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送り狼にもならせてくれない、鈍感最強
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「リラさん?」
会場から横抱きにされ出ていくのに、呆然としてされるがままになっていたリラの耳に、慌てた声が届く。不自由な足ながら慌てた様子で走ってくるフロイを目にして、リラは自分を抱える人の肩越しに身を乗り出した。
「フロイ!そこ、階段」
言いながら、手元の肩をぱしぱしと叩けば、その分厚い筋肉に覆われた肩に何の影響もなさそうだけれど、とりあえず足は止めてくれる。
ローランドは抱き上げてみれば驚くほどに軽い娘を、見下ろした。叩く手が、とりあえず止まれと言っているような気がしたから止まったのだが。
「どうした?」
「どうした、って。は?」
この人、変な人なの?と、リラはぽかんと、見上げようとして、あまりにあからさまに、その目を逸らしてしまった。
(いや、眼福も近過ぎれば毒!この人、きけん)
おさまりかけた咽せが、またぶりかえしてしまう。
苦しそうに咳き込むのを、眉を下げて見下ろして、体を丸めようとするその頭をとりあえず自分の胸に押し付けながら、ローランドは近づいてくる左右非対称な足音に振り返る。
ちなみに、ローランドは無関心ゆえに、リラの方はあまりにいっぱいいっぱいで会場の悲鳴には全く気づいていない。
「君は?」
「あの、リラさんの同僚で。あの、どうか…」
焦ると言葉がうまく出てこない。言葉にも少し、障がいが残っているフロイの声に、なんとか咳を押さえ込もうとしながら、リラはとにかくおろしてー、と、訴えようとするのだけれど、どうもこの人、通じない。
「ちょっと、咽せて」
「え?」
咽せて、どうして抱き抱えられて退場になる?という顔をするフロイに、わたしもそう思うわ、と遠い目になったリラの目に、もう一つ、大きな人影が見えた。
「ライ!」
「リラ!どうした、具合悪いか?」
気づいて追いかけてきた幼なじみに、うーん、と首を傾げる。
「いや、あの…とりあえず、ローランド様、おろしていただけませんか?」
照れくさいを通り越して、居た堪れないのも振り切れて、とにかく落ち着きたいのだけれど。がっしりと抱え込んだ腕は、騎士だけあって人の体の作りを熟知しているのか、抵抗するために身動きもままならない。
「なぜ?」
「いや、そこ、不思議そうにされるのが分からないんですけど」
反射的に言い返したリラを、面白いものを見るようにローランドは見下ろす。
ローランドにしてみれば、必死で自分から離れようとするのが物珍しくて、反応が新鮮で面白いのだ。顔には、一切出ていないけれど。
「リラ?」
「あの、ローランド様とお話ししていたら咽せてしまって。心配して外に連れ出してくださったんだけど」
諦めてそのまま説明するのを聞いて、ライアスとフロイはため息をつく。
「リラ、食べるときは、食べるのにもう少し集中しろって、あちこちから何度も言われてるだろうが。他のこと考えて毎度むせてるんだから」
「あー、そうねー」
食べるのに集中しないとむせるって、おかしくないか?という視線を感じて、リラはそれから逃げるように目を逸らす。
「リラ嬢、さっきからなぜ目を逸らす?何か後ろ暗いところでも?」
「いや、この状況が居た堪れないだけなので」
「君は、おろしても目をなかなか合わせないだろう?」
「は?」
ライアスが不思議そうに抱えられたままのリラを見やる。助けてやりたいのは山々なのだが、相手が騎士団副団長では立場的に難しい。
「イエ、副団長様とあまりお話ししていると、ご令嬢方に邪魔にされるので。戻られた方が良いのでは?」
「さっき、もう抜けると言ったはずだが」
(あー、言ってましたねぇ)
どうにも、噛み合わないやりとりを眺め、ライアスがローランドの前に回り込んだ。この副団長がこんなに言葉を話しているの、初めて見たなと思いながら。単語以上、話すことあるのかとは、顔には出ないようにする。
「ローランド様、俺が送りますので」
