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急に燃費が悪くなりました
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午前中に騎士棟に行ったら、そこにいて、昼休みには急にやって来て一緒に食べようと言われて。そんな日の夜遅く。今日も残業上がりと思ったら、また、そこにローランドがいてリラはさすがに、足を止めた。
昼の別れ際に、呼び方に釘を刺されたのを思い出して。
面倒だなぁ、と。厄介ごとの予感しかしない。そう呼びたいご令嬢は履いて捨てるほどいるのだろうに。
一応、人並みの美醜の感覚は持ち合わせていると思うので、あれは眼福、距離感を間違えれば危険物な美形なのだけれど。
ローランドは、我ながらあの距離で、よくこの気配の動きを察知したと自分を褒めたい。魔力を終えればもう少し強い気配になるのだが、リラの魔力が読み取れない。ただただ、本当にその本人の気配だけを、その動きを敏感に察知したのだから、なかなか我ながら、怖い執着だ、とは思う。
ただ、魔力が少ないことはあっても、全くないことは、ない。生命維持に必要だから。いくら少ないのだとしても、至近距離でも感じ取れないことが不思議でならなかった。何度か、それこそ触れているときに探って記憶しようとしても、わからないのだ。
それは、リラが魔力を外に向けて行使することができない故なのだけれど。それをローランドはまだ知らない。魔法が使えない、だけでなく、外に出ていくこともないのだから、察知しようもない。のだろう。
「リラ、送る」
偉そうな人だなぁ、と思うのだけれど、偉そうなその目は気遣わしげで、こちらの答えを伺っている大きな犬のようにも見えて。
「ロー様も、この時間までお仕事ですか?日中、団長と書類仕事されてましたもんね。お疲れさまです」
少し、慣れてくれば多少会話らしきものも、リラもできるようにはなる。どんな話をこの人とすれば良いのか、考えることができるから。
逆に、穏やかに応じられ、そして自分から希望しておきながら「ロー」と呼ばれて、思わずローランドはその大きな手で口元を覆った。みっともないくらいに、緩んでいる気がする。
少し後ろを歩こうとすれば面倒な事を既に学んだので、リラは普通に、ローランドの横に並んで歩いた。
「馬車では、ないのですね」
「ああ、あの日は厄介ごとを避けるために実家のを借りた」
「実家?」
「登城する時間を短くするためと、まあ、いつまでも実家にいても仕方ないから、家を出て1人で生活している」
リラは、首を傾げる。家から出て、という意味ではリラも同じだが。
貴族の1人、は厳密に1人なのかが分かりにくい。使用人を人数に数えない場合が多く、実際は家のことをやってくれる使用人が複数いることが多い。
「では、今日のお昼は」
「…俺が作った」
「いただいたチョコレートは」
「それも」
「え」
自分で買ってくれたのか、という意味で聞いたのだが、どうも違う気がする。
「ロー様、作ったんですか?」
ローランドは、息を詰めた。男が料理をするなど、まして、菓子を作るなど。しかも騎士ともあろう者が。
この女性は、どう思うのだろう。今まで、誰にも明かしたことのなかったことなのだけれど。いや、ディランや、騎士たちは、調理をするくらいは、知っているけれど。野営地などで、必要があればするのだから。
そんな、ローランドの緊張など気づかない様子で、リラの顔に浮かんだのは、尊敬と、羨望の笑顔だった。
「すごいですっ。いいなぁ~」
後の呟きは、独り言か。
「いいなぁ?」
聞き返せば、気まずそうに、リラは視線を落とす。
料理はできないわけではないけれど、大雑把だし、今日のローランドのお弁当のようにきれいに盛り付けるセンスもない。お菓子を作るには分量をきちんとしないといけないのだけれど、どうもそれができなくて、クッキーを焼くくらいはできるけれど、繊細なものはかなり気合を入れてとりかかっても、思うようにいかないことの方が多くて、と。
「作ってやるぞ。いくらでも」
思わず言えば、ぽかん、とした顔で見上げられた。
一瞬、ローランドも驚く。これはほとんど、いや、完全に求婚では?と。
ただ、思えば多分、そのつもりなのだ。だからこれほど、気にかかるのだ。と、口にした後で自分で気づくのも間抜けな話だが、妙に納得する。
が、リラはまた、違う答えを出してしまう。
「ああ、美味しかったですから。ロー様に食事を作ってもらえる方は、幸せですね」
いやそこで、何をどうしたらそういうことになる?
