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どっちが好き?
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ローランドは、応接セットのソファにリラをエスコートして腰掛けさせ、既に準備していた紅茶を淹れて目の前に置く。向かいに腰かけながら、掛けておいた布をはずして、準備していた菓子を見せた。
「あ」
思わず、といった様子で声が漏れたのに、思わず目を向ける。気まずそうに目を逸らしたのを眺めながら、どうぞ、と指し示した。
チョコレートが好きなようだ、と、なんとなく思って、用意したもの。総務からの連絡に居合わせ、リラを寄越すように団長が言っているのをたまたま、耳にして。昼に渡すつもりで準備していたものを、騎士団長の来客用の菓子セットに混ぜ込んだ。
いや、なぜそこで彼女を呼ぶ?とは思ったけれど。おそらくは、この数日の自分の行動を耳にするなり目にするなりして、いらない好奇心を起こしたのだろうとは察して、目を光らせている。
促されて、ためらいがちに手を伸ばしたリラは、先に、シンプルな見た目のチョコレートを手にとり、口に入れた。一粒を、わざわざさらに小さく噛むことなく、一口で放り込む様子に思わずローランドの口元が緩む。
少し大きかったようで、頬が膨らんでもぐもぐしている様子も微笑ましい。
美味しそうに食べるな、と眺めていると、その手がローランドが持参したチョコに伸びた。
それは。
趣味の延長で、食べさせてみたくて、昨晩作ったもの。本当は、あの大柄な男のように口に入れてみたかったけれど。
このようなチョコは作り慣れないので、見た目は凝ることはできなかったけれど。
反応を伺って、不安になる。
やはり、一口でぱくり、と口に含み、すぐにこてん、と首を傾げる様子。口に合わなかったか、と不安になりながら、それを隠すように自分にも淹れた紅茶を口に含む。
ゆっくりと、もぐもぐ、と咀嚼をする様子があり。
そして不意に、目が細められた。無意識だろうか。片方の手が頬に添えられ、ふにゃりと、微笑う。
かちゃん、という音がして、リラは我に返った。
最初に食べた、シンプルなチョコは何度か口にしたことがあるような気がする味で。慣れた美味しさ。2つ目は、素朴なのだけれど、なんだか、ほっこり、美味しい。
そう思って、思わず、完全にチョコにつられて無心で食べてしまった。
なんの感情を表しているのかわからないけれど、蜂蜜のような目がじっと見つめているのに気付いて、慌てて立ち上がった。すすめられたとはいえ、言葉を発することもなくチョコに夢中になってしまった。しかも、こんな、初めてくる場所で。知らない人たちの中で。礼儀知らず?大人なのに?なんて思われたか、とぐるぐるして、それから気を落ち着かせる。今さら、自分の評価はどうでも良い。
ただ。
本当に、美味しいものをもらったので。
少し気を落ち着かせて、立ち上がった自分を驚いて見上げているローランドに失礼します、と声をかけてから騎士団長の机の前に立った。
この、無造作にただただ積み上げられた書類の数々。
「ハッブルズ様、失礼します。こちらの書類、部外秘のものや、権限の限られたようなものはありますか?」
「ん?ああ、ディランでいい」
「は」
答えがずれていて、思わずリラがきょとんとなる。
図々しい、と、思わずローランドが立ち上がって歩み寄ったところで、きちんと問いかけに応じようと口を開くのが見えた。
「別に、誰がみても問題ないはずだ」
いや、そんなことはないぞ、と、思わずローランドの目が吊り上がる。自分の立場を、分かっていない。
リラの方も、いやいや、とこちらは眉尻を下げた。そもそも、目につくところに機密情報を示す印のある書類があるのだから。
まあ、機密情報や権限の限定されたものが、その内容がいきなり目につく状況で作成されていることはまず考えられないか、と。
