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しおりを挟むむぎくん、何撮ってるの?
画面の中の、今とあまり変わらない凪瑚が照れ隠しのような憮然とした顔で画面越しのカメラを構えた相手に言う。
琥太狼が編集したものの前に、凪瑚が紬から受け取っていた、紬が撮りためたという動画を先に流していた。それも、1人では見返せなかったから、と琥太狼が預かっていた。
凪瑚の腕の中には、赤ん坊。佳都が哺乳瓶からミルクをいい勢いで飲んでいる。
なーがいつまでこんな風に頻繁に来てくれるかわからないからね。この子が大きくなったら、誰のおかげですくすく育ったか見せないと
何言ってんの。わたしいなくたって関係ないのに
呆れたように笑う、その場所は琥太狼も見覚えのある場所。加瀬の家。加瀬の姿はない。
脩平さん、なーがいると機嫌いいから
むぎくん、それはいいことじゃないと思うの
困った凪瑚の顔。凪瑚を「なー」と呼ぶ声は優しい。
「凪瑚は、紬さんとどういう関係?」
「高校の先輩。女の子にも男の子にも人気だったよ。かっこよかったから」
それは想像できるな、と琥太狼は腕の中の凪瑚の頭に顎を乗せてふふ、と笑う。その震動に凪瑚が少しだけ視線を寄越した。
「スカート、履いてたの?」
「履いてなかったね。すごく人気なのに、人を寄せ付けないの。まあ、事情を聞いたら納得だったけど。で、むぎくんが高校卒業するときに、女の子相手でもそういう欲求あるか、試したの」
「…そこに話が落ち着くのか」
前に聞いた覚えのある話。女同士、のやり方は知らないけれど。もや、とするけれどそれを見せれば凪瑚は紬の話をしなくなりそうで、琥太狼はそれは見せずに画面に目を戻す。
そのうち、映像の舞台が変わる。見覚えのある加瀬の家、ではなく、こぢんまりとした質素な印象の部屋。
加瀬と離婚した後に紬が住んでいたアパートだ、と短く凪瑚が解説を入れる。当たり前のように、凪瑚がいつもそこにいる。
「一緒に住んでた?」
「住んでないよ。ちょくちょく、行ってただけ。むぎくんがそうちゃんお腹にいるってわかった後は特に。体調良くなかったし、精神的にも不安定だったし」
それはそうだろう、と琥太狼は凪瑚の髪を撫でる。性認識が男である紬が妊娠する、という現実は受け入れるのはどれほどのことだろう。
アパートに移ったあたりから、カメラが定点になった。紬も一緒に映っている。どんな心境の変化、と聞くと、凪瑚が悲しそうな顔をした。
「わたしが仕事でいない時とか、デートしてる時とか、これ見て精神安定剤にするってこうなった。仕事はともかく、デートは気にしなくていいって言ったら、すっごい怒られたなぁ」
時期的にきっと、琥太狼も顔を合わせたあの男。この時期はまだ、あんな状況ではなかったのだろう。そうだったら、紬が黙っているとは思えない。
画面の中で、細身で、お腹だけがやや膨らんでいる紬が、凪瑚の胸に顔を押し付けて、ぎゅうぎゅうと抱きついている。2人抱きしめあって横になっている姿は、紬が凪瑚に縋り付いて自分を繋ぎ止めているように見えた。
むぎくん、誰がなんて言っても、むぎくんのお腹にいる子も、むぎくんも、けいちゃんも、大好きだよ。大事な大事な、無くなったら困るわたしの大事な人たちだよ
凪瑚も、しっかりと紬の頭を抱え込んで、その頭に鼻先を埋めて囁いている。
むぎくんがどんなふうに感じていても、むぎくんの子がわたしは大事。大好き。むぎくんは、わたしの大事なもの、大事でしょ?むぎくんにしか産めない子で、むぎくんがいるから、生まれてくる子だよ
乱暴
やっと聞こえる声が、つぶやいた。
佳都も奏真も、これを見て、どんなふうに紬と凪瑚に待ってもらっていたのか、大事にしてもらっていたのか、知れる子になってほしいと、琥太狼でも思った。受け入れ難い状況なのに、大事。そんな、矛盾した感情に呑まれないように必死に縋っている。
背後から、琥太狼が凪瑚の腰に回した腕に無意識に力を込めた。
どれほど凪瑚が紬を大事に思っていたとしても、今は自分の腕の中にいる。
「凪瑚、俺が落ち込んでたらああやって抱きしめてくれる?」
「?」
不思議そうな顔。
琥太狼がそんなことあるの?とは言わない。
腕の中で、もぞもぞと向きを変えた凪瑚が、琥太狼の腰に手を回して、厚い胸に頬を寄せて目を瞑る。
安心し切ったようなその様子に、琥太狼まで心が安らぐ。
凪瑚のそばが、ヒュゲリ。
自分にとってそれは、凪瑚を見つけなければ見つからないだろうと、日本を離れてこの言葉に触れて感じた気持ちは、ずっと変わることがなかった。
「琥太狼くんは、腕に余るなぁ」
「は」
笑おうとして、つぶやいた凪瑚がそのまま、体を起こして手を伸ばした。
膝立ちになって、琥太狼の頭を凪瑚が抱きしめてくれる。
「髪、柔らかい。…うん、これはこれで、わたしがほっとするだけかも。琥太狼くん抱っこできるなんて、すごいなあ」
「おま…」
不意打ちすぎて、琥太狼が絶句する。
嫌だったのか、と不安そうに覗き込まれて、琥太狼は顔を隠せずに泣きそうな顔をなんとか堪える。
まさか、涙腺にくるとは思わなかった。
「今じゃない。大人しく見てろ」
手を、出したくなるじゃないか。
画面に凪瑚の注意を戻して、しっかりと不意打ちの動きをさせないように、抱きしめなおした。
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