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仕事上がりの懇親会じゃないの?

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 どちらにしろ拒否権なんてあってないようなもの。
 むぅ、と言いながらも目先の仕事に走ったリラは、そのうち仕事に集中して、気づけばもう、懇親会に向かう時間になっていた。


 各部門ごとにまとまって行くものらしく、集合場所と言われていた場所に行けば、リラの部門の責任者のファーレイ公爵が驚いたようにリラを見た。

「なに、お前、行くのか」

 気安く話しやすい部下思いの公爵は、昔からリラを可愛がってくれていて。ただ、本当に、親戚のおじさんか、というかまい方なのだけれど。
「主任から、急に1人足りなくなったと言われて。さっき決まりました」
「さっきって。それで着替えてきてないのか」
「は?」
 言われて見回せば、確かに仕事着のままの者はいない。女性陣に至っては、今日って夜会だっけ?と思いたくなる、きっちりと盛装をしている。
「えー」
「やっぱり聞いてなかったのか」
「え?」
「主任、何回か帰って支度して来いって言ってたぞ」
 同じ事務室の先輩から言われても、まったく記憶にない。でもまあ。
「いいです。身内の懇親会ですもんね?」
 16歳から17歳くらいで大体結婚をする女性が多くて、20歳でも行き遅れなんて言われかねないようなこの国で、今さら自分が着飾ったところで、と。これが着飾らなければならない場なのであれば失礼に当たるが、おそらく違う。実際、男性は多少しっかりとした服ではあるけれど、礼服ではない。独身男性陣はお洒落をしていたりもするけれど、既婚の方はそうでもないし。であれば、仕事に来ている服なので見苦しいものでもないし。
「そうは言っても、浮いちゃって目立つのもいやでしょう?」
 そう言って、ふわりとリラの肩にストールが巻かれる。なくても問題ないから、貸してあげるわ、と、そう言われれば、ありがたくお借りする。





 懇親会は、城の広間で行われ、会場に入るなりリラはくらり、と、一歩後退りしたくなった。
 華やかで。華やかすぎて。
(場違い、ほんと)
 服装が、とかいうよりも、もう、存在自体が。
 そう思うのに、逃げさせてもらえるわけもなく。楽しげに背中を押すのは親しい同僚たちで。
「せっかく来たんだから楽しまないと。美味しいものもあるぞ」
「美味しいもの」
「そっちかよっ」
 思い思いの立食形式で、まだ今は部門ごとにまとまっているけれど、始まってしまえばこれがぐちゃーっとなるんだな、と思えば。
 もう、ため息が出そう。と、息を吸い込んだ。



 華やかに開始され、思い思いに散って行くのを眺め、リラは隣に視線を向けた。他の人たちも追いやったのだけど、1人まだ、行きにくそうにそこにいる。
「フロイ、行っておいでよ。婚活してるんでしょ?」
「でも、リラさんは」
「むしろそっとしておいて」
「はあ」
 年は同じだけれど、彼はリラより遅れてこの職場に入った。事故の後遺症で障がいがあり、不自由なことも多いけれど、悪い奴ではないのよね、とは、思うのだ。
 ほれほれ、と追いやって一息つく。フロイはそうでもないけれど、他の人たちは一緒にいると目立ってしまって妬まれそうで怖い。きっとここにきている令嬢たちは自分が敵になるとも思っていないけれど、いればいたで話しかけられなくなるから邪魔ではあるわけで。

