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しおりを挟む何食べたい?と歩きながら聞かれて、うどん、と答えた凪瑚に、琥太狼は笑う。横文字の名前の料理とか、有名な店、流行りの食べ物、そんなもの考えもしないんだろう。きっと、昔から知っている男の子、だと気付いていなくても、凪瑚は同じことを言ったんだろう。
「手がかかんないよなぁ」
「はい?」
ぼそっと呟かれた言葉が聞き取れなくて聞き返すと、琥太狼の大きな手が上から降りてくる。さらさらした凪瑚の髪は、まとめてもすぐにほつれてきてしまうのに、琥太狼が昼間まとめてくれた髪は今も綺麗におさまったままだ。不器用なだけだと改めて思い知らされつつも、髪を結えたその器用な手が今度は慣れた手つきで包丁を握るのを眺める。
「もっと、面倒なこと言っていいんだぞ?」
「ん?わたし、めんどくさい方だと思うんだけどな。かなり」
マイペースだし、頑固だし。と、ぶつぶつ言っている凪瑚を、そういうことじゃないんだよなぁ、と苦笑いで眺めながら琥太狼は目を細めて笑う。
「凪瑚、休んでていいよ。朝はちびっこいのの世話焼いてたんだろうし、その後俺が連れ回したし、疲れたろ」
「大丈夫。遊ぶ体力はいっぱいあるから」
むしろ、とふと気付いて苦笑いになる。昨日の騒ぎも、会社に来るなと言われたも同然の状況なのも忘れて、ずっと楽しんでしまった。こんな釣り合わないようなイケメンに成長していた幼なじみと、知らずにデートみたいなことをして浮かれていたんだろう。
「手伝えることある?」
「今日は、振舞わせてよ」
手伝う、と言っても琥太狼の手際が良すぎて、手出しする余地がない。出汁をとって、つゆを作っているようだが、どんどん具が下準備されて放り込まれていく。
頃合いを見計らうように大きな鍋の湯が沸騰して、綺麗に乾麺が広がって、すぐにお湯の中で踊り出す。
「凪瑚、味見して?」
差し出された小皿を受け取ろうとすると、ダメ、と渡してもらえない。いやいや、と思うのに、にっこりと王子様みたいな顔で微笑まれたら、抗いきれない。
その状態で味見するのも照れて恥ずかしくていたたまれないのに、猫舌だからそのまま口をつけるのも怖くてふぅふぅ吹いていると、楽しそうな声が頭上から降ってくる。
「猫舌?」
「ん」
短く応じながら、おそるおそる口をつける凪瑚の表情を琥太狼は見守る。口にあったんだな、とひと目でわかるような目をした凪瑚が、おそらく無意識で、唇を舌で舐めながら見上げてくる。
「美味しい!すごい、こんな短時間で」
「よかった」
ぐ、と、一つ飲み込む。凪瑚が舐めとった唇や、その舌の方がよほど食べたくなるなんて、今は抑えなければ。
きのこ類や、にんじんや里芋、油揚げを入れたつゆで、きざみ納豆が乗ったその、納豆の真ん中に、うずらの卵が生でぽこんと主張している。
ずる、とすすって、凪瑚は嬉しそうに笑った。茹でている時からそんな風に見えていたけれど。
「稲庭うどんっ」
「ご名答。口に合う?」
「すごく」
はふはふ、と、美味しそうに食べるのを確認して、琥太狼もダイニングテーブルに向き合って一緒に啜る。一緒に菜ものの辛子和えとフライパンで作ったなんちゃって揚げ出し豆腐を凪瑚は嬉しそうに食べている。
「琥太狼くん、料理得意なんだね」
幼なじみとわかったからか、言葉遣いに躊躇いがなくなった。頷きながら、琥太狼はうどんをすすった時にはねたつゆが頬についているのを手を伸ばして親指で拭いとる。
「子供の時、凪瑚の家に行って、凪瑚がお母さんの手伝いしてたの見て、やろうと思ったんだよ。子供でも、ご飯が出てくるのを待つんじゃなくてできることあるんだよなって分かって」
「……そう聞くと、わたしすごく偉い子みたいだけど、やらないと叱られるからやってたんだよ?」
「なんでもいいんだよ。まあ、火を使うとか、刃物使うとか、できる年になるまでは母親が色々やってくれたんだけど。でも頼んだら、そうやって手伝う前と食事も変わって、母親との時間も増えた。食事の俺ができないことやる時間の代わりに、母親の髪、結ったりとか」
