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3 森でした

1日目 夜

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 ものすごい推しの強さ、というのか、ほっそりとした女性二人に運ばれるようにして連れて行かれたのは広々とした湯殿で。栞里は石と木を組み合わせて造られた品の良いそこに感嘆のため息を漏らしていたのだが。


「変わったものを着ているわね」

「これ、どうやるのかしら…ああ、こう?へぇ」


 と声が聞こえて我にかえる。

「え、ちょ!?」




 気づけば、裸に剥かれていた。いや、女性だから表現が違うか、と思ったが、一緒だと思い直しながら、慌てて体を隠そうとするのに、この人たちは遠慮会釈なく自分たちは薄衣一枚を纏って栞里を湯殿に誘う。いや、いつの間にあなたたちも脱いだんですか、と言いたいのを堪えながら抵抗するが全く効き目がない。


「見た目より力が…」
「当たり前でしょ。人族の力でそうそう太刀打ちされてはたまりません」

 ふわふわした人が言うと、もう一人が涼やかな目を真っ直ぐに向けてくる。


「わたしはリティシア。月の精です。これはフローリア。花の精。リアと呼んでください。フローに誘われて気配を追ってきたが。こんなに好ましい人族がいるとは思いませんでした」
「は、精…??」

 いや、そう言われれば納得するしかないくらいの美しさだけどと栞里はまじまじと見つめてしまう。フローリアもやんわりと微笑んで、一度その目をリアに向けた。
「先を越すなんて、ひどいわね。わたしはフローと呼んでね。わたし達は直感を信じるの。だから、そんな、なんで、なんて顔をされても、理由は説明できないから聞かないでね」
「心を読んだわけではないですよ。顔に出てます」


 心を読んでいるのかと言う状況で進んでいく話に栞里が目を白黒させていると、繊細な手が無遠慮に伸びてきた。


「ひえっ」


 栞里のイメージからすれば、高級旅館の大浴場、といった広さの中で、栞里にとっては不意打ちで湯を体にかけられる。あまりに巧みに促されていたのと、話に面食らって気持ちをそちらに持っていかれていたが、湯の近くに置かれた石造りの台に座らされている。石、だと思う。その割に硬くないし痛くない。
 などと思っていると、どこに石鹸があったのか、リアが綺麗に泡立った手で栞里の腕を擦り上げた。
「え、あの、自分で。自分でできますからっ」

「ルシエール様に任せておくと放っておきそうだったもの。汚れていて気持ち悪かったでしょう?」
「この腕は、怪我をしたのか?癒しの痕跡がある…」


 リアは言いながら、一箇所をやわやわと撫で続ける。そんなことを言われていたけれど思い出せないし。なんだろう、全然話を聞いてくれない、この人たち、と栞里はどんどん混乱していく。
 と、今度はフローが髪を洗い始めた。髪は、このところヴィルに洗われることもあったから、て慣れるわけないっ。美容院で洗ってもらうのはいいけれど、服を脱いでこっちは素っ裸で傅かれてるようなこの状況。ありえない。日本人の感覚からは、無理、と逃げたいのに、やっぱり逃げられない。


「すごい、この髪、気持ちいい」

 うっとりとフローは言いながら栞里の髪を丁寧に洗う。気持ち良いのだが、それがまた困ってしまう。
 そして、リアの手は反対の腕を洗い、首元から胸元にいつの間にかきていた。背中側にはフローがいて後にしたようだが。

「ひっ」


 人に触られたことなどない胸の膨らみも遠慮なく手が滑っていく。まさか、大人になって、胸が膨らんで最初に触られるのが女の人とか、と泣きそうな気持ちになる。

 それからふと考える。うん、初めてだ。最近、ヴィルが来てからあの人も距離感がおかしいから考えてしまったが。こうして触られたことはない。もちろん服の上からも、多分。記憶が曖昧なのはよしとしよう。嫌な顔をしているヴィルが思い浮かんで、思わず笑みを浮かべそうになるが、それどころではないことをリアの声で思い出した。


