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寝た子を起こすな
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あの日。
リラの言葉を借りるなら、燃費が悪くなった日から、リースの魔力の減りが目に見えて早くなっている。
意識のないはずの整った顔を見下ろしながらレイはやれやれとため息をついた。
意識がないと言うよりも、眠っているような状態だと言っていただろうか。
何を、しているんだか
と、思う。どうせろくなことにその魔力は向けていない気がするのだ。それはきっと…。
想像は合っているだろうな、とレイは思う。残念ながら、この男は自分と同類だから。
魔力の減りが速くなったのと同時に、リラ以外の魔力を受け入れなくなった。それがきっと、何よりもの答え。
まあ、いい加減、その目を開けてくだされば、お嬢様が喜びますから。さっさと起きてください。
歌人が聞けば嫌な顔をしそうな、丁寧な口調で胸の内で話しかける。
リラの魔力に混じり気があるだけでも、入りが悪くなる。レイがリラに魔力補給をした後も、後で確認すれば、リンデンがリラに分け与えた後もそうだった。
リラが帰宅して、真っ直ぐにリースの部屋に向かう。以前は先に食事ややることを済ませて、寝るだけにしてから、とレイとエルムで言っていたけれど。それはもうリラは聞き入れない。一度顔を見て少し補給して、それからでないと自分のことには手をつけようとしない。
リースの部屋に入り、リラはそのまま枕元に近づくと、変わった様子がないかその顔を見つめ、静かに口づけをする。帰宅後の魔力譲渡はあの後は口移しになっていた。それはリラが不安に思っている証拠。そこまで込みで、確信犯なのではないかとレイやエルムは思ってしまうのだけれど。
「今日はあの副団長どのはご一緒ではなかったのですか?」
食事をリラに出しながら聞けば、リラは小首を傾げる。食がまた、細くなっている。
「そんなに毎日顔を合わせるような方ではないし。物珍しくて時間に余裕があるときに見にきていただけじゃないの?」
そんなはずがあるか、あれで、と思わず言い返しそうになるのを飲み込む。そう思っていてくれたほうが、良いのだから。
「ねえ、レイ」
「はい?」
言葉を選ぶように、慎重に口を開くリラを、珍しいな、と思いながらレイは返事をする。
「リース、そろそろ起きるんじゃないかなあ?だってこんなこと、今までなかったもの」
楽観的なのか。そう考えないといられないほどに不安なのか。
ああ、後者だ、と見てとって、レイは胸が痛くなる。今までにないほどの消耗は、むしろ悪い方にとる方が自然だろう。もう、魔力譲渡だけでは体がもたないのだと。
ただ、祈るように。言葉に力を乗せて、そちらを現実にしようとするように声に出したリラの言葉を、レイは肯定する。ライアスが、レイを忠犬だと言う理由。彼は、身内に見せる顔と、身内を守るために外に向ける顔がまったく異なる。
ただ、外向きの顔を、身内はきちんと承知しているけれど。
「せっかく寝ている子を起こして。どうするつもりですか」
「兄さんたちもそれ、言うのよね。みんなひどいな。リースが起きてもいじめられるのは、わたしなんだから。…ただ、こんなことの後じゃ、いじめもしないで無視されちゃうかな」
「…リース様がそんな甘っちょろいこと、するはずないでしょう」
呆れた声を作って言い捨てると、レイはもう食べる気はなさそうなリラを浴室に追い立てる。もう準備はできているはずだ。
そう。そんなはずがない。あのとき、リラを守れなかったレイを、リースが遠ざけることはあるかもしれないけれど。
寝た子を起こすのも、心配が増えるんだがなあと呟いたのは誰だったか。
目を覚ますのを本心から皆、待っている。けれど、寝た子を起こすな、と思っている側面もあるのだろう。
いつものようにレイに髪の毛を乾かしてもらい、寝支度を整えてからリラはもう一度、今度はじっくりと魔力譲渡を行うためにリースの部屋に向かう。