 なんて思っていたら、ふらりと一人隣に立つ。それを見上げて、あからさまに目を逸らした。
「あ、お前失礼。せっかく持ってきてやったのに」
 差し出されたものを見て、遠慮なく受け取る。人がたくさんで取りに行く気になれなかった料理が盛られていた。
「ありがとう。ライも来ていたのね」
 仕事を外れれば、幼馴染みの呼び方に戻る。懇親会は仕事のうち、というか、仕事だから来ているけれど、もういいか、と。
「うちは希望じゃなくて上からの指名だからなぁ。というかこれ、令嬢方は希望かもしれないけど他は指名だろ」
「わたしだって指名…というより、代打で急遽よ」
「お前、令嬢だったか」
「あー。そうね」
 言い返すのが億劫なわけではなく、そう思ってもらえているなら、さすが幼馴染み、理解している、としか思わない。
「にしても、お前それ、昼間のままの格好だな」
「ん?うん」
「よくお前のとこのきょ…ばん…いや、忠犬が許したな」
「…狂犬とか番犬って言おうとした?いや、そもそも犬扱いもどうかと思うけど」
 思わずそっちを追求しながら、リラは渡された皿の料理を口に入れる。うん、おいしい。本当は、家でゆっくりのんびり、座って寛いで食事をするはずだったのに。
「家に寄ってないから許すも許さないも」
 なぜか、うわー、という顔になるライアスを見上げて、リラは先ほどフロイにしたように、ほれほれ、と人混みの方に追い払う仕草をする。
「ライ、ご令嬢方がお待ちかねよ。いってらっしゃい」
「いや、休ませてよ
「面倒なのは、いや」
 にっこり笑う幼なじみを、ライアスの方はしっかりとため息をついて恨めしげに見た。
 この、裏切り者、と。






