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 おかしなことを、話していた。
 聖女の言葉を思い返しながらも、それを伝える相手が思い浮かばない。口に出された内容があまりにも受け入れ難く、口にしたくない。まるで、駒のように人を扱う。自分のために動く何かのように。
「カタリナ」
 今度は目を離す気はない、とばかりに完璧なエスコートを披露するノアの声に振り仰ぐと、不意打ちで、その向こうにリアムと目が合う。不自然にならないようにそこからは視線を外しながら兄の言葉を待った。
「あの女は、何を話していた?」
「…さっき、殿下たちに伝えたとおりよ」
 ふむ、と考え込む間を取られて、首を傾げる。
「何か、あるの?」
「ああ」
 殿下たちが出席している以上、先に帰ることは騎士団として控えなければいけないからと会場に残りながら、壁際によってノアから飲み物を手渡される。これだけ気がきく上に隊長なのに、なぜモテない、と思っても口には出さない。跳ねっ返りの妹、というのがそこまで減点材料かと思うが、まあ確かに、それが身内になるとなれば大問題だろう。それこそ、家を巻き込んで。

「随分と、おかしな話を聞くから何か、種明かしでもしていないかと思ってな」
「おかしな話?」

 首を傾げて見上げると、なぜか一緒に来ているリアムが目を逸らす。
 娘らしい仕草が、そんなに見苦しいか、とため息を吐きそうになる。この人相手にはうっかりそんなことをしないように気をつけようと胸に刻む。流石にもう、もう1人の兄、と無邪気に懐けるような状況ではないから、そうそうないけれど。



「あれが聖女、と教会が祭り上げているのも、どうやら何度も、予知、のようなことをして見せたからという話だ。予兆もないようなことを言い当てた。最初は信じなかったものが、一度言い当てれば次は、万が一を考えて備えるようになる。それが言い当てられて備えで防がれれば、信仰に近いものになる」

 魅了の影響だけではない、ということか。
 ただその予知は、彼女がいうところの、ここが物語だかなんだかの世界だから、ということか。
 その中で起こったことを口にすれば言い当てられるというのなら、確かにそれと同じ場所なのだと言われているようで、胸がざわつく。

「カタリナ?」
「うん。…それが本当で、みんなの役に立つ力なら、守ってもいいんじゃないかな?」
「…本気で言っているのか?」
「?」
「教会が信じて聖女と呼ばれ出して少ししてから、予知を口にしなくなった」
 そういえば、ここは彼女がいるべき場所ではないのだったか。
 それとも、記憶にある時系列を過ぎたのか。
「問われて、錯乱したように言ったそうだ。筋書きが違う、と」


 わたしのせい、か。
 知っている筋書きと違う世界で、違うと気づいて口にできなくなった、ということか。
 その程度の余地ならば、その程度のことで変わることならば。それでいいではないか。
 ここで今こうして生活している私たちが、その場で考えて感じて動いた結果が積み重なって今になってる。筋書きなんて、知らない。



「兄さん。変なことは、言われた」
「なんだ」
 兄の目が鋭くなるのを見て、少し逸らした。
「わたしのせいだ、って」


 でも、それでアリア様と殿下が睦まじくされていて。
 それでいい。
 他の筋書きを聞くつもりはない。今更、聞いたところで自分を変えることもできない。


「彼女は、社交性があるんだね。きっと、今アリア様がいるような、ああいう場所にいたいんだ」

 アリア様はお手本のようなダンスを、今はお父上にお相手を求められて楽しそうに披露している。うっとりと眺める周囲の視線を浴びて背筋を伸ばし、身内に向ける柔らかい笑みで何か言葉を交わしながら。
 聖女、と呼ばれることは叶えても、あの人にああはなれないだろう、とわたしも思う。彼女に、アリア様のような品の良さはない。令嬢として身につけるべきものも、貴族としてのマナーもない。


「そこに見合うものを身につけていないのに、急にそれを望むのは、大変だ」


 欲しいものを見せつけるものを羨み、努力するのではなく彼女は、引きずり落とそうとしている。アリア様には敵わないようだし、殿下もついているから大丈夫だろうけれど。



「ノア」
 不意に、割って入った声に無意識に体が緊張する。
 そういえば、初めて、リアムの声を聞いた。
「先に、連れ帰ってもいいか。早く休ませて明日からの勤務に支障がないようにしたい」
 もっともらしいことを言っているけど。その目が逸らされることはなく、それがこわい。ぶる、と震えが走るのを抑えて、兄の顔を見上げた。
「大丈夫よ。それに兄さんがエスコートしてくれているんです。隊長はご自身がエスコートしているご令嬢からこんなに離れていていいんですか」
「エスコート?」
 2人の声が重なる。
 不思議そうな声に、こちらもつられて同じような顔になる。
「何を言っているんだ、お前は」
 ずっと険しかった兄の顔から緊張が少し抜ける。ただ、リアムの方は本気で戸惑っている。
「え、だって、隊長、ご結婚が近いと聞きましたけど」



「「…は?」」






 だってその話、来る前にもしたじゃないか、とこちらが混乱するほどの2人の反応に戸惑う。
 幼馴染のご令嬢がリアム様の想い人で。今日も、いつもエスコートしているご令嬢と出席するという話ではなかったか?


「カティア。リアムが結婚するって話は、聞いてないぞ」
「ああ、婚約だっけ?」
「待て、待て」


 その表情の意味を掴みかねる顔で硬直しているリアム様を尻目に、兄が頭を抱えている。
「だって兄さん。リアム様が帰ってきた時に、想い人が、って話、してたでしょう?」
「ああ…」
「今日も含めて、リアム様、毎回同じ方をエスコートしていたし」
「ああ…確かに今日も彼女をエスコートしていたが、片付いたんだろう?」
「片付く?」
 聞き返すのを無視してリアム様が兄の問いかけに食い気味に頷くと、ぐしゃぐしゃと急に髪をかき回した。言葉にならない声で唸り声をあげたと思うと、その目がきつく兄を睨む。
「ノア、お前があんなこと言うから」
「…いや、知らないぞ。というか、今わかった…すまん」
 何が?と思うのに、誰もわたしの疑問に答えようとしてくれない。どころか、あろうことか兄さんがそれまでエスコート、といいながら逃がさないとばかりに寄り添っていたわたしをそのままリアム様に渡した。
 突然のことに驚いていると、ぐい、と強い力で腰を引き寄せられる。
 瞬間、思い出さなくてもいいことを思い出して、お腹が切なくなる。ばか、と自分を詰りながら身を引き離そうとするのに、手が緩むこともない。



「カティア、リアムと帰れ。いいか。ちゃんと、リアムの話を聞くまで、リアムから逃げるんじゃないぞ」
「逃げるって…」



 言い返そうとするのに、それも許さないとばかりに、ぐい、と引っ張られる。


 やっぱり、おかしい。

 だって、見かけたリアム様は。華奢なご令嬢をエスコートした姿は、相手を気遣って労っていた。

 こんな、強引に、従わせるようにしてなかった。





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