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しおりを挟むああ、あの子か。
琥太狼は、あっさりとそう言った。話を合わせているわけ、と言う感じではなかった。
あのバーを見つけることはできなかったけれど、彼は見つけた、と聞いていた。琥太狼の記憶も、その話と一致していた。
琥太狼も、凪瑚の話を聞いて、すぐに思い出した。そんな相手、そうそう何人もいるわけがない。
相手のことは記憶していない。いちいち覚えていられないし、覚える気にならない。だから、同じ相手と2回目はない、とは言わないのだ。覚えていないんだから、あるもないもない。
でも、その子は違う。名前も聞かなかった。ただ、その願いを伝えるために事情を話す必要は感じたのだろう。聞く必要はない、と言ったのに、話したその内容は、聞いてしまえばすげなく断るわけにもいかないと琥太狼にすら思わせた。
自分は、性同一性障害の、ゲイだ、と。
家族は、思い違いだ、と言った。つまり、女だから男が恋愛対象で普通だ、と。
知っていて、信じてくれているのは、親友だけだと。家族にそんな否定をされた後は、カミングアウトできなくなって、たまたま知った親友が…いや、知って受け入れてくれて、そうして親友になっていったその相手に救われたけれど、どうしても一度、男として扱われて、セックスがしたいとあけすけに言った。
きれいな顔立ちのその相手は、女である体を否定するようにきつく晒しを巻いていた。付き合う相手に求めても、アナルセックスが好きな変わり者と取られるだけで、求めるものとは違うのだ、と。
そのことを思い出して、琥太狼は凪瑚を見下ろして苦笑いになる。
薫音には耳打ちする距離で親しげに話していたのに、肝心の自分には恥じらってやっと言った内容に、あのとき薫音が吹き出した理由はよくわかった。面白くて笑ったのではない。あまりに虚をつかれてしまったのだ。
いいよ、叶えてあげる、と言うと、どぎまぎして完全に挙動不審になった。
心の準備とか、色々出来てないし、と。
当たり前だ。付き合っている人がいなければ、と言う条件付きの願望で、ついさっき、琥太狼といる時に彼氏がいなくなったんだから。
「考える時間取らないで、勢いのほうがいいよ?」
優しげに言いながら、琥太狼はこのチャンスを逃すつもりはない。自分の方から腕の中に転がり込んできてくれた。しかも、人のものなのかと真っ暗になった気持ちは、凪瑚が嫌な思いをすることは望んでいなかったけれど、とにかくあんな形ではあっても人のものではなくなってくれた。自分がこんなことを思うのもとは自覚しているが、あんな奴らのために凪瑚の涙がもったいない、としか思えない。
そうやって言いくるめて、準備が、とか言っていたのは、そもそも準備、できるの?と意地悪を言うと完全に黙り込んでしまった。
おいで、と促すままに従ったのは、腹を決めたのだろう。
そうして、バスルームで脱がしていって、凪瑚がいわゆる着圧レギンスを身につけているのを見て、苦笑いになってしまったのだ。雰囲気も何もない。
「うぅ…笑った…やだって、言ってたのに」
「いや、これは別だろ。てか、彼氏何も言わないの」
「…会うときは、着てなくて。そんな自分も、なんかやで」
「何で着るの。凪瑚、必要なくない?」
話しながら脱がす手は止めない。ずっと緊張したままのような、凪瑚。
幼なじみだと知れば、あの頃のように屈託なく笑いかけてくれるのだろうか。人懐っこく話せるのだろうか。
ただ、知られたくない、とも思う。凪瑚の記憶にある自分と、今の自分は、あまりにかけ離れているはずだから。
そして、こんな状況でも、凪瑚に堂々と触れられる、望まれて触れている状況に歓びがある。琥太狼の大きな手にはすっぽりとおさまる胸も、今笑いながら話題にしたレギンスをおろしながら触れたおへその窪みを指でくすぐり、反応を楽しんでしまう。
「やっぱり、やだ。…せめて、自分でやらせて。1人で。恥ずかしくて、やだ、こんなの」
ほぼ泣き声でせがまれて、そうしながらも震えてしがみつく腕はしっかりと琥太狼の腕を捕らえて離さない。
中途半端な予備知識できたな、と苦笑いして、琥太狼はよしよしと背中を撫でてやる。
「うん、こんなの、上級者向け、と言うか、まあ、君が望めばやってあげたいけど、嫌がってるのにこんなことして嫌われたら嫌だから、大丈夫だよ」
「??????」
思い切り、不思議そうな顔で見上げられる。琥太狼は、自分の言葉のどれに引っかかっているんだろうな、とその表情を観察しながらそもそも混乱しきっている凪瑚を逃さないように、素肌に自分のシャツを着させて、有無をいわせずに抱き上げる。
