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4 獣人公爵、大学に行く
打診
しおりを挟む店内で焼いたパンを提供するキャンパス内のブーランジェリーで、栞里は見覚えのあるようなないような、とりあえず名前は思い出せない女子達に囲まれて固まっていた。威圧的な女子はもともと苦手なのと、自分は座っていて周りは立っているから威圧感がとんでもない。
言われていることは、わかるのだが。
「それ、わたしに言って何になるんです?」
とりあえず、言葉を返さないといつまでもこのままか、と思い浮かんだことを言ってから、失敗した、と思う。言い方とか。言い方とか。うん。他の言いたいこと、思い浮かばないなとため息をつく。
ヴィルに紹介しろ、から始まったかなと思ったのだが、本音が見え始めていた。まあ邪魔なんだろうな、とは思う。ただ、自惚れではなく、別に自分がいなかったからと言って彼女達にチャンスが回ってくるわけではないのだけれど。
ただ、やっちゃったなぁと逆撫でしてしまった様子の彼女達を見上げる。取り繕う必要のない相手だから、しっかりとメイクした顔が怖い。
「ちょっといいかな」
困り果てたところにかけられた声は、だからほっとする反面、誰、と言う思いも顔に出る。
30代くらいに見える男性は、年齢的に学生じゃない気もするけれど、大学院生まで考えるとどちらとも言えない。ただ囲んでいる女子達の中には彼を知っている者もいたようで、急に腰が引ける。
まあ、確かに若いし爽やかで清潔感のある人だから、悪い印象は与えたくないだろうとは思う。
「夏目先生」
先生、とぼんやりと見上げていると、その先生、夏目は栞里の周囲を取り囲む生徒達を冷めた目で見渡した。
「僕を知っているのか。それで、何をしているんだ。彼女に用事があるんだが」
足音高く去っていく後ろ姿を見送って、栞里はため息をつく。去り際に舌打ちや睨みなどをいただいて。自分を牽制したり排除したりしようとしてもどうしようもないのにな、としか思えない。
それから、夏目を見上げる。彼の手には、ここのパンとコーヒーを乗せたトレイがある。
見かねて助けてくれたのかな、と頭を下げた。
「あの、ありがとうございました?」
「いや、あなたに用事があるのは本当なので。座っても?」
「はあ」
客員講師だと言う夏目は建築学科でヴィルを教えているらしく。
自身一級建築士の彼が手がけた建築物をこっそりとスマホで検索して、目をあげた栞里は無意識に憧れのような目になっている。独創的で遊び心のある、行ってみたいと思って以前、乃莉や桂花と遊びに行った美術館などを手がけていることに気づいて。名前でピンとこなかった自分にも驚いたが。その人物が目の前に現れるなんて思っていなかったのが1番の原因だろう。
「それで、わたしに用事というのは」
「ああ」
ヴィルに興味をもったらしい。
建築に興味をもっているのに熱心に力を入れるのは現代の建築技術ではなく、むしろ、例えば途上国などで何かを建設するときに外から様々なものを持ち込まず現地にあるもので必要とするものを作り上げる方法や技術。
そうだろうな、と栞里は思う。持ち帰ることができた時にそうでなければすぐに生かすことができない。
「それでなぜわたしに?」
「その考え方のもとを聞いたらあなただと言うので、興味が」
「はあ」
それで自分にまで、と思うと栞里は困惑顔になる。というか、面倒だなぁ、なんか、と。
顔に出たのか、夏目がくすくすと笑った。
「建築に興味があるのなら、僕の事務所でアルバイトをしないかと誘っただけどね。必要ないと断られた。講義以外で彼の時間を取ろうとすると、みんな断られるね」
「?」
言いたいことがわからず首を傾げる栞里に、本当に知らないんだなと笑う。
夏目だけではない。
研究室に残ることや、様々な打診をした教授は他にも多いのを夏目は知っている。ただおそらく、言われた本人は興味もなければ本心からなんとも思っていないから、ヴィルは全て一蹴して終わらせている。
そんな話をすると、ようやく納得した顔に栞里はなった。
ただ、と肩を竦める。違い方面で、さっきの女子達と同じだ。先生達は自分がヴィルの足を引っ張っているとでも思っているのだろうな、と。
確かに建築事務所でのバイトは何の役にも立たない、ということはないだろうけれど、それでもそれを戻った先のあの場所で生かせるとは栞里も思えない。
栞里が行って帰ってこれた以上、そして薩来も言っていた通りヴィルは帰れるはずなのだ。
「先生。別にわたしが彼に断れと言っているわけではないですよ。ただ、暇ではないだけです」
「今まではそれだけだったけどな」
不意に割って入った声に2人揃って振り返る。どうしてこの体の大きさで気配を消せるんだろうと栞里はいつの間にそこまで近づいていたのか、ヴィルを見上げた。長い足でさらに距離を詰めると、すぐ脇に立って栞里が足元に置いていた荷物を持ってしまう。
「講義は興味を持てるものしかとっていない。だからその時間はいずれ役立つ可能性を考えてしっかりと学ぶ。その時間は、仕方ない」
栞里と離れていても。ただその結果、教師まで自分がいない時を狙って栞里に話しかけると思わなかった。何を言いたかったのか。
「別に彼女に君になんとか言ってくれと頼むために声をかけたわけじゃない。そうしたい教授が他にはいるかも知れないけどね。僕は彼女に興味をもっただけだ」
「なおさら迷惑だ」
なるほど、と夏目は喉の奥で笑う。荷物を持ったのと逆の手で栞里を持ち上げてしまおうとする様子を楽しげに眺める。僕はなおさら面白い、などと言って。挑発するってすごい度胸、と栞里が振り返ると、にっこりと笑っている。
「途上国で生かせる技術をという考え方が面白くてね。そこに行き着いた経緯を聞きたかっただけなのだけど。何にも興味を示さない君の興味を一身に集めているということに、興味はわくね」
「…シオリ、行くぞ」
「は。先生、すみません、失礼します」
引っ張られて慌てて挨拶をする栞里をヴィルはさせないように引き寄せる。
「学べることは正直もうなさそうだから、シオリも一緒に…」
「え?」
「いや。シオリは大学が、楽しそうだよな」
「うん。みんな、いるし」
「みんなか」
「小林くんとか乃莉とか…、て、なんで怒ってるのっ」
小林の名前が最初だからだ、とはさすがに言えず、ヴィルは悔し紛れに、栞里の耳を軽く噛んだ。
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