警護対象は元婚約者の主君

明日葉

文字の大きさ
上 下
16 / 33
第1章

竜の記憶

しおりを挟む
 竜厩舎に立ち寄ろうとして、キリトはその前に立つ人影に気付いた。巨大な竜を本来であればその中に何頭も住まわせる竜厩舎は巨大で、少し離れたところからでも見上げるようになる。

「閣下、どうかされましたか?」



 不意に声をかけられ、振り返ったシルヴィは眉間にしわを寄せる。全く、気配を感じなかった。
 泰然と立っている姿は緊張感はなく、そして、隙もない。料理人には見えない。
「離宮の…」
「厨房をあずかっています」
 返事をしながら、シルヴィの脇に控えるように立っている男を一瞥する。シルヴィより少し年上の、彼の側近。ずっと付き従って来ているが、離宮に立入ることは許されず、離宮に一番近い部屋を与えられている。
 鳶色の目を静かに側近…セインはキリトに向け、わずかに顰めた。それはそうだろう。一介の料理人が、辺境伯である主君に気軽に声をかけるのだから。


「ここは離宮ではない。それでも王宮の方の付き添いが必要か?」


 まあ、国王の命だから従っているが、納得はいかないよな、とキリトは内心で苦笑する。本来であれば、護衛も兼ねている側近が引き離されているのだから。しかも、離宮に招かれている主君はその中では自由に動くこともままならない。まあ、そこに入ることを許されているだけ、あり得ないほどの厚遇なのだけれど。


「それにお答えできる立場ではありません」


 応じながら、キリトは2人の様子を見る。今日は、ルナに休みを与え、兄弟で過ごさせるため、遠方からの客人のために茶会が催されていたはずだ。まだ、終わるには少し早いはずだが。
 このまま離宮に足を向ければ、運が悪いと戻ってくるルナと一緒になってしまう。それは多分、あの兄弟は喜ばない。いや、はっきり言うならば、心底嫌がる。あの、兄と弟が。



 巨大な竜厩舎も王宮にあればそれほど他に比べて大きいわけでもない。これで隣に、馬の厩舎でもあれば比較されてしまうのだろうが、そんな隣り合わせにつくるはずもなく。
 見上げるほどの大きなそれに、シルヴィは呟きを漏らした。
「随分と、長いこと使っていないようだな」
「ああ…」
 その言葉に、思わずキリトは顔をしかめる。ここに竜が住んでいた最後の頃を記憶している者は語りたがらず、その結果、その頃幼かったり、そのあとで生まれたりした世代は幸いにも、何も知らない。
「今の陛下が幼い頃はここに竜騎士が常駐していましたが、人の住む王都に竜の力は必要ない、辺境の方が必要としているだろうと、竜騎士を持つ北の辺境伯の領地に竜騎士団を全て移管しています」



 人の悪意を、害意を退けるのに、竜の力は大きすぎて。
 竜騎士が竜を扱えるのは、竜が。竜がそれを止めようと思えば、人間が竜を操ることができるわけもない。
 北の辺境伯は、あの時まで辺境伯という立場と、そして竜騎士だけでなく全ての騎士を束ねる騎士団長という、部門の2つの重責を担っていた。
「北の辺境伯は、宰相閣下の弟君でしたか」
 セインが言えば、キリトは頷く。そして、ヴァルトは騎士団長として王都に常にいた。いや、あの頃は、辺境伯はヴァルトの父であり、いずれは騎士団を辞したヴァルトが辺境伯となるはずだった。
 だが、本来は王位に遠かったレオボルトが政争の末に王となり、宰相にヴァルトを求めた。
「今の騎士団長は…」
「平民ですよ。いや、騎士爵はありますが。あの時、ヴァルト様と殿下の求めるものを、守り北の地まで、連れ帰った方です」