「へっ」
「ん?お姫様抱っこがいい?」
「いや、何?」
「うん、こっち」
トイレまで抱っこのまま連れて行き、おろしてやり方を説明する。
「焦らないで。ゆっくりでいいよ。できなさそうで、俺が手伝ってもよかったら呼んで」
「うぇ」
逃げられない、とは覚悟が固まっているものの、凪瑚は葛藤する。ただ、自分が望んだことだ。
我ながら、彼と別れたその日に、他の男の人に肌を見せて、触れさせて、さらにその先も自分から望むとは、信じられないけれど。恋愛体質とは程遠くて、恋愛は苦手で、と考えてから、気づく。
だってこれは、恋愛じゃない。
どのくらい時間をかけたのか。
お腹、ぐるぐるする、と、さすりながらトイレから出て、思わず固まった。
少し離れたところで、琥太狼が壁に寄りかかって立っている。聞かれたくない音は、聞こえなさそうだけれど、呼べば聞こえそうな、そんな距離。
こう言うところも、イケメン、なのかな。こう言うのがイケメンであってるのかな、とそんなことを混乱した頭に浮かべていると、気がついた琥太狼がふわりと笑ってこちらに来る。
「このまま、ベッドいく?」
「や、シャワーをっ」
だって今、トイレで…、と思い返してどんな顔をしていいのかわからなくなる。
くつくつと喉の奥を鳴らして笑っている気配に、思わず膨れた。きっとこの人は、一晩限りのこう言う関係が当たり前で、そんな相手との楽しみ方を心得ていて。
だからこんな自然体で、出会ったばかりの自分にこんなに自然に触れて、話して、気遣える。そうなんだ、と思いながら、色々、覚悟を固めたと言うよりも、身を任せることにした。
だって、自分が望んだのだ。これでグダグダ言っていたら、さすがに失礼だ。
「凪瑚?」
「んっ」
シャワーを浴びながら、最初こそ恥ずかしがって体を隠していた凪瑚も、そんな余裕がなくなってまた先ほどのように琥太狼にしがみついている。1人で入る、と言いかけた凪瑚は、何か覚悟を固めたのか、一緒に入ることはすんなりとと思えるほどに受け入れた。
あの子にしたのと同じように、して、と。女の人にするようなことは、一切しないで、と望む凪瑚。琥太狼が、名前は知らないと言ったからか、親友の名前を凪瑚は口にしない。
「こた、ろうさん、胸、触る必要は…」
胸、と言うよりも、その先端をつまむと息を飲んで、そんな抗議をする。ふ、と笑って、手は止めずに琥太狼はもう片方の手は男とは違う、凪瑚の柔らかい尻に伸ばす。包み込んで、揉んで…。
「男もね、胸、気持ちよくなるんだよ」
「うそ」
「ほんと」
ねえ、と琥太狼は凪瑚の耳に口を寄せて、低くささやきかける。
凪瑚は、その声にぞくり、と身を震わせた。低くて響く声が、好みだとは思っていたけれど、耳に流し込まれた少し掠れた声はさらに色気を帯びて体温が上昇する。
「凪瑚の気持ちいいとこ、教えて」
「わか、ない」
「わかんないこと、ないでしょ」
話して気を紛らわせながら、きっと触れられたことのない菊座に触れる。気づいて体を固くする凪瑚を宥めるように背中を撫でて、指先で刺激していく。
「知らない」
「凪瑚?」
何かを言い淀んでいる気配に、琥太狼は、じっと待つ。唇で凪瑚の頭や顔に触れ、片手でやんわりと凪瑚が望む場所をほぐしながら、もう片方の手は琥太狼の望むままに触れたい場所に触れていく。
ただ、しがみつく凪瑚が怯えないように、とっくに反応してしまって痛いほどの自身が凪瑚に触れないようにだけ、気をつけながら。タオルを巻いて入るもののその盛り上がりは明らかで、気づかないほどに凪瑚がいっぱいいっぱいなのは、わかる。
「ない、から」
ようやく聞こえる声が、首筋に唇を当てた琥太狼の耳に届く。
「ん?」
「心地いい、とは思う。でも、わかんないんです。多分わたし、イったこと、ない、です。余計なこと、考えるからいけないんです」
「…そりゃ、相手が悪かったんだろ」
そんな風に、相手に思わせる男にも問題がある。余計なことを考えてしまうと言うなら、そんな余裕を与える程度のことしか、してないってことだ。
「イくの初めてって言うなら、こっちでやりたいけど」
悪戯に、琥太狼はそういいながら凪瑚が望まない、女としての器官に手を忍ばせる。
撫でたそこは熱くぬるぬるとしていて、それでなくても痛いほどだった自身の股間をさらに刺激してしまったと反省する。
「ひぁ」
「かわいい声」
大丈夫、約束は守るから、と言いながら、指一本は動くようになった、とそのまま伝えると、恥ずかしいのか、きゅっと締まる。
「のぼせるから、ベッド行こう」
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