減るのも速くなったが、そもそもの魔力が入る量が増えたような気がする。もう入らないと言うところまで入れると、リラの方の魔力がかなり減っているから。それでも余裕はあるけれど。
ただ、時間的に遅いことや、1日の疲れもあり、連日どうやらリースに運ばれているようだ、と言うことはわかっていた。
別にいいのに、と言えば、いくら姉と弟でも、ダメです、と。怖いから、二度は言わない。
時間があることと、リースの体内魔力が枯渇しているわけではないから、この時間はいつものように手を繋いで魔力を送る。
ただいまの挨拶のキスみたいですよねぇ、なんてエルムは笑いながら言っていたけれど。魔力譲渡のただいまって、色気も何もないなあと笑った。そもそも、兄弟なんだけれど。まあ、兄弟とは言っても…。
手を繋いだまま、リラは深い眠りに落ちる。
だから、その跡を知らない。
目を開けない、眠ったままのリース。
体を鍛えることができないのに衰えることのない均整のとれた肢体と、美しくついた筋肉。彼にとって、リラの体など軽いもので。
眠った人間が、無意識に手を伸ばすように、リースは繋いだ手を引き揚げ、横たわる自らの胸の上に姉の体を乗せ、その全身から暖かく甘い魔力をもらう。魔力に誘われるように、もっと、とねだるように、リースは姉の咥内を貪った。
見ているものがいれば、お前は、もう、起きているのではないのかと、殴りつけたかもしれない。
あるいは、寝ている時だけは、素直なのかと呆れたかもしれない。
迎えにきたレイは、リースの体の上で無防備に眠っているのを見つけ、一瞬目を見開き、奪い取るように抱き上げた。
「リース様、お嬢の魔力量が無尽蔵に近いからと言って、いくらなんでももらいすぎだ」
元が多ければ、減った分の回復に時間を要すこともある。
最近のこの、深い眠りは十分に魔力回復ができないまま与え続けているせいなのではないかとレイには思えてならない。
こんな様子を見たら、あの副団長はどんな反応をするんだろうなと。
ふとそんなことを思い浮かべて首を振った。そんな日はこない。それはつまり、この家にあの男が入ってくるということ。自分が目を光らせている限り、そんなことにはなるはずもない。
リラの言葉を借りるなら、燃費が悪くなった日から、リースの魔力の減りが目に見えて早くなっている。
意識のないはずの整った顔を見下ろしながらレイはやれやれとため息をついた。
意識がないと言うよりも、眠っているような状態だと言っていただろうか。
何を、しているんだか
と、思う。どうせろくなことにその魔力は向けていない気がするのだ。それはきっと…。
想像は合っているだろうな、とレイは思う。残念ながら、この男は自分と同類だから。
魔力の減りが速くなったのと同時に、リラ以外の魔力を受け入れなくなった。それがきっと、何よりもの答え。
まあ、いい加減、その目を開けてくだされば、お嬢様が喜びますから。さっさと起きてください。
歌人が聞けば嫌な顔をしそうな、丁寧な口調で胸の内で話しかける。
リラの魔力に混じり気があるだけでも、入りが悪くなる。レイがリラに魔力補給をした後も、後で確認すれば、リンデンがリラに分け与えた後もそうだった。
リラが帰宅して、真っ直ぐにリースの部屋に向かう。以前は先に食事ややることを済ませて、寝るだけにしてから、とレイとエルムで言っていたけれど。それはもうリラは聞き入れない。一度顔を見て少し補給して、それからでないと自分のことには手をつけようとしない。
リースの部屋に入り、リラはそのまま枕元に近づくと、変わった様子がないかその顔を見つめ、静かに口づけをする。帰宅後の魔力譲渡はあの後は口移しになっていた。それはリラが不安に思っている証拠。そこまで込みで、確信犯なのではないかとレイやエルムは思ってしまうのだけれど。
「今日はあの副団長どのはご一緒ではなかったのですか?」
食事をリラに出しながら聞けば、リラは小首を傾げる。食がまた、細くなっている。
「そんなに毎日顔を合わせるような方ではないし。物珍しくて時間に余裕があるときに見にきていただけじゃないの?」
そんなはずがあるか、あれで、と思わず言い返しそうになるのを飲み込む。そう思っていてくれたほうが、良いのだから。
