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序章
約束の日 3
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視線を感じ、ルナとレオボルトは同時に顔を向けた。
あからさまな呆れ顔の四十絡みの男が、いつからそこにいたのか立っている。身なりの良い彼は長い足で大股に歩み寄ってきた。
盛り上がった筋肉は年齢を感じさせず、思わずルナは遠い目になる。
(あれで文官って…詐欺だよ)
精悍な顔は年を経て渋味を増し、アイスブルーの瞳は鋭さが衰えることはない。
ルナがレオボルトとの縁を思うのであれば遡るべき、その時に関わりのある人。
(まあ、もともと武官だものね)
それが何をどうしてこの地位になったのか、ルナは知ろうと思わないし、聞きたくもない。この人たちは、それを察しているかのように話そうとするけれど。
必要最低限以外のことは、知らないに越したことはない。不要なことまで、こういった身分の方々のやることを知った人間の末路なんて…。
「宰相、どうかしたのか。こんな場所まで」
嫌味な呼び方。暗に、執務時間は終えていると言いたげな。
ふっと目を逸らしてため息をつくルナに、至近距離のレオボルトが気付かないはずもない。
これで今この場で何度目になるのか、また、ぐしゃぐしゃと前髪を撫でられる。あまりに撫でられすぎて慣れたのか、妙な安心感があるのが困ったものだな、と思いながら、ぱぱっと実を避けながら前髪を直そうとする。
「陛下…楽しいのはわかりましたが、あまりそれ、いじめないように。わたしの補佐官が本気で回収して隠しますよ」
ルナに負けず劣らず遠慮のない物言いをする宰相、ヴァルトを見上げ、ルナはその補佐官の姿をその周囲に探すが、残念ながら今はいないようだ。
宰相の補佐官。は、1人しかいない。
貴族たちは、どこかの馬の骨が急に取り入って取り立てられた、と思っているようだけれど。補佐官はルナの兄、ルーイ。弟のグレンは騎士団の中の精鋭部隊に所属している。
見た目も優しく、うっかりすれば令嬢たちよりも美しい兄は、男性貴族たちの嫉妬を受けながら、令嬢たちの憧れを一身に受けている。ようだが、本人はそれを気に留めてもいない。補佐官はしているが、その上に行くつもりはない。これは、あの日のレオボルトとの約束の結果だと考えているから。だから、表舞台に出ようともしない。
ひっそりと必要な時のみ宰相の傍に控える美しい補佐官の青年は、ただ、妹と弟の様子にだけ目を光らせている。それは3人の兄弟が互いにそうであって、それをレオボルトは鼻で笑い飛ばす。
「いじめてないぞ。オレがちゃんと、意思を尊重してやろうとしているんだぞ。命令じゃなくて」
だからっ、と、ルナはいつの間にか至近距離にある、レオボルトの整った顔を真っ直ぐに見る。
「わたしは、陛下の護衛です。なんで、側を離れて客人の面倒を見ないといけないんですか。しかも、約束を果たせと言いながら、とりあえず今は、って」
ひとつで終わるなんて言った覚えはないぞ
とけろっと嘯いて楽しげに笑うのが憎たらしい。
「そんなに、あいつと顔を合わせるのが嫌か」
「いやも何も、二度と顔を見せるな、と、言われてますから」
「あいつの希望よりも、オレの方が上だろう」
当たり前のことのように言う。
辺境伯の家で不幸が続いた。
馬車の事故で、辺境伯夫妻、つまり、シルヴィの両親と、そして嫡男夫妻が亡くなった。
同じ馬車で出掛けるとは、危機管理がなってないな、などと吐き捨てたレオボルトは、深いため息とともに髪をかきあげ、その髪をくしゃりと掴みながら、今回のこのルナへの「お願い」を決めていた。
