Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

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女は、話の聞き方を知らないのか?

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 ローランドはこめかみを押さえてため息をついていた。


 どうにもこうにも、調子が狂う。リラというあの一風変わった令嬢に振り回されている自覚はある。
 そして、それを楽しんでいる自覚も。色恋にうつつをぬかし、何かが手につかないような奴を不思議なものと捉えていたが、まあそれも、そういうこともあるのだな、とは思えるようにはなった。
 ただ。
 おそらくは無意識だろうとなんだろうとあれは畢竟、意図的なのだろうとは思うが。いっそ清々しいほどに、盛大な勘違いをして、ローランドは肩すかすを食らい続けている。




 ああ、そういえば、とふと今度は苦々しいため息になった。
 思い浮かべたのが、リラではないというただそれだけで。





(女という生き物は、話を聞かないのか?)



 女は、話の聞き方を知らないのだろうか。

 いや、少なくとも仕事ぶりを見聞きする限りは、リラはひどく真っ当なのだけれど。ローランドにとってはありがたくないスキルを磨き上げているとしか思えない。

 そして今、ローランドがそんなことを思ったのは、これまで視線も向けず、視界に入られても何の感情も乗せない表情のまま、必要最低限の、礼儀をぎりぎり保つ程度の言葉しか返さず、最終的にはきっちりと、疑う余地もないほどに断りを入れても、まとわりついてくる令嬢たちを連想したからで。
 あれもまた、意図的に自分に都合よく解釈をしていたよな、と。
 氷の騎士だ、鉄の騎士だ、とか、なんだか色々とあだ名されているという話はディランや部下から聞かされてはいたが、それを都合良い解釈にまで持ち込んでいた。
 ローランドの冷え冷えとした態度さえ、令嬢たちの耳目を奪うようで。少しでも言葉を返せば、あの寡黙な副団長がお返事をした(そうせざるを得ないほどに煩かった)、視界に入って仕舞えば、目があって見つめられた(目を逸らすほどにも認識していなかった)などなど。




 足して割ればちょうど良いとふと思ったが、いや、と今度は、口元がゆるんだため息になる。

 そんなあの子に、きっと自分はこんなに惹かれない。




 そう。ディランを面白がらせてもこちらはまったく、面白くも可笑しくもないというのに。
 この思考の最初のところにようやく戻ってくる。





 宝の持ち腐れ。



 ひどい言い草だが、それは置いておき、なるほど、リラの魔力を読み取れなかった原因はそれか、と想像できた。行使できない、つまり外に出せない、出てこないのであれば感知することも困難なのだろう。
 だが、明らかにそれを読み取って行動している奴がいる。




 その最たるものが、あの、随分と見目の良い執事。
 騎士団に所属し、鍛え抜いた者たちの中に日々いるローランドから見ても、細身のあの男の体は、しなやかに鍛え抜かれている。生え抜きの騎士でも、かなわないかもしれないほどに。
 騎士爵を持つ代も多いあの家の家人であれば、確かに鍛え上げられた者がいても不思議はない。だが、それではあの態度はどう説明するのだろう。


 常識に翻弄され、答えが見えないような気がした。
 あの風変わりな令嬢が育った家。いや、言われて思い浮かべれば、各部署にいるリラの兄たちもそれぞれに癖があり、ということは、おそらくは姉も一筋縄ではいかないのだろうか。





「おい、ローランド」



 呆れた声に、ようやく顔を向けたローランドは、すっかり整理された机で今日の分の事務仕事を終えたらしいディランと目が合う。

「お前をそんなに考え込ませるとは。さすがはシェフィールド家のご令嬢だな」
「さすが、か」
 ディランの方が、おそらくはあの家のことも知っているだろう。ディランもまた厳つい外見とやや言葉が足りないことで恐れられ遠巻きにはされているが、騎士団長という役を拝命するだけの人脈や統率力はある。
 ローランドにしてみれば、その遠巻きにされる術を伝授して欲しいと何度思ったことか。
 執務室での一件で、怖がる様子もなくあまりに当たり前に接するリラに、ディランもまた目がやにさがっているのをローランドが見逃すはずもないというのも、付け加えようか。
「あの家のことを、どの程度知っているんだ?」
「うん?ああ、まあ、聞く相手もいないか。リラ嬢はおそらく、話すような子じゃなさそうだし」
 その通りだ。その通りなのだが、お見通しな風を見せられるのは非常に腹立たしい。
 ローランドの目に鋭さが加わったのを見て、ディランの方はおいおい、と苦笑いになるしかない。聞いておいてそれかよ、と。揶揄うのも命懸けか、と思えば笑ってしまうのだが。




「一般的なことしか、知らねえさ。逆にお前はどの程度あの家のことを知っているんだ。お前の能力の高さの一端は、情報量の多さでもあるだろう」
「それこそ、一般的なことだけだ。あまり社交界に出てくる家じゃないようで、働きに出ていないリラ嬢の姉2人のことはほとんど分からんし。一番上が何をさせようとしても断り続けてそれを許さない城になんとかいさせるために、王宮書庫に大体いるとか、次兄は魔法省、三兄はリンデンだろう」
「そう、そんな家だ。そこまで知っていて、何が知りたいんだ」
「ああ」
 曖昧なのか、既に上の空なのか掴みかねる声に、ディランはため息をつく。
「興味が持てるご令嬢がいて良かったが。まさか、あのシェフィールド家の3女とは。厄介なの、会ったか?」
「…あの、執事か」
 愉しげな様子に、ローランドの顔が歪む。
 我が物顔でリラを何度も、自分の側から連れ去るあの男。それをリラは当たり前のように受け入れていて。むしろ、気を許したようなあの顔を向けられていることに苛立つ。
「リラ嬢の出仕先の各署でものの見事にご兄弟に囲い込まれているわけだが。奇跡的にすり抜けたやつは、場合によっては怯えてその時のことを話せないほどに、あの狂犬に撃退されているぞ」
「狂犬」
 番犬よりもしっくりくる、とふとローランドは、あの叩きつけられる礼儀を思い出す。凍りつく顔が、リラに向けられた時に温度が通う。
 きっと自分も、同じように見られているのだなとふと気づいた。そして、そんなのに日々当たり前に接していたら、それは躱される、というか、気付かれないのもようやく肯けた。





 ただ、と、ディランが顔を顰め、難しげな顔をした。
 ディランもあったことはない、リラの執事。それは長兄の乳兄弟らしいのだけれど。
「昨日、お前が帰った後、リンデンが笑って言っていた。いや、目は笑ってなかったから、腹には据えかねたようだけどな」
「…さすがに兄に快く思われないのは」
 まあ、それは頑張れ、とディランは軽く返す。こう見えてこの副団長、なかなかの腹黒さも持っているのだ。だが、あの兄弟相手では、どちらが上手かは分からない。




「どうせ、リラについている忠犬がすぐに来る。確かに副団長どのはあらゆる面において特出しているので、あれの執着を上回ってこられるかもしれない。だがそうなれば、リラがずっと待っている寝た子が、起きてくるかもしれない」



「寝た子?」





「そうなる前に、多少なりともリラの好意をもぎ取っていなければ、二度と目にすることもできないかもしれませんよ。あれはきっと、もう二度と、誰かに任せようとは考えないでしょうから」







 リンデンの言葉を伝えるディランの顔を見れば、それが何を指しているのか、ディランにも分からないのだということは、伝わった。



「あの家には、もう1人、男子がいたな」

 ふと思い出して、ローランドは呟く。もう何年も、話を聞かないけれど。





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