Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

文字の大きさ
上 下
13 / 49

わざとかというほどに、伝わらない

しおりを挟む
 驚いたように目を開いていたリラは、少し顔を離し、自分の顔を覗き込むローランドをぽかんと見つめていた。
 ローランドは自覚して隠したいほどに顔が緩んでいるのだが。確かに、リラの目にも、きちんと緩んでいるように見えている。周囲に見ている者がいれば、余裕のある様子で不敵に、表情もなく相手を見据えているようにしか見えないのだけれど。
 その表情に気付く程度の察しはあるのだが、残念ながら、致命的なほどに、その意味を取り違えることに長けている。



「…わたし、モノじゃないので」
「ん?」


 どこに引っ掛かったんだ、こいつは、という顔で今度はローランドの方がぽかんとした顔になる。


「まあ…魔力をくださって、ありがとうございます。先ほど兄から多分、いっぱいまでもらっていたと思うんですが、まだだったんですね」
「おい?」





 まさかの。魔力譲渡だと思われたことにローランドは流石に驚きを隠せない。
 いや、譲渡されていれば分かるだろう、と、それも言いたいのだが。まさか、きちんと言葉にしても盛大な勘違いをされるとは思わなかった。まさか、わざとか?勘違いしたふりをして、遠まわしに拒絶されているのか、とも思うが。だとしても、逃すつもりはさらさらない。



「でも」


 困惑顔で首を傾げるリラが、こてん、と首を傾げて見上げてきた。
 いや、そのカオは反則だから。ずるいだろうと狼狽えるのだが、見事な鉄面皮で表情筋を動かさないことには、成功している。



「家族と、レイ以外からは魔力をもらわないように言われているんです。緊急避難的にセレスもいいとは言われてるんですけど。きちんとお伝えしていなくてすみません


「いや、違う」


 思わず反論して、いや、これ、どこからどう言ったら伝わるんだ、と若干絶望的な思いになる。
 言葉で伝えても斜め上の解釈をされ、行動で示したはずが見事なまでの勘違い。
 気を引こうとしているのなら、まあ、結果成功だが、これでずっと過ごしてきたのならまあ、諦めた男も多いのだろうなとふと思う。
 ついでに、この本人のとぼけぶりと、おそらくはあの兄弟たちや執事の牽制に見事に撃退され続けた結果の、今、なのではないだろうか、と。






 さらに言葉を継ごうとしたところで、冷え冷えとした怒気を叩きつけられ、反射的にリラを背に庇って振り返った。
 が、背中から緊張した声がして、まだ姿を見せていないその怒気を放つ相手を察する。


「レイ…」



 道の先、角を曲がって現れた背の高い青年にローランドは無意識に胡乱な視線を向ける。毎回毎回、よくもまあ、邪魔をしてくれる。というか、これはこれで、故意だ。気づいて、駆けつけているとさすがにわかる。
 どのような命を家人から受けているのかは知らないが、執事として、使用人として、という名目をもったにしても差し出がましい。なにより、リラの家よりも上位の爵位、子爵位を持つ家のローランドに対する態度ではない。
 不機嫌を隠そうともしないローランドの面前に立ち、レイは冷え冷えとした視線のまま、慇懃無礼な笑みをうっすらと顔に貼り付ける。




「これは、副団長閣下。本日も我が家のお嬢様をお送りいただき、お疲れのところ申し訳ありません。ここから先は、わたしがおりますので、ご安心を」
「…気にすることはない。リラ嬢のことは今後、ご自宅まで責任をもってお送りする」
「いえいえ、わざわざお手を煩わせるわけにはまいりません。を懸念するのも、当家としては避けたいこともありますので」
「っ」


 あからさまな言葉にローランドの背中に怒りが漂うのを、リラはぼんやりと見上げ、ああ、と、その背中の後ろから前に出た。うっかり、レイに叱られるのを先延ばしにしたい本能からちょうど良い隠れ場所に落ち着いてしまった。
「ロー様、お疲れのところ申し訳ありませんでした。レイ、ありがとう」
「いえ」
 したり顔で、ローランドにはわかる、勝ち誇ったような目を向けられ、ローランドは歯噛みする。
 当然のような顔で差し出されたレイの手に、リラは躊躇なくそのほっそりとした手を乗せれば、力強く引き寄せられ、既に歩み始めるように促されている。
 失礼に当たらない程度の挨拶を交わしながら去っていく、その主従の会話が、ローランドの耳にも届いた。おそらくは、聞かせるつもりであの執事、話しているのだ。