「なんでだか知らんが、お前の容貌は変わったからな。気づかんだろう。とにかく、新しい辺境伯として挨拶に来る。侍女として控えて、様子を見ろ」
「だーかーらー。なんでわたしなんですかっ」
「お前な。オレの周りに側仕えがいないことくらい、知ってるだろうが」
ええええ、知ってますとも。侍女もいないし護衛もいない。いや、護衛は自分だけか。
結果、侍女みたいなことまでしている。いや。ほとんどのことは自分でやる人だけど。護衛も下手なのをつければ本人の方がよほど強いくらい腕が立つけど。
どれだけ人を信用していないのだと、苛立ちも呆れも通り越して、その徹底ぶりをただぽかんと、受け入れたものだ。幼い日にあのような政争に巻き込まれると、こうなるのか、と。
おかげで、いらない詮索というか、陰口にも晒された。大人しく受ける気はないのできちんと、お返事したけれど。側女と呼ばれて引き下がるほど、泣いて逃げるるほど育ちも良くない。
「そんなにオレが心配か」
にやにやと、嬉しそうに。
「それにしても、公爵家の令嬢の婚約者が嫡男ではなく次男だったのか…」
宰相の呟きに、ルナは目を向ける。公爵家に娘1人しかいないのであれば、継がせるためにそれもあるだろうが、と。そういう思惑は知らない。全て知らない間に決まっていたことだ。ただ、歳の釣り合いの問題なのではと思うが、考えれば、貴族など、歳の差は政治的判断の陰で無視される。
肩を竦めるルナの腰を引き寄せ、聞き分けのない子に言い聞かせるように、レオボルトはようやく、真面目な顔を見せた。
「今回の事故、事故ではない疑いも出ている。結果、本来継ぐはずではなかった次男が継ぐことになったことで、疑いの目はそこにも向いている」
「…陛下は、そうは思っていないのでしょう」
わずかな言い回しの違和感からそれを聞き取るルナの耳にレオボルトよりもヴァルトが目を瞠る。
「辺境伯家そのものが狙われたのであれば、あいつも危ないということだ。外では、自己責任だがな。城の中では事を起こされればオレが面倒だ。だから、お前が側にいろ。ついでに、まあ多少なりともかかっている疑いについても、分かる範囲で見てこい」
無言で、心底、いやそうな顔をするのを、せっかく真面目な顔をしていたレオボルトは我慢できずに声を立てて笑った。
「薄情な娘だな。気にならんのか」
「女に守られるような方ではありませんよ」
「お前が望むなら、めあわせてやるぞ?」
揶揄う声に、ひゅっと息を飲むのを感じ、さすがにレオボルトは言いすぎたと反省する。
気持ちが戻りそうだから恐れているのかとカマをかけたが。悪趣味すぎた。傷ついた目で、泣きそうな目がすぐに気の強い色に塗り替えられたが。
「オレが心配なら、お前のあの白いの、連れ歩いてやるから寄越せ」
「寄越せって…
思いがけない提案にルナも困った顔になる。
ルナがテイムした(のか不明だが、とにかく離れなくなった)白くてもふもふした「何か」。普段はちょうど抱えられるサイズだが、大きな白い狼のようになって乗せてくれたり、一眼があれば白馬になったり、まあとにかく、謎の生き物。ただ、テイムしたのか疑問なのは、意思がはっきりしていてルナが命じたからと言って他の人と一緒にいてくれるわけではない事。まあ、命じる、ということをしないで「お願い」になってしまうせいかもしれないけれど。
「シロを?」
「お前のその、名付けのセンスは…まあ、分かりやすくていいか」
確かに、一緒にいればシロが守ってもくれるだろうし、すぐに必要があればルナも呼んでもらえる。常に一緒にいてさえくれれば、探し出すこともできる。
