警護対象は元婚約者の主君

明日葉

文字の大きさ
上 下
15 / 33
第1章

息抜き、大事

しおりを挟む
 兄弟のぬるい時間を邪魔したのは、空気を気にしない筋肉質な大柄な…料理長のキリト。


 雑に居間の扉を開けて無遠慮に入ってくると、あからさまな呆れた顔をする。


「相っ変わらず、でれてんな、お前ら」
「うるさいぞ、料理長」


 すっと、表情を消して冷たい目を向けるルーイを、キリトはしれっとした顔で見る。
 そもそも、この時間を邪魔した時点で、コロス、とか、思われているだろうし、と、へらっと考える。そう簡単に、負けるつもりもないけれど。

「ほれ、飯だ」

 どこ吹く風のマイペースで、テーブルの上に手で掴んで食べられるように調理した品々を並べる。
「気がきくじゃないか。じゃあ、帰れ」
「兄様!」


 さすがに咎める声を上げるルナをよしよし、と撫でながら、グレンも心の底から邪魔そうに、キリトを見やった。
「ルナは、気をつかいすぎだよ。今日は、兄弟でゆっくり休む日だ。あれ、邪魔者ね」
「グレン?」
「いっそ清々しいくらいに、ぶれないな。お前らは」


 客人が来たことで、さすがにこのままは失礼だろうと、弟の膝の上から降りようとして邪魔をされ、それをすり抜けようとルナが格闘している様子を眺めて、キリトは笑った。
 ルナほどではないが、実の子にまで訓練を施していた公爵夫妻のおかげで、文官を気取っているルーイも騎士になったグレンも、一般よりもいろいろと、長けている。


「俺にも息抜きくらいさせろよ」
「人の家に来るな。自分のところにしろ」
「だってここなら、邪魔されないだろう」
「今まさに、されている」
「いやいや、これだけ言いたいこと言える。気心知れてる。息抜きできる人間関係。問題なし」


 なにこれ、なんのかけあい?


 きょとんとして、ルナはポンポンと言葉を交わすキリトとルーイを見比べる。
 その間も、本格的に逃さない勢いの弟の太い腕を、少し強めに叩いてみたけれど、頭頂部に顎を乗せられてじっとしていろと無言で圧力をかけられ、ため息をつくしかない。



「客人いると、息詰まるんだよなぁ」
「陛下は?」
「ん?あれは、ガキのままだから、別にいい。あのちびっこいガキが背伸びしているようにしか見えないから」


 キリトの呟きに思わず聞き返したルナへの、さらなる返答にルナは目を見開いた。あそこにいて、口に入れるものを扱わせる時点で信頼関係があるのだろうとは思っていたけれど。昔からの付き合いとは言っていたけれど、ここまであからさまに言うのは初めて聞いた。
「それに、ルナがいないと離宮、空気悪いからなぁ」
「ん?」
「まあ、お前はわからんだろうよ。お前がいる時は、お前がいる離宮なんだから」
 解決しようのない命題のようなことを言われて、ルナは首を傾げ、答えを探すのを放棄した。



 そして、ああ、そうだ、と、キリトが面倒そうな顔をルナに向ける。


「お前、昨夜廊下の掃除、途中で終わらせただろ」
「廊下の掃除?ああ…落としておいたよ?」
「雑!」


 頭を抱えられ、むぅ、と、口を尖らせてもキリトはじっとりと睨んでくる。
 その視線からルナを庇うようにルーイが間に入った。

「片付いてるんだろう?文句を言われる筋合いはない」
「そのまま放置するから、また潜り込まれて面倒だったんだぞ」
「ああ、そういえば…気配が動いたから誰かが回収したのかと思ったけど、自分で動いたんだ」
「いや、そこ。お前要人警護してるんだから」
「狙いは閣下だったし。ついでに陛下を狙うことはないでしょう。閣下と一緒にいたからまあ、もう一度来ても問題ないかと」
「一度撤退されて、お前要注意って伝えられたら多少、面倒になるだろうが」
「あそこ、入るのも大変だけど出るほうがさらに、大変だから」



 どれだけ言っても気にしない様子に、キリトはため息をついた。
 言っても無駄だと、確かにヴァルトもレオボルトも言っていたな、とは思う。思うが。どうもこの娘は、自分を軽く見すぎている。
 危険に晒したくないなら、警護なんてさせずにせめて侍女に徹していろといえば良いのに。と思っても、それは既に何度も却下されていて。
「ヴァルト様が、後始末してたぞ」
「……」

 さすがにそれは、と、ルナも困った顔になる。

「宰相閣下の手を煩わせてしまいましたか…。まあ、嬉々としていそうなので申し訳ない顔をしているのが難しそう」
「そこか!」

 すみません、と謝るのに反省の色が見えないとさらに叱られそうと、そっちを気にしている様子に、キリトは諦めて笑い出した。
 しかも、嬉々としていたのは事実だ。宰相なんてやっているのは仕方なしで、そもそもは騎士団長の家柄なのだから。
「団長も難儀な方だよなぁ」
 その呟きに、目の前の3兄弟は何も言わずに微妙な顔をしている。
 きちんとした事情を聞かされたことはないだろうし、彼らの歳では騎士団長であった頃のヴァルトを直接目にはしていない可能性も高い。
「宰相閣下のご実家は竜騎士団の家系でしたか」
「ああ。知っていたか」
「話だけは。今は城の竜厩舎には何もいませんから」
「ああ…」
 陛下が、竜をそこに置くのを嫌がったから。竜は好きだが、そこにいる必要はないと。人の多い王都の有象無象は人の手で片付ければ良い。力の強い竜の力は、辺境の守りに使えと、辺境にあるヴァルトの実家に全て置かせている。


 竜を置きたがらない理由にルナは思い当たるものがあって、少し目を伏せる。
「まあ、そういう無茶振りをされても、陛下のそばにいることを選んだのはご自身だから。かまわんさ」
 言いながら、キリトは自分で持ってきた物を一つぱくりとつまんで立ち上がった。

「お前ら兄弟と話していると気が楽なんだけどなぁ。そろそろ蹴り出されそうだから散歩でもしながら戻るよ」


 この家は、3人の事情からしても、知られない方が良いと。与えられた最初から、入ることができる人間が限られ、そして入ることができる人間にしか見つけられないようになっている。
 つまり、入れる人間にとっては出入り自由な家で、なんとなく、ルナにしてみれば拒みにくいのだけれど、ルーイとグレンは、いつでも出ていけば良いと言っている。むしろ2人のことを思えば、ここを離れがたいのだけれど。何せ、もともと公爵家の血をひいていて、ルナが余計なことをしなければ、そのまま貴族としての地位を持っていたはずなのだから。



「ルナ、また後でな」
「はい、キリトさん」


 相変わらず、なぜかキリトには目上の者に対する敬意を込めて話すルナに苦笑しながら、キリトは後ろ手に手を振って部屋を後にする。



 竜厩舎でも、散歩しながらのぞいて行くか、と、思いながら。
 ルナが掃除の途中で放り出した侵入者も、今頃はもう片付いているだろう。嬉々として、宰相閣下自ら当たっていたのだから。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...