「見ていただいている間に、少しこちらの書類、整理してもよろしいですか?そのうち、雪崩が起きそうです」
「ん?あ、ああ」
ぽかんと反射的に頷くのを見て、リラは手早く、一山を抱えて手近な机に移動させる。そこは本来ならば補佐官の席なのだけれど、使っていなかったように何も置かれていない。補佐官もなく、騎士団長が仕事をこなすのは、かなりきびしいだろうに、と首を傾げながら。
「リラ嬢!?」
驚いたように声を上げるローランドをきょとんと見る。
「そんな重いものを」
「ああ、全然ですよ」
いつものことだ。
不思議そうに応じるリラを、騎士たちは茫然と見守る。事務方の、その事務能力を見せつけられる思いで。
表書きだけで、あるいはぱらぱらと中を一瞥するくらいで、山を分けていく。
これは、まさか次も自分で運ぶ気か、と察して、ローランドはリラのすぐ側に立った。
「これは?」
「至急の、今日中に決裁がひつようなものと、数日中のもの、期限のないもの、機密性が高いので確認できないもの、期限は設けられていませんが、早い方が良いもの、です」
「最後のは?」
「書類に関わった方の、性格、でしょうか」
リラが分けた山の書類を、興味を惹かれて手を伸ばしてみていけば、なるほど、と思う。
立とうとする気配を察して、ローランドはそっと手をかざしてそれを止め、ディランの机から次の山を持ってくる。
それを繰り返している間に、リラが持ってきた書類の決裁が済んだ。
受け取ったリラがにっこりと礼を言えば、ディランの方が恐縮した。
「いや、なんだかかえって、申し訳ない」
「いえ、美味しいものをいただいたお礼です。わたしも仕事中の時間ですし。今度から、書類が持ち込まれた時点で、せめてこの仕分けの通りに積まれた方が良いですよ?ただ、数日中のものは、いずれ今日中、になりますので、それは気をつけてください。一応今は、日の近いものを上にしてありますが」
「え、いつの間に」
「?」
驚く騎士たちに不思議そうに首を傾げてから、リラはでは、と、あまりにもあっさりと書類を受け取り、去ってしまった。
それから、ローランドは気づく。
昼の約束を取り付けそびれた、と。まあ、どこにいるか、ある程度昨日聞けたから、探せば良いとはもともと思っていたけれど。
書類を持って戻り、スレインに渡せば、にやり、と笑われた。
「さすがにそこで待たれれば、団長もすぐにやるよなぁ」
「でもあれほど忙しい方に、先にとお願いするのも」
「これ、決裁しないと困るのは騎士団もだからいいんだよ」
けろっと答えたスレインにリラは何か言いたげにまだいるから、なんだよ、と促した。
「なぜ騎士団長には補佐官、いないのでしょう?あの仕事量、無理がありますよ。書類仕事が主な方ではないのですし」
「あー」
ぼりぼり、と、スレインは困った顔で髪をかき上げた。
「怖いだろ?あの人たち」
「?」
「ああ、そうか。お前はそうだよなぁ」
団長と副団長は、怖いのだ。騎士でも、威圧されてしまうほどに。まあ、ああいう場所だからそれで良いのだろうが。良いのだろうが、同じ空間で仕事をするのに身がもたないらしく、補佐官が長続きしない。ただ、信も篤く、尊敬も集めている。
「まあ、それ。お前の兄貴に言えばなんとかなるんじゃないか?」
「どの?」
「近衛に、いるだろう?」
「ああ」
3番目の兄か、と、騎士にしては線の細い、柔和なリンデンの顔を思い浮かべる。
「近いうちに、話してみます」
「そうしてくれ。もう昼だな。今日は約束してるんだろう?」
言われて、リラは嬉しそうに笑って頷く。
約束の相手。幼なじみのエリスが入口に来ているのを見つけ、持たされたお弁当を持って昼休に駆け寄ると、向こうから近づいてくる大きな人影に気がつく。
エリスは振り返って、顔を顰めた。顔のいい男は、エリスは気が許せない。特に、リラに近づくのは。
結婚をして、職場を離れてしまったけれど、時々一緒に食べているのは、放っておけないから。同じように放っておけない人たちが、今はもうリラと一緒に生活をしているのを、知ってはいるけれど。