「…わかりました。今回だけですよ」
「そうそう、オレの護衛を貸し出さねぇよ」
しっかり、レオボルトにぐしゃぐしゃにされた髪をレオボルトが手櫛で直してやっていると、ヴァルトを探してやってきたルーイが、素早くレオボルトの手からルナを引き剥がした。
「陛下っ。もう、やめてください。これやられる度に、ルナが髪を短くしようとするので」
「だめだぞ」
「だったらっ」
長いから絡んで面倒なのに、とふてくされるルナを、ルーイが回収していき。
取り残されたレオボルトを呆れた目でヴァルトは見る。
「まあ確かに、似てますけどね」
懐かしい面影。
レオボルトが幼い頃。政争の最中に命を落とした…。
(カヤ…)
ヴァルトを見上げ、レオボルトはふん、と鼻を鳴らす。
なぜあの少女を身近に置くのかと聞かれ、答えは簡単だった。ルナは、カヤだ、と言えば。カヤを庇護していたヴァルトはこうして時折、その面影を見つけている。
「そうそう。例の一件。全員家に帰らせました。きちんと、反省はしていただきました。陛下への侮辱ということで、里下りの理由は報告していますから」
「ああ」
容赦するなと言った。
これまで何度も起こったこと。
行き合えば顔を上げることもできない、貴族たちが行儀見習いと称して城にあげた侍女たちが、ただ1人、レオボルトの身の回りのことを行うことを許されているルナを貶める。
「毎度のことながら、負けてませんけどね」
「それでも、言われて傷つかないわけがないだろう。嫌な思いをしないわけもない。揉め事の決着は、雇主の責任だ」
今回は、ヴァルトがたまたま、通りかかった。レオボルトが、自分で用事を言いつけたくせに他の用事ができたからとルナを呼びに宰相であるヴァルトを使ったおかげで。
「部屋も与えてもらえない、どちらのお家の方かもわからない方が、陛下の身の回りのお世話をされるなんて。身の程知らずですよ」
「出自も明らかにできないような方なのですよ。それにしても、そんな娘に側仕えをさせるなんて…。ああでも、私たちのように身分があるのでなければ、気兼ねも要りませんものね」
「ああ…陛下も若い男性ですものね。いっそ、後腐れはありませんわね」
反吐が出るような、あけすけな物言い。静かに聞いていたルナが、その目を取り囲む娘たちに向けた。
「その貧相な体で、陛下が満足されるとも…」
「いい加減になさっては?」
遮られたことに驚き、言葉を詰まらせる、侍女姿の令嬢たち。彼女たちは、こうしてあわよくば、良い出会いを求めて、行儀見習に出されている。あわよくば、高位貴族や王族、いや、国王の手がつかないものか、と。
「確かに、わたしは出自が明らかでない娘ですが。皆さまの言葉は、わたしだけではなく陛下までも侮辱されています。お仕えする主人を侮辱されるのであれば、黙って聞いているわけにもまいりません」
背筋を伸ばし、ルナに見据えられれば彼女たちは青ざめて立ち竦む。他に聞いている者がいるわけでもない。けれど、王に言葉を伝えられるのは、目の前のこの女だけ。
「言いつけるつもり!?」
「そんなこと、しませんよ。そんなお耳汚しな言葉、お伝えするまでもありません」
吐き捨てるようにルナはいうと、きっぱりと言い捨てた。
「陛下の寵を得るどころか、顔を見て話をすることすら怯えてできないような方々に、何を言っても無駄でしょう。ですが、わたしをこうして不快な気分にさせるにとどまらず、あらぬ話で陛下を貶めるのであれば、わたしのできる方法で、お相手させていただきます」
なんなら、陛下のお優しい様子を見せつけましょうか?