 離れて行く幼馴染みの大きな背中を見送って、ほう、と一息ついた。
 男性は、適齢期とか、そんなに言われないし、遅くても女性ほどの面倒はない。仕事ができて、人柄も良くて、精悍な顔つきは男らしく整っていて、そして伯爵家の三男というのは、女性が放っておくものでもない。にも関わらず、未だに独身なので、こんなところに放り込まれれば。
(まあ、ああなるよね)
 あっという間にご令嬢方に取り囲まれるのを眺めながら、ライアスからもらった料理に舌鼓を打つ。
 積極的に婚活に励む気はなく、懇親会、というそういう対人スキルを要する場はそもそも苦手なわけで。ひたすらやり過ごして、ほどほどでこっそり消えようと思っているところで、不意に隣に人の気配があった。
 そちらに目をやるけれど、視線の高さにあるのは、相手の胸の下あたりで、あれ?と目を上げる。
(ライより大きい…)
 女性としては長身な方のリラの隣に立ってこの大きさは、かなり、と思って見上げると、視線を感じたのか見下ろされる。どうやら意図してそこに立ったわけではないようだけれど。自分から隣に来ておいて、そんな顔されても、と思ってしまう程度には無愛想な顔。
「あの?」
 思わず声をかけかけて、飲み込んだ。漆黒の髪に、琥珀色の目、騎士服。
 その特徴を見てとって、疎いリラにもそれが誰かわかった。人の噂にも疎ければ、関わりの薄い人を覚えるのも苦手、顔と名前を一致させるのに苦労するという状況でも、会ったことがなくてもわかるほどの有名人。
(副団長さんじゃない…離れようかなぁ)
 きっと、この場所に立ちたかっただけなのだ、と判断し、でも、どうやらあの顔は邪魔だと思われていそうだし、ともう一つ納得して、そっと離れようとすれば、目の前にグラスが不意に差し出された。
「え…」
 と、驚きながらも反射で受け取ってしまう。
(あああ)
 差し出されると、咄嗟にまずは受け取ってしまうこの癖。これのせいで今まで仕事がどれだけ増えたことかっ、と現実逃避をしたくなる。
 どう表現すれば良いのか分からない美しい顔の表情は、決して動くことはないと言われ、そして若くして騎士団副団長になるほどの腕があり、功績も挙げている。女性たちが誰よりも放っておくわけのない、いや、実際放っておいてなど貰えない注目株の超優良物件。
 が、なぜ隣にいて、飲み物くれるのかなぁ…と思うのだけれど、とりあえずどうしたら良いのか思い浮かばないから飲み物に口をつけてみる。
「あ、おいし」
 ひんやりとして口当たりの良いお酒はとても料理に合う。
「そうか」
(返事した!?)
 思わず驚いて振り仰いでしまてから、目を逸らした。いるのがわかっていても、この見た目は心臓に悪い。目の保養になるけれど、程々の距離、必要。
 女嫌いで話しかけても返事もされなければ、視線も向けないってあれ、嘘かなぁ?と首を傾げるけれど。
 表情筋が死んでいるとか、そもそも感情も枯渇しているんじゃないかとか、散々な言われようなほどに無愛想なのは、今少し見ていて分かったけれど。
(そこまで言われるほど無愛想でも、ないかな?)
 心臓に悪くない程度に視界の端に入れる程度に見上げれば、別に普通。さっき返事をした時は、少し目元、柔らかかったし。
 そして、肝心の人は全く反応をしていないけれど、ものすごく視線が痛い。この人が来てから。
 着飾ったご令嬢たちの。秋波を送りながら、その流れでこっちを見る目が怖いのですけどね。まあ、ないですよ。この場にこの格好だし。この年だし。ずっとここから一歩も動かないくらいやる気ないし。
 と思って、ああ、と納得した。
「避難中、ですか」
 声をかけても反応はないという話だから、まあ、独り言になるだろうと思ったのに、先ほどに続きまさかの反応があった。見下ろされて、しっかりと目が合ってしまう。その口元が、にやりと少し、動いたようだから、思わずリラも見入ってしまったのは仕方ないだろうと。
「出席するだけでいいと言われての上司命令だったんだが」
「そうもいかず、ここに体よくさぼれそうなモノを見つけたってことですか」
「モノって」
 あ、今度は呆れた顔?
 動きが少ないけど、表情、あるなぁ。
 と、リラが見上げていると、今度はその琥珀色の目がわずかに細められた。
「やっとちゃんと目が合ったな。俺はローランド・ウェルム。この格好で分かるだろうが、騎士団の所属だ」
「…リラ・シェフィールドです。副団長様」
 知っていたのか、という顔をする人を見上げ、有名人ですから、と内心で応じる。
 面白いモノ見つけた、て顔をされている気がする、と思いながら、ちらりと目を逸らし、ごまかすように先ほどもらったグラスにまた、口をつける。
 懇親会だし、命令だって言っていたし、他の部門の誰かと少しは話したぞって、事実が必要な感じかなぁ、なんて上の空になれば、上からまた声が降ってきた。
 誰だ、この人が無口だなんてデマを教えてくれたのは。時々いるのだ。冗談を言って冗談だよ、と訂正するのを忘れる人。
「リラ嬢、あなたも顔だけ出した口のようだが。俺は抜けるが、まだいるか?」
 喜んで、と言いそうになって、我ながら珍しく気づいた。ここで。これだけ先ほどから痛くて、視線に刺し殺されるんじゃないかという状況でこの人と出て行ったりしたら、絶対面倒なんじゃないだろうか。いやむしろ、仕事がしにくくて仕方なくなるんじゃないだろうか。
 と、思ったのが顔に出ないように押さえ込んだ。が、ぐっと飲み込んだことで、先ほど口に含んだ何かをひゅっと吸い込んでしまって思わずむせる。
「え、おい」
 手際良く、リラの手にあるグラスと皿を取って手近な場所に置きながら、押さえ込むようにむせることでなおさらおさまらないリラの背に大きな手を当てる。その手のひらで、背中の大半を覆えるほどに大きく分厚い手のもう一方が、屈んだリラの頬に当てられ、その整いすぎた顔が覗き込んだ。
「おい、大丈夫か」
 長い指が耳にかかり、目に滲んだ涙を拭き取る。
 が、もう、リラにしてみればいろいろ、許容量を超している。
 大丈夫じゃない、と首を横に振ってこれ幸いと会場を出てしまおうとその手から逃れようとしたところで、ふわり、と体が浮き上がった。



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