「肌も、吸い付くようですね。ずっと触れていたくなります」
「あら、リア、ずるいわ。髪はしばらくこのまま置いておくから…さあ、シオリ、横になって?」

「え、なに、ちょっと。話聞いてます?」


 抵抗も反論も受け入れてもらうことはできず、そのまま栞里は石の台座に押し倒される。4本の繊細な手が体を動き回り、洗ってもらったはずなのに疲労困憊しているのはなぜだろう。ひっくり返されたり好き勝手に体を触られ、いろんなものがごりごりと削られた。気持ちの面で。

「ああ、疲れているのですね。そのまま湯殿に入れば溺れそうです」

 声と一緒に衣擦れの音がしたと顔を挙げれば、それまで薄絹を纏っていた美しい人たちまで一矢纏わぬ姿になっている。美しすぎるその肢体に目を奪われ、慌てて目を逸らしたのだけれど、逸らしたはずの体が触れる。
 湯殿で暖まってから仕上げをしますから、とまたも二人に抱えられるように湯に入れば、少しとろみのあるような湯は心地よい湯加減で。
 だが、のぼせそうなのは、この二人のせいだ。

「あの、リア、フロー、本当に離れてください…恥ずかしくて」
「あら、ルシエール様がこれをやったら恥ずかしいでしょうけれど。女同士なのだから気にすることはないわ」


 理屈の条件がまずおかしい。なぜルーシェ?
 ものすごく譲って、温泉などの大浴場にいると思えば同じ湯船にいるのも仕方ない。ヴィルが半獣人の姿で入浴するときに軽装で背中を流していたのを少し反省しようかと思ったが。でもそれほど抵抗はしていなかったように思うと、ここでは普通のことなのかと頭をよぎるが、ならばなおさら遠慮したい。
 栞里が転びそうだからと、不要なほどに密着している二人の体が辛いのだ。リアの張りのある胸の膨らみとか、フローのふわふわした大きな胸の心地よさにびっくりするとか。と言うか、支えるにしたってこんなに密着することないと思う、と羞恥に顔を上げられない。
 栞里の様子にお構いなしの二人は、栞里がヴィルの毛並みに触り始めると止まらないのと同じように、栞里の肌に手を滑らせ続けている。何が気に入ったのか知らないが、くすぐったいし本当に羞恥で死にそうだ。


 なんの辱めなのか、と堪えることしばらく。ようやく湯から上がるが、いろんな意味でのぼせている栞里はもうなされるがままだ。
 もう一度石の台座に横たえられると、きつい香りが苦手な栞里も良い香りと感じるようなオイルをそれぞれ手に取る。
 マッサージをするようにオイルを全身に塗られるのだが。



(え、これ。手の動きが)


 どうにも不埒に感じるが、女性同士だしとかえって、おかしなことを意識してしまっているようで抵抗も抗議もできない。が、絶対におかしい、気がする。経験がないからわからないけど。オイルマッサージも、そういう行為も。
 どうしよう、と身を固くしていると、不意に布がかけられる感覚と一緒に、大きな手に抱え上げられる。



「お前達、いい加減にしろ」



 冷え冷えとした声に、追いかけてきていた手が体から離れていく。


「出入りできないようにするぞ」


 その言葉に、彼女達が住人ではなく、入れる者、なのだと思う、精霊なのに、と思いながら、体が火照ってもう目を開けるのも億劫で、栞里は助けてくれた手に身を任せる。



つもりなら、顔を見せるな。ただ世話をするだけなら、一晩反省して、明日、これが許せばそばにいるのだな」






 どこに、運ばれるのだろう。


 ふわふわとしながら、いろんなことが五月雨式に襲ってくるからすっかり疲れて、とても心地よいふわふわしたものに埋もれる。さっきまでいた、ベッドのよう、と思いながら離れていく心音に無意識に手を伸ばす。ずっと、ヴィルの近くで寝ていたからか。離れるそれは寂しくて。



「…おかしな娘だ。精霊があそこまで気にいるとは。…食事をさせてやれなかったな」



 離れた体温が戻ったと思うと、口から水が流し込まれる。風呂上りのそれは美味しくて、半分眠ったような状態で、繰り返し、もっと、とねだりながら、を握りしめて、栞里は眠った。


 深く考えられず、眠るしかないほどに疲弊したのは、良かったのかもしれない。考えてしまえば、きっと、眠ることもままならないだろうから。





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