「え、それもやだ。1人で帰る。フロイも、だったら自分が、とか言わなくていいからね」
口を開くのに先手を打たれてフロイは困った顔になる。
連れ出されるリラに気づいて、悲鳴を上げる令嬢方の様子を見て、助けてこいと他の同僚たちに言われたのだけれど。これでローランドだけでも会場に戻ってくれば、とりあえず彼女たちは良いのだからと。
(これ、無理なやつだ)
だって、この男、絶対に離す気がない。なにを思っているのかわからないけど。
「騎士としては、夜分に令嬢を1人で帰らせるわけにはいかないな」
「は?いや、普段仕事帰り、1人ですから」
「こんな時間に?」
「よくありますけど」
「あ、ばか、あいつ」
ライアスの呟きは、リラには聞こえない。この流れでそれは、自分で自分の首を締めかねないことに…気づくわけがないよなあ、とため息をついた。
自己評価が低いのだ。相手の好意も、言い寄られても、なにもかもみごとにやり過ごす。というか、気づかない鈍感力。フロイが同じことを思っているのを見てとって、目を見合わせてため息をついた。
「僕、戻って明日以降の対策相談します」
諦めたように呟くのを見送り、ライアスもため息をついた。本当は、一緒に途中で連れ出して帰るつもりだったんだけどな、と。様子を見過ぎたかもしれない。
「リラ、また明日な。帰ってから頑張れよ」
「あー、あぁ…そうねー。うん、そうだよね」
様子を見すぎるはめになったのは、リラの「忠犬」が理由としては大きいけれど。
とりあえず2人は言うことを聞いて戻ってくれたのを確認し、リラはもう一度ローランドに頼む。が、すでにこの人、歩き始めてる?
「あの、1人で帰りますから」
「気にしなくていい。ちょうど帰るついでだ」
「いやいやいや、せめておろしてください」
「すぐそこだ」
「は?」
すぐそこ、の意味をとりかねて聞き返してから、察した。今日は爵位持ち中心。つまりは、大抵馬車を使っているわけで。
「あの、うち近いんで」
「そうか、じゃあ尚更気にするな」
(あぁあぁああ、全然、聞く耳ない)
マイペースな。というか、そもそも、普通に会話してるし。ほんと誰、無口だとか、返事もしないとか、寡黙だとか、それがいい!無視してほしい!なんてことまで言ってたのは!
まだ諦めないのか、せめてじゃあ、おんぶとか、とか言い始めたのに思わず吹き出しそうになりながら、ローランドは腕に力を込めた。吹き出しそうになることが、あるんだな、と我ながら驚いたのも事実だが。こういう面白いことを言う存在がいれば、それは吹き出すのもわかるな、と妙な納得をしてみる。
「君は、さっきから抵抗しようとしているだろう?」
「は」
押さえている体の筋肉…といっても、女性というのはこんなにも筋肉がなくて柔らかいものなのかというくらいに筋肉はないのだが、まあ、その動きを感じていれば逃げ出そうと動こうとしているのはわかるわけで。
「背中でそんな動きをされたら落としてしまう」
「いや、じゃあ、そうしたらせめて諦めるので」
「諦める…ふっ」
ついに押さえられずに声に出して笑ってしまった。驚いたような憮然としたような顔で見上げるのに、つい目を細めた。
「せっかくの申し出だが、もう着いた」
さっさと退散するつもりでいたため、出やすい場所にとめてあった自家の馬車に近づくと、待っていた家の者が開けてくれる。とはいえ、これは今日に限り実家から借りているもので、普段は家に使用人も置かずに仕事場の近くで1人で生活しているのだけれど。今日は、馬車がないと送っていくと言い出す面倒に巻き込まれそうで、実家から借りていてちょうどよかったな、と、同じことを自分がしているという自覚はないままにローランドは思う。
ローランドが令嬢を抱えているのを、眉を上げて驚きを示す侍従を無視し、リラを抱えたまま乗り込んだ。おろして手を取って、なんて、素直に応じるとは思えない。
というのは建前で、驚くほどに軽くて柔らかいものを、手放し難かった、が本心で。
「あの、馬車から飛び降りたりは、さすがにしないので、おろしてもらえません?」
完全な困惑顔で、膝に座らされたリラが見上げる、その自然と上目遣いになっている表情に、頬が緩む。
「気にするな」
気にする!
