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しおりを挟むスマホのバイブの音に意識を呼び起こされ、手探りでスマホを凪瑚は探した。少しずつ意識が浮上しながら、視界に映る景色に、どこに自分がいるのか分からなくなる。
時々、そう言うことはあるけれど、本当に記憶にない場所に思えた。ただとにかく、なり続けるスマホを探して、ようやく見つけたそれの画面に浮かぶ、「加瀬さん」の文字に、頭がはっきりする前でもとにかく出る。
返事をする前に、向こうから聞き慣れた穏やかな声が聞こえてきた。
『凪瑚?ごめん、こんな時間に』
その向こうから、小さい子供のなき声。義兄の加瀬の声に混じる困惑が、手に余っているのだと知らせてくれる。
義兄、とは言っても、凪瑚の姉は加瀬の初婚の相手、でしかないのだが、いまだに可愛がってくれる彼に申し訳なくなる。聞こえてくる泣き声は、義兄と、凪瑚の親友の間の子。3番目の妻になった親友との間にしか、加瀬は子供はいない。ただ、親友とも下の子ができたとわかる前に離婚していたし、その親友も、下の子を生んですぐ、つい先日亡くなってしまった。
そこまで思い返して、凪瑚は今自分が置かれている状況を思い出す。
思い出すのを待っていたかのように、腰に腕が回された。筋張った腕は筋肉質で、長くしなやかに凪瑚の腰をからめ取り抱き寄せてくる。
明るい色の髪と鳶色の瞳の日本人離れした青年は、古風な琥太狼、と言う名だった。
「電話、だれ?」
耳元に囁く声が、スマホの向こうにも聞こえたのだろう。加瀬の声が強張る。
『凪瑚、誰か一緒なの?』
「…お義兄さん、大丈夫。泣いてるの?」
『ああ。ごめん。君を探して泣いてる』
「行きます。…電話口に、出られますか?」
夜中、と言うよりももう朝方の時間。終電よりも始発を考えるような時間に、誰かが一緒の気配は、電話の向こうにも状況を容易に想像させるのだろう。付き合っている相手がいることは知っているはずだから、気にすることもないと思うのに。その相手では、残念ながらないけれど。
向こうの泣き声が弱くなり、泣いた後の荒い息遣いと幼い声が耳に届く。
『なこちゃん?』
「そうだよ。パパのところのおねえさんは?」
『いないよ。いないし、いらない。なこちゃんがいい』
おねえさん、は、加瀬の恋人。一緒に住んでいるはずなのに。
そう思ってから、さっきからぼんやりしていた頭が少し前の記憶を思い出させる。いるはずがない。だって、ここにくる前、琥太狼と一緒に歩いているときにすれ違ったんだから。あの時は、琥太狼にただ駅まで送ってもらうだけの話だったのに。
凪瑚はぴたりと背中にくっついている琥太狼の腕を剥がそうとしながら、穏やかに電話の向こうに声を向ける。
「これから、いくからね。そうちゃんは?」
『さっきまで泣いてたけど、今はねんねしてる』
何もせずに、乳飲み子がただ疲れて寝直したのか?それでも、心配になる。
「けいちゃん、そうちゃんのそばにいてね?何か変だなと思ったら、パパに言ってね?」
電話を切った凪瑚を、琥太狼は不満げに見上げた。
朝まで腕の中に抱いて眠るつもりだったのに。彼女は、何も気づいていないけれど。
「子ども、置いてきてたの?」
「わたしの子じゃ、ないですよ。さっき、話した、あなたもあった事のあるわたしの親友の子。父親が引き取ったんだけど、まだ慣れなくて」
答えながら身支度をしていると、腕が伸びてきて先ほどまで使っていたスマホをとっていく。
長い指が画面を辿り、整った精悍な顔が苦笑いになった。
「凪瑚、今時ロックもかけないで」
「っ!そんなことする人がいるなんて思わないもの!」
止める間もなくされた操作で、連絡先が交換される。
「今日は、返してあげる。またね、凪瑚」
伸びてきた腕が、裸の胸に凪瑚を引き寄せる。
あまりに自然な動きで驚く間もなく深く口づけをされた。
またね、か、と凪瑚はそっと小さく笑った。
恋人を作らない極上の男。同じ相手を二度は抱かない、とは言わない。言わないのは、誰を抱いたかなんて覚えてないから。相手が初めての相手かそうじゃないかなんて、いちいち覚えていないのだと言う。
印象に残るところもあるような自分ではないしと凪瑚は琥太狼の言葉をそんな風に聞いている。もう一度あっても、気づかずに関係を持つと宣言しているようなもんだろう、と。意図的に「また」をもとうとする人ではないから。
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