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しおりを挟む当たり前のように指を絡ませて手を繋がれ、なんだか歩き慣れてきた道を歩いて、ああ、琥太狼の家に向かっているんだな、と凪瑚はこっそり琥太狼を見上げる。短い顎髭がよく似合っていて、正直、ものすごく、ツボだった。
視線に気がついた琥太狼と目があってしまい、焦って逸らすと、くい、と絡めた指で呼ばれた。そんな小さな仕草で伝えるとか、手馴れすぎだ、と思いながら視線を戻す。
「ひげ…」
「ああ…嫌い?清潔感ないイメージあるもんなぁ」
凪瑚と繋いでいない方の手でさする仕草が、男らしくて胸が痛い。いや、これは完全に、色々暗示にかかったりなんだりで、ダメな兆候だ、と凪瑚は表情がどうなっているのかもわからなくなって混乱する。別れたばっかりで何やってるんだと思うのに、かっこ良すぎるこの人がいけないと責任転嫁したくなっている。
「…似合ってる。な、と…思って」
ミテマシタ、と片言のように目を逸らした凪瑚を、琥太狼は驚きを込めてまじまじと見下ろす。どうやら好みらしい、が、そこか、反応するのは、と複雑な気分にもなる。凪瑚が捕まらなくて色々やる気が起きなくて、無精していた結果のようなところがあるのだが。
「凪瑚さぁ…それ、わざと?」
「わざと?」
おうむ返し。わかってないな、と琥太狼はため息をつく。恥じらうその仕草も、その視線も、琥太狼を期待させるばかりなのだけど。
往来で、と、とにかく一旦取り繕うように琥太狼は静かに息を吐き出してざわざわするものを鎮めながら話題を変える。
「どんな話してたの?」
「あ、お店の話」
話題が変わってホッとしたように、凪瑚の声に芯が通る。
「店?」
「Hygge。琥太狼君のお父さんがオーナーなんだってね」
「あー。それか」
「…そういえば、琥太狼くんって今、名字なんなの?お父さんのところに行ったんでしょ?」
完全な、むしろ古風なくらいの日本名でこの外見で、小さい頃それもからかいの原因だったな、と思い出しながら、琥太狼は変わってないよ、と応じる。
外見一つで、からかって馬鹿にしていた奴らが、掌を返したように取り巻きになろうとする。ただ、名前と外見のミスマッチのせいか、それとも名前をもじってからかっていたことを思い出させて不快な気分にさせるとでも思ったのか、痩せて人がすり寄ってくるようになってからは、名字でばかり呼ばれるようになった。
「深見、はそのまま。凪瑚の羽佐美と音が似てるんだよな」
「あ、ほんとだ。小さい頃は名字でなんか呼ばないから気がつかなかった」
顔をパッとあげて、嬉しそうに笑う凪瑚に、琥太狼も笑みを返す。凪瑚が呼べばなんだって、自分にとって大事なものに感じられる。凪瑚には、呼んでほしい。
「ルードルフ、って父親のファミリーネームが増えただけだよ。日本じゃ面倒だし、深見琥太狼のまま」
「…名前と外見が、ほんとミスマッチで面白いっ」
凪瑚が言うと、嫌じゃない。素直に、だな、と、笑える。
「父親がドイツの人で、父方の祖母がデンマークで、あの店の名前はなんかその流れでつけたらしい。俺が生まれる前に父親は拠点をドイツに戻していて、その前に始まった店で…凪瑚にあそこで会うなら、ちゃんと聞いておけばよかったな」
あちこちの血が入ってるんだなぁ、と凪瑚は琥太狼を見上げる。それぞれのいいところばっかりとると、こんな風な見た目になるんだろうか。
「今度、聞いておいて教えてね」
「…今度、って凪瑚から言われると、それだけで嬉しいんだけど」
微妙な間のあと、口元を大きな手で覆って言われて、凪瑚は居心地悪く俯く。そんなに、扱い悪かっただろうか。確かに、どう返していいか分からないことを言われてはぐらかして終わり…は、多かった気もする。
「え…っと。どのくらい、向こうに…ドイツ?に、いたの?」
「10年はいなかったんじゃないかな。父親が、日本で別れた母親のこと忘れてなくて、探し出して。その時に初めて俺のことも知ったらしい。ああ見えてうちの母親仕事人間だから、向こうに連れていくのに何度も説得に来てたな」
その話をする琥太狼の顔は柔らかくて、いい関係なんだな、と凪瑚はあったかい気持ちになる。琥太狼のお母さんは、たくさん働いている印象だった。いつも忙しそうで。でも、母子2人の家族は、とても仲が良く見えた。バラバラの、凪瑚の家とは違う、と思った。あの頃も。
「大学の途中から、日本の大学に通うことにして、俺だけ日本に帰ってきた。…両親が出会ったきっかけがさ」
「うん?」
不意に思い出したように言う琥太狼の口調が楽しそうで、顔を上げる凪瑚には、顎髭の生えた綺麗なラインの顎と、そこまでかっこよく感じる理由が不思議な首と、明るい色の髪が少し伸びて首筋にかかるあたりの、そういうところしか見えない。
「カメラなんだよな」
「へぇっ」
「俺が使っているのと同じメーカーのカメラを持って、街中で趣味で写真を撮って散歩してた母親に、父親が声をかけたらしい。母国のカメラを持って歩いている若い女性を見て、里心でもついたらしい」
母親の趣味が、カメラに興味を持つきっかけでもあった。
楽しそうにそんな風に話す琥太狼は、凪瑚には眩しい。大人びて、かっこよくて近寄りがたい琥太狼よりも魅力的に映る。
いいね
呟くように口をついて出た言葉に、琥太狼が、だろ、と笑うのがおかしくて、凪瑚は思わず、それまで引かれるばかりでいた指に力を込めて、大きな琥太狼の手を自分の方から握り返した。
それに応えるように込められる力に、ただただ、くすぐったい感情が渦巻いて、いつものことだけれど、同じだけ不安な気持ちが迫り上がってきた。
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