と、言い返す無駄を察して黙り込んだものの。これ絶対、肩が凝るやつ、とふと気づく。慣れない状況にずっと体に力が入りっぱなしなのだ。マッサージ。マッサージを、ちゃんとお風呂でしよう。うん。
と、思考を現実逃避にもっていったのを、強制的に引き戻したのは、またもこの、噂と違う、なんだか若干俺様気味でまあ確かに無愛想ではあるけれどちょいちょい言っていることが不思議な騎士団副団長殿。
いや、なにしてますのん?
顔を上げることもできず、リラはさらに体を縮こまらせる。
膝の上に横抱きにされ、これまた逃げ道を立つように肩に腕を回されて細身に見えるのに押し付けられてみれば硬い筋肉に覆われたその上肢に今も抱きこまれ、もう一方の手は腰に回されているのだけれど。
不埒なその両手が二の腕と腰のあたりをやわやわとさすっている。
「あの?」
「そんなに硬くなるな。あとで体が痛くなるぞ」
「そう言うなら、おろしてください!」
思わず反射的に言い返した自分は、悪くないと思う。
と思ってしまったのは、ローランドが少し、ショックを受けたような顔をしたから。きっと、今まで触れ合う女性からこんなこと言われたことないんだろうな、とふと気づく。これだけの顔面で、この体で、このご身分でなどなど、いや、何拍子揃ってるんだよ、て言いたくなるような人にこんなことされたら、まあ、うっとりするんだろうな。
と思うけれど、むしろうっとりする余裕がないんだよ、とふと馬車の小窓から見える外の景色に、ハッとして声をかけた。
「あ、止めてくださいっ」
不意の声に、馬車が静かに止めてもらえる。
不意打ちに一瞬、問いかける視線を向けられ、リラはお礼を言うために、さっと笑顔になった。
その笑顔が不意打ちで。なんの含みもなく屈託もなく、気取った微笑みですらない無邪気な笑顔に、思わずローランドの手が緩んだ。
常に、抜け出そうと試行錯誤していたリラは、思いがけず抜け出して、その笑顔のまま、自分で馬車を開けてふわりと降りてしまう。
「ローランド様、送っていただいてありがとうございましたっ。おやすみなさい」
送ってなにかするつもりもなかったが。
これほどあっさりとすり抜けられたことに呆然としながら、ローランドは自分の両掌を見つめていた。
会場から横抱きにされ出ていくのに、呆然としてされるがままになっていたリラの耳に、慌てた声が届く。不自由な足ながら慌てた様子で走ってくるフロイを目にして、リラは自分を抱える人の肩越しに身を乗り出した。
「フロイ!そこ、階段」
言いながら、手元の肩をぱしぱしと叩けば、その分厚い筋肉に覆われた肩に何の影響もなさそうだけれど、とりあえず足は止めてくれる。
ローランドは抱き上げてみれば驚くほどに軽い娘を、見下ろした。叩く手が、とりあえず止まれと言っているような気がしたから止まったのだが。
「どうした?」
「どうした、って。は?」
この人、変な人なの?と、リラはぽかんと、見上げようとして、あまりにあからさまに、その目を逸らしてしまった。
(いや、眼福も近過ぎれば毒!この人、きけん)
おさまりかけた咽せが、またぶりかえしてしまう。
苦しそうに咳き込むのを、眉を下げて見下ろして、体を丸めようとするその頭をとりあえず自分の胸に押し付けながら、ローランドは近づいてくる左右非対称な足音に振り返る。
ちなみに、ローランドは無関心ゆえに、リラの方はあまりにいっぱいいっぱいで会場の悲鳴には全く気づいていない。
「君は?」
「あの、リラさんの同僚で。あの、どうか…」
焦ると言葉がうまく出てこない。言葉にも少し、障がいが残っているフロイの声に、なんとか咳を押さえ込もうとしながら、リラはとにかくおろしてー、と、訴えようとするのだけれど、どうもこの人、通じない。
「ちょっと、咽せて」
「え?」
咽せて、どうして抱き抱えられて退場になる?という顔をするフロイに、わたしもそう思うわ、と遠い目になったリラの目に、もう一つ、大きな人影が見えた。
「ライ!」
「リラ!どうした、具合悪いか?」
気づいて追いかけてきた幼なじみに、うーん、と首を傾げる。
「いや、あの…とりあえず、ローランド様、おろしていただけませんか?」
