ヒュゲリ

明日葉

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 凪瑚は、広い加瀬の家のリビングで佳都と奏真と過ごしながら、今日が命日の姉を思い出す。
 きれいな人だった。清楚な、と言う表現が似合う人で、なんでもできた。歳がもっと近ければ、きっと学校などでも姉と比べられたんだろう。平凡な見た目の自分とはあまりにもかけ離れた人。
 ただ、好かれてはいなかったんだろうな、と思う。自分には、あたりが強かった。

 凪瑚のせいで、うちはばらばらなんだよ

 そんな姉の声は、ずっと頭から離れない。その後どうしたのかも何も覚えていないけれど。なんで、自分のせいなのかも、わからない。ただ、生まれたとき、心臓が弱かった。それは成長につれて自然と治ったけれど、そんな風に生まれたせいだと、そんな話だったような気もする。
 きれいな姉は、兄の親友だった加瀬とも仲が良かった。公園で遊んでいると、よく加瀬と姉が一緒に迎えにきた。危ないから、と手を繋いでくれる加瀬が嬉しかったけれど、一緒に歩く姉は、怖かった。どんくさいから、心配させてるのよ、と、迷惑かけちゃだめよ、と。

「なこちゃん?」
 不思議そうな佳都の声に我にかえった。
 子どもたちと、慣れていない恋人…婚約者を一緒に居させるのも心配なのだろうけれど、子どもたちと自分だけが加瀬の家にいる、というのもなんだか居心地が悪い。また、怒らせそうだな、と思う。
「ごめん、ぼんやりしてたね。…ねえ、けいちゃん。パパのお家にいた女の人は?」
「?もうずっといないよ」
「うん?」
 どう言うことかな、と首を傾げながら、むぅー、と伸びをしている奏真に目を向け、ふわふわしたお腹をくすぐっていたずらをする。
「なこちゃん、あれ、光ってるよ」
 佳都に示されたスマホを手に取ると、確かにメッセージが来ている。
 名前を見て、反射的に固まった。あの日から、一度も連絡なんかなかったのに。
 やっぱり終わりのつもりで、終わりをいつ告げようかとずっと過ごしていたんだろうなと納得していたんだけど、と、その、別れた人の名前を見る。

『話したいことがあるんだけど、今から会える?』

 急な話。でも本当に話があるなら、今は無理、と言っても今度は予定を合わせようとするんだろうな、とため息をついた。無意識に漏れたため息に、自分の方もあの人からの言葉に怯えながら過ごす時間に疲れていたんだと思い知らされる。


 身内の子どもを預かって面倒見ています。一緒で良ければ


 かまわない。家ですか?


 家、だったとしても、来て欲しくない。かまわないんだ、と思いながら佳都と奏真に目を向けた。この子たちなら、まあ、大人の話していることの意味は、そんなにわかる歳でもない。相手が誰かわかっていなくても、同席を許したと言うことは、まあ、大丈夫な話なんだろうと凪瑚はファミレスを指定する。
 すぐに応答があって、凪瑚は帰ってきた加瀬が心配しないように、一報入れながら佳都に笑みを向けた。

「けいちゃん、少しお出かけしよう。急いでお話があるよって、呼ばれちゃって。一緒に来てくれる?」
「いいよぉ」
 にこっと笑う笑顔が可愛い。
 ほっとしながら、奏真をバギーにするか抱っこにするかを悩んで、バギーを出す。話の内容によっては、抱っこしたままではいられないかもしれない。バギーだと、佳都と手を繋ぎにくいけれど、だいぶ聞き分けが良くなってきたからなんとかなるだろう。










 店内に入ると、先に着いていたようで、手をあげる気配にそちらに目を向け、佳都を奥に座らせてから凪瑚も座る。邪魔にならないようにバギーを置いて、眠ってしまった奏真は店員に断ってそのままにさせてもらった。
「…ちっちゃいな」
「義兄が出かけていて、見ていたの」
 義兄、と聞いて、少し微妙な顔をされる。付き合っていた時も、義兄の仕事の関係で会うのを断ったりしていたせいかな、と首を傾げながら、佳都に食べたいものを聞く。
「お義兄さん、子どもいたんだ」
「むぎ君が引き取ってたんだけど」
「え?」
 紬の名前は今までも出していたから普通に出すと、不思議そうな声が帰ってきて、凪瑚は顔を上げる。なんとも言えない表情に、凪瑚は首を傾げた。
「むぎ君、て言うから男かと…と言うか、お義兄さんの奥さんだったの?」
「?」
 まあ、男といえば男なんだけど。詳しく説明するものでもない。それに、顔は合わせたことがあるはずなんだけどなぁ、と思うけれど、どれもこれも、今さらだなぁ、となんだか混乱している様子の彼の言葉を待った。
「男友達、優先してるのかと思ってた」
 そういえば、付き合い始めてすぐくらいに紬の病気がわかった。そのあとは、子どもの面倒を見るでも、紬の病院につきそうでも、見舞いでも、時間の大半を割いていた。
「むぎ君、入院してるから手伝ってくるって、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてたけど…なんで男友達の入院の手伝いを凪瑚がするのかと思ってた」
「その場で言ってくれればいいのに。…とは言っても、実際性別関係ないですけどね。友達、入院していて手伝えることがあれば手伝うの、普通ですよね」
 誤解、もあったんだなぁ、と思うけれど、それをなんとかしておけば良かった、とは思えない。そう言う隙間に彼女は入り込んだのだろうけれど、でも、自分と別れていない状態で、他の女性とああ言う場所に行ける人、なんだ、と。

