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しおりを挟むあの日から、5日。
最初の晩こそ、リアム様は宿舎に戻ったけれど、それは最初に駆けつけた1人として調書を作る必要があったようで。その後は、毎晩、帰ってきている。
そもそも、彼の寝台を使っているわけだが、完全に誤解している人は、お前はこんなこと、気にも留めないのだろうと言って大きな寝台に一緒に横になる。
2人横になっても十分に広い寝台の上は、触れる心配もないのだけれど。
ただ、初恋の人がそこにいる、こんな状況にわたしが1人、どうしようもなくなっているだけだ。気にもしていない人は、すぐに寝息を立てているけれど。
普段、適当に乾かしていた洗い髪は、リアム様に見咎められて以来、しっかりと乾かされている。
今日も今日とて、恥ずかしい状況から逃れるためにかなり頑張ったというのに、また捕まっているわけで。
そんな濡れ髪で寝台に入るなと叱られ、大きな手で思いの外丁寧に拭き取られた初日の、あの何の罰なのかわからない恥ずかしい状況から逃れようと、毎日努力をしているのに。
「髪、切ろうかなぁ…」
この間、そういえばこの人に捕まった時も、髪を掴まれたのだった。その後の仕打ちを思い出し、身悶えしそうになるのを堪えていると、ふと、手が止まっている。
可能な範囲で振り返って見上げるが、終わっているにしては、手が離れていかない。
「終わりました?」
「切るな」
「?」
噛み合わず、首を傾げて、気づく。声に出ていたらしい。
「声、出てました?でも、乾かす時間も短くなりますし。別に結い上げるような予定もありませんし、訓練の邪魔にならないですし」
「黙れ」
いや、横暴。
こんな人だっけ?
わたしの視線に気づいたのか、ふと目があった直後に逸らされて、髪を拭っていた手が離れていく。
「いいな、とにかく、切るな」
そうして立ち上がったリアム様がふと、足元をふらつかせて思わず手を伸ばした。
慌てて抱きとめるようにした大きな体は、鍛え上げられた騎士だけあって重く、さらに立ち上がりかけという半端な姿勢は力も入らずこちらの膝も崩れてしまう。
むしろ踏み堪えたリアム様に腰を支えられる羽目になり、すみません、と離れようとした。が、しっかりと腰を引き寄せられて離れられない。
風呂上りだから、というだけではないような熱い体で、肩口に当たる息も熱い。
なんとか手を伸ばして額に当てれば、やはり、という熱さで。
「いつからですか」
慌てて、今度は少し、体術を応用して大きな体を促して寝台に座らせる。思えば、普段宿舎で生活をしてもギリギリ片付いているような仕事だ。それを、副官のわたしが休んだ状態で、しかも通勤時間もかかるようになっている。負担の増え方は大きいだろうところに、しかも原因となる騒ぎの追及も進まないらしい。
夜中に、持ち帰ったらしき仕事をしている背中も見た。手伝おうとすれば、お前は休暇中だから触れるなと叱られた。
「なんともない」
「なんともない方の様子ではありません」
答えながら、リアム様の視線に気づく。その視線は、わたしの肩に向かっている。あの日、受けた剣を支えきれずに痛めた肩は、今も鬱血が残る。痛みは引いてきているから、今もリアム様の体を支えるのに手をのべるのは間に合ったけれど。
「お前1人に、あんな奴らの相手をさせた、隊長のことなど、気にするな」
何をいうのだろう。それよりも大事な、聖女の応対をしていた人たちではないか。しかも、それを放り出して駆けつけるような無茶をしてくれる上官なのだ。部下思いにも、ほどがある。
「隊長は、すぐに助けに来てくれました」
「…休暇中も、隊長、か」
不服げな様子に、困惑しか、ない。とにかくなだめすかしながら、寝台に横にさせて、最初の夜にしてもらったように布団をかける。熱があって熱いからと嫌がるけれど、肩口で布団を両手で押さえ、寝台の端に腰掛けたまま見下ろした。