照れくさいを通り越して、居た堪れないのも振り切れて、とにかく落ち着きたいのだけれど。がっしりと抱え込んだ腕は、騎士だけあって人の体の作りを熟知しているのか、抵抗するために身動きもままならない。
「なぜ?」
「いや、そこ、不思議そうにされるのが分からないんですけど」
反射的に言い返したリラを、面白いものを見るようにローランドは見下ろす。
ローランドにしてみれば、必死で自分から離れようとするのが物珍しくて、反応が新鮮で面白いのだ。顔には、一切出ていないけれど。
「リラ?」
「あの、ローランド様とお話ししていたら咽せてしまって。心配して外に連れ出してくださったんだけど」
諦めてそのまま説明するのを聞いて、ライアスとフロイはため息をつく。
「リラ、食べるときは、食べるのにもう少し集中しろって、あちこちから何度も言われてるだろうが。他のこと考えて毎度むせてるんだから」
「あー、そうねー」
食べるのに集中しないとむせるって、おかしくないか?という視線を感じて、リラはそれから逃げるように目を逸らす。
「リラ嬢、さっきからなぜ目を逸らす?何か後ろ暗いところでも?」
「いや、この状況が居た堪れないだけなので」
「君は、おろしても目をなかなか合わせないだろう?」
「は?」
ライアスが不思議そうに抱えられたままのリラを見やる。助けてやりたいのは山々なのだが、相手が騎士団副団長では立場的に難しい。
「イエ、副団長様とあまりお話ししていると、ご令嬢方に邪魔にされるので。戻られた方が良いのでは?」
「さっき、もう抜けると言ったはずだが」
(あー、言ってましたねぇ)
どうにも、噛み合わないやりとりを眺め、ライアスがローランドの前に回り込んだ。この副団長がこんなに言葉を話しているの、初めて見たなと思いながら。単語以上、話すことあるのかとは、顔には出ないようにする。
「ローランド様、俺が送りますので」
「え、それもやだ。1人で帰る。フロイも、だったら自分が、とか言わなくていいからね」
口を開くのに先手を打たれてフロイは困った顔になる。
連れ出されるリラに気づいて、悲鳴を上げる令嬢方の様子を見て、助けてこいと他の同僚たちに言われたのだけれど。これでローランドだけでも会場に戻ってくれば、とりあえず彼女たちは良いのだからと。
(これ、無理なやつだ)
だって、この男、絶対に離す気がない。なにを思っているのかわからないけど。
「騎士としては、夜分に令嬢を1人で帰らせるわけにはいかないな」
「は?いや、普段仕事帰り、1人ですから」
「こんな時間に?」
「よくありますけど」
「あ、ばか、あいつ」
ライアスの呟きは、リラには聞こえない。この流れでそれは、自分で自分の首を締めかねないことに…気づくわけがないよなあ、とため息をついた。
自己評価が低いのだ。相手の好意も、言い寄られても、なにもかもみごとにやり過ごす。というか、気づかない鈍感力。フロイが同じことを思っているのを見てとって、目を見合わせてため息をついた。
「僕、戻って明日以降の対策相談します」
諦めたように呟くのを見送り、ライアスもため息をついた。本当は、一緒に途中で連れ出して帰るつもりだったんだけどな、と。様子を見過ぎたかもしれない。
「リラ、また明日な。帰ってから頑張れよ」
「あー、あぁ…そうねー。うん、そうだよね」
様子を見すぎるはめになったのは、リラの「忠犬」が理由としては大きいけれど。
とりあえず2人は言うことを聞いて戻ってくれたのを確認し、リラはもう一度ローランドに頼む。が、すでにこの人、歩き始めてる?
「あの、1人で帰りますから」
「気にしなくていい。ちょうど帰るついでだ」
「いやいやいや、せめておろしてください」
「すぐそこだ」
「は?」
すぐそこ、の意味をとりかねて聞き返してから、察した。今日は爵位持ち中心。つまりは、大抵馬車を使っているわけで。
「あの、うち近いんで」
「そうか、じゃあ尚更気にするな」
(あぁあぁああ、全然、聞く耳ない)
マイペースな。というか、そもそも、普通に会話してるし。ほんと誰、無口だとか、返事もしないとか、寡黙だとか、それがいい!無視してほしい!なんてことまで言ってたのは!
