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しおりを挟む凪瑚にじっと見つめられて琥太狼は次第に居心地が悪くなる。ただ、すぐに話を逸らせばいいのに、今更何やってるんだと誤魔化すには不自然なだけ、放っておいてしまった。何かある、と言っているようなものだ。
息を詰めている琥太狼の前で、凪瑚は口の中で琥太狼の名前を呟いてじっと見つめる。
「こた……あ…?」
幼稚園の砂場で、山を作って、トンネルを繋いで遊んだ。ブランコをいっぱい漕いだ。滑り台でつながって滑り降りて、夕焼けを見た。
夕焼けで、髪の毛がキラキラ光った。
「こたろーちゃん、きらきら」
「!」
じっと見つめて、凪瑚は確信する。
幼稚園の時はよく遊んだ。小学校に上がって、途中であの子は引っ越しをして、学区が変わってしまった。中学校で一緒になるかと思ったけれど、いなかった。仲良くなった同じ小学校だった子に聞いたら、「お父さん」の国に行ったと言われた。
「いつ、日本に」
「え、知ってたの?」
「中学校で、聞いて」
凪瑚は、ふふ、と笑う。
「地元も離れてるのに、会えると思わなかった。さすが、都会」
そんなやりとりに、薫音は黙って気配を消す。
やっぱり、と。もともと、知っている子だった。琥太狼は多分、すぐに気がついていた。
知られたくない気持ちもあったんだろう。だってきっと、そんな小さい頃の記憶なら、「ヤリチン」なんてそんな評判で探していた相手が自分だなんて、変わりすぎていて知られたくない。
琥太狼は、懐かしい呼び方に、凪瑚の表情を探る。
変わってしまった自分を、どう思う?一晩だけと、相手も決めずに生理現象の処理だけを行うような冷め切った自分を。
そして、一緒に残酷な声が聞こえてくる。凪瑚じゃない、他の子の。誰かの親の。
変な色。真っ白くてぶよぶよ。白ぶた。ぶたロー。あのこの家、母親だけだから。ご飯もちゃんと作っていないから、あんな風に太らせて。
気にしないで仲良くしていた君は、本当はどう思っていた?
かわいそう?同情?憐み?
「そっかぁ、琥太狼くんは、こたろーちゃんなんだ」
あは、と破顔した凪瑚の表情の思いがけないほどの明るさに、琥太狼はめんくらう。その様子に苦笑いしながら、薫音が相槌を打った。
「何、なこちゃん、ロウくんのこと知ってたの?」
「小さい頃、いっぱい遊んでくれたんです。お姉ちゃんにもどんくさいって言われるのに、嫌な顔一度もしないでいっぱい遊んでくれて」
琥太狼が大きな手で目元を覆って、カウンターに俯いているのを薫音は横目に眺めるけれど、嬉しそうな凪瑚は気づかない様子で楽しそうな声は弾んでいる。
「なかよしだったんだ」
「きらきらしていて、いつも優しく笑って。お母さんに、すごく優しい子だったんです。ああ、そっか、だから髪の毛っ」
昼間、凪瑚の髪をまとめてくれた時を思い出して、凪瑚は嬉しそうに琥太狼を振り返って、なんともいえない様子にようやく気付いて首を傾げる。
「優しくないよ。笑ってるしか、できなかったんだよ。泣いても怒っても、いいことなんてないだろう?」
母親が、何か言われるだけだった。
でもそれを、凪瑚はそんな風に覚えていてくれた。優しいのは、凪瑚だ。
凪瑚が誘ってくれた、凪瑚の家のご飯で、凪瑚はお手伝いをしていて。子供でもできる料理があるってわかって、母親と相談した。火を使わない、刃物を使わない。できることをやれば、母親が少しの手間で料理をすることもできた。確かに、時間が足りなくて、出来合いのものや適当なものを自分の好きに食べることが多くて、それがあの頃、白豚、なんて言われるような体型のもとだったのだろう。そうやって、作って食べることを増やしたら、そういうのは、改善された。
小学校で転校する頃には、少しぽっちゃり、程度で。4年生頃には、天使みたいだと言われた。馬鹿にされた「変な色」の髪も、人より白い肌も。急に、もてはやされるようになったけれど、そこに凪瑚はいなかった。散々、耳を塞ぎたくなる言葉を向けて、笑って、そんなことも笑って受け流すしかなかった自分をさらにさらった奴らも、当たり前のように取り巻きになろうとした。見た目なんか関係なかった凪瑚がいないから、どうでもよかった。そのうち、外国の父親に呼び寄せられた。母は、父に子供ができたと伝えていなかっただけだった。
「なこちゃん、ロウくん、そんなに優しかったの?」
「優しいの、変わってないですね。むしろ大人になって、輪をかけて、かもしれないです。それに、ロウくんは、綺麗なものをいっぱい知ってておしえてくれたんです。雨の後のきらきらのクモの巣とか、夕焼け雲とか、雲の間からの光の柱とか、朝葉っぱを見ると梅雨が空いて気になっていて、膨らんできた花の蕾の濃くて鮮やかな色とか。…あ、なんか、今の仕事なの、すごく納得したっ」
君は。
琥太狼は、子供の頃のまま。
化粧気のない顔だから、本当にそのまま少女になって女性になったような凪瑚に、抱きつきたくなる。
「凪瑚、腹、減らない?」
「うん?」
「ここでなんか食べようかと思ったけど、気が変わった。行こう」
凪瑚のおかげで始めた料理。そんなこと、凪瑚は知らないけれど。食べたら凪瑚は、どんな顔をするだろう。
「迎えは、いいんだろう?」
答えがなかったな、ともう一度確認すると、凪瑚は不思議そうな顔で頷く。
にやにや笑いの薫音を鬱陶しいと思うこともないほどに気持ちが穏やかになっている。
するり、と指を絡ませて繋がれる手を見て、凪瑚は戸惑ったように琥太狼を見上げた。確かに幼なじみだから、これっきり、はないけど、ないと思いたいけど、なんか違う気がする。鈍感な凪瑚でも、鈍感でい続けられないくらい、なんか変だ、と。
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