「ねえ、レイ」
「はい?」
言葉を選ぶように、慎重に口を開くリラを、珍しいな、と思いながらレイは返事をする。
「リース、そろそろ起きるんじゃないかなあ?だってこんなこと、今までなかったもの」
楽観的なのか。そう考えないといられないほどに不安なのか。
ああ、後者だ、と見てとって、レイは胸が痛くなる。今までにないほどの消耗は、むしろ悪い方にとる方が自然だろう。もう、魔力譲渡だけでは体がもたないのだと。
ただ、祈るように。言葉に力を乗せて、そちらを現実にしようとするように声に出したリラの言葉を、レイは肯定する。ライアスが、レイを忠犬だと言う理由。彼は、身内に見せる顔と、身内を守るために外に向ける顔がまったく異なる。
ただ、外向きの顔を、身内はきちんと承知しているけれど。
「せっかく寝ている子を起こして。どうするつもりですか」
「兄さんたちもそれ、言うのよね。みんなひどいな。リースが起きてもいじめられるのは、わたしなんだから。…ただ、こんなことの後じゃ、いじめもしないで無視されちゃうかな」
「…リース様がそんな甘っちょろいこと、するはずないでしょう」
呆れた声を作って言い捨てると、レイはもう食べる気はなさそうなリラを浴室に追い立てる。もう準備はできているはずだ。
そう。そんなはずがない。あのとき、リラを守れなかったレイを、リースが遠ざけることはあるかもしれないけれど。
寝た子を起こすのも、心配が増えるんだがなあと呟いたのは誰だったか。
目を覚ますのを本心から皆、待っている。けれど、寝た子を起こすな、と思っている側面もあるのだろう。
いつものようにレイに髪の毛を乾かしてもらい、寝支度を整えてからリラはもう一度、今度はじっくりと魔力譲渡を行うためにリースの部屋に向かう。
減るのも速くなったが、そもそもの魔力が入る量が増えたような気がする。もう入らないと言うところまで入れると、リラの方の魔力がかなり減っているから。それでも余裕はあるけれど。
ただ、時間的に遅いことや、1日の疲れもあり、連日どうやらリースに運ばれているようだ、と言うことはわかっていた。
別にいいのに、と言えば、いくら姉と弟でも、ダメです、と。怖いから、二度は言わない。
時間があることと、リースの体内魔力が枯渇しているわけではないから、この時間はいつものように手を繋いで魔力を送る。
ただいまの挨拶のキスみたいですよねぇ、なんてエルムは笑いながら言っていたけれど。魔力譲渡のただいまって、色気も何もないなあと笑った。そもそも、兄弟なんだけれど。まあ、兄弟とは言っても…。
手を繋いだまま、リラは深い眠りに落ちる。
だから、その跡を知らない。
目を開けない、眠ったままのリース。
体を鍛えることができないのに衰えることのない均整のとれた肢体と、美しくついた筋肉。彼にとって、リラの体など軽いもので。
眠った人間が、無意識に手を伸ばすように、リースは繋いだ手を引き揚げ、横たわる自らの胸の上に姉の体を乗せ、その全身から暖かく甘い魔力をもらう。魔力に誘われるように、もっと、とねだるように、リースは姉の咥内を貪った。
見ているものがいれば、お前は、もう、起きているのではないのかと、殴りつけたかもしれない。
あるいは、寝ている時だけは、素直なのかと呆れたかもしれない。
迎えにきたレイは、リースの体の上で無防備に眠っているのを見つけ、一瞬目を見開き、奪い取るように抱き上げた。
「リース様、お嬢の魔力量が無尽蔵に近いからと言って、いくらなんでももらいすぎだ」
元が多ければ、減った分の回復に時間を要すこともある。
最近のこの、深い眠りは十分に魔力回復ができないまま与え続けているせいなのではないかとレイには思えてならない。
こんな様子を見たら、あの副団長はどんな反応をするんだろうなと。
ふとそんなことを思い浮かべて首を振った。そんな日はこない。それはつまり、この家にあの男が入ってくるということ。自分が目を光らせている限り、そんなことにはなるはずもない。
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