まだ諦めないのか、せめてじゃあ、おんぶとか、とか言い始めたのに思わず吹き出しそうになりながら、ローランドは腕に力を込めた。吹き出しそうになることが、あるんだな、と我ながら驚いたのも事実だが。こういう面白いことを言う存在がいれば、それは吹き出すのもわかるな、と妙な納得をしてみる。
「君は、さっきから抵抗しようとしているだろう?」
「は」
押さえている体の筋肉…といっても、女性というのはこんなにも筋肉がなくて柔らかいものなのかというくらいに筋肉はないのだが、まあ、その動きを感じていれば逃げ出そうと動こうとしているのはわかるわけで。
「背中でそんな動きをされたら落としてしまう」
「いや、じゃあ、そうしたらせめて諦めるので」
「諦める…ふっ」
ついに押さえられずに声に出して笑ってしまった。驚いたような憮然としたような顔で見上げるのに、つい目を細めた。
「せっかくの申し出だが、もう着いた」
さっさと退散するつもりでいたため、出やすい場所にとめてあった自家の馬車に近づくと、待っていた家の者が開けてくれる。とはいえ、これは今日に限り実家から借りているもので、普段は家に使用人も置かずに仕事場の近くで1人で生活しているのだけれど。今日は、馬車がないと送っていくと言い出す面倒に巻き込まれそうで、実家から借りていてちょうどよかったな、と、同じことを自分がしているという自覚はないままにローランドは思う。
ローランドが令嬢を抱えているのを、眉を上げて驚きを示す侍従を無視し、リラを抱えたまま乗り込んだ。おろして手を取って、なんて、素直に応じるとは思えない。
というのは建前で、驚くほどに軽くて柔らかいものを、手放し難かった、が本心で。
「あの、馬車から飛び降りたりは、さすがにしないので、おろしてもらえません?」
完全な困惑顔で、膝に座らされたリラが見上げる、その自然と上目遣いになっている表情に、頬が緩む。
「気にするな」
気にする!
と、言い返す無駄を察して黙り込んだものの。これ絶対、肩が凝るやつ、とふと気づく。慣れない状況にずっと体に力が入りっぱなしなのだ。マッサージ。マッサージを、ちゃんとお風呂でしよう。うん。
と、思考を現実逃避にもっていったのを、強制的に引き戻したのは、またもこの、噂と違う、なんだか若干俺様気味でまあ確かに無愛想ではあるけれどちょいちょい言っていることが不思議な騎士団副団長殿。
いや、なにしてますのん?
顔を上げることもできず、リラはさらに体を縮こまらせる。
膝の上に横抱きにされ、これまた逃げ道を立つように肩に腕を回されて細身に見えるのに押し付けられてみれば硬い筋肉に覆われたその上肢に今も抱きこまれ、もう一方の手は腰に回されているのだけれど。
不埒なその両手が二の腕と腰のあたりをやわやわとさすっている。
「あの?」
「そんなに硬くなるな。あとで体が痛くなるぞ」
「そう言うなら、おろしてください!」
思わず反射的に言い返した自分は、悪くないと思う。
と思ってしまったのは、ローランドが少し、ショックを受けたような顔をしたから。きっと、今まで触れ合う女性からこんなこと言われたことないんだろうな、とふと気づく。これだけの顔面で、この体で、このご身分でなどなど、いや、何拍子揃ってるんだよ、て言いたくなるような人にこんなことされたら、まあ、うっとりするんだろうな。
と思うけれど、むしろうっとりする余裕がないんだよ、とふと馬車の小窓から見える外の景色に、ハッとして声をかけた。
「あ、止めてくださいっ」
不意の声に、馬車が静かに止めてもらえる。
不意打ちに一瞬、問いかける視線を向けられ、リラはお礼を言うために、さっと笑顔になった。
その笑顔が不意打ちで。なんの含みもなく屈託もなく、気取った微笑みですらない無邪気な笑顔に、思わずローランドの手が緩んだ。
常に、抜け出そうと試行錯誤していたリラは、思いがけず抜け出して、その笑顔のまま、自分で馬車を開けてふわりと降りてしまう。
「ローランド様、送っていただいてありがとうございましたっ。おやすみなさい」
送ってなにかするつもりもなかったが。
これほどあっさりとすり抜けられたことに呆然としながら、ローランドは自分の両掌を見つめていた。
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