「知り合い?」
「…たぶん?」
なに、その曖昧なのは、と呆れながら、エリスはリラの手を引き、ローランドが近づく前に歩き去ろうとした。
「あ」
思わず、といった様子で声が漏れたのに、思わず目を向ける。気まずそうに目を逸らしたのを眺めながら、どうぞ、と指し示した。
チョコレートが好きなようだ、と、なんとなく思って、用意したもの。総務からの連絡に居合わせ、リラを寄越すように団長が言っているのをたまたま、耳にして。昼に渡すつもりで準備していたものを、騎士団長の来客用の菓子セットに混ぜ込んだ。
いや、なぜそこで彼女を呼ぶ?とは思ったけれど。おそらくは、この数日の自分の行動を耳にするなり目にするなりして、いらない好奇心を起こしたのだろうとは察して、目を光らせている。
促されて、ためらいがちに手を伸ばしたリラは、先に、シンプルな見た目のチョコレートを手にとり、口に入れた。一粒を、わざわざさらに小さく噛むことなく、一口で放り込む様子に思わずローランドの口元が緩む。
少し大きかったようで、頬が膨らんでもぐもぐしている様子も微笑ましい。
美味しそうに食べるな、と眺めていると、その手がローランドが持参したチョコに伸びた。
それは。
趣味の延長で、食べさせてみたくて、昨晩作ったもの。本当は、あの大柄な男のように口に入れてみたかったけれど。
このようなチョコは作り慣れないので、見た目は凝ることはできなかったけれど。
反応を伺って、不安になる。
やはり、一口でぱくり、と口に含み、すぐにこてん、と首を傾げる様子。口に合わなかったか、と不安になりながら、それを隠すように自分にも淹れた紅茶を口に含む。
ゆっくりと、もぐもぐ、と咀嚼をする様子があり。
そして不意に、目が細められた。無意識だろうか。片方の手が頬に添えられ、ふにゃりと、微笑う。
かちゃん、という音がして、リラは我に返った。
最初に食べた、シンプルなチョコは何度か口にしたことがあるような気がする味で。慣れた美味しさ。2つ目は、素朴なのだけれど、なんだか、ほっこり、美味しい。
そう思って、思わず、完全にチョコにつられて無心で食べてしまった。
なんの感情を表しているのかわからないけれど、蜂蜜のような目がじっと見つめているのに気付いて、慌てて立ち上がった。すすめられたとはいえ、言葉を発することもなくチョコに夢中になってしまった。しかも、こんな、初めてくる場所で。知らない人たちの中で。礼儀知らず?大人なのに?なんて思われたか、とぐるぐるして、それから気を落ち着かせる。今さら、自分の評価はどうでも良い。
ただ。
本当に、美味しいものをもらったので。
少し気を落ち着かせて、立ち上がった自分を驚いて見上げているローランドに失礼します、と声をかけてから騎士団長の机の前に立った。
この、無造作にただただ積み上げられた書類の数々。
「ハッブルズ様、失礼します。こちらの書類、部外秘のものや、権限の限られたようなものはありますか?」
「ん?ああ、ディランでいい」
「は」
答えがずれていて、思わずリラがきょとんとなる。
図々しい、と、思わずローランドが立ち上がって歩み寄ったところで、きちんと問いかけに応じようと口を開くのが見えた。
「別に、誰がみても問題ないはずだ」
いや、そんなことはないぞ、と、思わずローランドの目が吊り上がる。自分の立場を、分かっていない。
リラの方も、いやいや、とこちらは眉尻を下げた。そもそも、目につくところに機密情報を示す印のある書類があるのだから。
まあ、機密情報や権限の限定されたものが、その内容がいきなり目につく状況で作成されていることはまず考えられないか、と。
「見ていただいている間に、少しこちらの書類、整理してもよろしいですか?そのうち、雪崩が起きそうです」
「ん?あ、ああ」
ぽかんと反射的に頷くのを見て、リラは手早く、一山を抱えて手近な机に移動させる。そこは本来ならば補佐官の席なのだけれど、使っていなかったように何も置かれていない。補佐官もなく、騎士団長が仕事をこなすのは、かなりきびしいだろうに、と首を傾げながら。