と、話を続けようとしたところで、向こうから足早に近づく人影にリラが目を向けた。意識的に無視していたローランドも、諦めて目を向ける。
「レイ」
「お嬢様、少々家で問題が。お急ぎを」
(リース!?)
挨拶もそこそこに執事に連れられていくリラを、ローランドはそれでも、自分のことに結論が出たことで妙に納得した思いで見送った。
レイが迎えに来るほどとは、何が、と、小走りにレイに手を引かれながらリラは不安に胸が苦しくなる。
「レイ」
「リース様の魔力が危険なほどに少なくなっています」
「え、でも」
昨日も、同じように、もう入らなくなるところまで、魔力譲渡をした。少し、いつもより入りにくい感じはしたけれど、それは最初だけで。
いつもより極端に帰りが遅いわけではなく、それにそもそも、満タンから1日で枯渇なんて、今までなかった。何かあると困るから、毎晩満タンまで入れているだけで。
それに、自分がいないときに何かあったら、レイガ応急的に譲渡をしてくれていたのに。粘膜を介す必要があるから、口移しになるけれど。魔力譲渡の際の口移しは、口付けに入らないと常識的に解釈されているから、誰も抵抗感はない。
リラのいくつもの疑問は、レイにもわかる。同じ思いをレイもしたし、だから焦っているのだ。様子が、急に違いすぎて。
玄関を開け、エルムに招き入れられながらそのままリースの部屋まで駆け上がる。
「リースっ!」
悲鳴のような声は、掠れて消えた。
そのまま、リラは駆け寄って血色の悪い、今まで、そう、倒れた当初以来見たことのないように目に見えて病人のようなリースに触れた。
(冷たいっ)
手から、流し込もうとするのに。流れて行ってはいるのに、減る方が早いように感じる。いや、減りすぎていて、改善する前に、リースを連れていかれるのではないかという恐怖が襲う。
「なんで、リース。ちゃんと、受け取って!」
焦るリラのそばから、レイも様子を見守る。
焦りが、いつもの穏やかな流れを作り出せていない。
「お嬢、落ち着け」
「…っ…ぃぅうう」
泣きそうな様子に、レイはより効率の良いはずの方法を促す。
「お嬢、口移しで」
「口移し」
リラは、口移しでの魔力譲渡をやったことがない。外に出せないのだから、譲渡が、できないのだ。できると思ったことがない。たまたま、手を繋いだだけでできたリースに、だから、いつもその方法でやってきていて。
「人工呼吸の要領です。なんなら、普段リース様に口移しで何かを与える時と同じ感じで」
説明の途中で、リースの顎に手を置いて上向かせ、鼻を摘んで口を塞いだのにはレイも驚いた。
それじゃあ本当に、人工呼吸だ。
「お嬢、お嬢。あの、普通でいい。呼吸はできているのに、鼻塞いだら息が詰まる」
「あ」
混乱をしている様子のリラが、ようやく少し落ち着いたのは、その少し後。ぎこちなく触れ合わせた口から、手を繋いだ時と同じように魔力が流れるイメージを作れば、手からよりも多くの魔力が一度に流れていくのがわかる。
(粘膜…)
口を開け、その内側に流し込もうとすれば、確かに、効率が良い。
少し、リースの様子が落ち着いたのを見て、レイが一度リラの肩を引き寄せた。
「お嬢、少し待ってください。そのやり方なら、リース様を起こした方がいい」
枕をいくつも重ね、状態を起き上がらせてその枕に寄りかからせる。
枕に埋もれて座っているように見える程度には、先ほどの死人に近い様子よりはマシだけれど。でもぐったりしている。そして、頭が上になったことでまた、顔色が悪くなるのを見て、慌ててリラは、その寝台に乗り、弟の体を跨ぐようにして膝立ちになると、両手でその顔を上向かせる。
命懸けで、魔力の好き嫌いをしたようなもんだな。
