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第1章
お前の仕事は、なんだったかな?
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肩に担ぎ上げたルナが、しばらくの間じたばたしていたのだけれど、諦めたのか、その力が抜けた。
「あの、陛下」
「なんだ」
思わず、不機嫌な声になっていた。自覚はなく、我ながら苦い思いになるが、レオボルトのその声に、むしろルナの方がびくり、と体を震わせた。
これは、笑われるでは済まないと、身を竦める。笑われるのではなく、怒られるやつだ、と。
肩に担ぎ上げているため、レオボルトの背中にルナの頭が歩くたびにこつ、こつ、と当たる。逆さまになっている分くぐもった声が、それでも続けた。
「あの、おろしていただけませんか」
「断る」
「でも…お召し物が汚れます」
「は?」
大股に歩いていた足を止め、つい手荒にルナの上体を起こさせ、その顔が自らの正面に来るようにする。そうして、ようやく気づいた。
「お前、怪我をしたのか」
「はあ…まあ、馬鹿にされると思っていましたよ」
「何を言っているんだ、お前は」
むっと眉を寄せながらその傷を見ようと遠慮なくルナの服をまくろうとして、慌てたルナにその手を押さえられた。その動きで落ちそうになるルナを引き戻しながら、容赦なく服をまくって血の滲んでいた下腹を確認する。
「…傷はないが?」
「さっき、治してくれたみたいです。黒いのが」
「うん?」
また、変なのに懐かれたのか、と思いながらレオボルトは、ただ、掴んだ服を凝視する。血を吸ったそれは、重く今も湿っている。それは、汚れる、と言いもするだろうが、その前にどれだけの血を流していたのかと思うとなお、顔が険しくなる。
「誰にやられた。あの、家令か」
「家令?わたしは、ご令嬢にしかお会いしていませんが。あいにく、どこの家の方かは存知上げませんが」
「もはや、どこの家の誰でもない」
ふん、と切り捨てながら、では、これほどの出血に至る怪我をあの娘が、と思い、そして、思い至る。
躊躇いもなく、あの、鋭い踵でルナの秘部を蹴ろうと、いや、意図的に挿し貫こうとしていたあの動きを。であれば、躊躇いなく踏みつけにもしただろう。
再び大股で歩き始めたレオボルトの歩みは、先ほどよりもさらに速くなっていた。
自らの寝室に乱暴に入ると、レオボルトは寝台にルナを乱雑に放り投げた。
怪我をしたままなのであれば、そっと置いてもやったが、治してもらったというし。次第に無償に腹が立ち、苛々が募っていたのだ。
「なっ」
起き上がろうとするが、寝台の柔らかさに体が沈み、反応が鈍る。すかさずそこに覆いかぶさったレオボルトに、ルナが戸惑った目を向けた。
「お前、何をやっているんだ。なぜ俺が、お前を助けに行かねばならん」
いや、呼んでないし。なんて言ったら最後だな、とは、さすがのルナにもわかる。
「お前の仕事は、なんだ」
「…陛下の、護衛です」
「ほう」
レオボルトは、揺らめく目で自分の下で逃げる隙を探す娘を見下ろした。入った最初から、気になっていたこと。怪我をさせられただけではない。あんな、悪趣味な拘束をされただけではない。目の縁が赤く染まり、潤んでいる。そして、先ほど担ぎ上げた時の、様子。
「一つずつ、聞こうか。あの、悪趣味な首輪はなんだ」
「さあ…ただ、魔力を封じる魔道具だと言っていました」
「ふん」
なるほど、自力で何もできないわけだ。
「で?」
「少し動けば首が閉まるように、そして、うっかり動きやすい程度に緩く拘束するように命じたと、言っていましたね」
「他人事みたいにお前は」
「悪趣味ですよね」
「…なんか本気で、苛々してきたぞ」
「へ?」
非常に、嫌な空気を感じて、ルナは身を竦める。さらに、レオボルトは顔を近づけた。息がかかるほどに。
「で、何をしていた。獣と、交わったか」
「なっ」
蒼白になったルナを見て、しまった、と、レオボルトは臍を噛んだ。
幼い頃からルナが受けていた仕打ち。
食事は満足に与えられず、不衛生で、服も、普段はぼろ布のようなものだったという。
だが、ルナ本人が記憶から消し去るほどの、こともあったのを、調べたレオボルトは知っている。