「リラ嬢!?」
驚いたように声を上げるローランドをきょとんと見る。
「そんな重いものを」
「ああ、全然ですよ」
いつものことだ。
不思議そうに応じるリラを、騎士たちは茫然と見守る。事務方の、その事務能力を見せつけられる思いで。
表書きだけで、あるいはぱらぱらと中を一瞥するくらいで、山を分けていく。
これは、まさか次も自分で運ぶ気か、と察して、ローランドはリラのすぐ側に立った。
「これは?」
「至急の、今日中に決裁がひつようなものと、数日中のもの、期限のないもの、機密性が高いので確認できないもの、期限は設けられていませんが、早い方が良いもの、です」
「最後のは?」
「書類に関わった方の、性格、でしょうか」
リラが分けた山の書類を、興味を惹かれて手を伸ばしてみていけば、なるほど、と思う。
立とうとする気配を察して、ローランドはそっと手をかざしてそれを止め、ディランの机から次の山を持ってくる。
それを繰り返している間に、リラが持ってきた書類の決裁が済んだ。
受け取ったリラがにっこりと礼を言えば、ディランの方が恐縮した。
「いや、なんだかかえって、申し訳ない」
「いえ、美味しいものをいただいたお礼です。わたしも仕事中の時間ですし。今度から、書類が持ち込まれた時点で、せめてこの仕分けの通りに積まれた方が良いですよ?ただ、数日中のものは、いずれ今日中、になりますので、それは気をつけてください。一応今は、日の近いものを上にしてありますが」
「え、いつの間に」
「?」
驚く騎士たちに不思議そうに首を傾げてから、リラはでは、と、あまりにもあっさりと書類を受け取り、去ってしまった。
それから、ローランドは気づく。
昼の約束を取り付けそびれた、と。まあ、どこにいるか、ある程度昨日聞けたから、探せば良いとはもともと思っていたけれど。
書類を持って戻り、スレインに渡せば、にやり、と笑われた。
「さすがにそこで待たれれば、団長もすぐにやるよなぁ」
「でもあれほど忙しい方に、先にとお願いするのも」
「これ、決裁しないと困るのは騎士団もだからいいんだよ」
けろっと答えたスレインにリラは何か言いたげにまだいるから、なんだよ、と促した。
「なぜ騎士団長には補佐官、いないのでしょう?あの仕事量、無理がありますよ。書類仕事が主な方ではないのですし」
「あー」
ぼりぼり、と、スレインは困った顔で髪をかき上げた。
「怖いだろ?あの人たち」
「?」
「ああ、そうか。お前はそうだよなぁ」
団長と副団長は、怖いのだ。騎士でも、威圧されてしまうほどに。まあ、ああいう場所だからそれで良いのだろうが。良いのだろうが、同じ空間で仕事をするのに身がもたないらしく、補佐官が長続きしない。ただ、信も篤く、尊敬も集めている。
「まあ、それ。お前の兄貴に言えばなんとかなるんじゃないか?」
「どの?」
「近衛に、いるだろう?」
「ああ」
3番目の兄か、と、騎士にしては線の細い、柔和なリンデンの顔を思い浮かべる。
「近いうちに、話してみます」
「そうしてくれ。もう昼だな。今日は約束してるんだろう?」
言われて、リラは嬉しそうに笑って頷く。
約束の相手。幼なじみのエリスが入口に来ているのを見つけ、持たされたお弁当を持って昼休に駆け寄ると、向こうから近づいてくる大きな人影に気がつく。
エリスは振り返って、顔を顰めた。顔のいい男は、エリスは気が許せない。特に、リラに近づくのは。
結婚をして、職場を離れてしまったけれど、時々一緒に食べているのは、放っておけないから。同じように放っておけない人たちが、今はもうリラと一緒に生活をしているのを、知ってはいるけれど。
「知り合い?」
「…たぶん?」
なに、その曖昧なのは、と呆れながら、エリスはリラの手を引き、ローランドが近づく前に歩き去ろうとした。
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