と、そんなことを思いながらレイは目を逸らし、部屋を出る。あそこまで減ってしまったリースの魔力をいっぱいにしたら、リラの方が動けなくなるだろう。それでも、いっぱいにする。こんな事があったからなおさら。もしかしたら、明日の朝も出がけに一度、やると言い張るかもしれない。
リースの体に、温かいリラの、姉の魔力が満ちていく。
ほんの僅かな時間、その目が薄く開きそうになったことを。指先が動いたように見えたことを、リラは気づかない。もともとの魔力が多いとは言え、枯渇寸前までいった、しかもリース自身も魔力保有量が多いという、そんな相手の魔力を満たせば、その頃には膝立ちを保つためにほとんど、その身を弟の体に委ねている状態で。
案の定、レイがいつも以上の時間を置いて様子を見に行けば、すっかり、元の通り眠っているようにしか見えないリースの体にもたれ、リラが眠っている。それはただただ、回復する眠り。
エルムはすでに休ませたから、と、レイは息をつく。
怒るだろうなぁ、とは思うが、怒らない気もする。どっちに転んでも、いやだなぁ、とは思うのだが、このままにもできないから。
リラを部屋に運び、楽なものに着替えさせる。極力、見ないようにして。
清拭などをするのは、さすがにまずいよな、と、明日の朝は可哀想だがだいぶ早く起こそうと決める。どちらにしろ、リースの事もあるからその方が良いだろう。
せめて、この指先の体温が戻り、穏やかな寝息になる程度には、と、レイはリラの唇に指を触れ、開かせる。
まさか、リースに魔力譲渡を行った後に、譲渡をする事があるとは思わなかった。こんなことにならないように、こまめに毎日、やっていたのに。
柔らかい唇に触れ、穏やかに流し込んでいけば、触れていた指先に体温がやがて戻ってくる。
静かに布団をかけ、そっと額にくちづけた。
「おやすみください、お嬢。リース様は大丈夫ですから。怖がらずに穏やかに」
昼の別れ際に、呼び方に釘を刺されたのを思い出して。
面倒だなぁ、と。厄介ごとの予感しかしない。そう呼びたいご令嬢は履いて捨てるほどいるのだろうに。
一応、人並みの美醜の感覚は持ち合わせていると思うので、あれは眼福、距離感を間違えれば危険物な美形なのだけれど。
ローランドは、我ながらあの距離で、よくこの気配の動きを察知したと自分を褒めたい。魔力を終えればもう少し強い気配になるのだが、リラの魔力が読み取れない。ただただ、本当にその本人の気配だけを、その動きを敏感に察知したのだから、なかなか我ながら、怖い執着だ、とは思う。
ただ、魔力が少ないことはあっても、全くないことは、ない。生命維持に必要だから。いくら少ないのだとしても、至近距離でも感じ取れないことが不思議でならなかった。何度か、それこそ触れているときに探って記憶しようとしても、わからないのだ。
それは、リラが魔力を外に向けて行使することができない故なのだけれど。それをローランドはまだ知らない。魔法が使えない、だけでなく、外に出ていくこともないのだから、察知しようもない。のだろう。
「リラ、送る」
偉そうな人だなぁ、と思うのだけれど、偉そうなその目は気遣わしげで、こちらの答えを伺っている大きな犬のようにも見えて。
「ロー様も、この時間までお仕事ですか?日中、団長と書類仕事されてましたもんね。お疲れさまです」
少し、慣れてくれば多少会話らしきものも、リラもできるようにはなる。どんな話をこの人とすれば良いのか、考えることができるから。
逆に、穏やかに応じられ、そして自分から希望しておきながら「ロー」と呼ばれて、思わずローランドはその大きな手で口元を覆った。みっともないくらいに、緩んでいる気がする。
少し後ろを歩こうとすれば面倒な事を既に学んだので、リラは普通に、ローランドの横に並んで歩いた。
「馬車では、ないのですね」
「ああ、あの日は厄介ごとを避けるために実家のを借りた」
「実家?」
「登城する時間を短くするためと、まあ、いつまでも実家にいても仕方ないから、家を出て1人で生活している」
