Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

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わざとかというほどに、伝わらない

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 驚いたように目を開いていたリラは、少し顔を離し、自分の顔を覗き込むローランドをぽかんと見つめていた。
 ローランドは自覚して隠したいほどに顔が緩んでいるのだが。確かに、リラの目にも、きちんと緩んでいるように見えている。周囲に見ている者がいれば、余裕のある様子で不敵に、表情もなく相手を見据えているようにしか見えないのだけれど。
 その表情に気付く程度の察しはあるのだが、残念ながら、致命的なほどに、その意味を取り違えることに長けている。



「…わたし、モノじゃないので」
「ん?」


 どこに引っ掛かったんだ、こいつは、という顔で今度はローランドの方がぽかんとした顔になる。


「まあ…魔力をくださって、ありがとうございます。先ほど兄から多分、いっぱいまでもらっていたと思うんですが、まだだったんですね」
「おい?」





 まさかの。魔力譲渡だと思われたことにローランドは流石に驚きを隠せない。
 いや、譲渡されていれば分かるだろう、と、それも言いたいのだが。まさか、きちんと言葉にしても盛大な勘違いをされるとは思わなかった。まさか、わざとか?勘違いしたふりをして、遠まわしに拒絶されているのか、とも思うが。だとしても、逃すつもりはさらさらない。



「でも」


 困惑顔で首を傾げるリラが、こてん、と首を傾げて見上げてきた。
 いや、そのカオは反則だから。ずるいだろうと狼狽えるのだが、見事な鉄面皮で表情筋を動かさないことには、成功している。



「家族と、レイ以外からは魔力をもらわないように言われているんです。緊急避難的にセレスもいいとは言われてるんですけど。きちんとお伝えしていなくてすみません


「いや、違う」


 思わず反論して、いや、これ、どこからどう言ったら伝わるんだ、と若干絶望的な思いになる。
 言葉で伝えても斜め上の解釈をされ、行動で示したはずが見事なまでの勘違い。
 気を引こうとしているのなら、まあ、結果成功だが、これでずっと過ごしてきたのならまあ、諦めた男も多いのだろうなとふと思う。
 ついでに、この本人のとぼけぶりと、おそらくはあの兄弟たちや執事の牽制に見事に撃退され続けた結果の、今、なのではないだろうか、と。






 さらに言葉を継ごうとしたところで、冷え冷えとした怒気を叩きつけられ、反射的にリラを背に庇って振り返った。
 が、背中から緊張した声がして、まだ姿を見せていないその怒気を放つ相手を察する。


「レイ…」



 道の先、角を曲がって現れた背の高い青年にローランドは無意識に胡乱な視線を向ける。毎回毎回、よくもまあ、邪魔をしてくれる。というか、これはこれで、故意だ。気づいて、駆けつけているとさすがにわかる。
 どのような命を家人から受けているのかは知らないが、執事として、使用人として、という名目をもったにしても差し出がましい。なにより、リラの家よりも上位の爵位、子爵位を持つ家のローランドに対する態度ではない。
 不機嫌を隠そうともしないローランドの面前に立ち、レイは冷え冷えとした視線のまま、慇懃無礼な笑みをうっすらと顔に貼り付ける。




「これは、副団長閣下。本日も我が家のお嬢様をお送りいただき、お疲れのところ申し訳ありません。ここから先は、わたしがおりますので、ご安心を」
「…気にすることはない。リラ嬢のことは今後、ご自宅まで責任をもってお送りする」
「いえいえ、わざわざお手を煩わせるわけにはまいりません。を懸念するのも、当家としては避けたいこともありますので」
「っ」


 あからさまな言葉にローランドの背中に怒りが漂うのを、リラはぼんやりと見上げ、ああ、と、その背中の後ろから前に出た。うっかり、レイに叱られるのを先延ばしにしたい本能からちょうど良い隠れ場所に落ち着いてしまった。
「ロー様、お疲れのところ申し訳ありませんでした。レイ、ありがとう」
「いえ」
 したり顔で、ローランドにはわかる、勝ち誇ったような目を向けられ、ローランドは歯噛みする。
 当然のような顔で差し出されたレイの手に、リラは躊躇なくそのほっそりとした手を乗せれば、力強く引き寄せられ、既に歩み始めるように促されている。
 失礼に当たらない程度の挨拶を交わしながら去っていく、その主従の会話が、ローランドの耳にも届いた。おそらくは、聞かせるつもりであの執事、話しているのだ。



「お嬢。そんなに俺に、仕事場までの送り迎えして欲しいですか」
「え。いやよ。いらないから。大丈夫だから」
「大丈夫な人は、毎日騎士殿におくってもらいません」
「だって」
「ほう。口ごたえですか。聞きましょう?」
「……ありません。レイ、家は?」
「昨日よりは、大丈夫ですが」
「…」


 最後に、リラがなんと返したのかは、聞こえなかった。
 「お嬢」という、使用人とは思えない親しげな呼びかけが耳に残る。確かに、リラの家は特殊な家だ。あのように一代限りの爵位持ちが代々続くなど。だからこそ、使用人との距離や関係は、一般と違うのかもしれないけれど。

 大事に、我がもののように接する執事に腹が立った。それはおそらく、嫉妬。
 そして、やりとりも気にかかる。家を気にする様子。家に何か問題があるのか、とも。













 翌日、出仕した先でディランから面白げに眺められるのは、思えば当たり前だったわけで。あれほどに感情丸出しでリラを連れ出したことは、よほど物珍しかったのだろう。

 それにしても、と続けられた言葉に、ローランドは耳を疑った。



「リラ嬢ほどの魔力持ちが、帰りがけに補充を必要とするほど、あそこの部署は忙しいのか。それなのにこちらに気にかけさせて悪かったな」



 魔力持ち?まったく、それを読み取れずに未だに苦労しているのだが。



「どうした?」

 怪訝なディランの顔にも、珍しくローランドが戸惑いを表情にまで出しているのがわかった。



「魔力持ち?」




「なんだ、知らないのか。ああ…まあ、知っている人間は少ない方がいいのか。リラ嬢は、本来なら国が抱え込むほどの、魔力持ちだ」


「え、なぜ」


 なぜ、そうしないのかと。まあ、そうされていれば出会う機会さえ、奪われていただろうから結果的には今の状況で良いのだが。




「残念ながら、魔力を保有しているだけだ。行使することができない。有名な話だ。宝の持ち腐れ、と、口さがなく言う輩もいたな」







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