強制的に、閨の躾をされていた。それも、暗器を扱うことを前提とした。そして、貴族令嬢であり婚約者もいる身であるからと、奉仕する方法を叩き込まれた。
養父に。
そして、幼いその公爵令嬢に歪な劣情を抱いた、公爵家の使用人を使って。
また、ルナを憐んだ使用人への罰を、ルナ自身に与えさせようとした。拒むルナは、目隠しをされ、それでも、させられようとしていることを察し、抵抗し、できないのであればと折檻をされ、回復魔法を流され、まるで無限に続くかのような回復と折檻の挙句、昏倒した。それを放置し、これくらいもできなくて、暗器としては使えるわけもない、訓練の邪魔をしおってと、その使用人は、残酷に、公爵に罰を受けた。
これらの全てを、教えてくれたその使用人は、今はヴァルトの実家の領地で働いている。公爵から受けた罰…残酷な呪いを解いて。
そんな1連の、忘れてしまうほどの記憶の結果、護衛に就かせた当初、ルナは触れられることを恐れていた。必要以上に避けていた。兄と弟が、必要以上に触れるのは、そのためもあるのだろうと、その頃から納得しようとはするが、それでもやりすぎだと思う。
幼い記憶が当たり前ではないのだと。教えるために。
怒りとも怯えとも、つかない。傷ついたように揺れる目にとらわれ、ゆっくりとレオボルトは目を逸らし。
体を倒し、きゅ、と、小さな体を抱きしめた。
細い、発育の悪かった少女は、ここで生活して、ようやく健康を取り戻したけれど、それでもやはりほっそりしていることに変わりはなく。
それほど柔ではないと承知をしてはいても、力を少し入れれば壊してしまうのではないかと、こわくなる。
「…すまん。苛々した」
「…陛下?」
様子がおかしい、と、ルナはその顔を見上げようとするが、やんわりと、けれど動けない程度には抱きしめられていて、かなわない。
あの、と、戸惑うルナをぎゅうぎゅうと、胸に抱き込み、顎の下にある頭頂部にきつく頬を寄せた。
「お前以外の、護衛も側仕えも置くつもりはない。俺の側にいることを、他の誰にも許すつもりはない。お前はそれを自覚して、くれ」
「そんな…」
国王という立場上、側にって、いずれは王妃を娶って後継ぎをというのはずっと言われているわけで。
いや、そこまでの話じゃないか、とルナ自身が混乱する中、レオボルトが深く深く、息を吐き出した。
「今日は疲れた。このまま、眠らせてくれ」
「あの、陛下」
「なんだ」
思わず、不機嫌な声になっていた。自覚はなく、我ながら苦い思いになるが、レオボルトのその声に、むしろルナの方がびくり、と体を震わせた。
これは、笑われるでは済まないと、身を竦める。笑われるのではなく、怒られるやつだ、と。
肩に担ぎ上げているため、レオボルトの背中にルナの頭が歩くたびにこつ、こつ、と当たる。逆さまになっている分くぐもった声が、それでも続けた。
「あの、おろしていただけませんか」
「断る」
「でも…お召し物が汚れます」
「は?」
大股に歩いていた足を止め、つい手荒にルナの上体を起こさせ、その顔が自らの正面に来るようにする。そうして、ようやく気づいた。
「お前、怪我をしたのか」
「はあ…まあ、馬鹿にされると思っていましたよ」
「何を言っているんだ、お前は」
むっと眉を寄せながらその傷を見ようと遠慮なくルナの服をまくろうとして、慌てたルナにその手を押さえられた。その動きで落ちそうになるルナを引き戻しながら、容赦なく服をまくって血の滲んでいた下腹を確認する。
「…傷はないが?」
「さっき、治してくれたみたいです。黒いのが」
「うん?」
また、変なのに懐かれたのか、と思いながらレオボルトは、ただ、掴んだ服を凝視する。血を吸ったそれは、重く今も湿っている。それは、汚れる、と言いもするだろうが、その前にどれだけの血を流していたのかと思うとなお、顔が険しくなる。
「誰にやられた。あの、家令か」
「家令?わたしは、ご令嬢にしかお会いしていませんが。あいにく、どこの家の方かは存知上げませんが」
「もはや、どこの家の誰でもない」
ふん、と切り捨てながら、では、これほどの出血に至る怪我をあの娘が、と思い、そして、思い至る。
躊躇いもなく、あの、鋭い踵でルナの秘部を蹴ろうと、いや、意図的に挿し貫こうとしていたあの動きを。であれば、躊躇いなく踏みつけにもしただろう。
再び大股で歩き始めたレオボルトの歩みは、先ほどよりもさらに速くなっていた。