 なかなか、話、と言うのが始まらなくて。佳都がこれ、と選んだパフェは大きくて1人では食べきれないよ、と似たような小さなサンデーを頼んだけれど、それも食べてしまって、汚した手や口の周りを拭いてやって、飲み物を取ってきてやって。それでもまだ始まらない話に、凪瑚の方から促した。
「話ってなんです?東海はるみさん」
 変わった苗字。名前でそういえば、最後まで呼ばなかったな、と凪瑚は思う。呼び方を直して、とも言われなかったし、そうするときっかけがなくて、照れてしまって、呼べずに終わった。
「…凪瑚は、そんなに俺と別れたかった?」
「え?」
 別れたかったのは、あなたでしょう、と凪瑚は首を傾げる。
「恵美香は、俺と付き合う気なんてなかった。凪瑚は知ってたんだろう?だって彼女は君のお義兄さんと付き合ってた」
「…付き合っていることは知ってたけど。でもそれを、あえて自分の彼氏に伝えるの?彼女とは付き合えないよって?おかしな話じゃない」
「あれで諦めてもらうつもりでついて行ったって、言われたよ。君は、気づいていただろう?俺がふらふらしてるのを。それでも別れを切り出さないから…あんな風にあそこで会わなければ、やり直せた」
「は…?」
 やり直せた?何を?
 凪瑚は言われている意味がわからずに面食らう。
「あの時一緒にいた男は、頼めばなんでもやってくれる男だって、恵美香があとで知ったって教えてくれた。ああやって別れた後で、恵美香の方も恋人に別れを告げられたって。仕組まれたって言ってたよ。凪瑚は自分が別れて、恵美香にも失態をさせて、自分が恵美香の彼氏を手に入れたかったんだって。…凪瑚はずっとお義兄さんのことが好きだった?」
「は…」
 言われている意味がわからなくて、凪瑚が咀嚼しようとした時、不意に腕が伸びてきた。
 見上げると、鳶色の目が見たこともないほどに怒りを湛えていたけれど、すぐにそのまま顔を分厚い胸板に押し付けられる。
「凪瑚、なんでこんなやつと外で会ってるの?」
 ぎゅう、と抱きしめられて、苦しそうな声が降ってくる。
「おいっ」
 東海の声が追いかけるけれど、凪瑚はそのまましっかりと琥太狼に顔を隠され、琥太狼がもう片方の腕を佳都に伸ばしたのがわかった。なかなか人に懐かない佳都が、その手に抱え上げられたのが、押し当てられた筋肉の動きで伝わってくる。
 何度か荒い呼吸をして、押し殺したような声の振動が体に伝わる。
「あの女が凪瑚に何をしたのか、聞いてみろ。二度と、凪瑚に近づくな」
 地を這うような声。びくり、と小さな体が震えるから、咎めるように体を叩くと、開放はしてもらえないけれど柔らかい声で、佳都に謝るのが聞こえる。
「ごめんね、ちょっと首に捕まって」
 離すなら、凪瑚の体に回した腕を離せばいいのに。琥太狼はごそごそと動いている。凪瑚の視界は琥太狼に押さえつけられていて何も見えない。ただ、お金を置いてくれたのだな、佳都をつかまらせてバギーを押しているのだな、と察しながら、ずるずると連れ出される。



 店から出て、いつまでこのままなんだろう、と歩きにくいと思っていたところで、場の空気を気にしない声に呼ばれる。
「凪瑚?お前何やってんだ?」
 そういえば、合流しよう、ってメッセージが来ていた。
 ようやく緩んだ腕から振り返る。
「兄さん」
 実の兄と義兄。どっちを呼んだのか。それぞれに自分が呼ばれたと判断したらしい2人は、同じような仕草で頷きながら、強引に凪瑚と子どもたちを連れ去ろうとしているようにしか見えない琥太狼に厳しい目を向けた。




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