 あの時。ヴァルト様。殿下。


 言葉の一つ一つに引っ掛かりを覚えながら、シルヴィは体格の良い料理人を眺める。
 王位には遠いが、継承権がただあるだけだった幼い王子は、行方不明になっていた。その長い間、北の地で守られていたのだと分かったのは、王位を望んでいるとも思えなかったはずのその王子が、不意に成長した姿で現れ、いつまでも落ち着かない王位を自らのものとするため立ち上がった時。
 王子が行方不明になるのと、王都から竜が消えたのは同じ時期だったか。



 断片だけを知る若い世代を、自らの経験として知るキリトは観察するように眺め、竜厩舎に目を向けた。
 その耳に、シルヴィの少し的外れな問いが届く。
「陛下は、竜を遠ざけたのか。厭われているのか」
「まさか」
 思わず、かぶせ気味に否定した。そんなはずはない。そんなことを、思い浮かべるはずもない。
「力の強い竜よりも、欲深い人間の悪意の方が恐ろしいですよ」
「え?」
 聞き返す声には答えず、キリトはため息をつく。
 暴走し、騎士の言葉に応じることすらできなくなった竜の苦しげな啼き声。望まぬことを強制されることに恐怖し、なおさら暴れ苦しみ…。
 竜騎士でないものに、竜と竜騎士の絆は分からない。
 団長だったヴァルトは、珍しく、領地にいて王都にはいなかった。そして起こった事件。誰よりも頼りになる、頼りたい人のところに、殿下を連れて一緒にあの惨状から逃れようとしたはずだった。
 起きた、魔力の暴走と、そして、それにより魔力が枯渇したひと。暴走したのに、その魔力は、ただ、竜を苦しみから救っただけだった。誰にも操れないはずの、力業で制御することなどできないはずの強い生き物を、抑え宥めただけ。


「陛下は、竜も大事にしていますよ。だから、このような街中からは遠ざけ、竜の住み心地の良い地に置いているだけです」
 思い出される光景を振り払い、キリトはそう言うと、頭を下げてその場を辞そうとする。
 だが、一人でそこを離れることは許してもらえなかった。
「せっかくなので、離宮に戻る。お前が一緒であれば、離宮に入れるだろう」
「…承知しました、閣下」







 諦めてシルヴィを伴って離宮に戻ったキリトは、実に申し合わせたように入るなり、客人がまだ戻らないとたかを括って楽しげに話しているルナとヴァルトに気づきため息をつく。
「なんだ、どっちにやられた、その頭」
「やられたって…弟です。せっかくやってくれた頭を状態にするのは、ヴァルト様と陛下じゃないですか」
 言いながら、ルナが伸びてくるヴァルトの手から逃れている。迷惑そうな顔と声だけれど、その纏う空気は楽しげで。
「だめですよ。絶対に、お二人に触らせるなと言われてますから。せめて今日の間は」
「くくっ。まあ、風呂に入ったり眠ったりすれば、そのままというわけにはいかんからな」
 やりとりも聞きながら、先ほどよりかなり、周囲の温度が下がったような気分にさせる空気を纏うシルヴィから目を逸らし、ついでに、ここにきたら憮然としそうなこの国の最高権力者の顔も思い浮かべ、ため息をつく。
 色気も何もないあの二人なんだけどなぁ、ともう一つため息をついて、諦めの境地で声をかけた。
「ルナ、客人がお戻りだ」



 腕を持ち上げ、頭を撫でようとするヴァルトの手から頭を守っていたルナは、その体勢のまま振り返り、一瞬こてんと首を傾げてキリトと目を合わせてから、その背後に気がついたようだ。
 しれっと、自分の頭上のヴァルトの腕を強制的に下させながら、姿勢をただし、すっと表情を消すと綺麗に、辞儀をした。


「お戻りなさいませ、閣下。このまま、お部屋でよろしいですか?」





「………っ。ああ」




 苦虫を噛み潰したようなって、こういうのを言うんだろうな、と、キリトは横目に眺め、次に呆れた目を元上官に向けた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...