と。
小気味良いほどに一蹴した。
まあ、そのあとの不機嫌を浴びせられたのも、レオボルトなのだが。もう少し、人を周りに置かないレオボルトに責任はあるが、理由を告げられないままぞんざいにあしらわれる王というのも、見ていて愉快だった。
「ヴァルト、ルーンに明日からのルナのことを話しておけ」
「話してあります」
今から話そうにも、おそらくあの様子ではもう、家に戻ってしまっているだろう。と、遠い目になる。
兄弟で生活したいのだと、城に部屋を与えようとしても誰一人受けようとしない。
緊急時に必要だからと説得して、ようやく3人で一部屋を受け取る。よくもまあ、あの公爵夫妻が育ててあのようになったものだ。
あからさまな呆れ顔の四十絡みの男が、いつからそこにいたのか立っている。身なりの良い彼は長い足で大股に歩み寄ってきた。
盛り上がった筋肉は年齢を感じさせず、思わずルナは遠い目になる。
(あれで文官って…詐欺だよ)
精悍な顔は年を経て渋味を増し、アイスブルーの瞳は鋭さが衰えることはない。
ルナがレオボルトとの縁を思うのであれば遡るべき、その時に関わりのある人。
(まあ、もともと武官だものね)
それが何をどうしてこの地位になったのか、ルナは知ろうと思わないし、聞きたくもない。この人たちは、それを察しているかのように話そうとするけれど。
必要最低限以外のことは、知らないに越したことはない。不要なことまで、こういった身分の方々のやることを知った人間の末路なんて…。
「宰相、どうかしたのか。こんな場所まで」
嫌味な呼び方。暗に、執務時間は終えていると言いたげな。
ふっと目を逸らしてため息をつくルナに、至近距離のレオボルトが気付かないはずもない。
これで今この場で何度目になるのか、また、ぐしゃぐしゃと前髪を撫でられる。あまりに撫でられすぎて慣れたのか、妙な安心感があるのが困ったものだな、と思いながら、ぱぱっと実を避けながら前髪を直そうとする。
「陛下…楽しいのはわかりましたが、あまりそれ、いじめないように。わたしの補佐官が本気で回収して隠しますよ」
ルナに負けず劣らず遠慮のない物言いをする宰相、ヴァルトを見上げ、ルナはその補佐官の姿をその周囲に探すが、残念ながら今はいないようだ。
宰相の補佐官。は、1人しかいない。
貴族たちは、どこかの馬の骨が急に取り入って取り立てられた、と思っているようだけれど。補佐官はルナの兄、ルーイ。弟のグレンは騎士団の中の精鋭部隊に所属している。
見た目も優しく、うっかりすれば令嬢たちよりも美しい兄は、男性貴族たちの嫉妬を受けながら、令嬢たちの憧れを一身に受けている。ようだが、本人はそれを気に留めてもいない。補佐官はしているが、その上に行くつもりはない。これは、あの日のレオボルトとの約束の結果だと考えているから。だから、表舞台に出ようともしない。
ひっそりと必要な時のみ宰相の傍に控える美しい補佐官の青年は、ただ、妹と弟の様子にだけ目を光らせている。それは3人の兄弟が互いにそうであって、それをレオボルトは鼻で笑い飛ばす。
「いじめてないぞ。オレがちゃんと、意思を尊重してやろうとしているんだぞ。命令じゃなくて」
だからっ、と、ルナはいつの間にか至近距離にある、レオボルトの整った顔を真っ直ぐに見る。
「わたしは、陛下の護衛です。なんで、側を離れて客人の面倒を見ないといけないんですか。しかも、約束を果たせと言いながら、とりあえず今は、って」
ひとつで終わるなんて言った覚えはないぞ
とけろっと嘯いて楽しげに笑うのが憎たらしい。
「そんなに、あいつと顔を合わせるのが嫌か」
「いやも何も、二度と顔を見せるな、と、言われてますから」
「あいつの希望よりも、オレの方が上だろう」
当たり前のことのように言う。
辺境伯の家で不幸が続いた。
馬車の事故で、辺境伯夫妻、つまり、シルヴィの両親と、そして嫡男夫妻が亡くなった。
同じ馬車で出掛けるとは、危機管理がなってないな、などと吐き捨てたレオボルトは、深いため息とともに髪をかきあげ、その髪をくしゃりと掴みながら、今回のこのルナへの「お願い」を決めていた。