リラは、首を傾げる。家から出て、という意味ではリラも同じだが。
貴族の1人、は厳密に1人なのかが分かりにくい。使用人を人数に数えない場合が多く、実際は家のことをやってくれる使用人が複数いることが多い。
「では、今日のお昼は」
「…俺が作った」
「いただいたチョコレートは」
「それも」
「え」
自分で買ってくれたのか、という意味で聞いたのだが、どうも違う気がする。
「ロー様、作ったんですか?」
ローランドは、息を詰めた。男が料理をするなど、まして、菓子を作るなど。しかも騎士ともあろう者が。
この女性は、どう思うのだろう。今まで、誰にも明かしたことのなかったことなのだけれど。いや、ディランや、騎士たちは、調理をするくらいは、知っているけれど。野営地などで、必要があればするのだから。
そんな、ローランドの緊張など気づかない様子で、リラの顔に浮かんだのは、尊敬と、羨望の笑顔だった。
「すごいですっ。いいなぁ~」
後の呟きは、独り言か。
「いいなぁ?」
聞き返せば、気まずそうに、リラは視線を落とす。
料理はできないわけではないけれど、大雑把だし、今日のローランドのお弁当のようにきれいに盛り付けるセンスもない。お菓子を作るには分量をきちんとしないといけないのだけれど、どうもそれができなくて、クッキーを焼くくらいはできるけれど、繊細なものはかなり気合を入れてとりかかっても、思うようにいかないことの方が多くて、と。
「作ってやるぞ。いくらでも」
思わず言えば、ぽかん、とした顔で見上げられた。
一瞬、ローランドも驚く。これはほとんど、いや、完全に求婚では?と。
ただ、思えば多分、そのつもりなのだ。だからこれほど、気にかかるのだ。と、口にした後で自分で気づくのも間抜けな話だが、妙に納得する。
が、リラはまた、違う答えを出してしまう。
「ああ、美味しかったですから。ロー様に食事を作ってもらえる方は、幸せですね」
いやそこで、何をどうしたらそういうことになる?
と、話を続けようとしたところで、向こうから足早に近づく人影にリラが目を向けた。意識的に無視していたローランドも、諦めて目を向ける。
「レイ」
「お嬢様、少々家で問題が。お急ぎを」
(リース!?)
挨拶もそこそこに執事に連れられていくリラを、ローランドはそれでも、自分のことに結論が出たことで妙に納得した思いで見送った。
レイが迎えに来るほどとは、何が、と、小走りにレイに手を引かれながらリラは不安に胸が苦しくなる。
「レイ」
「リース様の魔力が危険なほどに少なくなっています」
「え、でも」
昨日も、同じように、もう入らなくなるところまで、魔力譲渡をした。少し、いつもより入りにくい感じはしたけれど、それは最初だけで。
いつもより極端に帰りが遅いわけではなく、それにそもそも、満タンから1日で枯渇なんて、今までなかった。何かあると困るから、毎晩満タンまで入れているだけで。
それに、自分がいないときに何かあったら、レイガ応急的に譲渡をしてくれていたのに。粘膜を介す必要があるから、口移しになるけれど。魔力譲渡の際の口移しは、口付けに入らないと常識的に解釈されているから、誰も抵抗感はない。
リラのいくつもの疑問は、レイにもわかる。同じ思いをレイもしたし、だから焦っているのだ。様子が、急に違いすぎて。
玄関を開け、エルムに招き入れられながらそのままリースの部屋まで駆け上がる。
「リースっ!」
悲鳴のような声は、掠れて消えた。
そのまま、リラは駆け寄って血色の悪い、今まで、そう、倒れた当初以来見たことのないように目に見えて病人のようなリースに触れた。
(冷たいっ)
手から、流し込もうとするのに。流れて行ってはいるのに、減る方が早いように感じる。いや、減りすぎていて、改善する前に、リースを連れていかれるのではないかという恐怖が襲う。
