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しおりを挟む『この間の並木まで来い』
メッセージアプリで届いた琥太狼からのそんな内容に、凪瑚はじっと視線を落とす。
帰らないといけない。佳都と奏真を保育園に迎えに行かないと。
ただ、頭の中はぐちゃぐちゃだった。あんなことを、すると思わなかった。完全に狂言。保育園に聞けば、いるのだってわかったはずなのに。警察も、彼女に振り回されたんだろう。
これでもかと甘やかしてくれた琥太狼の手を思い出す。ずっと優しかった声も。険しくなったのは、あの日別れた彼氏を咎めた時だけ。
甘えたい衝動を抑えて、文字を入れていく。
「子どもたちを迎えにいくので、今日は無理です。ごめんなさい」
駅まで歩く途中で、凪瑚はくい、と腕を引かれて驚いて振り返る。
髪を振り乱した琥太狼がいて、もう一度驚いた。
「琥太狼さん、なんで…」
無理って言うから、と琥太狼は荒い息遣いの合間に言う。
「駅の方くれば見つけられると思って」
「…なんか、聞きました?」
バーは情報が多いんだよ、と言うけれど、それにしたって早い。
「この間、電車乗せられないっつった時より、ひどい顔」
「ほっといてください」
「俺が勝手にすることだから、ほっとけ」
「なっ」
手を引かれて、立ち止まっていた足が駅に向かう。そのまま電車に乗せられて、混雑した電車の中で人に顔が見えないように壁際に隠されて。
そこまでされると、あとはもう言われるままに一緒に保育園に向かう。琥太狼が紬の子どもに会うというのは、なんだか不思議な感じだった。
一度会うだけ、それっきりの人とやけにスッキリした顔で話していたのだから、紬も驚くだろうと凪瑚は奏真を抱いて佳都と手を繋ぎながら思う。2人が、不思議そうに琥太狼を見ているのに気づいて、ハッとした。
「けいちゃん、そうちゃん、このお兄さん、今日ここまで連れてきてくれたの」
「?なこちゃん、まいごになったの?」
「ま…うう、ああ、そうだね」
「おかあさん、なこちゃんはすぐまいごになるって言ってたもんね」
「けいちゃん、それは覚えてなくていいんだよ」
話しながら、だんだんホッとしてくる。きたのが、会社でよかった。保育園に乗り込んでいかれて、騒ぎを起こされなくて。この子たちが嫌な思いをしなくてよかった。
「さっきパパから連絡あってね、パパ、今日帰ってくるって」
「えーっ」
不満げな声に、奏真が驚いて固まっている。琥太狼も、喜ばない女の子をまじまじと見下ろした。
「なこちゃんちにいるの!」
「んー。今日は、うち。明日、帰ろうね」
「やーだー」
「パパ、嫌なの?」
「パパは…わかんない。あの人、やだ」
それは、なんとも言えないな、と反射的に言葉が出てこなくて凪瑚は気まずくなる。本当は、そこも宥めないといけないのに。
「よし、けいちゃん。明日のことは、明日考えよう」
「おい」
思わず琥太狼が突っ込むと、凪瑚は困った顔で笑う。佳都はそんな凪瑚の顔を見て、琥太狼の大きな手を引っ張った。
「おにいちゃんも、なこちゃんち、いく?」
「けいちゃん、こんなおっきいお兄ちゃん、一緒に来たらけいちゃんとそうちゃんのいる場所なくなるよ」
「あ、じゃあダメだね!」
「凪瑚…」
やれやれ、と琥太狼は凪瑚を見下ろす。見つけた時の死んだような顔ではなくなっていることにはホッとしながら、くしゃり、と前髪をかき上げた。
「明日、Hyggeで」
「…うん」
どうせ、しばらく仕事にもいけない。
うん、と言う声の中にそんな言葉を聞き取った気がして、琥太狼は拳を握る。
まさか、その乗り込んできた女と、あの日、男とホテルから出てきた女が同一人物だとは、想像もつかなかったけれど。
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