「なんでだか知らんが、お前の容貌は変わったからな。気づかんだろう。とにかく、新しい辺境伯として挨拶に来る。侍女として控えて、様子を見ろ」
「だーかーらー。なんでわたしなんですかっ」
「お前な。オレの周りに側仕えがいないことくらい、知ってるだろうが」
ええええ、知ってますとも。侍女もいないし護衛もいない。いや、護衛は自分だけか。
結果、侍女みたいなことまでしている。いや。ほとんどのことは自分でやる人だけど。護衛も下手なのをつければ本人の方がよほど強いくらい腕が立つけど。
どれだけ人を信用していないのだと、苛立ちも呆れも通り越して、その徹底ぶりをただぽかんと、受け入れたものだ。幼い日にあのような政争に巻き込まれると、こうなるのか、と。
おかげで、いらない詮索というか、陰口にも晒された。大人しく受ける気はないのできちんと、お返事したけれど。側女と呼ばれて引き下がるほど、泣いて逃げるるほど育ちも良くない。
「そんなにオレが心配か」
にやにやと、嬉しそうに。
「それにしても、公爵家の令嬢の婚約者が嫡男ではなく次男だったのか…」
宰相の呟きに、ルナは目を向ける。公爵家に娘1人しかいないのであれば、継がせるためにそれもあるだろうが、と。そういう思惑は知らない。全て知らない間に決まっていたことだ。ただ、歳の釣り合いの問題なのではと思うが、考えれば、貴族など、歳の差は政治的判断の陰で無視される。
肩を竦めるルナの腰を引き寄せ、聞き分けのない子に言い聞かせるように、レオボルトはようやく、真面目な顔を見せた。
「今回の事故、事故ではない疑いも出ている。結果、本来継ぐはずではなかった次男が継ぐことになったことで、疑いの目はそこにも向いている」
「…陛下は、そうは思っていないのでしょう」
わずかな言い回しの違和感からそれを聞き取るルナの耳にレオボルトよりもヴァルトが目を瞠る。
「辺境伯家そのものが狙われたのであれば、あいつも危ないということだ。外では、自己責任だがな。城の中では事を起こされればオレが面倒だ。だから、お前が側にいろ。ついでに、まあ多少なりともかかっている疑いについても、分かる範囲で見てこい」
無言で、心底、いやそうな顔をするのを、せっかく真面目な顔をしていたレオボルトは我慢できずに声を立てて笑った。
「薄情な娘だな。気にならんのか」
「女に守られるような方ではありませんよ」
「お前が望むなら、めあわせてやるぞ?」
揶揄う声に、ひゅっと息を飲むのを感じ、さすがにレオボルトは言いすぎたと反省する。
気持ちが戻りそうだから恐れているのかとカマをかけたが。悪趣味すぎた。傷ついた目で、泣きそうな目がすぐに気の強い色に塗り替えられたが。
「オレが心配なら、お前のあの白いの、連れ歩いてやるから寄越せ」
「寄越せって…
思いがけない提案にルナも困った顔になる。
ルナがテイムした(のか不明だが、とにかく離れなくなった)白くてもふもふした「何か」。普段はちょうど抱えられるサイズだが、大きな白い狼のようになって乗せてくれたり、一眼があれば白馬になったり、まあとにかく、謎の生き物。ただ、テイムしたのか疑問なのは、意思がはっきりしていてルナが命じたからと言って他の人と一緒にいてくれるわけではない事。まあ、命じる、ということをしないで「お願い」になってしまうせいかもしれないけれど。
「シロを?」
「お前のその、名付けのセンスは…まあ、分かりやすくていいか」
確かに、一緒にいればシロが守ってもくれるだろうし、すぐに必要があればルナも呼んでもらえる。常に一緒にいてさえくれれば、探し出すこともできる。
「…わかりました。今回だけですよ」
「そうそう、オレの護衛を貸し出さねぇよ」
しっかり、レオボルトにぐしゃぐしゃにされた髪をレオボルトが手櫛で直してやっていると、ヴァルトを探してやってきたルーイが、素早くレオボルトの手からルナを引き剥がした。
「陛下っ。もう、やめてください。これやられる度に、ルナが髪を短くしようとするので」
