Chocoholic 〜チョコ一粒で、割といろいろがんばります〜

明日葉

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全てはあの、ちょっと贅沢チョコのせい

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 1つの書類を手にして、ぽりぽりと、リラは鼻の頭をかいた。関連する書類と見比べて、小さくため息。
「ちょっと、ハーガソンさんのところ、行ってきます」
「いってらっしゃい。あ、リラ。わたし外に出ないといけないんだけど、この書類片付かなくて」
「いいですよ、マチルダさん。後でやっときます」
「ありがとう!」
 嬉しそうに笑う先輩に笑顔で頷いて、リラはぼんやりと歩いていく。それを見送りながら、マチルダはリラの机の上に、すっかりため込んでしまった未処理伝票と、ひとかけら、チョコレートを置いた。




「ハーガソンさん、います?」
「なにー?」
 ぼんやりと間延びした声が応じて、からからと椅子の音がする。椅子に座ったまま動いて、背もたれに寄りかかって顔だけ覗かせたおじさんに、リラは苦笑いをしながら歩み寄った。
「これ、完工ですか?」
 見せられた書類に目をやる。先月の大雨で流れてしまった橋の補修工事の完工書類。終わっているのは確認している。
「ああ、確認してあるよ?」
「あー。発注内容とか、業者とか、事前書類と変更ないですよね?」
 ないよ、と応じながら、あ、と気づいた。わざわざ聞きにきたというのは、そういうことかと。
「またどこか、請求もれか」
「大丈夫ですよ。自分でお願いしてきますから」
「いや、待て。頼むから待てっ」
 ハーガソンは慌てて、そのまま出て行こうとしたリラの腕を掴んで引き留めた。この無自覚な子をふらふら一人で行かせたりしたら、いつか本当に総務から殺される。関係のある業者が、本気で引き抜きを狙っているのだ。すっかり気に入ってしまった何ヶ所かのトップからは息子の嫁になんて話が舞い込んでるなんて…怖くて取り次げねぇよ。そんなところに、一人で行かせたりしたら。
「ライ!ライアス!リラと一緒にちょっと出てきてくれ」



 面倒そうに最初は出てきたライアスに、リラはぺこりと頭を下げながら隣を歩く。
「すみません、付き合わせて」
「いや、そもそもお前の仕事じゃないだろ。忘れてる向こうが悪いんだ」
「でも…ライアスさんたち、予算で困るとけっこう、お世話になるじゃないですか。工期も頑張ってもらってるし。だったら、忘れてたら知らん、間違ってたら知らん、じゃないんじゃないかなぁ、というのと、そのための、わたしたちかなぁと」
 そう言ってくるリラの口の中には、ひとかけら、チョコレートが入っている。出がけにハーガソンに口開けろ、と放り込まれた。
 機嫌、いいなぁ、と、リラの顔を見下ろしながらライアスはその頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ちょっとっ」
「いや、大人になったなぁと」
「もうっ。おじさん!わたしだって…もう、言いたくないくらいの年なんだから、そっとしといてください」
 近所のおにいちゃんだったライアスは、未だにこういう扱いをする。伯爵家の三男という気楽な立場だからか、鷹揚な性格で居心地は良いのだけれど。もう28歳という自分の歳を思えば、この扱いは、やはり違うと思うのだ。
 少し歩けば到着する事務所の扉をライアスが叩いて人を呼び、事務所の奥に通される。担当者を呼んでもらって事情を話せば、慌てたように確認作業がされ、少し待っている間に書類が準備された。
 待っている間のリラの前を見て、ライアスがついに吹き出した。
「お前のそのチョコ好き、外にまで知られてるのか」
「ん?偶然じゃないの?」
 コーヒーと一緒に出てきたのは、チョコレート。少し時間がかかるから、と、しょっぱめのお菓子も一緒に出されているのが、完全にリラ用だな、と、ライアスは笑うしかなかったのだ。
「リラ!ごめん!待たせてしまった!」
 ばたばたと慌ただしく走り込んできた担当者の後ろには、責任者もいて。あー、という顔をするリラに、責任者の方が慌てた。
「いや、たまたま、たまたま気づいてしまったんです。何かやってるなと。…いつも、気をつかわせてすみません!」
「大丈夫ですよ?お互い、仕事ですから。お天気良いし、お散歩になったし」
(いやいやいやいや)
 全員の心の中のつっこみは、残念ながら本人には届かない。
 そして、ライアスが完全にお目付役なのは分かっているから、そっとため息をついて、リラに書類を渡した。パラパラと中を確認すると、はい、と頷いて顔を上げる。
「ありがとうございます。またお願いする時があったら、よろしくお願いします」
 きれいにお辞儀をして出て行く背中を見送るしかないのだ。
「まあ、手離しませんよね。城も」
「だよなぁ」






 ライアスにお礼を言って別れ、席に戻ってリラは目を細める。なくても、仕事するんだけどなぁ、と、マチルダが置いてくれたチョコを口に放り込んだ。
 もぐもぐしながら、黙々と書類の山を片付けていって、外に出ていたマチルダが戻るだいぶ前に頼まれていた分は終わっている。外での仕事が得意なマチルダと、事務処理が得意なリラなのだから、そこは得意分野で助け合えば良いのだし、としか思っていない。
 もともと、時間通りに終わることの方が少ないような職場だから、多少増えたところで状況に変わりもなし。
 なんて思っていた終業間際。今日も居残りあるなぁと思っていたはずなのに。





「リラちゃん、お願い」
「気持ち悪いですー。しかも、ちゃん、とかつけて。嫌な予感しかしないから、聞きません。やです」
「こらこら、一応、上司だから」
「自分で一応とかつけてるじゃないですか。もう、仕事するんです。さっさとやって帰ってのんびりするんですっ」
「うんうん、それも幸せだよね。でもね、困ってるんだよ」
「聞かないったら聞かない」
 そう言うなら、相手しなければいいのに、とは、周りは思っても口にしない。みんな忙しい。白羽の矢がそこにいったのなら、巻き込まれたくない。これ大事。
「今日の懇親会さ、急にうちの部署から行くの足りなくなっちゃって」
「あーあーあーあー」
「よろしくねっ」
「よろしくじゃないですっ」
「よし、聞いてたね。はい、これ、美味しいよー」
 文句を言おうと開けた口に、わりとお高めと分かるお味のチョコレートが放り込まれた。
「あ、食べたね。よしよし」
「主任!困りますってば。懇親会って。もっと社交的な人にしてください。しかも今日のなんて、独身の人たち行きたがってたやつじゃないですかっ」
「君、独身」
「もう、そこに触れられたくない歳です。巻き込まないでください。行っても無駄です。1人で生きてて問題ないようにこうして仕事もしてるんです。第一あれ、爵位持ちのお家ばっかですよね」
「君、爵位持ちのおうちでしょう」
「あ」
(おまぬけさん)
 チョコを口に入れられてしまった時点で、断る余地はない。いや、本来はあるはずなのだが、リラにとっては逃げ道を封じられたようなもので。
「まあ、お見合い的な意味合い強く思われてるけど、あれ、既婚者も普通に出てるし。ほんとに純粋な懇親会だから。他の部門と交流深めておいで」
「人見知りなんですってばっ」
「ガンバッテ」





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