拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

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3 森でした

2日目 朝

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 ルシエールはあどけないと言って良いような顔で眠る娘を冴え冴えとした眼差しで見下ろしていた。その娘の手には、眠りに落ちるときに握ったまま、ルシエールの指が握られている。
 森が受け入れた娘。精霊ですら出入りは許しても、住人とみなさない森が。獣人公爵の庇護を受けていることを主張するような匂いを振りまき、それだけで敬遠しそうな妖魔が庇護しようとした。精霊達が我を忘れて溺れそうになった。そうは、見えないのに。
 己の指を握る手の、その掌を撫でるように指をほんの少し動かすと、くすぐったそうに表情を変え、握った指を引き寄せて胸元に抱え込む。
 警戒され、恐れられ、恐れから逃れるための悪意を向けられ。そういったものには慣れていた。無自覚で無防備な信頼は、扱いかねる。



 他の気配が察知できる距離にあるだけで、寝入りことはできない。そうであったはずなのに。
 離れる気配のない娘のわきに身を滑らせ、添い寝をする。娘が抱き寄せようとする指を引けば、ころん、と寄ってくる娘をそのままにすれば、寝心地の良い場所を探すようにみじろぎをし、ルシエールの胸元で丸くなって寝息を立てた。






 朝方。冷え込む空気に栞里は温もりを求めて動き、すぐ近くに見つける。丸まっていた体を伸ばしながら、全身で温もりを得ようとすり寄る。



 光がまぶたを通して感じられ、その眩しさを自覚して栞里は覚醒する。いつもあるはずの毛並みを探すけれど見つからず、そうではなくて心地よい体温と人肌の手触りに触れる。寝ぼけたまま、布団を引き上げる代わりに暖かさに身を寄せながら、あれ、と思う。
 人肌?と。


 ヴィルに反則、と文句を言おうと目を開けて口を開きかけ、よくそこでとどまれた、と自分を褒める。


 ぱくぱくと声の出ない口を動かしながら事態を思い出していた。ただこの状況は、わからない。精霊だ、と名乗る美しい女性に風呂に入れられ、そのように面倒を見られることに慣れていないせいかあらぬ想像をしてしまったことを思い出して羞恥に隠れる場所を探しながら、それでもこの状況は、思い出せない。
 ルーシェの目がなぜ、自分を見下ろしている。というか、なぜルーシェに添い寝をして暖をとっているのか。
「目覚めたか」

 静かない声に、じわじわと体を離しながら顔を隠そうとして、栞里は頷こうとする。が、強引に視線が交わるように顎を掴まれ、ルーシェの寝起きにもきつい美貌を直視させられた。
「よく眠っていたな。それを離さないから、眠りが浅いのかと思ったが」

 指摘され、初めて指を握っていることに気づく。赤ん坊か、と自らなじりながら、慌てて離すけれど、代わりに引き寄せられる。

「精霊に随分と気に入られたようだったが。助ける必要はなかったか?」

 少し意地悪く聞くが、栞里は引き寄せる腕から離れようとしながら顔を逸らす。

「あの方達から見たら、わたしはよほど幼く見えるのでしょう。自分でできるのでと、きちんとお話ししますから」











 何をいうつもりだ、と、ルーシェはもうしばらく日が昇るまでそのままで栞里の反応を楽しみ、身支度する頃合いに部屋の扉を叩く音に声を返した。昨日乗り込んできた勢いを考えると、相当な違いだ。あの勢いの方が珍しいが。
 弁明の時間すら与えず選択肢だけを有無を言わせずに去ったルーシェの怒りは伝わっていたらしく、しおらしい花の精と月の精をルーシェは無表情に見つめる。
 どうせこの娘は許すも許さないもないだろうと思うがどう謝罪するか聞いてやろうと思っていると、まさかの、己の腕の中から出ていこうと栞里が動く。この状況に恥じらっている様子も濃いが、それだけではない。


「ルーシェ、離してください」
「…このままで話せ。そいつらは危ない」

 あなたの腕も大差ない、と言い返したくなるのを堪えながら、この距離でも伝わるだろうかと栞里はとにかくこの状況で可能な範囲で姿勢を正し、頭を下げる。こちらがベッドの上から、しかも多分彼女達の上に立つ人のそばからって、どんな謝罪だとものすごく文句を言いたいが。



「あの、二人から見たら、わたしの歳ではものすごく幼い子供に見えるのでしょうけれど、わたし、一人で身の回りのことはできる歳なんです。わたしの国では成人しています。だから、昨日は色々ご面倒おかけしましたけど、一人でできますので。本当に、すみません」


「なぜお前が謝る」


 不機嫌な声が背後から降ってくるから、なぜか、この人に対しては言い易くて憮然としてしまう。

「あなたが彼女達に何か怒っているから。でも、それ、わたしのせいですよね」


「…色々お前、おかしいぞ」

「何かおかしいのかわからないです。優しくしてくれたのに」

「…ほう」


 あれを、優しい、で片付けるのか、とルーシェの表情が不敵な笑みをたたえたことを栞里は気づかない。代わりに気づいたリアとフローが顔を引きつらせる。



「申し訳ありません。あまりに可愛らしくて。止められない、と男どもが言い訳めいたことを言う理由をまさか身をもって実感するとは思いませんでしたが」
「リア、何を言っているのっ。ちょっと、愛でたいと思ってしまったらもっと近づきたく…ではなくて。別段、そう言った嗜好ではありません。まあ、好みであれば、問わないけれど」
「フローっ!」

 咎めるリアの声にフローが口をつぐみ、二人が揃って栞里を見上げる。


「あなたはここでは知らないこと、慣れないことばかりのはず。お側でお手伝いをしてよろしいですか?」
「…わからないことを、教えてくれるの?」
「許していただけるなら」
「こちらから、お願いします」


 花が綻ぶように、暖かなひだまりのように笑う栞里に、リアとフローはほっとしながら、その背後を見やる。
 なんでも一人でやる男は。手伝いなど必要としない男は。




 精霊でもうろたえるほどの美貌で微笑む。


「呼ぶまでに朝食の支度をしろ。ゆっくりでかまわん」



 遠回しに、出て行け、と言われ。




 二人は意を決して栞里を見つめる。



「何かあれば、声をあげてくださいな。きっと、聞こえますから」


「え?はい?」





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