「ちゃんと休んでください。水分を取った方が良いので、水差しに水を入れてきますから」
「カティ」
呼び止めながら手首を取られ、それをやんわりともう一つの手で外しながら、諦めて懐かしい呼び名を口にする。
「リアム、休んで」
優しい言い方ではない。不貞腐れたような、言い方。それは、騎士団の部下、というわたしではなく、初恋の人を呼ぶわたしでしかないから。どうしていいか分からないから、そうなる。
水差しを満たして、枕元に置き、一緒に寝るのは休まらないだろう、と、椅子を引き寄せようとする。それにいつもは、先に寝かしつけられ、というか、横になれと言われて、後から入る、ということはないから。
なぜか、先ほどわたしを引き留めた腕で目元を隠すようにして横になっているリアム様は、そのまま眠ってしまったのか起きているのか分からない。けれどまあ、声をかける必要もないだろう。
と、引き寄せた椅子に腰掛けようとしたところで、思いがけない強い力に引き上げられた。
熱を帯びたその目は、発熱のせいでぼんやりしているのだろうと見上げる。
何がどうなったのか、寝台に引き込まれ、仰向けにされてリアム様に抱え込まれている。いや、のしかかられている。大きく逞しい体は、抵抗する隙を見つけられない。
というか、ぽかんと見上げてしまう。
「お前より強ければ、お前に相手をしてもらえるんだったか?」
その響きに、心が凍る。そんなことを、ずっと考えていたの?
「みんながどうしているか、気にしていたな。お前をあんな目に遭わせた奴らを、騎士団の奴らは、許さないよ。アルフは特に、怒っていたな」
あなたは?という思いは声になってくれない。怖くて聞けない。
怪我もよくなったようだし、相手をしてくれる男が欲しいのか、と。なんでそんなことを言うんだろう。わたしは何を言ってこの人をまた苛立たせたのだろう。
「ひぅ」
下腹部に当たるもの。
騎士団なんて男所帯にいれば、いや、それ以前にあんな噂の渦中に置かれればこれがなんなのか分からないなんてことは言わないけれど。
触れたことなどあるはずもない。ああ、いや。体術の訓練中に生理現象だと後から喚いていた人たちはいたが。
けれど、意図的に押し付けられるものに完全に、体が固まった。
「何、そうやって、男を煽るのか」
唇を食まれるけれど、色々ともう、いっぱいいっぱいだ。
しかもここは、彼の部屋で。今までのように途中で止まってくれるような横槍が入ってくれるとも思えない。
なんだかそう思ったら。誤解をされている悲しみはきついけれど、逃れられないのなら。
初恋の人に、どうせなら、自分も望んでそうなりたいと願うのは、ばかなのだろうか。初恋の人、と言う言い方は、もうごまかしだと自分でもわかる。
わたしの、思いびと。
他の人を思っているのに、優しくして、でもなんだか誤解してこんなことをするひどい人。
この人にとって、性欲のはけ口?だとしても、わたしは好きな人に抱かれる気持ちであれば、と、思うのは、逃げ?
言い訳は思い浮かばなくなって。
「他のことを考えているのか?余裕だな」
不意に降ってきた低い声に目をあげる。目が合う前に、その顔が降りていき、胸元に湿った感覚。反対の胸は硬い大きな手に包まれて。下腹にあたるものがなぜか恋しくて、自分の下腹がうずく。
無意識に擦り付いたか、低く笑う声がする。
「そんなに甘えるな、カティ」
なら、甘やかさないでよ。
声にならない。
手を伸ばして触れた、硬そうに見えるのに柔らかいその髪に、指が絡む。
「リ…アム」
どうして、とは聞かない。後戻り、できないでしょう?なら、後から、なかったことにしてあげるから。
最初で最後なら。鍛錬ではなく。触れてみたいものに、触れてみたかったこの人の体に、手を添わす。
ふる、と彼の体が震えたと思うと、大きな体に包まれ、大きな大きな波に飲み込まれた。
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