「お嬢。そんなに俺に、仕事場までの送り迎えして欲しいですか」
「え。いやよ。いらないから。大丈夫だから」
「大丈夫な人は、毎日騎士殿におくってもらいません」
「だって」
「ほう。口ごたえですか。聞きましょう?」
「……ありません。レイ、家は?」
「昨日よりは、大丈夫ですが」
「…」


 最後に、リラがなんと返したのかは、聞こえなかった。
 「お嬢」という、使用人とは思えない親しげな呼びかけが耳に残る。確かに、リラの家は特殊な家だ。あのように一代限りの爵位持ちが代々続くなど。だからこそ、使用人との距離や関係は、一般と違うのかもしれないけれど。

 大事に、我がもののように接する執事に腹が立った。それはおそらく、嫉妬。
 そして、やりとりも気にかかる。家を気にする様子。家に何か問題があるのか、とも。













 翌日、出仕した先でディランから面白げに眺められるのは、思えば当たり前だったわけで。あれほどに感情丸出しでリラを連れ出したことは、よほど物珍しかったのだろう。

 それにしても、と続けられた言葉に、ローランドは耳を疑った。



「リラ嬢ほどの魔力持ちが、帰りがけに補充を必要とするほど、あそこの部署は忙しいのか。それなのにこちらに気にかけさせて悪かったな」



 魔力持ち?まったく、それを読み取れずに未だに苦労しているのだが。



「どうした?」

 怪訝なディランの顔にも、珍しくローランドが戸惑いを表情にまで出しているのがわかった。



「魔力持ち?」




「なんだ、知らないのか。ああ…まあ、知っている人間は少ない方がいいのか。リラ嬢は、本来なら国が抱え込むほどの、魔力持ちだ」


「え、なぜ」


 なぜ、そうしないのかと。まあ、そうされていれば出会う機会さえ、奪われていただろうから結果的には今の状況で良いのだが。




「残念ながら、魔力を保有しているだけだ。行使することができない。有名な話だ。宝の持ち腐れ、と、口さがなく言う輩もいたな」







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます

柚木ゆず
恋愛
 ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。  わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?  当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。  でも。  今は、捨てられてよかったと思っています。  だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

I Still Love You

美希みなみ
恋愛
※2020/09/09 登場した日葵の弟の誠真のお話アップしました。 「副社長には内緒」の莉乃と香織の子供たちのお話です。長谷川日葵と清水壮一は生まれたときから一緒。当たり前のように大切な存在として大きくなるが、お互いが高校生になったころから、二人の関係は複雑に。決められたから一緒にいるのか?そんな疑問を持ち始めた壮一は、日葵にはなにも告げずにアメリカへと留学をする。何も言わずにいなくなった壮一に、日葵は傷つく。そして7年後。大人になった2人は同じ会社で再会するが……。 ずっと一緒だったからこそ、迷い、悩み、自分の気持ちを見失っていく二人。 「副社長には内緒」を読んで頂かなくても、まったく問題はありませんが読んで頂いた後の方が、より楽しんで頂けるかもしれません。

「女友達と旅行に行っただけで別れると言われた」僕が何したの?理由がわからない弟が泣きながら相談してきた。

window
恋愛
「アリス姉さん助けてくれ!女友達と旅行に行っただけなのに婚約しているフローラに別れると言われたんだ!」 弟のハリーが泣きながら訪問して来た。姉のアリス王妃は突然来たハリーに驚きながら、夫の若き国王マイケルと話を聞いた。 結婚して平和な生活を送っていた新婚夫婦にハリーは涙を流して理由を話した。ハリーは侯爵家の長男で伯爵家のフローラ令嬢と婚約をしている。 それなのに婚約破棄して別れるとはどういう事なのか?詳しく話を聞いてみると、ハリーの返答に姉夫婦は呆れてしまった。 非常に頭の悪い弟が常識的な姉夫婦に相談して婚約者の彼女と話し合うが……

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...