った。そんな日はこない。それはつまり、この家にあの男が入ってくるということ。自分が目を光らせている限り、そんなことにはなるはずもない。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

I Still Love You

美希みなみ
恋愛
※2020/09/09 登場した日葵の弟の誠真のお話アップしました。 「副社長には内緒」の莉乃と香織の子供たちのお話です。長谷川日葵と清水壮一は生まれたときから一緒。当たり前のように大切な存在として大きくなるが、お互いが高校生になったころから、二人の関係は複雑に。決められたから一緒にいるのか?そんな疑問を持ち始めた壮一は、日葵にはなにも告げずにアメリカへと留学をする。何も言わずにいなくなった壮一に、日葵は傷つく。そして7年後。大人になった2人は同じ会社で再会するが……。 ずっと一緒だったからこそ、迷い、悩み、自分の気持ちを見失っていく二人。 「副社長には内緒」を読んで頂かなくても、まったく問題はありませんが読んで頂いた後の方が、より楽しんで頂けるかもしれません。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

世にも平和な物語

越知 学
恋愛
これは現実と空想の境界ラインに立つ140字物語。 何でもありの空想上の恋愛でさえ現実主義が抜けていない私は、その境界を仁王立ちで跨いでいる。 ありふれていそうで、どこか現実味に欠けているデジャブのような感覚をお届けします。

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

婚約者の不倫相手は妹で?

岡暁舟
恋愛
 公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

処理中です...