「なんで、リース。ちゃんと、受け取って!」
焦るリラのそばから、レイも様子を見守る。
焦りが、いつもの穏やかな流れを作り出せていない。
「お嬢、落ち着け」
「…っ…ぃぅうう」
泣きそうな様子に、レイはより効率の良いはずの方法を促す。
「お嬢、口移しで」
「口移し」
リラは、口移しでの魔力譲渡をやったことがない。外に出せないのだから、譲渡が、できないのだ。できると思ったことがない。たまたま、手を繋いだだけでできたリースに、だから、いつもその方法でやってきていて。
「人工呼吸の要領です。なんなら、普段リース様に口移しで何かを与える時と同じ感じで」
説明の途中で、リースの顎に手を置いて上向かせ、鼻を摘んで口を塞いだのにはレイも驚いた。
それじゃあ本当に、人工呼吸だ。
「お嬢、お嬢。あの、普通でいい。呼吸はできているのに、鼻塞いだら息が詰まる」
「あ」
混乱をしている様子のリラが、ようやく少し落ち着いたのは、その少し後。ぎこちなく触れ合わせた口から、手を繋いだ時と同じように魔力が流れるイメージを作れば、手からよりも多くの魔力が一度に流れていくのがわかる。
(粘膜…)
口を開け、その内側に流し込もうとすれば、確かに、効率が良い。
少し、リースの様子が落ち着いたのを見て、レイが一度リラの肩を引き寄せた。
「お嬢、少し待ってください。そのやり方なら、リース様を起こした方がいい」
枕をいくつも重ね、状態を起き上がらせてその枕に寄りかからせる。
枕に埋もれて座っているように見える程度には、先ほどの死人に近い様子よりはマシだけれど。でもぐったりしている。そして、頭が上になったことでまた、顔色が悪くなるのを見て、慌ててリラは、その寝台に乗り、弟の体を跨ぐようにして膝立ちになると、両手でその顔を上向かせる。
命懸けで、魔力の好き嫌いをしたようなもんだな。
と、そんなことを思いながらレイは目を逸らし、部屋を出る。あそこまで減ってしまったリースの魔力をいっぱいにしたら、リラの方が動けなくなるだろう。それでも、いっぱいにする。こんな事があったからなおさら。もしかしたら、明日の朝も出がけに一度、やると言い張るかもしれない。
リースの体に、温かいリラの、姉の魔力が満ちていく。
ほんの僅かな時間、その目が薄く開きそうになったことを。指先が動いたように見えたことを、リラは気づかない。もともとの魔力が多いとは言え、枯渇寸前までいった、しかもリース自身も魔力保有量が多いという、そんな相手の魔力を満たせば、その頃には膝立ちを保つためにほとんど、その身を弟の体に委ねている状態で。
案の定、レイがいつも以上の時間を置いて様子を見に行けば、すっかり、元の通り眠っているようにしか見えないリースの体にもたれ、リラが眠っている。それはただただ、回復する眠り。
エルムはすでに休ませたから、と、レイは息をつく。
怒るだろうなぁ、とは思うが、怒らない気もする。どっちに転んでも、いやだなぁ、とは思うのだが、このままにもできないから。
リラを部屋に運び、楽なものに着替えさせる。極力、見ないようにして。
清拭などをするのは、さすがにまずいよな、と、明日の朝は可哀想だがだいぶ早く起こそうと決める。どちらにしろ、リースの事もあるからその方が良いだろう。
せめて、この指先の体温が戻り、穏やかな寝息になる程度には、と、レイはリラの唇に指を触れ、開かせる。
まさか、リースに魔力譲渡を行った後に、譲渡をする事があるとは思わなかった。こんなことにならないように、こまめに毎日、やっていたのに。
柔らかい唇に触れ、穏やかに流し込んでいけば、触れていた指先に体温がやがて戻ってくる。
静かに布団をかけ、そっと額にくちづけた。
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