「だめだぞ」
「だったらっ」
長いから絡んで面倒なのに、とふてくされるルナを、ルーイが回収していき。
取り残されたレオボルトを呆れた目でヴァルトは見る。
「まあ確かに、似てますけどね」
懐かしい面影。
レオボルトが幼い頃。政争の最中に命を落とした…。
(カヤ…)
ヴァルトを見上げ、レオボルトはふん、と鼻を鳴らす。
なぜあの少女を身近に置くのかと聞かれ、答えは簡単だった。ルナは、カヤだ、と言えば。カヤを庇護していたヴァルトはこうして時折、その面影を見つけている。
「そうそう。例の一件。全員家に帰らせました。きちんと、反省はしていただきました。陛下への侮辱ということで、里下りの理由は報告していますから」
「ああ」
容赦するなと言った。
これまで何度も起こったこと。
行き合えば顔を上げることもできない、貴族たちが行儀見習いと称して城にあげた侍女たちが、ただ1人、レオボルトの身の回りのことを行うことを許されているルナを貶める。
「毎度のことながら、負けてませんけどね」
「それでも、言われて傷つかないわけがないだろう。嫌な思いをしないわけもない。揉め事の決着は、雇主の責任だ」
今回は、ヴァルトがたまたま、通りかかった。レオボルトが、自分で用事を言いつけたくせに他の用事ができたからとルナを呼びに宰相であるヴァルトを使ったおかげで。
「部屋も与えてもらえない、どちらのお家の方かもわからない方が、陛下の身の回りのお世話をされるなんて。身の程知らずですよ」
「出自も明らかにできないような方なのですよ。それにしても、そんな娘に側仕えをさせるなんて…。ああでも、私たちのように身分があるのでなければ、気兼ねも要りませんものね」
「ああ…陛下も若い男性ですものね。いっそ、後腐れはありませんわね」
反吐が出るような、あけすけな物言い。静かに聞いていたルナが、その目を取り囲む娘たちに向けた。
「その貧相な体で、陛下が満足されるとも…」
「いい加減になさっては?」
遮られたことに驚き、言葉を詰まらせる、侍女姿の令嬢たち。彼女たちは、こうしてあわよくば、良い出会いを求めて、行儀見習に出されている。あわよくば、高位貴族や王族、いや、国王の手がつかないものか、と。
「確かに、わたしは出自が明らかでない娘ですが。皆さまの言葉は、わたしだけではなく陛下までも侮辱されています。お仕えする主人を侮辱されるのであれば、黙って聞いているわけにもまいりません」
背筋を伸ばし、ルナに見据えられれば彼女たちは青ざめて立ち竦む。他に聞いている者がいるわけでもない。けれど、王に言葉を伝えられるのは、目の前のこの女だけ。
「言いつけるつもり!?」
「そんなこと、しませんよ。そんなお耳汚しな言葉、お伝えするまでもありません」
吐き捨てるようにルナはいうと、きっぱりと言い捨てた。
「陛下の寵を得るどころか、顔を見て話をすることすら怯えてできないような方々に、何を言っても無駄でしょう。ですが、わたしをこうして不快な気分にさせるにとどまらず、あらぬ話で陛下を貶めるのであれば、わたしのできる方法で、お相手させていただきます」
なんなら、陛下のお優しい様子を見せつけましょうか?
と。
小気味良いほどに一蹴した。
まあ、そのあとの不機嫌を浴びせられたのも、レオボルトなのだが。もう少し、人を周りに置かないレオボルトに責任はあるが、理由を告げられないままぞんざいにあしらわれる王というのも、見ていて愉快だった。
「ヴァルト、ルーンに明日からのルナのことを話しておけ」
「話してあります」
今から話そうにも、おそらくあの様子ではもう、家に戻ってしまっているだろう。と、遠い目になる。
兄弟で生活したいのだと、城に部屋を与えようとしても誰一人受けようとしない。
緊急時に必要だからと説得して、ようやく3人で一部屋を受け取る。よくもまあ、あの公爵夫妻が育ててあのようになったものだ。
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