自らの寝室に乱暴に入ると、レオボルトは寝台にルナを乱雑に放り投げた。
怪我をしたままなのであれば、そっと置いてもやったが、治してもらったというし。次第に無償に腹が立ち、苛々が募っていたのだ。
「なっ」
起き上がろうとするが、寝台の柔らかさに体が沈み、反応が鈍る。すかさずそこに覆いかぶさったレオボルトに、ルナが戸惑った目を向けた。
「お前、何をやっているんだ。なぜ俺が、お前を助けに行かねばならん」
いや、呼んでないし。なんて言ったら最後だな、とは、さすがのルナにもわかる。
「お前の仕事は、なんだ」
「…陛下の、護衛です」
「ほう」
レオボルトは、揺らめく目で自分の下で逃げる隙を探す娘を見下ろした。入った最初から、気になっていたこと。怪我をさせられただけではない。あんな、悪趣味な拘束をされただけではない。目の縁が赤く染まり、潤んでいる。そして、先ほど担ぎ上げた時の、様子。
「一つずつ、聞こうか。あの、悪趣味な首輪はなんだ」
「さあ…ただ、魔力を封じる魔道具だと言っていました」
「ふん」
なるほど、自力で何もできないわけだ。
「で?」
「少し動けば首が閉まるように、そして、うっかり動きやすい程度に緩く拘束するように命じたと、言っていましたね」
「他人事みたいにお前は」
「悪趣味ですよね」
「…なんか本気で、苛々してきたぞ」
「へ?」
非常に、嫌な空気を感じて、ルナは身を竦める。さらに、レオボルトは顔を近づけた。息がかかるほどに。
「で、何をしていた。獣と、交わったか」
「なっ」
蒼白になったルナを見て、しまった、と、レオボルトは臍を噛んだ。
幼い頃からルナが受けていた仕打ち。
食事は満足に与えられず、不衛生で、服も、普段はぼろ布のようなものだったという。
だが、ルナ本人が記憶から消し去るほどの、こともあったのを、調べたレオボルトは知っている。
強制的に、閨の躾をされていた。それも、暗器を扱うことを前提とした。そして、貴族令嬢であり婚約者もいる身であるからと、奉仕する方法を叩き込まれた。
養父に。
そして、幼いその公爵令嬢に歪な劣情を抱いた、公爵家の使用人を使って。
また、ルナを憐んだ使用人への罰を、ルナ自身に与えさせようとした。拒むルナは、目隠しをされ、それでも、させられようとしていることを察し、抵抗し、できないのであればと折檻をされ、回復魔法を流され、まるで無限に続くかのような回復と折檻の挙句、昏倒した。それを放置し、これくらいもできなくて、暗器としては使えるわけもない、訓練の邪魔をしおってと、その使用人は、残酷に、公爵に罰を受けた。
これらの全てを、教えてくれたその使用人は、今はヴァルトの実家の領地で働いている。公爵から受けた罰…残酷な呪いを解いて。
そんな1連の、忘れてしまうほどの記憶の結果、護衛に就かせた当初、ルナは触れられることを恐れていた。必要以上に避けていた。兄と弟が、必要以上に触れるのは、そのためもあるのだろうと、その頃から納得しようとはするが、それでもやりすぎだと思う。
幼い記憶が当たり前ではないのだと。教えるために。
怒りとも怯えとも、つかない。傷ついたように揺れる目にとらわれ、ゆっくりとレオボルトは目を逸らし。
体を倒し、きゅ、と、小さな体を抱きしめた。
細い、発育の悪かった少女は、ここで生活して、ようやく健康を取り戻したけれど、それでもやはりほっそりしていることに変わりはなく。
それほど柔ではないと承知をしてはいても、力を少し入れれば壊してしまうのではないかと、こわくなる。
「…すまん。苛々した」
「…陛下?」
様子がおかしい、と、ルナはその顔を見上げようとするが、やんわりと、けれど動けない程度には抱きしめられていて、かなわない。
あの、と、戸惑うルナをぎゅうぎゅうと、胸に抱き込み、顎の下にある頭頂部にきつく頬を寄せた。
「お前以外の、護衛も側仕えも置くつもりはない。俺の側にいることを、他の誰にも許すつもりはない。お前はそれを自覚して、くれ」
「そんな…」
国王という立場上、側にって、いずれは王妃を娶って後継ぎをというのはずっと言われているわけで。
いや、そこまでの話じゃないか、とルナ自身が混乱する中、レオボルトが深く深く、息を吐き出した。
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