「そこにつながるのね」
面白そうに、凪瑚が琥太狼の話を聞く。
おしゃべりをしながら、つゆまで全部飲んだ凪瑚が、片付けはする、と先日のように言うから、琥太狼は一緒に立ち上がった。じゃあ、一緒にやろうか、と。
やっぱり凪瑚には高いキッチン周りは、琥太狼にはちょうど良くて。並んで洗い物をしながら触れそうで触れない距離でなんでもない話を続ける。
ただ、やっぱり琥太狼のスキンシップは凪瑚にとっての普通とはかけ離れているくらいに多くて、さすがに洗い物が終わって食後のコーヒーを入れてくれているのを眺めながら指摘してしまう。
「琥太狼くん、スキンシップ多い」
「いや、幼稚園の記憶でつい同じようにしちゃうと、こうなるんだよな」
「ふむ…」
そう言われれば、確かに幼稚園生じゃこんなもんか、と納得しかけて、首を傾げる。
「琥太狼くん、最初から気がついてたってこと?」
「あー…うん。ああ、あとはほら、日本離れていた間に向こうの洗礼受けてるしなあ」
「どっち?」
言葉をしっかり聞いている凪瑚はごまかされない。咎めるわけでもないが、首を傾げて言われて、琥太狼はうーん、と凪瑚の顔を見つめる。
リビングのソファテーブルにカップを2個置いて、凪瑚の腕を引いた。ソファに寄りかかるように床に直に座って、足の間に凪瑚を座らせる。
その流れるような仕草に、経験値の差を感じて凪瑚はうろたえるのに、逃げられないようにしっかりと背後からホールドされてしまう。
「両方、全部本当。最初から気がついていたのもそうなんだけどさ」
「言ってくれればいいのに」
「名前聞いて、この外見でも思い出さなかっただろうが」
「いやだって…」
ヤリチン探してて見つけた相手と小さい頃の記憶のままの男の子と結びつかなかった。そんなイメージは一切なかった。当時、女の子たちに囲まれていたような記憶もないし。
「だって?」
凪瑚が飲み込んだ言葉は想像がついているのに、琥太狼はあえて言わせようと促す。余裕を見せつけるかのように、長い腕を伸ばしてテーブルからカップをとって、凪瑚を抱えたままそれを啜りながら。
「…ヤリチンとは結びつかなかった」
消え入りそうな声で言うのを、琥太狼はくつくつと喉の奥を鳴らして笑う。抱えられた体勢は諦めたように、そのまま膝を抱えてカップを持つ凪瑚の肩に額を乗せて、琥太狼は少しだけ腕に力を込めた。
「すぐにわかったよ。凪瑚だって。でも、薫音さんと話しているので、探しているのが俺だっていうのも、わかった。どっちで名乗ろうかって、悩んだよ。幼なじみだって名乗ったら、凪瑚は誰かが教えない限り、ヤリチンはきっとずっと見つけられなかった」
「う」
でもあの時、ロウを探しに来ていた凪瑚に必要なのは、幼なじみの琥太狼ではなく、あの界隈で有名なロウ。そう思った。ただ、他の誰かにするのと同じようには、凪瑚にはできなかったし、やりたくもなかった。
「凪瑚」
額を肩に乗せたまま、凪瑚を呼んだ声は、少し掠れている。
すり、と、こめかみを凪瑚の首筋になつくようにすりよせた琥太狼は、そのまま顔を上げて、凪瑚の小さな耳を甘噛みする。
驚いた凪瑚が手にしているカップを落とさないように、片方の手は抜かりなくそのカップを掬い取ってテーブルに置いていた。案の定、肩を跳ねさせた凪瑚の手からは力が抜けている。
「凪瑚が、この間彼と別れたばっかりなのは知ってるし、俺のことは一晩だけお願いを聞いてくれる、親友のことを知るために会いたかった男なのもわかってる。でも、俺は小さい頃一緒に遊んで、再会した夜にも相変わらず友達を大事にしていた凪瑚と、今日みたいに当たり前に会いたい」
「……」
腕の中で、凪瑚が緊張して固まっているのを感じ取りながら、琥太狼は片腕で少し凪瑚の体の向きを変え、カップを受け取った手をそのまま、凪瑚の頬に添える。大きな手は、頬を覆って長い指先が耳を挟んでいたずらにくすぐられ、凪瑚は首を竦めた。
「凪瑚、俺のこと、好きになれよ」
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